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【完結】暗殺の瞬が名を捨てるまで  作者: 二角ゆう
表の大戦(おおいくさ)編
99/137

第49話-2 終戦(後編)

 それから時間は瞬く間に過ぎていった。

 瑛真と霜月は最優先で治療が続けられた。瑛真の腕は一応縫合されたがまた動くかは分からない。


 霜月は以前の腹の傷が開いてしまったが幸い一箇所ですんだ。しかしそれに加え何箇所もある牙による損傷、一時的な薬の多量摂取による反動により未だ目が覚めない。


 ようやく全員が五百蔵城へ移動が終わった。


 諒はずっと座っていた。


 僕は白若、泣いている場合ではない。

 臣下二名が意識不明の大怪我を負い自分は何もできなかった。それに加え五百蔵派の人質として捕らえられてしまった。


 諒は阿道派と五百蔵派の戦後、初めてあの懐かしい声を聞いた。


「白若様」


 諒は勢いよく振り返る。少しやつれた瞬が目の前にいる。諒は下唇をギュッと噛み涙を堪える。震える声で瞬にこう言った。


「霜月が天壌(扮する鄧骨とうこつ)を討ったと聞いた。大義であった。瞬もついていてくれたのだな。礼を言う⋯⋯」


 瞬は口を開いたが今目の前にいるのは白若として接しなければならない。慰めの言葉をかけてはならない。瞬は下を向くとこう告げた。


「労いのお言葉まことに有り難く存じます」


 瞬は霜月を見る。一時的な大量の薬の摂取で意識が混沌としているようだと説明された。全身に損傷も多い。橙次も何も言わず霜月を見ていた。


 ピクッ、霜月の指が動いたように見えた。


 霜月の胸が上下する。瞬は慌てて近寄ると大声で呼ぶ。


「霜月さん! ⋯⋯霜月さん!!!」


 瞬は霜月が目を開くのを心から望んだ。

 諒はその場で爪の跡が強くついてもそのまま拳を強く握り続けそこで待っていた。


「ごほっ⋯⋯」


 弱々しい咳が聞こえる。橙次は腰を少し浮かせた。霜月の目が眩しそうに薄く開く。


「ここは⋯⋯うつつか⋯⋯黄泉よみか⋯⋯?」

「霜月さん!! 俺だ! 分かるか?」


 瞬は霜月の顔に近づき興奮気味に聞く。少し間を置いて霜月は途切れ途切れ言葉を出す。


「近すぎて⋯⋯見え⋯⋯な⋯い」


 諒はその光景を見ると下を向いて肩を震わせた。蒼人と橙次は両側から諒の背中を他の者から見えないように支える。そして瞬は諒の方へガバッと振り返る。すると下を向いて肩を震わせている諒が目に入った。


 瞬は諒が無理をしているのが分かった。諒は寂しさも無力さも抱えて飲み込んでいる。


 瞬は胸が熱くなるのを感じた。

 諒の役に立ちたい!そして瞬は諒の方へ走る。


「白若様! 不敬罪は後でいくらでも受けます!!」

「へっ?」


 その直後、瞬は諒をがばっと抱きかかえた。そして諒をそのまま霜月の横へ座らせた。そして肩を大きく抱くと皆に見えないように小声でこう伝える。


「諒、これで霜月さんが見えるか? これなら泣いても誰にも見えないから我慢しないでくれ」


 諒は霜月の方を見た。霜月の目はまだ虚ろではあるが時間をかけて諒の姿を捉えた。そして諒は霜月と目が合うと肩を大きく震わせた。すると堪えても目から涙があふれる。諒は霜月の名前を呼ぶ声が漏れてくる。


「霜月さん、霜月さん⋯⋯」


 蒼人は近づくと瞬に耳打ちした。


「戦が始まる時も瑛真が倒れた時も今まで一度も諒は泣いていない。白若として振る舞いかなり無理をしている」


 蒼人と言葉を聞いた瞬はゆっくり大きく頷いた。霜月は諒の方へ手を伸ばした。思うように手が上がらない。諒がそれを見て顔を近づけると霜月の手は頭ではなく頬に当たった。それでも諒は霜月の手を上から包んで霜月を見つめた。


