ライブ!ライブ?
絶望という迷宮にいた僕の前に
ある日君が現れた
たとえ君が迷宮に囚われても
僕らの運命の糸を辿って助けに行くよ
君は僕の女神
一緒にどこまでも駆けていこう
と、野外ステージ上のミノタウロスたちは歌っているらしい。やはり蠍にはブモブモとしか聴こえないが。
歌詞の内容がわかるのは、ミノタウロスたちの背後にあるスクリーンに字幕が映っているからである。
思った通り、ミノタウロスのライブは蠍にはかなり退屈だった。歌詞も正直微妙だし。
何故初果や周りの観客が熱狂出来るのかさっぱりわからない。
汐もやはり気分は高揚しているようだが、それ以上に人の多さに圧倒されてあたふたしている。蠍と雨の入ったバッグが人混みに押し潰されないように何度も体勢を変えて避けていた。
やがて前半の部が終わり、ミノタウロスたちがステージ裏に引っ込んでいく。
観客たちも会場の周りに立ち並ぶ屋台の方に向かい、汐はほっと息を吐く。
そこに、
「汐ちゃん」
誰かが汐に声をかけてくる。汐が振り向くと、
「あ!えーーーーーっと、苫さん?」
「前より思い出すのが早くなったな」
そう苦笑いする茶色い髪をした十七歳の美少年。
汐の家の隣のアパートに住んでいる学生、一苫である。
いい加減、隣に住んでる奴の顔ぐらい覚えろと蠍は言いたい。
「どしたの?汐·····」
苫を見た途端、初果の顔が強張る。
「こんにちは。汐ちゃんのお姉さんだよな?」
苫はにこやかに挨拶するが、
「·······こんにちは」
初果は無愛想に応える。ライブに熱狂している間はこれ以上ないほど機嫌が良かったのに。
汐がこそっと蠍に言う。
「初果ちゃんはイケメンには敵愾心を燃やすからね」
『なんでだよ』
イケメンが嫌いな姉と、イケメンの顔を覚えられない妹。どういう姉妹なんだ。
「苫さんもライブ観に来たの?」
汐の問いに苫は首を振る。
「今日は実習···というより、クレタ島の警備してるんだ」
クレタ島とは、現在ライブ会場になっているこの島のことである。ミノタウロスの九割はここに集落を作って暮らしているらしい。
「警備って、なんで?」
苫は警備員ではない。国際捜査官、通称『スターゲイザー』の卵である。今は警察学校に通う学生だが。
「まだ学生さんなのに?」
畳み掛けるように聞く汐に、苫は肩をすくめると、
「人手不足なんだよ。それに、人数が多い方が抑止力もあるしな」
「警備会社じゃなくてなんで警察が出ばってるの?それって何かの捜査も兼ねてるわけ?」
興味が出てきたのか、初果が聞く。顔は仏頂面のままだが。
苫は一瞬答えようかどうか迷ったようだが、
「まあ、極秘捜査じゃないし、良いか」
それでも一応自分達に注目している人間がいないかどうか確かめてから、
「最近、クレタ島にミノタウロスたちを密猟···いや、誘拐しようとする連中が出没してるらしくて」
「ミノタウロスを誘拐!?なんで?」
思わず大声を出す汐に、苫が静かにと注意するが、幸いこちらに注目する観客はいなかった。
ミノタウロスは牡牛国から見れば人間と変わらないのだろうが、外国人から見れば珍獣である。捕まえて売り飛ばそうとする奴がいてもおかしくはない。
しかし、汐からするとわざわざ屈強なミノタウロスを選んで誘拐する意味がわからないのだろう。
「それは、犯人に聞いてみないとわからないな」
苫は少し気を遣った返事をする。
「それじゃ、俺はそろそろ行くな」
「ウチらに用事があったんじゃないの?」
「いや、たまたま見かけたから声をかけただけ
邪魔して悪かったね。ライブ楽しんでな」
そう言って苫は人混みの中へと消えていく。
「言われなくてもそうするわ」
初果が(多分わざと)感じ悪く吐き捨てる。とことん苫のことが気に入らないようだ。
「苫さん、良い人だよ。それに、イケメンなのは、悪いことではないよ。顔覚えらんないけど」
汐があまり説得力のないフォローを入れる。
初果はむすっとした顔のまま、
「本能には逆らえないのよ」
どんな本能だ。
蠍は呆れながら、苫の去って行った方向を眺める。
そしてそっと汐の鞄を抜け出した。
汐のことは心配だが、雨や初果もいるし、これだけ周りに人がいれば簡単に誘拐されることもないだろう。
それに、密猟者を狩る方がミノタウロスのライブを観るより楽しそうだ。
作者はライブ行ったことありません!
そのため詳しくわかりませんが、話の展開上必要だったので休憩時間を入れています。
実際と違ってても流してください。