【過去編 白狼の記憶】第17話目 秋実の最期(後編)
【過去編】は一話目に繋がる白狼の過去についてのお話です。
次の日、日が暮れ始めた頃、秋実は口を開いた。
「そろそろ⋯⋯迎えが来る⋯眠い⋯⋯。」
それを聞いた春樹は秋実の横に来ると抱き起こした。
「そろそろですね。秋実殿、貴方には感謝してもし尽くせない。貴方に会えて本当に良かった。これからは陽炎としてこの里を引っ張っていきます。最期に抱擁してもいいですか?」
「あぁ」
春樹は力強く秋実を抱きしめた。すると秋実は絞り出すように言葉をこぼしていく。
「俺も⋯春樹には⋯⋯感謝している⋯⋯春樹に会えて⋯⋯良かった。」
それを聞いた春樹は目を潤ませている。
「それでは私は瞬を呼んでまいります。」
春樹は秋実の最期の姿を目に焼き付けると、秋実に深くお辞儀をした。
「白狼⋯⋯よろしく頼む。」
そう言うと春樹は勢いよく部屋を出た。
秋実は咳き込んでいる。
苦しそうな顔になる。
「白狼⋯白狼⋯⋯」
秋実は必死に呼んでいる。
白狼は秋実の背中を左手で支えて右手で秋実の手を強く握りしめる。
「秋実先生! ⋯⋯いつまでもお慕いしております。」
「白狼、ありがとう⋯⋯白狼の手で逝けること⋯⋯感謝する⋯⋯世界一の⋯⋯幸せ⋯⋯者だ⋯⋯。」
白狼は目を泳がせたが深呼吸をした。
震える手で刀を鞘から引き出す。
すると春樹が走ってやってくる。
「もう瞬が家に着くぞ! 俺は外で待ってる。」
春樹は部屋の外の木の上に移動した。
秋実の目は虚ろになっている。
「秋実先生、僕がこの国を平和にしてみせます。瞬が困らなくていいように、悲しまなくていいように、そして大切な人たちが笑っていられるように全力で目指します。秋実先生は僕の心の中に住み続けてください。」
白狼は刀を構える。
「白狼⋯⋯ありが⋯とう⋯⋯」
「秋実先生⋯⋯私の生きる希望!」
刀が秋実の身体を貫く。
沈黙が漂う。
瞬が家の外までやってきている。
(このままじゃ部屋を出るのは間に合わない。幻術で隠れないと!)
白狼は部屋の隅に移動すると幻術を自分の周りにかけた。
瞬の足音が聞こえる。
様子を探るようなたどたどしい足音だ。
白狼の手は震えていた。
白狼は真っ直ぐ秋実を見ている。
胸がぎゅっと何かに鷲掴みされているように苦しい。
(苦しい⋯でも自分はもっと罰せられるようなことをやった。もっと罰を受ける必要があるんだ⋯⋯。)
縁側を瞬が乗り越えて部屋の中へバタバタと急いでやってくる。
「じいちゃん⋯⋯」
瞬は秋実に近づいて口から言葉をこぼした。
白狼は両手で口を必死に隠して嗚咽を漏らさないようにしている。
涙が目から溢れるのも気にしないですべてを見逃さないように目を見開いている。
秋実は瞬の方を時間をかけて見ると口をもごもごと動かす。
瞬は秋実に触れるほど近づいている。
「誰よりも強くなれ⋯⋯? じいちゃん! じいちゃん!!!」
瞬は大声で泣き始めた。
白狼は胸元を力一杯掴んで下を見た。
(先生⋯⋯先生はもういないんだ。)
白狼は下唇を強く噛んだ。
血が流れる。
それでも嗚咽が止まらない。
自分自身の腕を強く抱いて肩の震えを止めようとしている。
しばらくすると春樹が部屋に入ってきた。
「瞬、大丈夫か?」
瞬は取り乱している。
春樹は秋実の首元を触った。
「⋯⋯もう脈がない。最期を看取ったのは⋯⋯瞬か。」
竹信と源も秋実の元へやって来た。
そして二人は合掌する。
春樹は二人を見るとこう伝えた。
「俺は最後にやることがある。悪いが二人とも瞬を俺の家に連れて行ってくれ。家には夕霧と悟がいるはずだ。」
春樹は白狼のいる方を目配せした。
それを見た二人は頭を下げて口を開いた。
「陽炎殿、承知した。」
そう言うと二人は瞬を連れて行った。
春樹は部屋の真ん中あたりに声をかけた。
「白狼、ご苦労様。出てきてお別れしよう。」
白狼は幻術を解くと秋実に駆け寄った。
そしてまだ温かい秋実の手首を触る。
もう脈は動いていない。
そのまま秋実の横に力無く膝まづいた白狼は畳にめがけて溢れては止まらない気持ちと共に腹の底から追い出すように叫んだ。
