第115話 炎の誓い
陽炎が牧場の上空に揺らめく真夏の昼下がり。悠真は納屋の横に腰を下ろし、サフィアの葉を丁寧に水で拭いていた。
「サフィアは、こうして葉を綺麗にされるのが好きだよな」
悠真が笑いかけると、ドライアドの少女は目を細め、緑の髪をそよがせた。言葉こそ話せないが、その表情からは満足感が溢れていた。
そんな中、突然「フィー!」という甲高い鳴き声が耳に飛び込んできた。振り返ると、真っ赤な小鳥のヒエンが慌てた様子で悠真の方へ飛んでくる。
「どうした?ヒエン」
悠真が問いかけると、ヒエンは「フィー!フィー!」と何度も鳴きながら、牧場の東の方へと飛んでいった。そして少し離れたところで止まり、悠真を見つめている。
「随分慌ててるな。何かあったのか」
悠真はサフィアに「すまない、また後でな」と言い残し、ヒエンの後を追った。
――――――
ヒエンに導かれるまま東の野原へと足を運ぶと、そこには思いもよらない光景が広がっていた。
赤い狐のフレアが、角から炎を出す牛のヘラクレスと向かい合っている。フレアの三本の尾は激しく揺れ、体の周りには小さな炎が舞い始めていた。対するヘラクレスも、角から炎を噴き出す態勢を取っている。
「おい、どうしたんだ、二人とも」
悠真が駆け寄ると、ヒエンが彼の肩に止まり、何かを伝えようとする。しかし、言葉を話せない動物たちの意図を正確に理解することは難しかった。
「フレア、ヘラクレス、何をしているんだ?」
悠真が問いかけると、フレアは「コーン!」と高らかに鳴き、その尾の炎がさらに大きくなる。ヘラクレスも「モォー!」と応えるように鳴いた。二匹の間には明らかな緊張感が漂っていた。
「何だ?喧嘩でも起きたのか?」
悠真が心配していると、ふと背後から声がした。
「いえ、たぶんですがそれは違うと思います」
背後からの声に振り返ると、リーフィアが薬草籠を手に立っていた。
「リーフィア、何か知っているのか?」
「実は昨夜、ドリーが夢を見せてくれたんです。二人が今のように対峙して炎を競い合っている夢を」
リーフィアはそう言ってフレアとヘラクレスの方を見た。
「その時の雰囲気から感じたんですが、どうやら……力試しのようなことをしていたみたいでした」
「力試し?」
悠真が首をかしげると、リーフィアはさらに説明した。
「フレアは三尾になって力が強くなり、ハクエンさんのおかげでその力を制御できるようになりました。そして、ヘラクレスも最近クリスタルで炎の力が増したので、二人はお互いのことを意識するようになったみたいなんです」
「なるほど……」
悠真は二匹を見つめ直した。確かにフレアの成長は目覚ましく、ハクエンに教わった炎の制御も上達している。ヘラクレスも同じ炎を扱う生物としてフレアの強さが気になったのかもしれない。
「つまり、これは喧嘩じゃなくて……勝負なんだな?」
「はい、恐らくそうだと思います」
リーフィアの言葉に、悠真は納得した。動物たちも互いを認め合うために、時に力を見せ合うことがある。それは人間の世界でも同じだ。
「分かった、もし二人が勝負をしたいなら……」
悠真は一度深呼吸をし、地形カスタマイズの力を使って周囲の環境を調整した。すると、二匹の周りに炎に強い岩が円形に並び、即席の「闘技場」が出来上がった。
「よし、安全に勝負できる場所を作ったぞ。お互い全力を出していいが、怪我だけはするなよ」
フレアとヘラクレスは互いに頷いたように見え、それぞれ対峙する位置に移動した。ヒエンは空中に舞い上がり、審判のように上空から二人を見た。
「フィー!」
そうして、ヒエンの合図で勝負が始まった。
――――――
フレアが最初に動いた。三本の尾を大きく広げ、その先端から炎の玉を放つ。ヘラクレスは素早く横に跳びのき、その角から炎の柱を放った。二つの炎が空中でぶつかり、赤と橙の火花が散る。
「すごい……」
