第100話 消えたごみと現れた魔物
朝靄がゆっくりと晴れ、白石牧場に陽光が降り注ぐ頃、悠真は日課の作業に取り掛かっていた。星空のサプライズパーティから数日が経ち、牧場の生活は穏やかな日常へと戻っていた。
「よし、これで全部だな」
悠真は納屋の隅に集めておいた数袋のごみを手に取り、牧場の奥、森との境にある小さなごみ捨て場へと向かった。足元には相変わらずフレアがぴったりと寄り添い、三本の尾をゆらゆらと揺らしている。
「フレア、今日も付き合ってくれるのか?」
「コーン!」
フレアは嬉しそうに返事をすると、先導するように前を走り出した。悠真はその姿を見て微笑む。牧場の広場を抜けると、悠真の視界にサクラとベルが入ってきた。二匹は仲良く草を食んでいる。
「おはよう、サクラ、ベル」
悠真が声をかけると、二匹はそれぞれ「メェー」と鳴いて応えた。特にベルは体から小さな電気を放出させながら喜びを表現している。
「おい、危ないぞ。興奮しすぎると雷が出るんだから」
あわてて悠真が注意すると、ベルは少し恥ずかしそうに電気を収めた。その様子に、悠真は思わず笑みがこぼれた。
――――――
途中、動物達の様子を見ながらごみ捨て場に到着した悠真は、昨日捨てたはずのごみ袋が見当たらないことに気付いた。周囲を見回しても、袋の姿はない。
「おかしいな……昨日ここに置いたはずなんだが」
不思議に思いながらも、彼は今日分のごみ袋を置こうとした瞬間、森の茂みから青い物体がぷるぷると姿を現した。
「え?」
それは体長約50センチほどの青いスライム。半透明の体がゆらゆらと揺れながら、悠真の方へとゆっくりと近づいてきた。
悠真は一瞬、体が硬直した。スライムと言えば魔物の一種だ。街道で冒険者たちが退治している話を聞いたことがある。咄嗟に後ずさりながら、彼は周囲に目を配った。
「フレア、気をつけろ」
悠真が小声で警告すると、フレアは構えを低くして身構えた。しかし、そのスライムは二人を攻撃する様子はなく、ただぷるぷると震えながら悠真たちを……いや、悠真の持つごみ袋をじっと見つめているように見えた。
「……?まさか……」
悠真はふと思い当たった。昨日のごみ袋がないこと、このスライム……。その予想を確かめるため、彼はごみ袋を地面に置いてみた。
すると驚くべきことに、そのスライムは嬉しそうに体を揺らしながらごみ袋に近づき、その体全体でごみ袋を包み込んだ。スライムの体の中でごみ袋がどんどん小さくなっていき、やがて消えてしまった。
「なるほど……ごみを食べるスライムか」
「コン?」
フレアも首を傾げながら、その不思議な光景を見ていた。
「スライムってモンスターだと思ってたけど……この感じだと俺達に敵意はなさそうだな」
悠真が安心したように言うと、スライムは満足げに体を震わせた。完全にごみ袋を消化し終わると、スライムは元気よく跳ねた。
「何か言いたそうだな」
悠真がそう言うと、スライムは悠真の足元に近づき、足に擦り寄ってきた。まるで猫のような仕草に、悠真は少し驚いた。
「もしかして、おまえも牧場に来たいのか?」
スライムは大きく跳ねて、イエスの意思表示をしているように見えた。
「う~ん……まぁいいか。但し、他の動物たちを襲ったりしないと約束してくれるならだ」
再び大きくジャンプするスライム。その様子に悠真は微笑んだ。
「よし、じゃあ名前をつけてやるか。青いから……ブルーはどうだ?」
スライムは少し首を傾げたように見えた。
「あ、気に入らないか?う~ん……じゃあ、アオイはどうだ?」
今度はスライムが嬉しそうに跳ねた。
「決まりだな。アオイ、これからよろしく」
悠真は新しい仲間に手を差し出し、アオイはその手にぴたりと乗った。不思議とベタベタした感触はなく、むしろ涼しげな感触が手のひらに広がる。
「ってことでフレア、新しい仲間だ。仲良くな」
「コン!」