「あ⋯⋯れ? ごめ⋯⋯諒⋯⋯よく⋯⋯頑張っ⋯⋯たね」


 諒の目から後から後からに涙が溢れ出る。しばらくそうしていると諒は霜月を見た。すると霜月は優しい顔をして諒に微笑む。


「霜月さん⋯⋯もっと褒めて」


 それを聞いた霜月は目を丸くして諒を見た。すると瞬は思わず噴き出して笑った。そして霜月も笑おうとしたが、顔を痛みで歪めた。


「痛⋯⋯た⋯⋯笑わせ⋯⋯ない⋯⋯で。後で⋯⋯いっ⋯⋯ぱい⋯⋯褒めて⋯⋯あげる⋯⋯ね」

「あっ霜月さん、ごめんね! 笑ったら傷口に触るよね!」


 それを見た諒は慌てた。その光景をひとしきり見ていた橙次は霜月の横に座った。すると霜月は橙次を見た。


「橙次⋯⋯だ。良かっ⋯⋯た⋯⋯生きて⋯⋯た⋯⋯」

「俺だけ扱いひどいじゃん。全然生きてるし、傷ひとつ無いし!」


 それを聞いた橙次は呆れ笑いをして、いつものような調子で返す。すると霜月は迷惑そうな顔をした。


「笑⋯⋯うと⋯⋯痛い⋯⋯から⋯⋯⋯やめ⋯⋯て」

「この調子なら大丈夫そうだな」


 橙次はニカッと笑うと、皆も笑いをこぼした。すると遠くから声がする。


「おうおう、霜月も変わったなぁ。良いものを見せてもらった」


 一同が声の主の方へ振り返った。五百蔵とその側近がずらりと後ろを連ねる。そして五百蔵は手を前に出すとこう伝える。


「白若とその側近、橙次殿以外は人払いする」


 それを聞いた瞬たちを除いた白若の臣下は立ち上がり部屋を出ていった。そして戸が閉まるのを確認すると五百蔵は真ん中に座り口を開いた。


「影の者達よ。楽にするが良い。ここには影屋敷の者しかいない。余は五百蔵殿の影武者の一心だ」

「えっ?」


 瞬と諒と蒼人は思わず声をあげた。


「ここにいる余の側近は影屋敷に登録している者たちだ。瑛真を手当したものも影屋敷から一番腕に立つものを招集した。しかし橙次殿があんなに的確に行うとは思わなかった。緒方先生も大層驚いていた」


 橙次は冷ややかな目で一心を見た。一心はそれを見ずに立ち上がって霜月の近くに行くと様子を伺う。


「霜月、目が覚めたか。余は其の方が目を覚ますのを待っていた」

「⋯⋯まだ⋯⋯あまり⋯⋯話せ⋯⋯ませ⋯⋯ん」


 霜月は震える口を開く。瞬は痛みで霜月が顔を歪めているだけに見えなかった。あれば怒りがこもった目だ。一心は霜月の顔を見てこう聞いた。


「霜月、俺が憎いか?」


 しかし霜月は答えない。


瞬は一心を見ると、どこか悲しそうに見えた。その様子を見ていると一心は霜月から視線を外した。


「霜月の調子もまだのようだな。それなら日を改めるか」


 すると側近の鴨下が一心の目の前にスッと移動して片膝をついて頭を下げる。


「霜月殿はあの噂に殿を勘違いなされています。このままでは仲間に迎え入れても軋轢あつれきが生じてしまいます。私に説明の許可を下さい」


 しばらく一心は鴨下を見ていたが手を上げた。


「⋯⋯よかろう、許可する」


 鴨下は一心にお辞儀をすると霜月たちの方を真剣な顔で見た。さすがは天下になる側近だ、空気が引き締まるのを瞬は肌で感じていた。


「おそらく霜月殿は”五百蔵殿が阿道殿と全面戦争を仕掛ける気だ”という類いの噂を聞いていると思います。ご存知の通り五百蔵様は阿道様の臣下にございました。ですから謀反を起こすつもりだと思われたでしょう」


 鴨下は悲しそうな目をした。

「⋯⋯ですが逆なのです」


それを聞いた瞬は片眉を上げた。誰もが鴨下の言葉を待った。


「阿道様は五百蔵様の嫡男が生まれた場合は養子に迎えるとおっしゃっていたのです。阿道様にとって五百蔵様は信頼における存在でした。

阿道様は嫡男に恵まれませんでしたのでお世継ぎを迎えるには姫君に婿を迎えることになります。そこで五百蔵様が御台様のご懐妊がわかると、密かに阿道様に報告し秘密裏に五百蔵様の嫡男誕生と養子のお祝いの準備を進めていたのでした」


