【過去編 白狼の記憶】第20話目 白狼、影屋敷の一員となる(前編)
【過去編】は一話目に繋がる白狼の過去についてのお話です。
前田に連れられて左殿の中を歩く。
怪我をしたときには”治療・治癒室”を利用すること、影屋敷の一般的な情報は”情報室”で閲覧が可能なこと、立ち入り禁止区域、その他影屋敷の基本的なルールを聞いた。前田の説明を聞きながら歩いていると受付に戻ってきた。
「ここで追加の説明をいたします。
ご存知かもしれませんが影屋敷は順位制を取っております。力量や影屋敷への貢献度を図り順位を付けております。順位が上がるごとにその順位に相応しい準備金が支払われます。その金額から生活費を捻出してください。また金額が足りない場合は貸付金もございますのでお申し付けください。
住む場所ですが、下位の順位の方は影屋敷の空間にほど近いところに鳩通りがありますので行ってみてください。まとまった金額をお持ちの場合は家を借りる・購入も可能です。また順位の上位8名に選ばれると八傑と呼ばれ家屋の無償支給もございます。現在、霜月殿は順位無しです。闘技場で判断いたしますので、このままお連れしてもよろしいですか?」
「大丈夫です。よろしくお願いします」
前田は一度受付の奥へ入ると戻ってきた。前田は何か用紙を持っている。
左殿から出ると木で囲まれた屋外の広場に出た。ちょうど何かが行われているのか人が集まっている。
前田は広場を見ながら白狼に説明した。
「ここは闘技場です。順位によって週に一度や月に一度と開催頻度は違いますが闘技場での戦いに勝利すると順位が上がります。今日はちょうど開催日でしたので今審査員に話してまいります。ついてきてください」
前田は闘技場の脇に控える近くの審査員に声をかけた。恭一郎が同伴していたことを聞くと驚いた顔で白狼をちらりと見た。
白狼は闘技場で戦っている者たちを見た後、控えている者たちを見た。
(動きが悪いな。本当に下位の者なのか。)
審査員も白狼の力を測りかねているようだ。白狼は審査員の方を見るとこう説明した。
「私は影無しの里の霜月白狼と申します。任務は2年半行いました。体術は先代陽炎殿から、幻術は黄龍の里長・黄龍殿から訓練を受けました。可能であればどなたか審査員の方とテストを行っていただきたいのですが…」
審査員は白狼を見つめている。真意を測りかねているのだろう。もう一押し。
「今、戦っている者たちの動きから推測すると私は体術のみで勝てます。この中の一番強い人と試してみますか?」
審査員は他の審査員の方へ意見を伺っている。先ほどの会話を伝えているのだろうか。他の審査員も白狼を見ている。話が終わったのだろうか、おそらく判断しかねているようだ。その審査員はまた別の審査員と話し始めた。
しばらくすると審査員が戻ってきた。
「お待たせしました。今日の武闘会が終わってから行います」
白狼はコクリと頷いた。その後はずっと他の者の戦いを見ていた。
武闘会は終わったようで今日の勝者が決まったようだ。正式な順位は後日出るようだ。他の者もぞろぞろと闘技場を出ていく。
真ん中で取り仕切っていた男が他の審判員話を聞いている。男は話している最中に白狼を見た。何か頷いている。
白狼に向かって手をあげた。
「霜月殿、私が行います。ここへ来てください」
だてまきは他の審査員の近くに歩いていった。白狼は男の目の前にやってくると一礼した。
「霜月と申します。機会を設けていただきありがとうございます」
「審査員の加藤です」
「体術のみでしょうか。幻術も使いますか?」
