好きも嫌いも呪いになる
なんでそうしたのかはよくわからなかった。
私が小さかった頃、子供の多い公園。
膝を擦りむいて泣いているこがいたから、私は声をかけた。
「痛いの? じゃあ、私が早くよくなるおまじないをしてあげる」
しゃがみ込んでいるその子に膝を曲げて視線を合わせてそう言うと、その子は私の手を取ってくれた。
私はその子の手を握って水道まで向かう。
「まずは水できれいにするの」
私が蛇口から水を出すと、その子は黙って膝を出した。水が擦れた肌の上をサラサラとすべる。
水がしみて痛いだろうにその子はなんの文句も言わなかった。
私は蛇口をひねって水を止める。
「じゃあふくよ」
ティッシュをそのまま重なった状態で水を吸い取る。
「最後にシールを貼って完成だよ」
私が貼ったのはただの絆創膏だったけど。
終わった頃にはその子は泣くのをやめていた。
それの日からその子と私は意味もなく隣にいたりした。すぐそばで遊んでいるけど、話はしなくて……けれど、記憶に残っているのは、その子が今もそばにいるからだろうか。
私はとにかく優しい人になりたかった。
誰かが嫌な思いをするのが嫌で、人を傷つけたかもしれない自分が嫌で、優しい人になりたかった。
でもいつも誰かが嫌な思いをして、解決しないまま明日が来る。そしたら何もなかったみたいになっていて、また誰かが嫌な思いをする。
いつもその繰り返しだ。
「同じようなことがあったのに、改善できないまま誰かが嫌な思いをする。私は、優しくなれない」
「同じレールで嫌な思いをしている人を見たくない」
「なんど繰り返しても違う日々で同じように誰かが嫌な思いをする」
「それが嫌だ。つらい」
「そうならないように無理矢理でも気を使うから、できないことをしたくなるから」
「それは、嫌われたくないから」
「優しい人になろうとすれば、嫌われない人になれると思い込んでたんだ」
「きっと小さいころから私はずっと嫌われなくなかっただけなんだ」
屋上で、私は誰かに呪詛を吐いている。救われたいと喚いている。
「どうしてみんなは嫌な思いをするのに一緒にいると思う?」
隣にいたその子は私に影を落とした。
「きっと、一緒にいたいからだと思うんだ。一緒にいたら嫌なことがいっぱいあると思う。けど、嬉しくて楽しいから、好きだから、一緒にいたいと思ってしまう」
「好きも嫌いも呪いみたいだ」
「あはっ酷い言い様。呪いって言うんだよ。あのときみたいに」
その子の笑顔が青空に映えているのが、見ていない私にもわかる。
「あのときさ、ちょっと嫌だった。放っておいてほしかったから。でも、それ以上に嬉しかった。めんどくさいね。人間って」
「私、あのときも嘘ついたね。ずっと変わらない。嫌われたくないから。嘘つくなんて悪いことして優しい人になれるわけないのに、嫌われないわけないのに」
「言ったでしょ? 人間ってめんどくさいの」
その子はペットボトルのフタを開けて私に水をかけてきた。
「もっと泣いたっていいと思うよ。まずは水できれいにするんでしょ。………君のそういう話を聞くのは大変、けど、君がまた笑えるようになったら、元気になったら、きっと、面倒の何倍も好きになる」
たぶん人は、楽になろうとすると人に嫌われる。けど、楽になろうとしないと壊れてしまう。
好きっていう呪いにかかってしまえば、少しの嫌いは乗り越えられる。
嫌われないことはできない。けど、好きになってもらうことはできる。ずっと好きと嫌いのバランスで手をつなぎ合えている。
嫌われたくない相手は嫌い、嫌われたくない自分も嫌い。なら、ちょっとでも好きになれたら、いいのかな。