 鴨下の目に怒りが灯る。


「そこへ間違えた噂を聞きつけた光原が阿道様を討った。阿道様の首こそは城と共に燃え尽きてしまいましたが、もはや噂を消すことは叶わなくなりました。

そしてその噂は現実になったのです。阿道様の隣で共に描いた未来を目指してきた八角殿と対峙して自分の手で討ったのです。あれから今この瞬間も五百蔵様は心を痛めております。心を痛めているのは霜月殿だけではないのです」


 霜月は鴨下をじっと見た後、一心を見た。

 そして霜月は目を伏せ苦しそうに目をつぶった。


「俺が⋯⋯あのとき⋯⋯直⋯⋯接会って⋯⋯確認⋯⋯⋯⋯して⋯⋯いれば⋯⋯」


 瞬は霜月を見ていた。おそらく“あのとき”とは阿道城が燃えた日のことだと瞬は思った。


あの日、瞬は霜月が秋実を殺したことを思い出して己を見失っていたが、霜月はそのせいで阿道に会えなかったのかもしれない。霜月の様子はその言葉も表情にも悔しさがにじみ出ていた。洒落頭しゃれこうべは情報屋のシシだけではなかったようだ。


またしても洒落頭しゃれこうべに情報操作で踊らされて多くの血が流れたと瞬は思うと怒りが湧いた。


 一心は感情を押し殺したように伝えた。


「鴨、その辺でもうよい。いきなり言われても霜月も(阿道様の影武者の)恭一郎殿には懐いていた。噂に踊らされたと言っても憎いものは憎いだろう。

しかし余は阿道様に何かあった場合、この国を引っ張って行くよう頼まれた身だ。何があってもこの国の一番となり世を導いていくと五百蔵様と共に誓ったのだ。それを阻む者は例え仲間であった八角殿であろうと⋯⋯」


 一心は言葉をそこで止めた。しかし続く言葉は出なかったので、辺りに沈黙が漂う。


 瞬は一心が自分自身に言っているように聞こえたが、最後の方は下を向いていたので表情は読み取れなかった。しかし共に天下を目指した阿道は情報操作によって自分の派閥の者が謀反を起こし討たれてしまい、その阿道をずっと支えてきた仲間の八角を討つのは並大抵な覚悟ではなかったはずだ。


 自分の真意とは裏腹に噂や間違った情報で躍らされ、混乱が溢れた。信念とは何か、変わらないものは何か、それを嫌という程一心は見てきたのではないだろうか。そこでたどり着いた先は自分の心の中の一番固い決意、この国を自分が引っ張っていくことだと言うのが伝わってきた。


 そう考えていると自分自身のことだってそうだったと思い返した。霜月が秋実を殺した事実から、その本当の出来事を知らずに勘違いをしていた。しかし蓋を開いてみれば霜月の秋実を慕う気持ちと、すべてを背負い込む覚悟からの行動だったということが分かったのだ。


 そこで瞬は忍の里長やその他大勢の人の記憶を見たことを思い返していた。事実とは違った形で伝えられ利用された結果起こってしまった滅獅子の大戦、阿道城の大火災、それに今回の阿道派と五百蔵派の大戦おおいくさ。そのことがあらわになった今、それぞれの胸の中に何を抱いているのだろうか⋯⋯。


 一心は気持ちを切り替えるように深呼吸をすると顔を上げて諒にこう伝えた。


「諒、夕餉まで人払いをするから側近と話をするがいい。其の方らが逃げなければ余は何もせん。其の方らのおかげで多くの小国の大名たちは余の方へつくそうじゃ」

「ありがたき幸せに存じます」


 諒はさっと頭を下げると慌てて答えた。

 一心たちが部屋を出て戸が閉まると、諒は瞬の方へ向き直り瞬の胸へ飛び込んだ。

 瞬は諒の頭を撫で回した。


「諒、頑張ったな。すげーカッコいいぞ!!」


 諒に向かってニカッと笑った。橙次は二人を見て微笑んだ。

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