第111話 テラの地下空間
悠真は牧場の朝の仕事を終え、納屋の扉を閉めながら空を見上げた。春の陽射しが心地よく肌を撫でる。新緑の芽吹きとともに牧場の動物たちもいつも以上に活気に満ちているように感じられた。
「さて、次は……」
彼はふと立ち止まり、牧場を見渡した。ベルが静かに草を食み、フレアが尻尾を三本揺らしながら日向ぼっこをしている。アズールは小さな翼を羽ばたかせながら、アクアと遊んでいる。しかし、何かが足りない気がした。
「そういえば……」
悠真はふと額に手をやり、考え込んだ。普段はよく見かけるはずのテラの姿を最近はあまり見かけていないことに気づいた。
「テラはどこにいるんだろう」
ちょうどそのとき、納屋から出てきたリオンに声をかけた。
「リオン、テラを見なかったか?」
「テラですか?」
リオンは首を傾げ、考える様子で周囲を見渡した後に首を横に振った。
「普段は泉や畑の近くで土いじりをしているのをよく見かけましたけど……言われてみると、ここ数日は食事時以外はあまり見ていないような気がしますね。姉さんに聞いてみましょうか?」
二人で家に戻ると、リーフィアが窓辺で植物に水をやっていた。
「リーフィアさん、テラを見ませんでしたか?」
リオンが尋ねると、リーフィアは手を止めて振り返った。
「テラですか?……確かに最近はあまり見かけていませんね。何か気になることでも?」
「いや、単にあまり姿を見なくなったから、少し心配になってな」
悠真が答え、三人はしばし考え込んだ。テラは普段、土を耕したり地形を変えたりするのが得意な精霊だ。何か作業があれば必ず駆けつけてくるのに、ここ数日はあまり姿を見かけなかった。
「みんな知らないのは流石に気になるな。いったいどこに行ってるんだ……?」
悠真が腕を組んで考えていると、牧場の門が開く音がした。振り返ると、エイドとミルフィが神殿から戻ってきたところだった。エイドは手に古い書物を、ミルフィは小さな測定機器らしき道具を持っている。
「お帰りなさい、エイドさん、ミルフィさん」
リーフィアが優しく声をかけると、二人は笑顔で答えた。
「どうも。ただいま戻りました」
エイドは少し疲れた様子でそう答え、ミルフィは「そろそろ神殿の修復も終わりそうじゃの」と得意げに胸を張った。
「それは良かった。ところで二人はテラを見かけませんでしたか?」
悠真が二人にも聞いてみると、エイドは眼鏡を直しながら意外なことを言った。
「テラ君ですか?それなら今朝、神殿を発見した際の地下空洞に行くのを見かけましたよ」
「地下空洞に?」
以前、牧場の一角で偶然発見された地下への入り口。その先にはエイドたちが調査中の神殿があったのだが、神殿への本来の入り口が掘り出されてからは放置されていた場所だった。
「何のためにあんな場所に……」
「そこまでは分からぬが、見る限りは元気な様子じゃったよ」
ミルフィが小さな頭を振りながら付け加えた。
「ありがとうございます。ちょっと見に行ってきます」
悠真はそう言って、地下洞窟の入り口へ向かった。リオンも「僕も行きます!」と後に続いた。
――――――
地下洞窟の入り口は、牧場の端にあり邪魔になるものでもなかったため、そのままにされていた。悠真とリオンが中に入ると、空気は涼しく、かすかに土の香りがした。
「テラ、いるか?」
悠真の声は洞窟内で反響した。返事はなかったが、奥から何かの音は聞こえてくる。二人は慎重に進み、神殿の手前にある広い空洞に到達した。
そこで悠真は立ち止まり、目を見開いた。
「これは……」
かつて単なる荒れた洞窟だった空間は、今では見事に整備されていた。床は平らに均され、壁は丁寧に削られて滑らかになっている。天井は高く持ち上げられ、岩の隙間から差し込む光が幻想的な雰囲気を醸し出していた。まるで誰かの設計図に基づいて作られた大きな地下室のように変わっていた。
「すごい……地下にこんなに広い空間ができているなんて」
リオンが驚きの声を上げた。確かに、前回訪れたときとは全く別の場所のようだった。
悠真が部屋の中を見回していると、部屋の隅から小さな影が飛び出してきた。
「ミュウ!」
嬉しそうな鳴き声と共に、エメラルドグリーンの小さな体が悠真に向かって駆け寄ってきた。テラだ。
