第46話-1 霜月と鄧骨(とうこつ)の闘い(前編)
諒は出陣の合図を待っていた。神田軍と仁科軍が動いたらそのまま追随する。霜月は神田軍近くの右側に待機しているだろう。仁科軍に近い左側に軍を待機させている諒たちは霜月の姿確認できない。諒の後ろから声がした。
「白若様⋯⋯俺⋯⋯」
ドドン!! ドン!! ドン!! 近くで太鼓がなる。出陣の合図だ。
諒は大きく息を吸うと剣を鞘から取り出し前へ向けて大声を上げた。
「出陣!!!」
その後大きく振り返って瞬を見るとこう告げた。
「私は他の者が守ってくれる。瞬、霜月の元へ行け!」
瞬は大きく目を見開く。
「それから蒼人! 瞬についていけ! 私の命令だ!」
諒は口角を上げる。そして口をパクパクさせた。
『僕の分までよろしく。』
瞬と蒼人は腹の底から声を出した。
「はっ!!!」
それを聞くと諒は真っ直ぐ前を向いた。
蒼人は諒の後ろ姿がとても大きく見えた。瞬は瑛真をちらりと見ると拳を瑛真の方へ突き出すとそのまま馬を右の方へ倒すとものすごい勢いで走っていった。蒼人も瑛真をちらりと見て拳を瑛真の方へ向けた。その後蒼人は慌てて瞬を追いかけた。
諒は瑛真の方を振り向くと拳を瑛真へ向けると大きな声でこう告げる。
「瑛真! 其方は自分のするべきことをしろ!そして必ず戻ってこい!」
瑛真も拳を諒へ向けると腹の底から声を出した。
「はっ!! 必ずやり遂げます!!」
瑛真はスピードを上げて仁科軍を掻き分けていった。諒は前を見据えると前へ進んでいった。
「全軍、前方の仁科軍を援護するぞ!」
そして瞬はものすごい勢いで馬を走らせていく。そこへ蒼人が声を上げる。
「瞬、俺のことは気にするな!先に行け!」
「蒼人悪い、先に行く!」
瞬は戦乱の隙間を縫ってどんどん右翼に向かっていく。腰から剣を抜く。通り抜けられない箇所は力づくで剣を振り回して進む。先頭の軍は先には開戦していたはずだ。そこから諒の順番がきて左翼から右翼へ移動する。間に合えばいいんだがと心配になった。
瞬は天壌(扮する鄧骨)軍の陣営に入ってきた。かなり奥の方まで進んできたと瞬は思っていた。周りをキョロキョロと探す。その時、瞬は背後から殺気を感じて馬から飛び降りる。すると景色が歪み始めた。
それを見て瞬は呟いた。
「幻術か」
瞬は幻術の特徴を頭の中で整理した。
景色を歪めたりないものを幻として出現させる視覚的な攻撃と幻痛などの神経の痛みに作用させる攻撃の大きく二つある。
瞬は手を前に出して横に探るように歩く。右から気配がするとキックが来た。瞬は素早く動くことが出来ない。相手の足が腹部へ当たり金属の甲高い音がガチャガチャと鳴る。そこへ瞬は腰を落として転倒を防いだ。
「くそっ、鎧が邪魔だな」
瞬は相手に始めから無効化を見せるのは得策ではないと考えていた。相手の攻撃の仕方を見てからでも遅くない。それに相手が油断したところで無効化を使ったほうが効果は高いと踏んだのだ。
しかし幻痛は避けたい。霜月から訓練で掛けてもらったことがあるが、あれは苦手だ。そして瞬は鎧の周りにかける。そこで瞬は思い直し、範囲を広げて手に少しだけ無効化を出して景色を探る。周りに木が生えていたのを覚えていた。
幻術にとって大切なのは術をかける相手が見えていることだ。本当の木を幻術で壊すことも透視することも出来ない。物理的に木の後ろに隠れれば相手は動くしかない。
俺しか出来ない戦い方を考えるしかない。
正面から気配がすると瞬は両腕でガードした。そのまま足を振り上げ横になぎ払った。そうすると少し手応えがあった。相手に当たったのだろう。瞬は苛ついたような顔をしてまた呟いた。
