第44話 まもなく戦が始まる
霜月たちは影屋敷の家へと帰って来た。部屋の中で皆が座るのを見ると霜月は家の周りに幻術をかけた。
「桐生殿の話の通り桐生から招集がかかり次第表へ向かう。こちらでの準備は出来るだけ早く済ましていつでも動けるようにしてほしい。僕は八反田様の軍として戦に参加する。先に影屋敷から出る可能性が高い。その場合は瞬と瑛真は諒を頼んだ」
それを聞いた瞬、瑛真、諒は頷いた。
「それから橙次も協力してくれる。八反田軍に参加するけど瑛真の方を手伝ってもらうよ」
「俺が毫越の側近や周りの兵士を何とかする。瑛真は毫越に集中してくれ」
橙次は霜月の言葉を聞いて頷くと瑛真の方へ向いた。瑛真は橙次を真っ直ぐ見た。
「橙次さん、ありがとうございます!」
「気にすんな。霜月の仲間は俺も仲間だ」
そこへ蒼人は口をもごもごさせながら霜月を見て言った。
「あっあの霜月さん、俺も戦に参加させてくれませんか?」
「なぜ参加するのかな?危ないよ?」
「可能であれば鄧骨の最期を見たいんです。俺の母を殺した仇でもありますから⋯⋯あっでも邪魔にならないところから覗くだけなので、結界を張って自分の身くらいは守れるので⋯⋯」
霜月は蒼人に顔を近づけ念を押す。
「本気だな?」
「はい!」
「ふむ、そしたら蒼人は諒の軍に参加してもらおう。悪いけど戦場についたら自分で探してね」
「はい、ありがとうございます」
それを聞いた蒼人は頷いている。霜月は蒼人を見て頷くと、次に諒を見て聞く。
「諒、ちょっといいかな?」
諒は霜月を見ると外で話したいような素振りをした。瞬、瑛真、橙次、蒼人は二人が立ち上がるのを見ているだけだった。
霜月と諒は玄関の外へ出る。霜月は二人の周りに幻術を張る。霜月はいつもと様子が違う。幻術をかけているのに周りを気にしながら後ろめたそうに諒に聞いてくる。
「諒に相談なんだけど⋯⋯痛みだけ取る薬ってないかな?身体は動かしたいんだけど怪我の部分だけ一時的に取るやつ」
諒は目を見開いてすぐに怒った目をする。
「理由、ちゃんと聞きたいんだけど」
「鄧骨と戦った時に万全の体調で臨みたいんだ。万が一傷が開いたら勝てないだろ。念の為に持っていくだけだから⋯⋯」
霜月は言い訳がましくしどろもどろしている。諒は冷やかな目をして尋ねる。
「念の為じゃなくて使うんでしょ?」
霜月は口をキュッと閉めた。こめかみから汗をかいている。いつもの霜月からは信じられないほど情けない反応をしている。諒は顔を変えずに語気を強める。
「使うんでしょ?」
諒は念を押す。それを聞いた霜月は一呼吸すると頭を下げて諒にお願いした。
「使わせてください」
それを見た諒は口を尖らせながら横を向いた。諒も予想をしていたので淡々と答え始めた。
「はぁ、やっぱりそんな話をしてくると思ったんだ。薬のことだけど、一時的に麻痺させる物はあるよ。怪我の部分の近くに直接針を刺して入れる。入れた部分の近くは感覚が一時的に無くなる。ただ、怪我は治らないよ?」
諒は怪我が治らないことを強調したのだが、霜月は薬の説明を聞くと目をキラキラさせた。その様子を見た諒は再度警告をする。
「本当にやばいときだけにしてね。痺れがとれて傷が開いてたら激痛だしもう一度腹を裂かないといけなくなるよ」
「分かった」
霜月は真剣な目になると深く頷いた。
その様子を見た諒はしぶしぶ懐から小さい容器を出した。蓋を開けると注射針が入っている。諒は語気を強めて説明をした。
「患部にお腹と背中の2箇所で1回。効果は全体で約30分。薬は5分くらい経たないと効かないから実質20-25分しか効かないよ。後で3回分用意してあげる。それ以上は絶対に使わないでね」
二人が戻って来ると皆はそれぞれ手元の武器や道具の確認をしていたので合流した。表面上は皆は平然として落ち着いていたが、それぞれがいろんな思いを巡らせている。いつものように闘技場へ行って手合わせして、いつものように家に帰ると夕餉を食べて横になる。
いつものように⋯⋯
ある夕餉で霜月は口を開いた。
「明日より僕は橙次と共に八反田殿の軍に合流する。八反田軍は五百蔵軍、神田軍は天壌軍、仁科軍は妙禅軍とぶつかる予定にしている。白若の軍はもっと後方になるから妙禅扮する毫越を探しに行ってね。
五百蔵殿は一番装飾のある兜の上に白い鳥の羽がついている。天壌殿は赤い鎧兜をつけている。武器は大剣を使ってくると思う。妙禅殿は黒い鎧兜に普段なら大きく四角い金鎚に棘が付いた武器を使ってくると思う」
「霜月さんは⋯⋯」
「僕は八反田の軍が出陣次第単騎で天壌殿に扮する鄧骨へ向かう。おそらく神田軍が天壌軍とぶつかっているから鄧骨だけを狙うよ。諒たちはなるべく早く上がってきてね。それから諒は出来るだけ戦わないで。戦績を上げる必要はないよ。必要なら全力で敗走して。生き残るのが第一優先だ」
霜月は強い目で諒を見つめる。諒は自分の役目を心に刻んでしっかりと頷いた。それから瞬を見るとこう託した。
「瞬は諒を守ってあげて。必要ないかもしれないけど戦場は何があるかわからないからね」
瞬は口を開いたが諒に裾を引っ張られて諒を見た。すると諒は首を横に振った。それを見た瞬は不満そうな顔をする。それでも瞬は口を尖らせて言った。
「必要ないかもしれないけど、もし霜月さんに助けが必要になったら飛んでいくから。それだけは止めないで」
「はぁ、瞬ありがたいが気持ちだけ受け取っておくよ。
それから瑛真は毫越を討ったらすぐに諒と合流して。それが叶わないなら後方に下がってね」
霜月は瑛真にそう言うと、瑛真は赤龍の首飾りを手に握ると前に出した。
「蒼人、君も安全にね。必ず自分の身は守ってね」
霜月は瑛真の拳に自分の拳を当てる。瞬、諒、橙次、蒼人も次々に拳を当てる。お互いの目を見て確認すると、霜月はこう言った。
「必ず生き残れ」
次回:第45話-1 開戦(前編)です!
次回は開戦します。それぞれの想いを詰め込んだ瞬たち、はじめに出会うのはいったい誰でしょうか。
次回の作者イチオシの台詞↓
剣を鞘から抜くと前に突き出し怒号が聞こえる。
「出陣!!!」
周りの空気がびりびりと震えた。




