第49話-1 終戦(前編)
諒はようやく毫越の姿を見つけた。毫越の目の前にいるのは瑛真だろう。諒は一瞬全身の感覚が無くなるほど目だけに集中した。全てがスローモーションに見える。
毫越の剣が瑛真の左腕の後ろから突き出てくる。
瑛真の左腕は重力に抗うことなく下へ落ちていく。
瑛真はその左腕を追うように崩れ落ちた。
瑛真の足元には血溜まりが出来ていた。
ビチャッ、瑛真は血溜まりに突っ込んだ。
毫越は立ち尽くしていた。
(どうなっているんだ??)
諒は何も考えられず馬を二人へ進める。
気持ちだけが前のめりになり馬から降りた。
ガシャン!!ガシャ!ガシャ!諒の鎧は甲高い音を立て続ける。
「瑛真!!!!」
思わず叫び声に近い声を諒は上げていた。
毫越は糸の切れた人形のように崩れ落ちていった。
清隆は目を見開いて驚いた。
諒が何かを見つけて走り出したのだが敵である自分に全くお構いなしで目の前の相手へ近寄っていく。
諒は馬から降りると鎧の重さでバランスを崩したのも気にせず何かを叫んでいる。
臣下の名前だろうか?
諒の先には二人倒れていた。
臣下の命の危機なんだろうがこちらに背を向けている諒に清隆は攻撃をすれば必ず当たるであろうその無防備さに違和感がした。
彼の強さと慈悲深さのアンバランス⋯⋯
清隆も思わず倒れている二人に近づいていた。はっきりとは見えないが毫越と血まみれの少年か?
そこへ諒がいきなり振り返り今までにない鋭い目つきで清隆を睨むと刃で清隆の動きを制した。
「清隆、これ以上瑛真に近づけば殺す!」
殺気が飛び散り清隆の肌をピリピリと風のように当たる。味方の危機と分かれば殺しかねない殺気を平気で飛ばしてくる。
清隆は諒の殺気に身の危険を感じたが、彼に対して興味を持ち始めていたのだ。
目の前の臣下はこのままだと出血多量で死ぬな。自分に出来ることといえば⋯⋯俺の能力で止血出来るだろうか。清隆は諒に自分の意志を伝えた。
「もう危害を加える気はねえよ。お前とは戦っても勝てないのも分かったし、臣下思いみたいだから暇つぶししてやる」
清隆は瑛真の隣に来て座ると腕がなくなった肩の部分と飛んでいった左腕の両方を木の幹で包んだ。そして諒にこう伝える。
「治癒は出来ないが、止血くらいにはなると思う」
それを聞いた諒の目は強く見開いたあとふっと脱力して目が泳いだ。先程の殺気を飛ばしてきたのと同じ人物とは思えないほど、消え入りそうな声で答える。
「ありがとう⋯⋯」
清隆は諒の様子を見ていると、そこへ誰かが大声を出しながら近づいてくる。
「瑛真!!! 諒!!」
蒼人は瑛真を見つけると目が離せなくなった。少しすると諒と清隆を交互に見るとすばやく聞いた。
「あんたは味方か?」
「少なくとも今は敵じゃない。瑛真とやらは怪我をしているから俺の木の力で止血した。それでお前は何かできるの?」
清隆は蒼人を見ると敵意を感じさせないように気を使いながら尋ねた。それを聞いた蒼人は清隆を見開いた目で見る。
「⋯⋯結界」
「じゃあ一応張っといて」
清隆はそう言うと視線を外した。
諒は蒼人に声をかけようと口を開いだが今まで感じたことのない気配を感じて固まっていた。
ビリビリ、突然諒の全身の毛がよだつ。バッと後ろを振り返る。
遠くから兜を持った誰かが近づいてくる。
兜は血まみれだった。
鬼のような恐ろしい雰囲気を見纏った大きな男だった。
諒は後に後ずさってぽつりと呟いた。
「⋯⋯五百蔵⋯⋯」
諒は五百蔵の持った兜を見つめた。真紅の羽がついたその兜はおそらく八反田のものだろう。
五百蔵は諒をじっと見ている。諒は顔を上げて五百蔵を見ると精一杯平然を装いこう尋ねる。
「それは八反田殿の兜ではないか?」
