第113話 石竜と氷竜
牧場の朝は静かに始まった。悠真は納屋の前で柵の修繕を行っていた。テラとラトリスは近くで遊んでおり、時折「ミュウ!」「クォー!」という元気な鳴き声が聞こえてくる。
作業に集中していると、突然頭の中に声が響いた。
『悠真さん、少し宜しいですか?』
「ん?」
悠真は手を止め、空を見上げた。シギュラからのテレパシーだ。久しぶりの連絡に少し驚きつつも、彼は手の甲にある印を軽く撫でた。
「シギュラさんですか?久しぶりですね」
『えぇ。お久しぶりです。それで、少し気になることが。実は、そちらの牧場のほうから竜の気配を感じたですが……』
シギュラの声には珍しく疑問の色が混じっている。悠真は思わずラトリスの方を見やった。
「ああ、それなら最近テラが見つけた石竜のことだろう。幼体みたいだが、化石から目覚めたんだ」
それを聞いたシギュラからの返事は、しばらくの沈黙の後に来た。
『……なるほど、それで気配を感じたのですか。眠りについていたとはいえ、まさかこの地に先客がいるとは思いませんでした』
シギュラの声には驚きが混じっていた。悠真はラトリスが石を噛んでいる姿を見つめながら問いかけた。
「そうだ。シギュラさんは石竜については何か知りませんか?」
『そうですね……種族が違うので詳しくはないですが、リソドラゴンは私と同じで古の時代から存在する竜族の一種です。主食は石や鉱石で、成長につれて岩や鉱物を操る力を身につけます。眠りについている間は大地の魔力を蓄える性質があるようなので、そのラトリスという子はかなりの魔力を秘めているかもしれませんね』
悠真はラトリスを見つめ直した。地下で眠っていたのにはそういう理由があったらしい。小さな体で石を器用に選り分けている様子に、改めて不思議な生き物だと感じる。
「そうか……教えてくれてありがとう。助かったよ」
『構いませんよ。それより、今日もアズールがそちらに遊びに行きましたのでよろしくお願いしますね』
「ああ、任せてくれ」
『では、また』
そうしてシギュラのテレパシーが途切れた。悠真はアズールを迎えに行こうかと思ったところで、ふとあることに気づいた。
「アズールとラトリス……そのまま会わせて大丈夫か?」
気になった悠真は、柵の修繕を一時中断し、テラとラトリスがいる方へと向かった。同じ竜の仲間とはいえ、石竜と氷竜では全く種族が違う。初対面でどのような反応を示すか、少し心配になっていた。
――――――
牧場の泉の付近では、既にアズールの姿があった。青みがかった鱗と小さな翼を持つ幼竜は、首を傾げながらテラとラトリスを観察している。特にラトリスには興味津々の様子で、距離を保ちつつも少しずつ近づいていた。
「キュイ?」
アズールが首を傾げながら鳴くと、ラトリスも「クォー?」と応えた。二匹はお互いを警戒しながらも、好奇心に満ちた目で見つめ合っている。
テラはその様子を見て、「ミュウミュウ!」と何かを説明するように鳴いた。まるでアズールにラトリスを紹介しているかのようだ。
悠真はその光景を少し離れた場所から見守ることにした。緊張しながらも、無理に介入するより、まずは彼らの自然な交流に任せた方が良いと考えたのだ。
アズールとラトリスは、しばらくの間お互いを探るように様子を見ていた。アズールが少し近づき、ラトリスが少し後ずさる。ラトリスが動くと、アズールが警戒する。そんな駆け引きが続いていたが、テラが間に入って「ミュウ!」と二匹の間を行ったり来たりしていた。
「う~ん……やっぱり間に入ったほうが良いか?」
悠真が声をかけようとしたその時、アズールが突然、小さな氷の塊を吐き出した。ラトリスの前に落ちた氷の塊は、太陽の光を受けて美しく輝いている。
ラトリスはその氷を不思議そうに見つめ、おそるおそる近づいた。そして口を開け、その氷を食べた。
