第108話 謎の箱とドミニクの新商品
朝日が昇り、牧場に新たな一日が始まった。アルカが旅立ってから一週間が経ち、日常は普段の穏やかなリズムを取り戻していた。悠真はいつものように納屋から出て、牧場を見渡した。
「今日も良い天気だな」
空は澄み渡り、風は心地よく吹き抜けていく。アズールが空を舞い、レインが水場で跳ねている様子は、まるで絵画のような光景だった。
リーフィアが家から出てきて、微笑んだ。
「おはようございます、悠真さん。今朝も早いですね」
「ああ、おはよう。なんだか目が覚めちゃってな」
彼女は両手に小さな籠を持っていた。その中から香ばしい匂いが漂ってくる。
「良い匂いだな。それは?」
「朝食用のパンです。昨日仕込んでおいたものを焼きました」
「それは楽しみだな」
悠真は感謝の笑みを返した。リーフィアの手料理は、牧場の日々を支える大切な楽しみの一つだった。
――――――
朝食のテーブルには、焼きたてのパンとフレッシュな果物、そして牧場で採れた卵が並べられていた。リオンはすでに席に着き、期待に満ちた表情で料理を見つめている。
「いただきます!」
リオンの元気な声で朝食が始まった。パンをかじりながら、彼は唐突に質問を投げかけた。
「悠真さん。アルカさんは無事に帰れたでしょうか?」
「ああ、きっと大丈夫だ。最後のオーロラは、無事に航路に乗ったという合図だったんじゃないかな」
リーフィアはハーブティーを注ぎながら、静かに頷いた。
「そうですね。あの美しい光は、きっと感謝と別れの印でしょう」
食事を終えた後、悠真は納屋の整理をすることにした。アルカが使っていた道具や部品の残りを片付ける必要があったのだ。
「少し散らかっているな。この辺も整理しておこう」
納屋の奥に進むと、見覚えのない宝箱が置かれているのに気がついた。木製の箱は古びて見えるが、金色の装飾が施されていた。
「なんだこれ……こんな箱いつからここにあったんだ?」
不思議に思いながら近づくと、突然、箱が動いた。悠真は驚いて立ち止まった。
「何だ!?」
宝箱はゆっくりと蓋を開け、中から目と口が現れた。それは宝箱に擬態した生物だった。
「うわぁっ!」
悠真が驚いて咄嗟に後ろに跳び退いたとき、いつもの様に付いて来ていたフレアが、その奇妙な生物に向かって小さな火の玉を放った。
「コン!」
火の玉は生物のすぐ横を通り抜け、納屋の壁に当たって消えた。それに驚いた生物は急に姿勢を低くし、まるで謝るかのように平伏した。よほど怖かったのか箱の角が地面にぶつかりガタガタと音がしている。
「フレア、助かった。でも、ちょっと待ってくれ。こいつ、戦う意思はなさそうだ」
悠真の声に、フレアは不満げな声で鳴きながらも、攻撃を止めた。三本の尻尾を揺らしながら、警戒の目を緩めない。
リーフィアとリオンが慌てて納屋に駆け込んできた。
「どうしたんですか? 何かあったんですか?」
「うん、またちょっと珍しい訪問者みたいだ」
悠真は頭を下げたままの生物を指さした。リオンは目を見開いて叫んだ。
「わっ! これって、ミミックじゃないですか!?」
「ミミック?」
「はい、宝箱に擬態する魔物です。普通は引っかかった者に襲い掛かってくるはずですけど……」
おそるおそる近づいて観察すると、このミミックは怯えた様子で、攻撃する気配は全くなかった。
「驚かされはしたけど、やっぱり襲い掛かってくるつもりはなさそうだな」
悠真が声をかけると、ミミックはゆっくりと顔を上げた。大きな目で悠真を見上げている。
「コンコン」
フレアが悠真を心配するように声を上げたが、悠真は手を振って制した。
「大丈夫だよ、フレア。こいつ、悪気はなかったみたいだ」
まだ不審ながらもフレアが火の玉を消すと、ミミックは安心したように体を緩め、少し前に出てきた。リーフィアが不思議そうに首を傾げる。
「でも、どうしてこんなところに? ミミックは通常、深い洞窟や遺跡にいるはずですが……」
「たしかに不思議だな。どこかから迷い込んできたのかもしれない」
悠真が手を差し伸べると、ミミックは恐る恐る近づいてきた。まるで子犬のように悠真の手に鼻先……というか箱の縁をこすりつけてくる。
「こうやってみると愛嬌がある……か?まぁ、歓迎するよ」
悠真の言葉に、ミミックは嬉しそうに小さくジャンプした。