「全力で構いません。しかし武器だけは無しで良いですか?私が持っていないので」
それを聞いた白狼は微笑んだ。加藤は白狼を見て答えた。
「いつでも良いですよ」
その言葉を合図に白狼は踏み込んだ。まずはジャブからのストレート。加藤はギリギリかわす。
白狼は一歩引いて右足のミドルキック。ガードされる。加藤から反対側にボディーブローが入る。
間に合わないので、幻術で金縛りを加藤にかける。加藤はピクッと反応する。その間に白狼は距離を取る。
白狼は広く間合いを取ると景色を歪めた。加藤がそれを見ている。少し口角が上がったように見えた。加藤の速さがぐっと増した。一気に間合いを縮められて白狼のみぞおちに蹴りが入る。
ぐっ、白狼の呼吸は一瞬止まった。
そのまま後ろにふっ飛ばされた。何とか足を踏ん張って倒れるのを防ぐと腕のガードを顔まで上げる。
(ガード出来ないものは耐えるしかない。)
白狼はジャブを出したが軽々とかわさせてしまった。
加藤からフックがくる。白狼は顔に両腕でガードを構える。
ドゴ、ガードしているのに重い。
白狼はガードを下げる勢いを使って加藤にハイキックを出す。
当たる直前に幻痛を使う。加藤がピクッっと反応する。
その直後、体重を乗せたハイキックが加藤に当たる。加藤は膝を少し折ったが距離をとり体勢を整える。
すると加藤のスピードがもっと上がる。白狼めがけて深く踏み込みストレートパンチを繰り出した。
白狼に直撃したが手応えはなかった。
「ほう、幻術か」
加藤はニヤリとした。
そして加藤は足に幻痛がくる。加藤は自分の足に泥をまとう。白狼が歪んだ景色からパンチを繰り出したが加藤は大きく仰け反った。
加藤の足は泥で固定されていたのでそのまま地面に手をついて泥を外すと後転した。
加藤は白狼との間に大きな泥の壁を作るとその間に泥の大きなこん棒のようなものを作った。そうすると泥の壁を解除して横に勢いよく振り回した。白狼はお腹に直撃したまま遠くへふっ飛ばされた。
ドシン、白狼は地面に倒れた。
周りの景色は正常に戻った。
他の審査員が固唾をのんで見ている。驚いた者は思わず口を開いた。
「⋯⋯加藤殿が泥の力を使っている⋯⋯」
加藤は倒れた白狼を一瞥すると周りわキョロキョロと見た。
(よし、幻術で姿を見えにくくしているはずだと相手は探している。その隙をつくぞ。)
加藤は手を地面につくと声を上げた。
「泥地」
闘技場の地面一体が沼地と化した。
(まずい。)
加藤と目が合った。白狼は審査員のフリをしていたのだ。構えているところを見られた。加藤は白狼の構えを見て目を見開いた。
「泥地獄」
白狼の目の前に泥の波が押し寄せ飲み込まれた。
白狼を飲み込んだ泥が大きな玉になった時、加藤は我に返った。
「あっまずい、泥地獄使っちまった」
加藤はすぐに泥の塊をを解除した。
ベチャ、白狼は泥の塊から地面に投げ出された。片膝つくと腕で顔を拭いた。前が見えるようになると加藤を見た。白狼は全身泥だらけだった。
「テストは終わりです。全身汚してしまって悪かったな」
加藤はニヤニヤしながら近づてくると白狼に手を伸ばした。
「私に力を使わせるなんて恐ろしい子だな。霜月、齢いくつだ?」
「齢12です」
白狼は不満そうな顔をしながら加藤の手を取って短く答える。
ざわっ、白狼の歳を聞いた他の審査員は驚きを隠せない。
それを聞いた加藤は嬉しそうにしている。探るような目をして口角をあげた。
「ははまだ12歳でこの実力とは驚きだ⋯⋯最後に構えていたのは何を出すつもりだったんだ?」
「やったことないんですが⋯⋯、地獄牢⋯⋯です。すみません」
