第109話 牧場の動物たちの大レース
朝の光が牧場全体を包み込み、穏やかな風が草原を撫でていく。悠真はテラスで一息ついていた。彼の視線の先には、のどかに草を食むヘラクレスの姿があった。
「今日も平和だなぁ」
そう呟いた瞬間、納屋の方から何やら騒がしい声が聞こえてきた。好奇心に駆られた悠真は立ち上がり、音のする方へと足を向けた。
納屋に近づくと、リオンとフレアが何かで遊んでいる様子が見えた。3本の尻尾を持つ火狐が、赤い毛を輝かせながら小さなボールを追いかけている。
「リオン、何をしてるんだ?」
「あ、悠真さん!おはようございます。フレアとちょっと遊んでいたんです」
リオンは笑顔で手を振り、悠真に応えた。その手には小さな魔法の光を放つボールがあった。
「フレアが最近すごく俊敏になったので、ボール遊びをしていたんですよ。この子、成長してから動きがもっと速くなりましたね」
「コーン!」
フレアが得意げに尻尾を振り、悠真の足元に擦り寄ってきた。
「そういえば、成長してから走るのが速くなったよな。シャドウやミストと良い勝負かもな」
それを聞いたリオンは、何か思いついたようにパッと顔を上げた。
「そうだ!悠真さん、牧場の動物たちで、誰が一番速いか競争してみるのはどうでしょう?」
リオンの提案に、悠真も少し考えて好奇心を刺激されたのか同意した。
「面白そうだな。みんなも喜びそうだ」
――――――
夕暮れ時、牧場の広場に動物たちが集まり始めた。リーフィアはユエと共に、飲み物を用意している。
「みんな張り切ってるみたいですね」
リーフィアが柔らかな微笑みを浮かべながら言った。日に当たらないよう日傘をさしたユエも小さく頷いている。
「はい。皆さんの気迫が伝わってきます」
悠真は広場の端から反対側まで、約300メートル程度の直線コースを作った。木の枝で簡易的なスタートラインとゴールラインを設け、参加する動物たちが並ぶ場所も確保した。
「飛べる子たちは今回は見学な。アズール、ウィンド、レイン、それからラクルも」
ウィンドとアズールは少し不満そうな声を上げたが、すぐに諦めた様子で空から眺めることにした。レインは水場から顔だけ出して、興味深そうに状況を見守っている。
「参加するのは……フレア、シャドウ、ミスト、テラ、ヘラクレス、ベル、それからユキ、クロロ、ロカかな」
悠真が名前を呼ばれた動物たちは、それぞれ意欲的な様子を見せた。特にロカは赤い鱗を輝かせながら、尻尾を振り回している。
「意外と乗り気だな、みんな」
「みんな、頑張れ~!」
リオンは楽しそうに声援を送りながら拍手をした。
悠真がふと温泉の方をみると、そこにはハクエンが昼寝をしているのが見えた。巨大な白虎は、陽だまりの中でのんびりと横になっている。
「ハクエンも出てみないか?」
悠真がそう声をかけてみると、ハクエンは片目を開けてこちらを見た。
『俺がガキどもの楽しみを奪ってどうする』
低いうなり声のような返事に、悠真は肩をすくめた。
「そうか。まあ、見物だけでもどうだ?」
『……気が向いたらな』
そう言うと、ハクエンは再び目を閉じた。
――――――
「それじゃ、牧場初の大レースを始めるよー!」
リオンが元気よく声を上げた。動物たちはスタートラインに並び、それぞれ真剣な表情を浮かべている。フレアは赤い毛並みを輝かせ、テラはエメラルドグリーンの体を小さく丸めている。シャドウとミストは互いに競争心を燃やし、ロカは赤い舌をちらつかせながら準備をしていた。
「よーい……」
悠真が手を高く上げる。動物たちは身構え、スタートの合図を待つ。リーフィアとユエは声援を送っている。
「スタート!」
手が振り下ろされると同時に、動物たちは一斉に飛び出した。フレアが先頭に立ち、尻尾から小さな火花を散らしながら疾走する。すぐ後ろをシャドウとミストが追い、互いに競い合うように走っていた。
「おお、フレアが飛ばしてるな!」
「シャドウくんも負けていません!」
悠真の声に、リオンも興奮して叫んだ。
中盤に差し掛かると、意外にもクロロが後方から追い上げてきた。二足歩行の恐竜は、太い足で地面を蹴り、次第にフレアに迫っていった。
「クロロもなかなかじゃないか!」
しかし、レースが終盤に差し掛かった時、リーフィアがあることに気づく。
「あら?あれは……」
最後尾から、緑色の小さな影が猛スピードで飛び込んでくる。それは球のように体を丸め、驚異的な速さで転がるテラだった。普段はのんびりとした雰囲気のテラが、まるで、投擲されたボールのように跳ねながら先頭集団に追いついてくる。
「まさか、テラが……!」
そうして、先頭を競っていたフレアたちをごぼう抜きにしたテラは、勢いよくゴールラインを超えてそのまま少し転がり続けてから、ようやく勢いを止めた。
「ミュウ!」
勝利の鳴き声を上げるテラの周りに、他の動物たちが祝福するかのように集まってきた。フレアは最初少し残念そうだったが、テラの意外な姿に興味を持ったのか、すぐにテラの周りをくるくると回り始めた。
「おめでとう、テラ!」
リオンが駆け寄り、テラを抱き上げた。カーバンクルは嬉しそうに「ミュウミュウ」と鳴きながら、額の赤い宝石を輝かせている。
「テラが転がるとあんなに速いなんて……」
悠真が感心していると、遠くで見ていたハクエンがポツリと呟くのが聞こえた。
『カーバンクルは大地との繋がりが強いからな。意外な才能というやつか』
「ああ、テラがあんなに速いとは思わなかった。ハクエンだったら、あの速さに勝てたか?」
『……世界は侮れんな』
悠真の問いかけにハクエンはしばらく沈黙した後、それだけ小さく呟くと再び目を閉じた。
――――――
レースも終わり、夜の帳が訪れる頃、リーフィアが温かいハーブティーを用意してくれた。テラスに集まったみんなは、今日の出来事に笑顔を浮かべていた。
「テラの走りは本当に驚きましたね。いや、走りっていうか転がってたけど……」
リオンが笑いながら言うと、テラは悠真の膝の上で丸くなって満足げな表情を浮かべていた。
「そうだな。まさか丸くなって転がるとあんなに速いとは……とはいえ、みんなもそれぞれ頑張ってたよ。特にフレアとシャドウは最後まで諦めなかったしな」
「コンコン!」
フレアは誇らしげに鳴き、シャドウも「ヴォフ」と短く返した。
「皆さん、楽しそうでした」
ユエはそんな彼らを見て、静かにお茶を飲みながら呟いた。
「また機会があれば、別の競争もしてみるのもいいかもしれませんね」
リーフィアの提案に、悠真は頷いた。
「そうだな。今度は空を飛べるメンバーで、飛行レースなんかも楽しそうだ」
空にはすでに星が瞬き始め、牧場は静かに夜の帳に包まれていった。