「テラ!ここにいたのか」
悠真は膝をつき、駆け寄ってきたテラを抱き上げた。テラは「ミュウミュウ!」と嬉しそうに鳴きながら、悠真の腕の中でぴょんぴょんと跳ねた。
「これ、全部テラが作ったのか?」
悠真が驚きの表情で尋ねると、テラは「ミュウ!」と誇らしげに胸を張った。その顔には明らかな達成感が浮かんでいる。
「すごいな……一人でこんな広い空間を」
「小さなテラがこんな場所を作ったなんて、ちょっと信じられないです!」
リオンも感嘆の声を上げた。テラは嬉しそうに二人の間を行き来し、時折壁や床を指差しては「ミュウ!」と鳴いた。まるで自分の作品を紹介しているようだ。
「でも、どうしてこんな場所を作ったんだ?」
悠真が首を傾げて尋ねると、テラも「ミュウ?」と首を傾げた。小さな顔に浮かぶ表情からは、何か理由があって作ったようではなさそうに見えた。
「なるほど……テラにとっては遊びのようなものだったのか」
悠真は小さく微笑んだ。動物たちにもそれぞれの好きなことがあり、テラにとっては土や岩を整えることが楽しい遊びなのだろう。
「せっかくだから、この場所を地下室として使わせてもらっていいか?」
テラはコテンと首を傾げ、一瞬考えるような素振りを見せたが、すぐに「ミュー!」と嬉しそうに鳴いた。自分の作った場所が役に立つことが嬉しいようだ。
「ありがとう、テラ」
悠真はテラの頭を優しく撫でた。テラは目を細めて喜んでいる。
「どんな使い道が良いでしょう?倉庫として使ったり、暑い夏の避難場所にしたりとか……」
リオンが空間を見回しながら可能性を口にした。確かに、これだけの広さがあれば様々な使い方ができそうだった。
「そうだな。とりあえず家に戻って、みんなに相談してみよう」
――――――
夕暮れ時、牧場の家では夕食の準備が進められていた。リーフィアが料理を作り、リオンがテーブルを整え、ユエも夜になったので手伝いに出てきていた。悠真はテラを連れて戻り、皆にテラの作った地下室のことを話した。
「すごいです!テラさんがそんな素敵な場所を作ってくれたなんて」
ユエは小さな声で驚きを表した。普段は控えめだが、夜になると少し活発になる彼女が、地下という言葉に興味を示していた。
「私も明日、見に行ってみたいです」
リーフィアは優しく微笑みながら、テラにお茶を一杯注いだ。テラはそれを両手で受け取り、一口飲んでは「ミュウ〜」と満足げに鳴いた。
食事が始まると、自然と地下室の使い方についての話題になった。
「地下なら温度が一定に保たれますから、貯蔵庫としても良いでしょうね」
「僕は図書室とかにしたいです!神殿の書物を研究するのに適した場所になりそう!」
リオンがそういうと、エイドとミルフィの二人も賛成だという風に頷く。
「それは有難い!研究室としては理想的な環境です!」
「そうじゃの。確かにあの神殿にも部屋はあるが、わっちらの研究室にするには少々雰囲気や広さの問題もありそうじゃからな。場所を提供して貰えると助かるの」
そのとき、窓辺からふわりと舞い降りるように現れたのはノアリスだった。彼女は透明な羽をひらめかせながら、テーブルに着席した。
「やっほ~!何の相談してるの?私も聞きたい!」
「テラが作った地下室の使い方を考えているんだ」
悠真が説明すると、ノアリスは「へぇ〜!」と目を丸くした。
「それなら、ユエの部屋や遊び場を作るのも良いんじゃない?そこなら昼間でも活動できるでしょ?」
ノアリスがそんな提案をすると、ユエは「そんな、私なんかの為に……」と遠慮するように呟いたが、リオンは「いいじゃないですか、作りましょう!」と頷いた。
悠真は皆の声に耳を傾けながら、テラを見た。テラは皆の会話を嬉しそうに聞いている。自分の作った場所がこんなに話題になり、役立つことを誇らしく思っているのだろう。
「色々できそうだな。せっかくテラが作ってくれたんだ。その努力を無駄にしないよう、しっかり活用していこう」
悠真の言葉に皆が頷いた。そして、夜が更けていく中、牧場の家は暖かな灯りに包まれていた。テラは悠真の膝の上で丸くなり、満足げに目を閉じた。「ミュウ……」と小さく鳴く声には、明日も皆と一緒にいられる幸せが詰まっていた。
牧場の夜は、そんな穏やかな時間と共に静かに過ぎていった。




