【過去編 白狼の記憶】第18話目 白狼、影屋敷へ行く(前編)
【過去編】は一話目に繋がる白狼の過去についてのお話です。
白狼は秋実から受け取った紙を懐に入れて白龍の里に訪れた。
巽は白狼の姿を見て驚いた。隣にはだてまきが白狼の足にくっついている。
白狼は巽を見ると深くお辞儀した。
「⋯⋯至急、白龍殿にお目通りしたい」
巽はそのまま白狼を白龍の家まで連れて行った。入口で白狼を待たせると慌てて家の中へ入っていった。だてまきは白狼の隣に丸まった。
しばらくすると、巽は戻ってきて部屋まで案内した。すぐに廊下を早い足音がして部屋へと近づてくる。白狼は頭を下げていた。
「何があった?」
頭の上から白龍の声がする。
白狼は頭を下げたままだった。
「⋯⋯秋実先生が黄泉の国へ旅立ちました⋯⋯」
それを聞いた白龍はその場に立ち尽くしていた。
沈黙がただよう
「巽、酒を持ってこい。
黄泉の国へ送ってやろう。秋実が受け取るといいが⋯⋯」
白龍の声は少し上ずっている。
足音が遠のいていく。おそらく巽が酒を取りに行ったのだろう。
白狼は頭を上げられずにいた。
いつも通りの顔を白龍に向けられないことは分かっていた。
そうしているとまた足音が部屋へと戻ってきて瓶から液体のトポトポという音が聞こえる。また同じくトポトポという音がするとコトっと白狼の頭の近くに何かが置かれる音がした。
白狼の視界に盃が入ってきた。
「白狼、こっちを向け」
白龍の穏やかな声がする。
ゆっくりと白狼は頭を上げた。白龍は苦しそうに顔を歪めたまま白狼に向けて盃を持った手を上げる。自分は一体どんな顔をしていたのだろうか。
それを見た白狼は白龍に倣って盃を持つと上に上げた。しかし白龍は中々口を開かなかった。
ひと息つくとようやく口を開いた。
「ご愁傷さまでした」
白龍は勢いよく酒を喉に流し込んだ。
白狼はそれを見ると同じように喉に流し込んだが水だった。白狼は勢いよく流し込んだせいで咳をした。白龍は白狼の咳がおさまるのを見ていた。
「お前さん、これからどうするんだ?」
白狼は白龍の方を見た。目を伏せると懐から紙を取り出した。白狼が目を前へ向けると白龍と目が合った。
「影屋敷に向かいます」
白龍は白狼の様子を伺いながら探る。
「⋯⋯白狼⋯⋯お前さんは大丈夫か?」
白狼は頬をピクッと反応させる。
「⋯⋯大丈夫じゃないです」
白狼は胸を押さえながら強い目で白龍を見る。
「でもこのまま進まないと僕はもう動けなくなる」
白龍はじっと白狼を見ている。
「影屋敷にあてはあるのか⋯⋯?」
白狼は置いた紙を見ながら口を開いた。
「秋実先生に繋がりがあります。それに知り合いもいるようです⋯⋯僕は瞬を守りたい。そのために強くなる必要があるんです。強くなって瞬を迎えに行きたい」
白龍はそれを聞いて口を開けようとした。白狼は白龍が抱いた疑問を予想していた。白狼は覚悟した目で白龍を見る。
「秋実先生に3日ほど前に白狼の記憶を封印してもらいました。
⋯⋯瞬の中に白狼はいない。寂しがることはありません。春樹殿が陽炎となった今、瞬に目をかけているでしょう。瞬に助けが必要となった際はよろしくお願いします。それから今後僕のことは霜月とお呼びください。秋実先生のお篠様の姓をいただきました」
白龍は傷いた白狼を励ますことは出来なかった。まだ齢12の少年が背負うにはあまりにも重い。気休めな言葉などかけるべきではない。
白狼は懐から何か出そうとした。それを見た白龍はその紙の端が視界に入るとガシッと白狼の腕を掴んで止めた。