白狼はバツの悪そうな顔をした。
加藤は大きな口を開いた開けて笑った。
「はっはっはっ地獄牢とは恐ろしい!恭一郎殿が目をかけるはずだ。それに先代陽炎殿と黄龍殿から訓練を受けているなんて素晴らしい。これからの貴方の成長が楽しみですよ」
そう言うと、笑いは引っ込めて真顔になった。
「今日は順位が出せないから明日、左殿の受付に来てください。何か言われたら審査員の加藤からそう言われたと伝えてください。それから、泥で全身汚してしまった。今日の宿は私がとっておく」
「ありがとうございます。あの加藤殿、湯屋を教えてください」
それを聞いた加藤はニッと笑った。
そして白狼は闘技場から出ると栗毛の髪を立てた少年が近づいてきた。
「俺は橙次っていうんだ。さっきの戦いすごかったなぁ。俺たまたま通りかかったんだけど見れて運が良いよな!名前なんて言うんだ?」
白狼は横目で橙次を見た。
「霜月」
「霜月!よろしくな。俺は148位だ。今日泊まるところは決まってるか?」
(よく口が回るなぁ。)
白狼は感心していた。
「にゃん」
だてまきが鳴いた。白狼はだてまきを見た。
「この子はだてまき。あっだてまき、近づいて来ないで。僕は汚れてるから抱っこ出来ないよ。今日の泊まるところは審査員の加藤殿が用意してくれた」
橙次はだてまきに近づいた。
「だてまき、俺が抱っこしてやろうか?」
「シャー!」
だてまきは威嚇した。
白狼はだてまきの威嚇を初めてみたので固まっていた。それを見て口が緩む。
「ふふ、だてまきにも好みがあるのか」
橙次は白狼の笑った顔をまじまじと見ていた。遠くから声が上がる。
「まぁ!大丈夫ですか?」
白狼は声のする方に顔を向けた。女の子だった。瞳の大きい可愛らしい女の子で白狼より少し年下のように見えた。
「大丈夫です。泥だらけなだけ」
だてまきは女の子に近寄っていく。
女の子はだてまきに微笑んでいる。しゃがんで布を持っていない方の手でだてまきを撫でた。
「可愛い!」
「ふふ、その子はだてまき。僕の仲間だよ」
女の子は白狼を見ると口を緩めた。手持ちの布を一枚の取ると白狼の方へ差し出した。
「気休めだけど、これどうぞ。他に入り用があれば治療・治癒室に来て下さいね。⋯⋯私は鈴音です」
白狼はその子の瞳をじっと見た。
「僕は霜月。今日影屋敷にやってきたんだ。治療・治癒室に行けば君に会えるの?」
鈴音はキョトンとしている。
「うん⋯⋯多分」
「じゃあ今度この布を洗ったら返しに行くね」
「ふふ、それはあげます。代わりにたまに会ってお話聞かせて下さい。霜月は影武者になるんでしょう?そういうことは私知らないんです」
「情報提供か。良いね。僕も怪我の治療方法とか知りたいな」
鈴音はお辞儀した。
「それじゃあ霜月またね。⋯⋯橙次さんも」
橙次は手をひらひらさせている。
そして橙次は白狼を見てぶっきらぼうに言う。
「なんだ、色気ねーな」
白狼はジトっとした目で橙次を見た。
「なんのことだか。それから僕は君のこと嫌いだよ。だてまきが威嚇したのもわかる」
「ひでーな。影屋敷のこと色々教えてやるぞ?」
橙次は驚いた顔をした。
白狼はプイっとそっぽを向いた。
「別にいい。僕は湯屋にも行かなくちゃだし忙しい」
「だから俺が連れて行ってやるから!」
橙次がついてくる。
そのまま湯屋もなぜか一緒に入ると宿まで橙次はついてきた。
影屋敷に来てから白狼は色々とやらかしています。今後本編にも登場する人が出てきます。
次回の作者イチオシの台詞↓
「前例もありませんでしたしかなり意見が割れました。」




