第102話 キャンプの夜に咲く想いの火花
暖かな夕暮れ時、悠真は牧場の小高い丘で腕を組んで空を見上げていた。春の訪れと共に牧場全体が少しずつ活気づき、昼間は作業に追われていたが、やっと一日の終わりを迎えることができた。
「最近は穏やかな日々が続いているな」
悠真はぽつりとつぶやくと、丘を下りて家に向かった。リビングに入ると、リーフィアとリオンが何やら楽しそうに話し込んでいた。
「あ、悠真さん、おかえりなさい」
リーフィアが優しい笑顔で迎えてくれる。リオンも手を振って挨拶した。
「ただいま。二人とも何を話してたんだ?」
「実は、明日エイドさんたちが観測に来るって連絡があったんです。それでリオンが面白いアイデアを思いついたところでした」
リオンが少し照れくさそうに頷いた。
「僕、前に村でやっていたキャンプファイヤーのことを姉さんに話してたんです。牧場でもやってみたらどうかって」
「キャンプファイヤー?」
悠真は思わず興味を示した。異世界でも似たような文化があるのかと少し驚いている。
「そうなんです。夜に大きな焚き火を囲んで、食事をしたり歌ったりする集まりです。夜空の下、みんなで過ごす時間はとても特別なんですよ」
リーフィアが目を細めながら説明する。その表情には懐かしさが浮かんでいた。
「ふむ、たまには良いかもな。エイドさんたちも来るし、いいタイミングかもしれない」
悠真が笑顔で答えると、リオンの顔が明るくなった。
「本当ですか!じゃあ明日の夕方に準備しましょう!」
――――――
翌日の午後、エイドとミルフィがやってきた。二人とも観測用の道具を持っているが、いつもより大きな荷物を抱えている。
「こんにちは、白石さん。今日もよろしくお願いします」
「エイドさん、ミルフィさん、いらっしゃい。今日は何を調査する予定なんですか?」
「今日はな、牧場の夜間活動をする動物たちの観察がメインなんじゃ。特にストーンの活動記録を取りたいと思っておる」
ミルフィが意気込んだ様子で話す。エイドも頷きながら荷物を下ろした。そこで悠真は、ふと最近は確認していなかった他の勇者たちのことを思い出した。
「そうだ、エイドさん。少しお聞きしたいんですが、最近の勇者たちの動向について何か聞いていませんか?牧場で働いていると、あまり外の情報に触れる機会がなくて……」
それを聞いたエイドは、眼鏡を直しながら少し考え込む仕草をした。
「あぁ、そうですよね……。私も噂で聞いた程度ですが、魔王軍も本気を出したのか最近は、拮抗しているらしいです。以前ほど勇者側が優勢という状況ではないようでした」
「そうなんですか……」
悠真は少し心配そうな表情を浮かべた。自分は牧場で平和に暮らしているが、世界のどこかでは激しい戦いが繰り広げられているのだ。
「まぁ、この話はこの辺にしておきましょう!今日はリオンくんからキャンプファイヤーの提案があったと聞きました。楽しみにしていますね」
エイドの明るい言葉に、悠真も気持ちを切り替えた。
「そうだな。それじゃ観測の準備をしながら、キャンプファイヤーの準備も進めようか」
――――――
夕方になり、牧場の中央には小さな丘が作られ、その上に組まれた薪が積まれていた。牧場経営スキルの地形カスタマイズ機能を使って、キャンプファイヤーに適した環境を整えたのだ。
「やっぱり白石さんのスキルはすごいですね。こんなに短時間で、キャンプにピッタリな場所ができるなんて」
エイドが感心したように周りを見回している。確かに、小さな丘の周りには石が円形に並べられ、草地が広がっている。少し離れたところには水場もあり、安全面も考慮されていた。
「えぇ、牧場経営スキルの便利なところです」
悠真は謙遜しながらも、少し自慢げに答えた。
「悠真さん、薪に火をつけるのはヘラクレスにお願いしましょうか?」
リーフィアの提案に、悠真は頷いた。
「そうだな。ヘラクレス、お願いできるか?」
「ムォー!」
誇らしげな返事と共に、ヘラクレスが角から小さな炎を放ち、薪に火を点けた。クリスタルと融合してから、ヘラクレスの炎はより繊細なコントロールが可能になっている。
火が燃え上がると、牧場の動物たちも徐々に集まり始めた。ベルは小さな鈴の音を鳴らしながら、サクラと共にやってくる。アクアもチチチと鳴きながら、尻尾で水を操り小さな水の玉を浮かべていた。