「白狼、その尊助の札はお前さんが持っていろ。瞬に目をかけることは尊助の札を出して頼まれるものじゃない。瞬に関しては俺が勝手にやることだ。お前さんに関係ない。さぁ、霜月もう行け」
白狼は頭を下げた。
長い別れになるだろうか、そう考えるくらいの時間は流れた。
白狼は頭を上げると部屋を出ていく。だてまきは白狼の後ろをついていった。そして白龍は白狼の背中に言葉を投げかけた。
「たまには報告しに来い。お前さんに言いたいこともたくさんあるからな」
白龍は白狼がそっと目頭を押さえたのを知らない。
白狼はそのまま里を出た。
白龍はそのまましばらく白狼のいなくなった部屋にぼうっと座っていた。
「そういえば猫のこと聞き忘れたな」
闇にどっぷりと沈んだ山の中、白狼は木の上で月を見続けた。
数日後、白狼はある者と会うために待ち合わせをしていた。宿場町から少し離れた山道の入り口にそっと気配を消してたたずんでいた。山道に入る人の中でひときわ気配が違う人物がいた。その人の斜め後ろにつくと声をかけた。
「恭一郎殿でございましょうか? 秋実先生の弟子の霜月白狼と申します。霜月とお呼び下さい」
恭一郎は秋実より少し低い。筋肉は程よく締まっておりすらっと立つ出で立ちに思わず目を留めて見入ってしまう雰囲気がある。髪の毛を一つに結っている。腰には刀が差してある。
恭一郎は白狼を振り向きがちに一瞥すると足早に走っていった。白狼は恭一郎の後ろをついていく。
1時間ほど走ると恭一郎は立ち止まって白狼の方へ振り向いた。それを見た白狼は周りに幻術をかける。恭一郎は幻術がかかるのを構えて見ていた。
「ほう、幻術が使えるのか。見たところ訓練しているな。動きが慣れておる。其の方が秋実殿の弟子か。先ほど霜月白狼と言ったな。もう少し情報をくれるか?それと私のことは恭一郎でいい」
白狼は頭を下げた。
「秋実先生は1週間ほど前に病で亡くなりました。私は滅獅子の大戦の際に里が壊滅し齢9の時に秋実先生に拾っていただきました。それから影なしの里で成人し任務について2年半ほどになります。体術は秋実先生、幻術は黄龍の里長・黄龍殿から訓練を受けました。現在、齢12になります」
それを聞いた恭一郎は口角を上げた。
「秋実殿⋯⋯それはご愁傷さまでした⋯⋯。ふむ、それで影屋敷に来るのだな。
体術は秋実殿、幻術は黄龍殿か。それは期待できるな。私は如月恭一郎。2年前より阿道断切殿の影武者をしておる。齢21だ。力についてはまた後ほど説明する。まずは影屋敷には登録が必要だ。ついて参れ」
白狼は頷いた。阿道家はこの国の中でも上位5家に入る。つまり誰がこの戦乱の世を打ち勝つかについて渦中の人物となる。昨年家長であった断切の父親が亡くなったので影屋敷へ影武者の依頼が来たのだろう。
恭一郎は目線を白狼の足元へ動かした。
「そういえばその猫は其の方のか?」
白狼はだてまきを見て答えた。
「はい。里を出るときからついてきました。だてまきです」
「だてまき⋯⋯」
恭一郎はだてまきを見ると口を少し緩めた。そして恭一郎は少し歩くと鬱蒼と生い茂る草の中を分け入った。白狼もその後をついていく。自分の顔ほどに伸びる草に少し気になりながらもついていくと次第に景色が変わって城下町が見えてくる。その景色がはっきり城下町に変わると恭一郎は振り返った。
「影屋敷の空間へようこそ」
次回は白狼が影屋敷に登録します。実は少し問題がありまして⋯無事に登録出来るんでしょうか?
また影屋敷については”第30-5話【コラム】 対話式・影屋敷について“をご参考にしてください!
次回の作者イチオシの台詞↓
「私は迎えたい者がおります。一の登録でもよろしいでしょうか?」