「動きにくい」
早く鎧を取りたいが取っている暇が無い。
瞬はとにかく構えたが構えても相手からの攻撃は当たる。しかし意外なことに動きにくいが鎧のおかげで相手からの攻撃の威力は半減していた。瞬の鎧に金属が当たる衝撃が来る。
カキン、カキン!頭と背中の上部に当たる。おそらく手裏剣が当たる音だと予想した。その当たる部分から相手は動き続けているようだと判断出来る。
おそらく相手はそろそろ違和感を感じ始めたのではないか。
幻術で主な攻撃になるのは幻痛だ。それを無効化されているとは思わないだろう。しかもいつもと違い鎧も着ている。そのせいか幻痛が効いていないこともあまり気がついていないのかもしれない。瞬はどう戦おうか考えあぐねいた末、正面を見てこう呟いた。
「妙案が浮かんだ」
瞬は腰に刺さっている剣を鞘から出して構える。そして瞬は剣を前に出すと無効化を全開にした。すると景色がはっきり見えた。木の生えている場所へ目を見開いて確認する。
相手は細身だが175センチほどはありそうな身丈に見える。相手は目を丸くして動きを止めた。もちろん相手は武具を着けていない。身軽なようだ。
瞬は反対の手で短剣を投げると相手は横へ避けたが踏み出しが遅れたせいで脇腹をかすった。余程驚いたのだろう。相手はバランスを崩しながらも踏ん張って立ち続けた。
瞬は踏み込んで相手の方へ向かう。しかし鎧が重たい。おそら九総重量10キロを超える鎧は良い面もあったが、今はただ瞬の体力を奪っていく。
そして相手はまた幻術をかけた。瞬は息を止めて前へ走ったまま剣を前へ出して無効化をする。それを見た相手は横へ動いていた。そこへ瞬は剣を振り上げた。いつもよりはるかに遅い動作だったのでその間に相手は剣を取り出した。
キキキイィィィン、相手が剣を横に持ち瞬の剣を防ぐ。相手は先ほどかすめた脇腹の怪我に顔を歪める。
瞬はそれを見ると剣を横に振って横から相手へ振る。今度は相手が剣を縦にして防ぐ。鈍い金属音が聞こえる。
「ぐっ⋯⋯」
相手は脇腹の怪我をしたまま剣を防ぐのでどうしても腹に力が入ってしまう。そして痛みにくぐもった声を出す。
しかし相手のほうが早かった。瞬が次の攻撃の構えをする前に後退り幻術で靄を出し消えてしまった。瞬はさっき見た時に場所を覚えた実際の木の後ろに隠れた。瞬の息は序盤から既に上がっており、苦しそうに肩で息をしている。
「⋯⋯暑い⋯⋯」
水の中のように穏やかな金縛りのような鎧は瞬にまとわりついている。その鎧を身に着けたまま、それを普段のように動けばすぐに体力が無くなる。
すでに汗だくで息が上がっていたのだ。瞬は鎧を脱ぎ始めた。ガチャガチャと金属音がするので居場所はすぐにバレてしまう。胴体を外した。
木の配置を思い出す。後ろに一歩下がり手裏剣を三枚違う方向へ投げる。その瞬間に胴体の鎧を横へ投げ捨て後へ下がる。手裏剣の一枚に金属音がする。相手が払い除けたのだろう。鎧は地面へ少し跳ねて大きな鈍い金属音がする。
そして自分の手と足からまだガチャガチャと金属音を立てながら走る。
後ろの方木に隠れる。小さな袋を取り出してクイナにくくりつけたものを二つ作る。袋の端に小さな穴を作った。そして前方の左右へクイナを投げる。
そこへ衝撃が来る。相手が横からタックルしてきたのだ。瞬はすかさず無効化を掛けて相手とゴロゴロ回転しながらもみくちゃになった。武具をつけたままの瞬の足が相手の脇腹の怪我をかすめる。相手は苦しそうな顔をして瞬のお腹を思い切り蹴り間合いを取って短剣を構える。