最初は警戒していたフレアだったが、アオイが害のない存在だと分かると、好奇心いっぱいの目で新しい仲間を観察し始めた。
――――――
牧場に戻る途中、リーフィアが小さな水差しを持って近づいてきた。
「あ、悠真さん。おはようございます」
「おはよう、リーフィア」
悠真が挨拶を返すと、彼の足元でアオイがぴょんぴょんと跳ねた。リーフィアは初めて見たその姿に驚いた。
「えっ?それ、スライムじゃないですか?」
「ああ、今朝ごみ捨て場で出会ったんだ。出してたごみを消化してくれてた。敵意はなさそうなんで、アオイって名付けて連れてきたんだ」
リーフィアは興味深そうにアオイを観察した。
「そうだったんですか。人に敵意を持たない魔物は珍しいですね」
アオイは嬉しそうに体を膨らませた。
「リーフィア、アオイを他のみんなに紹介してもいいかな」
「もちろんです。みんな新しい仲間が増えて喜ぶでしょう」
二人が話していると、空からノアリスが舞い降りてきた。
「あー!悠真、また新しい子連れてきたの?」
「ノアリス……間違っては無いけど、その言い方はなんか語弊がある気がするぞ」
興奮気味に尋ねるノアリスに、悠真は苦笑いしながら答えた。
「うわぁ、青くてぷるぷるしてる!かわいい!」
ノアリスはそんな悠真を気にした様子もなく、アオイの周りを飛び回って興味深そうに観察している。
「アオイって名付けた。牧場のごみ捨て場で出会ったんだ」
「アオイだね。私はノアリス、よろしくね!」
ノアリスの元気な挨拶に、アオイは体を小さく震わせて応えた。
「悠真さん、朝ごはんの準備ができてますよ」
リーフィアの言葉に、悠真は頷いた。
「そうか、じゃあ行こう。アオイも来るか?」
アオイはぴょんぴょんと跳ねながら、悠真たちについていった。
――――――
家の中では、リオンが朝食の準備をしていた。テーブルには焼きたてのパンと、野菜のスープ、牧場で採れた卵料理が並んでいる。
「おはようございます、悠真さん」
「おはよう、リオン。良い香りだな」
リオンは悠真がそう返事をするそばで、アオイが動いたのに気づいて驚いた声を上げた。
「わっ、これは……?」
「スライムのアオイだ。敵意は無いから大丈夫だよ」
「スライムですか……攻撃してこないのは初めて見ました」
リオンは好奇心いっぱいの目でアオイを見つめた。
「ごみを食べてくれるんだよ。牧場の清掃係として活躍してくれそうだ」
「それはすごいですね!よろしく、アオイ!」
リオンが感心した様子で言うと、アオイは嬉しそうに体を揺らした。
「じゃあ、朝食にしようか。アオイにも何か与えられるといいんだが……」
悠真が言うと、リーフィアは少し考えるような仕草で答える。
「ちょうど朝食を作った時に出た生ごみはありますけど……」
「そうか。アオイ、これはどうだ?」
悠真は野菜の皮や卵の殻が入った小さなバケツをアオイの前に置いた。アオイは喜んで体を伸ばし、中身を吸収し始めた。
「わ、すごい……あっという間に無くなりました」
リオンは目を丸くして驚いていた。
そうして四人で朝食をとりながら、牧場での一日の計画を立てていく。アオイは床に落ちたパンくずを器用に食べ、すっかり家族の一員のように溶け込んでいた。
――――――
朝食後、悠真はアオイを連れて牧場の動物たちに紹介して回ることにした。まずは納屋へと向かう。
納屋の中では、ルナが丸くなって昼寝をしていた。悠真が近づくと、ルナは目を開けて小さく「ニャー」と鳴いた。
「おはよう、ルナ。新しい仲間を紹介するよ」
悠真がアオイを指さすと、ルナは好奇心いっぱいの目で新参者を観察した。最初は警戒した様子だったが、アオイが害のない存在だと分かると、近づいてクンクンと匂いを嗅ぎ始めた。
「仲良くな」
悠真の言葉に、ルナは小さく鳴いて同意を示した。その様子にホッとした悠真は、次に外の泉の方へと向かった。
途中で出会ったアースやシャドウにも紹介しながら泉に着くと、ちょうど泉からセリーナが顔を出した。水色の長い髪が水面に広がる。