リーフィアが息を呑む横で、悠真は二匹の戦いに見入っていた。フレアは機敏に動き回り、多方向から炎を放つ。対するヘラクレスは、体は大きいが予想以上に素早く、角からの炎で防御しながら反撃を繰り返す。
「フレアの炎は以前よりずっと制御されてるし、ヘラクレスの炎も迫力があるな」
悠真の言葉に、リーフィアは小さく頷いた。
勝負は一進一退。どちらも相手を圧倒するまでには至らないが、次第に疲労の色が見え始めた。特にヘラクレスの呼吸が荒くなり、角からの炎も少しずつ小さくなってきた。
「ヘラクレスが厳しくなってきたな……」
悠真がそう呟くと、フレアも攻撃の手を止めてヘラクレスの様子を窺った。そして――フレアは炎を止めると、ゆっくりとヘラクレスに近づいていった。
「コン」
フレアの柔らかな鳴き声に、ヘラクレスも炎を収めた。フレアは三本の尾を大きく広げると、その先端から小さな炎の玉をヘラクレスの方へ放った。しかし、それは攻撃の炎ではなく、まるで贈り物のように穏やかな輝きを放っていた。
そして、炎の玉がヘラクレスの角に触れると、炎はそのまま角を包むように広がり、次第にヘラクレスへと吸収されていった。
「あれは……?」
悠真が不思議に思っていると、突然頭の中に声が聞こえてきた。
『フレアが、ヘラクレスに炎の力を分けてやったんだよ』
「その声はハクエンか?」
悠真が驚いて辺りを見回すと、近くの木の影からのっそりとハクエンが現れた。
『力の衝突を感じたから、念のため見に来たんだが……まあ二人とも悪くはなかったな』
「わっ!ハクエンさんも居たんですね!」
聞こえたのはリオンの声だった。彼もいつのまにか二人の勝負に気づき近くで見ていたらしい。
そんな話をしていると、ヘラクレスの角が明るく輝き始め、以前よりもずっと大きな炎が噴き出した。
「うおっ!ヘラクレス大丈夫なのか?」
『心配すんな。フレアの炎に共鳴して、ヘラクレスの炎が力を増しただけだ』
「そ、そうなのか……これは単なる勝負ではなく、互いに力を高め合うための儀式だったわけだ」
悠真はようやく二匹の真の意図を理解した。戦いではなく、協力と成長のための機会だったのだ。
「フィー!」
ヒエンが喜びの声を上げ、二匹の周りを飛び回った。そして、自らも小さな炎を放ち、その場に加わる。三種の異なる炎が混ざり合い、美しい螺旋を描いて空に昇っていった。
「きれいですね……」
「三人が集まるとこんなにすごい炎になるんですね!」
リーフィアが静かに呟きに、リオンは興奮した様子でそう言った。悠真もその光景に見とれ、静かに立ち上る炎を見ていた。
――――――
夕暮れ時、緋色に染まった空の下、悠真は牧場の丘に腰を下ろしていた。先ほどの出来事を思い返しながら、遠くを見つめている。
「悠真さん、お茶を持ってきました」
リーフィアが二つのカップを手に近づいてきた。彼女の優しい微笑みに、悠真は心が温かくなるのを感じた。
「ありがとう、リーフィア」
カップを受け取り、香りのいいハーブティーを一口飲む。そのとき、フレア、ヘラクレス、ヒエンの三匹が、並んで丘を登ってくるのが見えた。
「なんだ。おまえたちも来たのか」
悠真が声をかけると、三匹は彼の前に集まった。フレアは「コン」と鳴き、三本の尾を優雅に揺らす。ヘラクレスは角を低く下げ、まるで感謝を示すかのように頭を下げた。ヒエンは悠真の肩に止まり、親しげに頬を突いた。
「今日も面白い発見がありましたね」
リーフィアが言うと、悠真は頷いた。
「あぁ。彼らは単に力を競い合うだけでなく、力を分かち合う方法を見つけたんだな」
「えぇ。とても素晴らしいことです」
悠真はフレアの頭を優しく撫でながら言った。
「お前たちのやり方を、人間も見習わなきゃいけないな。競争するだけでなく、互いに高め合うことの大切さを」
フレアは満足そうに目を細め、尾の先から小さな炎を放った。ヘラクレスも応えるように、角から小さな火花を散らせる。その二つの炎がぶつかり合うと、不思議なことに互いを消し合うのではなく、より明るく燃え上がるのだった。