「きれいな火ですね……」
静かな声が背後から聞こえた。振り返ると、薄暗い中に立つユエの姿があった。日が沈み、彼女が活動する時間になったのだ。
「ユエ、おはよう。起きたのか」
「おはようございます。夜の集まりなら私も参加できるので……」
ユエはそう言うと穏やかに微笑んだ。
「ワン!ワン!」
元気な声と共に、フロストが機械仕掛けの体を揺らしながらやってきた。その後ろからはラクルも翼をパタパタさせながら飛んできた。
「クルル!」
「今夜は賑やかになりそうだな」
悠真が微笑むと、周りから笑い声が上がった。
――――――
火が安定して燃え始めると、リオンが準備していたものを取り出した。ソーセージやチーズ、そして白い丸いものが入った袋だ。
「これ、モフモアっていうんです。焼くと膨らんで甘くなるんですよ」
「モフモア?初めて見るな」
悠真は興味津々でモフモアを手に取った。ふわふわした触感でマシュマロみたいだと感じた。
「月影村の特産品なんです。月の満ち欠けに合わせて作られる特別なお菓子なんですよ」
「プゥプゥ!」
リーフィアが柔らかい声で説明していると、その足元に二匹の長い耳を持つ兎が飛び出してきた。
「あ、ステラとルミだ」
リオンが声を上げる。ルミはリオンの持っているモフモアに興味を示し、鼻をひくひくさせた。
「ダメよ、ルミ。これはあなたの食べ物じゃないわ」
リーフィアが優しく諭すと、ルミは少し残念そうにしたが、おとなしく引き下がった。
モフモアを細い枝に刺して火にかざすと、徐々に膨らみ始め、表面が焦げ始めた。
「これくらいがちょうどいいんですよ」
リオンが教えてくれた通りに焼き上げると、外はカリッと中はふわふわになったモフモアが完成した。
「うわ、これは美味しいな!」
悠真の素直な感想に、みんなが笑顔になる。
「キュイ!」
青い鱗が月明かりに照らされて輝きながら、アズールが飛んできた。小さな翼をバタバタさせながら、悠真の周りを回る。
「アズール、おまえもモフモアが欲しいの?」
悠真がモフモアを一つ取り分けると、アズールは喜んで受け取った。
夜が更に深まると、岩だと思っていたものがゆっくりと動き始めた。
「クー……」
「おはよう、ストーン。おまえも起きたか」
悠真が言うと、エイドはノートを取り出して熱心にメモを取り始めた。
「夜行性の大岩亀が活動を始める瞬間を観察できるなんて、貴重な機会です!」
ミルフィも同様に観測機器を手に取り、ストーンの動きを記録し始めた。
――――――
キャンプファイヤーが最も賑わっている時、悠真はふと空を見上げた。
「そうだ、こんな日は花火があればもっと素敵だろうな」
「確かに。月影村から上がった花火は綺麗でしたね」
リーフィアが復興の祝いの晩に見た花火を思い出してそう言った。
「こんな時の為に買っておくのもいいかもしれませんね!」
リオンも同じようで、少しうずうずした様子でそう提案した。
「コン!」
すると、フレアが前に出てきて炎を空に向かって放った。炎は空高く舞い上がり、赤い光の花を咲かせた。
「キュー!」
今度はアズールがそれに合わせるように氷の息を吐くと、炎は空で結晶化して青い光に変わった。
「ピュイー!」
さらにレインが空を泳ぎながら、体から虹色の光を放ってその光景に彩りを加えた。
「素晴らしい……これは、花火にも劣らない華やかさです……」
エイドは観測機器を置き、ただ純粋に美しい光景を楽しんでいた。ミルフィも小さな手を上げ、感動した様子で見上げている。
「本当に……素敵ですね……」
ユエも普段の控えめな様子とは違い、目を輝かせて空を見上げていた。
悠真はこの光景を心に焼き付けながら、ふと思った。自分が召喚された本来の目的は魔王との戦いだったはずなのに、今はこうして牧場で平和に暮らしている。
「いつか、この平和が世界中に広がりますように」
悠真の小さなつぶやきに、リーフィアが優しく微笑んだ。
「きっとそうなりますよ。そのために勇者の皆さんも私達も頑張っているんですから」
悠真はリーフィアの言葉に「そうだな」と答え、静かに頷いた。
そうしてキャンプファイヤーの火と、フレアたちの彩る火花に照らされながら、春の夜は穏やかに更けていった。