「クォー!」
ラトリスは歓喜の声を上げ、自分も何かを返そうとするかのように、体の表面から小さな石片を削り取った。それをアズールの前に差し出すと、アズールもそれを興味深そうに口に含んだ。
「キュイキュイ!」
アズールも嬉しそうに鳴き、二匹の間の緊張が一気に解けていくのが見て取れた。
「ミュウミュウ!」
テラも嬉しそうに跳ねながら、二匹の仲を取り持っていた。まるで「仲良くなれて良かった」と言わんばかりに。
悠真は思わず微笑んだ。心配は杞憂だったようだ。二匹は互いに興味を持ち、仲良くなっていく様子が見て取れた。
「心配しすぎたか」
そう呟きながら、悠真は再び柵の修繕作業に戻った。時折、遊ぶ三匹の姿を眺めては微笑む。アズールとラトリスは、互いに自分の能力を披露し合うように、氷や石で作ったものを見せ合っていた。
――――――
午後になると、リオンとリーフィアもラトリスたちの様子に気づいた。二人は悠真と共に、遊ぶ動物たちを眺めていた。
「アズールさん、今日も遊びに来てたんですね」
「すごい!もうラトリスと仲良くなってる!」
リオンが感心したように言った。アズールが小さな氷の球をラトリスに向かって吐き出し、ラトリスはそれを石の尾で打ち返す、という遊びを二匹が始めていた。テラはその様子を「ミュウミュウ!」と応援している。
「シギュラさんから話を聞いて、最初は少し心配したんだけどな。同じ竜種とはいえ、全く違う種類だから」
悠真が説明すると、リーフィアは優しく微笑んだ。
「彼らはある意味で、私たち人間よりもずっと素直に心を通わせることができますから」
「そうみたいだ。拍子抜けするくらいあっさり仲良くなってたよ」
「シギュラさんと話したんですか?」
リオンはそちらの方が気になるらしく、興味深そうに尋ねてきた。
「ああ、テレパシーでな。ラトリスの気配を感じたらしい。同じ竜族だから分かるんだろう」
悠真がそう答え、シギュラから聞いたことを話してやる。
リーフィアもそれを聞きながら、遊んでいる子竜たちを眺めて呟いた。
「石竜と氷竜……属性は違いますけれど、二人ともいい子たちですね」
その時、アズールが「キュイ!」と大きく鳴き、空に向かって小さな氷の粒子を吹き上げた。太陽の光を受けて、それらは虹色に輝きながら降り注いだ。ラトリスもそれに応えるように、体の石片を振りまくと、それらは空中で光を反射しながら時折ぶつかって綺麗な音色を奏でた。
「わ、綺麗……」
「それに石と氷がぶつかったとは思えない綺麗な音ですね」
二匹の竜が作り出す光と音の競演は、まるで小さな祭りのようだった。テラも「ミュウミュウ!」と喜びの声を上げ、小さな体を踊らせていた。
――――――
夕暮れ時、アズールは帰る時間になった。「キュイ……」と少し名残惜しそうにラトリスを見つめる。
ラトリスも「クォー」と返し、小さな石の欠片をアズールに差し出した。アズールはそれを受け取り、嬉しそうに羽を広げた。
「そんな顔しなくても、また遊びに来ればいいさ」
悠真がアズールの頭を優しく撫でると、アズールは「キュイ!」と元気よく返事をし、空へと飛び立った。やがてその小さな姿は夕焼けの中に消えていった。
テラとラトリスは、アズールが去った方向をしばらく見送っていた。「ミュウ」「クォー」と小さく鳴き交わす二匹の姿に、悠真は微笑まずにはいられなかった。
「さて、夕食の準備でもするか」
そう言って立ち上がると、テラとラトリスも「ミュウ!」「クォー!」と元気よく返事をして、悠真の後を追いかけてきた。
家に戻る途中、悠真はふと空を見上げた。シギュラの姿は見えないが、どこかで見守っているような気がした。彼は手の甲の印に軽く触れ、心の中で言葉を送った。
「今日はありがとう。アズールとラトリス、仲良くなれたよ」
返事はなかったが、風が優しく頬を撫でていった。