瞬は相手を見ると立ち上がって声を上げる。
「俺は阿道派の桐生様の側近の瞬だ。其方も名乗れ!」
瞬は相手が口を開くのを立ったまま待っている。相手は瞬が待っていることに気がつくと、短剣を構えたまま息を整えて口を開けた。
「⋯⋯五百蔵派の天壌(扮する鄧骨)様の側近の有馬だ」
「有馬⋯⋯つかぬことを聞く。天壌(扮する鄧骨)殿は近くにいるのか?」
有馬は沈黙した。違うのなら否定をするはずだ。沈黙は肯定。この近くに鄧骨が居るのなら倒してから霜月の元へ向かうしかないと瞬は決心した。瞬は短剣に持ち替えて走り始めていた。瞬は有馬に近づくと短剣を横に振る。
キィン、有馬は弾く。その隙に左手でフックを構える。相手は弾いたその短剣で瞬の左手を切りつける。
瞬は武具をつけていたのでそのまま受けると身体を左に倒して右のハイキックを相手に浴びせる。有馬が目を見開いたが瞬のキックを食らって横にふっ飛んだ。
おそらく幻痛を仕掛けたが失敗したのだろう。そのまま瞬は近づいてたたみかける。先ほどよりは遥かに身のこなしが軽くなったが、まだ手足の武具があって少し動きにくい。
それを見た有馬は体勢を整え構えた。瞬がストレートパンチを出すとやはり武具をつけているのでいつもよりタイミングが遅い。有馬は首を倒して避けると瞬は左頬にカウンターパンチを食らった。
「ぐっ⋯⋯」
瞬は間合いを取る。瞬は終始武具に気を取られている。
「武具が邪魔だな」
「⋯⋯其方は何者だ?」
やはり幻術が効かないことが気になっているようで有馬は再度尋ねてくるので瞬はニヤリとした。
「俺は天壌(扮する鄧骨)殿と戦っている霜月さんに用があるんだ。このまま通してくれるなら教えてやっても良い」
「それは出来ない相談だな」
それを聞いた瞬は懐から火打石を取り出して火種を作るとポイッと地面に投げる。地面のそこかしこから煙が立ち始める。それを見た有馬は瞬を睨む。
「有馬、おそらく三撃で俺を仕留めないともたないぞ。まぁ、俺も同じだけどな」
瞬が放ったのは痺れ薬だ。吸い込めば自分も動かなくなる。瞬は息を止めて短剣を構えた。有馬が走ってくる。有馬は短剣を横に振ると瞬は左腕で防ぐが武具が壊れ左腕を少し刃がなぞる。瞬は顔を歪めたが、時間がない。瞬はそのままの距離で短剣を振り上げ思い切り下へ振る。
相手の肩から胸、脇腹の方へ流れたがそこで服に引っかかり短剣が瞬の手から離れて飛んでいってしまった。
有馬は口角を上げて間合いを取るため後ろに下がる。そこへ有馬は眉をひそめた。おそらく違和感がするのを肌で感じているようだ。そろそろ燻された煙を吸って身体の自由が効かなくなってきている頃だ。瞬も息を止めているので苦しい顔をしている。
間合いを取ろうと有馬が下がるのをそのまま追う。有馬とは30センチほどしか間合いはない。短剣も構えることも刺すことも出来ない距離だ。相手は攻撃の予想が出来ないようで息絶え絶えに聞く。
「⋯⋯何をする気だ?」
瞬は有馬の顔を両手で掴むと思い切り頭突きをした。あまりの痛さに膝を折る。その隙に瞬は後ろに周り有馬の首に腕を回した。
「バックチョーク」
瞬は有馬の首を絞めて落とした。有馬はそこへ崩れ落ちた。意識がなくなったようだ。その様子を見届けると辺りを探し始めた。瞬は周りを見渡しながら霜月と鄧骨を探す。もう近くまで来ているはずだ。
次回:第46話-2 霜月と鄧骨の闘い(後編)です!
鄧骨はチートキャラみたいに強いですね⋯⋯
次回の作者イチオシの台詞↓
「俺がちゃんと仕留めてやる。一番惨たらしい方法でな。」