――――――
その日の午後、悠真たちはミミックにミックルと名付け、彼のためにスペースを作ることにした。リオンはミックルに興味津々で、ずっと観察していた。
「ミミックは初めて見ましたけど、噂に聞いてたのとは全然違いますね!もっと恐ろしいものだと思ってました」
「この子が特別なのかもな。ただ人を驚かせるのが好きなだけみたいだ」
リーフィアは納屋の隅に小さな敷物と、古い箱を置いた。
「これで少しは快適に過ごせるでしょうか」
ミックルは新しい寝床に喜んで入り込み、満足げに蓋を開けたり閉めたりした。
「よかった、気に入ってくれたみたいですね」
リオンは笑いながら言った。
ミックルの為の場所を整え終えて、悠真たちが納屋から出ると牧場の入り口に見慣れた人影が立っていた。
「おぉ、白石さん!どうもお久しぶりです」
声の主はアスターリーズ商会のドミニク・バレルだった。大きな荷物を背負い、いつものように紳士的な笑顔を浮かべている。
「ドミニクさん、久しぶりですね」
「ええ、少し遠出をしていましてね。今日は良いものが手に入ったので立ち寄らせて貰いました」
ドミニクは得意げに荷物を開け、中から小さな木箱を取り出した。
「これは?」
「秘境から持ち帰った特産品で、そこでしか採れない特別なカカオで作られたチョコレートですよ!」
箱を開けると、美しく包装されたチョコレートが姿を現した。その香りは濃厚で、甘さと深みが混ざり合っている。
「秘境?」
「えぇ、多少危険な場所ではあったんですが、何とか交易に成功しました。このチョコレートには魔力を回復する効果があるんです」
リーフィアとリオンも近づいてきて、興味深そうに箱を覗き込んだ。
「これは見事な色艶ですね」
「わぁ、いい匂い!」
ドミニクは満足げに頷いた。
「さあ、どうぞ。試食してみてください」
悠真たちは家に入り、温かい飲み物と一緒にチョコレートを味わうことにした。一口かじると、とろけるような滑らかさと、深いカカオの風味が口いっぱいに広がった。
「これは……本当に美味しい」
悠真の率直な感想に、ドミニクは大きく笑った。
「でしょう? これをうちの新商品として扱おうと思ってましてな。こちらの牧場のミルクと組み合わせれば、最高のミルクチョコレートになると予想していましてね」
リーフィアは興味を示した。
「牧場産のミルクで作るチョコレートですか……素敵な案ですね」
「ありがとうございます。このチョコレートは普通のものと違って、保存も効くし、魔力回復の効果もある。冒険者たちにとっても必需品になると思っているんですよ」
確かに暑い場所でなければ保存も聞くし、味も良い。その上魔力の回復もできるとなれば人気は出そうだった。問題は価格だけだろう。
その後ミルクの取引などについて調整し、ドミニクが帰る頃にはすでに日が傾きはじめていた。
「新しいチョコレート、楽しみですね」
リーフィアが夕食の支度をしながら言った。リオンも目を輝かせて頷いた。
「売り出したらアスターリーズにぜひ買いに行かないとですね!」
「わ、私も……また、食べたいです」
先ほど起きてきて、お土産のチョコレートを食べたユエが魅了されたようにそう口にした。
「それじゃ、今度買いに行こうか。また一つ楽しみが増えたな」
四人はそんな話をしながら夕食のテーブルを囲んだ。
――――――
夜、悠真は納屋を訪れ、ミックルの様子を確認した。新しい仲間は箱の中で丸くなって休んでいるようだった。
「おやすみ、ミックル」
静かに声をかけると、ミックルはパタパタと蓋を開けて、また閉じた。まるで「おやすみ」と返事をしているかのようだった。
牧場に戻る途中、悠真は満天の星空を見上げた。どこかにアルカの母星があるのだろうか。宇宙の広さを感じながら、彼は深く息を吸った。
「この世界に来て結構立つけど、ほんと毎日が新鮮で飽きないな……」
家に入ると、リーフィアがハーブティーを用意していた。
「お疲れさまでした。今日も良い一日でしたね」
「ああ、毎日が冒険みたいだよ」
悠真はリーフィアの淹れたお茶を受け取り、温かさを感じながら微笑んだ。
窓の外では、月明かりに照らされた牧場が静かに眠りについていた。明日また新しい一日が始まる。悠真はその穏やかな日常の幸せを、胸いっぱいに感じながら、ゆっくりとお茶を飲み干した。