「あら、おはようございます、悠真さん」
「おはよう、セリーナ。今日も泉を訪れてたのか」
「はい。ここの泉はお気に入りですから」
セリーナはそう言いながら、アオイに気づいた。
「あら新しいお友達ですか?」
「ああ、アオイっていうんだ。ごみを食べてくれるスライムなんだ」
「まあ、それは素敵な能力ですね。私はセリーナよ。よろしくね、アオイさん」
セリーナは優雅に髪をかき上げながら言った。アオイはセリーナに応えるようにぷるぷると震えた。
――――――
午後になると、牧場の住人たちはすっかりアオイに慣れ、むしろ歓迎ムードになっていた。特にごみや落ち葉を片付けてくれるアオイの能力は、みんなに重宝されていた。
悠真はそんな仲間達の様子を眺めながら、寄ってきたウィンドの首を撫でてやっていると、遠くから声が聞こえてきた。
「悠真さーん!」
振り返ると、ミリアムが手を振りながら牧場の入り口から走ってくるのが見えた。彼女の腕には小さなバスケットが下げられている。
「ミリアムか。今日は薬草採りか?」
「はい!ちょうど良い季節なんです。薬草がたくさん採れました!」
ミリアムは嬉しそうに言うと、バスケットを見せた。中には色とりどりの草花が詰められている。
「それにね、途中で珍しいキノコも見つけたんですよ!リーフィアさんに見せたいと思って」
「そうか。リーフィアなら家にいるはずだ」
悠真がそう言うと、ミリアムは頷いた。しかし、次の瞬間、彼女はアオイに気づき、目を丸くした。
「わ!これ、まさかスライムじゃないですか……?」
「あぁ、今朝出会った新しい仲間だ。アオイって名付けた」
「やっぱり……私、野生のスライムは見たことがありますけど、こんなに人に懐いているのは初めて見ました」
ミリアムは興味津々でアオイを覗き込んだ。アオイも好奇心いっぱいにミリアムを観察している。
「アオイ、この子はミリアム。よく牧場に遊びに来てくれる友達だ」
アオイは嬉しそうに跳ねて挨拶した。
「初めまして、アオイちゃん。私はミリアムっていうの。よろしくね!」
ミリアムが手を差し出すと、アオイはその手に乗り、軽く体を震わせた。
「わぁ、冷たくてひんやりする〜!気持ちいい!」
ミリアムは嬉しそうにアオイと触れ合っていたが、ふと思い出したように言った。
「あ、そうだ!悠真さん、これ、お土産です!」
彼女はバスケットから小さな包みを取り出した。開けてみると、中には自家製のハーブクッキーが入っていた。
「ありがとう、ミリアム」
「実は私が作ったんですよ。友達から特製のレシピを貰ったので」
悠真がクッキーを一つ取って口に入れると、爽やかなハーブの香りが広がった。
「美味しい。腕が上がったな」
「えへへ、ありがとうございます!」
ミリアムは嬉しそうに微笑んだ。
「みんなで分けて食べてください。リーフィアさんたちにも」
「ああ、ありがとう。みんな喜ぶよ」
二人が話しているとき、アオイは地面に落ちたクッキーの欠片を見つけて、すぐに吸収した。ごみを食べた時とは僅かに震え方も違うように見える。そんな様子を見たミリアムは感心した声を上げた。
「わあ、こんな風に消化してくれるんですね。とってもいい子!」
「ああ、早速期待以上の活躍ぶりだ」
悠真は微笑みながら、アオイの頭を優しく撫でた。アオイは満足げに体を揺らした。
――――――
夕暮れ時、悠真はリビングで静かにお茶を飲み、温かな時間を過ごしていた。アオイも彼らの輪の中で、新しい家族の一員として溶け込んでいた。
「今日は色々とありがとうな、アオイ」
アオイはそれに応えるように、小さく跳ねた。
遠くからは、ベルの鈴の音、サクラの鳴き声、トレジャーの羽音が聞こえ、フレアとテラがじゃれ合う姿も見える。アクアとレインが泉で水遊びをし、ウィンドが夕空を優雅に飛んでいる。
星々が輝き始める空の下、白石牧場は今日も平和な一日が終わりを告げていった。