その後白狼は長い間合掌していた。
春樹は合掌すると秋実から刀を引き抜いた。
秋実は眠っているように穏やかに目を瞑っている。
春樹は白狼を見た。
「俺は瞬の元へ行くがお前はどうする?」
「私はこのまま白龍の里へ白龍殿にこの事を伝えてから影屋敷へ向かいます。それから私は秋実先生のお篠様の姓を頂きましたので霜月と今後お呼び下さい。」
それを聞くと春樹は白狼を引き寄せた。
「最後の抱擁だ。許してくれ。白狼、脱里の許可を出す。好きなようにやってこい。俺は瞬とここで待ってるからな!」
「春樹殿⋯⋯陽炎殿ありがとうございます。お元気で。」
「大丈夫じゃないからなるべく早くしてくれよ。」
白狼はクシャッと笑った。
「白狼、これからはすべてを顔に出すな。本音と建前を使い分けて生きていけ。俺や大切な仲間以外には仮面を被れ。俺が言えることはそれだけだ。困ったらいつでも帰ってこい。」
春樹は紙を渡した。
「尊助の札ですか?」
「あぁ。」
「ありがとうございます。最後に瞬から白狼の記憶がちゃんと無くなっているかどうか確かめてください。」
「⋯⋯霜月、分かった。」
「瞬をどうかよろしくお願いいたします。」
そう最後の会話をする二人の間を何がすり抜けてくる。それは白狼の足にすり寄ってくると声を上げた。
「にゃーん。」
白狼は抱き上げた。
「⋯⋯猫?」
「にゃーん。」
春樹も猫を見ている。
「白狼⋯⋯霜月、猫が返事してるぞ。」
白狼は猫をじっと見ると冷たい口調で返す。
「返事なんかしてないですよ。」
「にゃにゃん!」
それを聞いた春樹は口を緩める。
「ほら、返事してるぞ。連れてってやれよ。お前も一人だからちょうどいいじゃないか。」
白狼は猫を見ている。猫は頭に黒い3本の縦線の柄がある。
白狼は猫を呼んだ。
「こんぶ」
「おまめ」
春樹は慌てて白狼を見た。
「ちょっと何してるんだ?」
白狼は春樹を見ると平然と答える。
「動物って名前をつけるものでしょう?秋実先生の好きな食べ物の中からこの猫に近いものを選んでいます。」
白狼は猫に向かってこう呼ぶ。
「だてまき」
「にゃん。」
白狼は口元を緩めた。
「お前はだてまきか。秋実先生が大好きだった。」
白狼はそう言うと目を潤ませて座り込むとだてまきをぎゅっと抱き肩を震わせた。
「秋実先生⋯⋯ごめんなさい⋯⋯ごめんなさい⋯⋯」
春樹は白狼の肩を力強く抱いた。
「白狼、お前ばっかりに背負わせてごめんな。俺も悪かった。一緒に背負わせてくれ。」
白狼が落ち着くまで春樹は白狼を抱きしめていた。だてまきは白狼の頬についた涙をペロッと舐めた。
白狼はびっくりしてだてまきを見る。
「にゃーん。」
白狼はクシャクシャな顔をしてだてまきを抱きしめた。
春樹は微笑むと白狼を見た。白狼の背中に向かって声を投げかけた。
「何かあればいつでも来いよ。」
白狼の目がうるむ。
(これ以上ここにいたらもう行けなくなる⋯⋯。)
心がきゅっと締め付けられるようだ。
白狼は振り向いてキッと春樹を見た。
「もう甘やかさないでください。瞬を迎えに来るまで帰ってきません。もう行きます。」
白狼は春樹から背を向けた。
春樹は白狼の目が泳いでいたのを見ていたので何も言わなかった。
そのまま春樹は白狼の背中を見続けている。
春樹はだてまきに真剣な顔で近づいた。
こっそり声をかける。
「だてまき、白狼を頼んだぞ。今度来たらだてまきを用意してやるぞ。」
「にゃん!」
ひときわ大きい声で鳴いた。
春樹と白狼はお互いを見ることはなかったが、それぞれ悲しげな顔をしていたが少しだけ口角を上げた。
次回は白狼が自分のすべてだった秋実がいなくなって何を覚悟したのかと言う部分を触れながら、お話が影なしの里から影屋敷へ移って行きます。
次回の作者イチオシの台詞↓
「秋実先生に3日ほど前に白狼の記憶を封印してもらいました。⋯⋯瞬の中に白狼はいない。寂しがることはありません。」
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