「左様、八反田率いる阿道派軍は壊滅状態だ」
それを聞いた諒は反射的に殺気を飛ばしてしまった。しまったと思ったが、もう遅かった。五百蔵は諒を見続けると殺気を受け取ったようでものすごい殺気が諒に飛んでくる。
「なかなかの殺気、其の方は敵だな? 一矢報いるか?」
諒は口を開いた。
五百蔵は勢いよく右を向く。
誰かが近づいてくる。
諒も肌で感じていた。五百蔵を超えるような殺気。
動け⋯⋯逃げろ⋯⋯早く逃げろ⋯⋯
直感が諒に警告する。
腰が抜けたように諒はその殺気の方を見ているしかなかった。 五百蔵は腰の刀に手をかけていた。
殺気を放ちながら近づいてくるその主は問う。
「諒、殺るか? 俺が相手にしてやる」
諒は目を丸くした。
橙次だった。
諒はちらりと瑛真を見る。
「だっ⋯だめだ。橙次さん。瑛真がこのままじゃ危ない⋯⋯」
諒は五百蔵と橙次の間に入ると立ち止まった。そして諒は兜を外して五百蔵と対峙する。両手を固く握りしめて肩を上げて声を張り上げた。
「私は桐生家嫡男・白若!」
諒はゆっくり頷くと五百蔵を一瞥してから片膝をつき頭を下げた。
「この命の代わりにそこに倒れている私の臣下を助けてください」
五百蔵は諒を見つめている。五百蔵は諒の奥に立つ橙次を見た。
「其の方の後ろに立つ猛者も仲間か?」
諒は振り返り橙次を見た。先ほどの身の毛もよだつ殺気は消えていた。橙次は諒と目が合うと頷いた。諒は五百蔵の方へ向くと頭を下げた。
「はい、その通りでございます」
それを聞いた五百蔵は少し口角が上がったように見える。
「面と向かって敵将に自分の命を捧げて臣下の助けを乞う姿、評価する。其の方の臣下はどこだ?」
「そこにいる清隆の横に倒れている者でございます」
五百蔵は清隆の方を見てこう言った。
「清隆! 敵を助けるとは何事じゃ?」
「五百蔵様、恐れながらすでに戦は阿道派の大敗で終息へ向かっております。それにあの者は妙禅(扮する毫越)様を討った強者でございます。助けることに価値があると判断いたしました」
「⋯それだけではないのだろう?」
五百蔵は鋭い視線を清隆に突きつけてくる。清隆は五百蔵の目を見ると視線を外して説明した。
「私は数多く居る臣下の名前をこうして呼んでくださる慈悲深い五百蔵様のように臣下の為に命をなげうつ白若に興味を持っただけでございます」
そこで口を閉じると五百蔵を見つめた。五百蔵は口を開けずに鼻をふんと鳴らした。
「其の方の願い聞きいれる。あの者の治療は最優先に行おう」
五百蔵はそう言ながら諒を見て剣に右手を添えた。
それを見た瞬間、蒼人が五百蔵の目の前に飛び出した。片膝をつき下を向く。
「白若様の臣下の蒼人でございます。白若様の臣下の霜月殿は天壌(扮する鄧骨)を討ちました」
蒼人は顔を上げて五百蔵を正面から見る。
「切るなら代わりに私をお切りください。白若様は生かすに価値のある方でございます」
蒼人は全身が震えるのを精一杯抑えた。
「はん、今更一人や二人生かすも殺すも変わらない。白若、其の方と臣下丸ごと人質とする。それにしても霜月か。天壌(扮する鄧骨)と妙禅(扮する毫越)を討った臣下を持つ白若、いいものを拾ったな。それから白若の後ろに立つ其の方の名前は?」
「橙次だ」
「今後、白若とその臣下は丁重に扱う。白若たちが不等な扱いを受けない限り手荒な真似はしないと約束する。其の方も共に来るか?」
五百蔵は満足そうに後方にいた側近に声をかける。
「鴨、そこに瑛真と左翼に居る霜月を救護しろ。最優先だ。それと天壌(扮する鄧骨)と妙禅(扮する毫越)を討った阿道派な者たちを人質にとったことを触れ回れ!」
諒は地面に正座するとその場に呆然と座り続けた。




