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【過去編 白狼の記憶】第13話目 秋実の告白(中編)

【過去編】は一話目に繋がる白狼の過去についてのお話です。

 白龍は秋実が病に冒されていることは頭の中では理解した。そしてひと息つくと秋実に尋ねた。



「それで用件はなんだ?」

「白狼は、俺の話を聞いてからここまでいつもの3倍以上時間をかけてきた⋯⋯。」



 秋実は言葉を探して目が泳ぐ。

 それを見た春樹が言葉を継いだ。



「白狼は悲しみの海に溺れています。頭はいつものように働いていないし身体も上手く動かせない。秋実殿の病のことを思い出しているのか、時折謝りながら泣いてしまいます。しばらく任務はさせないことにしました。それに里に居ればさすがにこの状態だと瞬が気づいてしまいます。」

「春樹、説明ありがとう。⋯⋯ちょっとここで白狼を預かってくれないか。少し落ち着く間だけでいい。」



 すると白狼はガバッと顔を上げた。すがるように秋実の手を握る。



「先生、置いていかないで! 僕⋯⋯僕ちゃんとやります。大丈夫だから⋯⋯ごめんなさい⋯⋯ごめんなさ⋯い。」



 それを聞いた秋実の目が潤む。

 春樹が白狼の肩を掴んで顔を近づける。



「白狼、置いていくんじゃないよ。ちょっと休むだけだ。疲れているだろう。任務はしばらくいいから⋯⋯。」



 白狼は春樹の言葉を遮る。



「しばらくっていつ? 僕がちゃんとしてないからだよね⋯⋯。ちゃんと出来ないから⋯⋯。」

「白狼」



 秋実が白狼を優しく呼ぶと顔を近づけた。



「1週間だ。また1週間後に必ず迎えに来る。あと一つだけ命令する。毎日ちゃんと食事は口にすること。」



 それを聞いても白狼は下を向いていた。

 そこへたつみがお茶を注いで部屋に入ってきた。



「よろしければお茶を飲んでからにしてはどうでしょうか?」

たつみ、ありがとう。白狼、一緒に茶をもらわないか?」



 白狼は弱々しく秋実を見てコクンと頷いた。白狼は飲み始めると少し落ち着いたように身体の力を抜いた。飲み終わるころには船を漕ぎはじめた。秋実はそっと白狼の手から湯のみを取った。



たつみ、助かった。何か入れてあったんだろう?」

「はい⋯⋯悪いと思ったんですが睡眠導入剤を一緒に入れました。」



 秋実は白狼の脇に手を入れて抱き起こした。そして春樹を見る。



「今日は俺に布団まで運ばせろ。」



 秋実は白狼を抱えて布団の敷いてある部屋へと向かった。そこべたつみが部屋に案内しにいった。三人が行ってしまうと白龍は春樹を見ていた。春樹は白龍と目が合うと口を開いた。



「秋実殿の病は私も今日知りました。その足で慌ててここまで来たのです。」



 白龍は右手で頭をクシャクシャと掻いた。



「秋実が病なのか⋯⋯。くそ⋯⋯。」



 白龍は顔を歪める。春樹も眉間にシワを寄せて目をつむった。



 秋実が部屋に帰ってきた。そして秋実は白龍の目の前に座ると頭を下げた。



「龍堂には頼みごとばかりだな。白狼のことを頼む。今日もこれからも何かあれば力になってやってほしい。それから瞬も大きくなって必要があれば手を貸してやってほしい。」

「当たり前だ。それなら俺からも頼み事だ。あいつらのために1日でも長く生きろよ。」

「⋯⋯分かった。」

「秋実殿、任務の振り分けをし直しましょう。私が一番任務を受け持ちますが竹信と源にももう少し回して秋実殿の任務はだんだんと減らします。」



 秋実は口を開いたが春樹は怖い顔をして制した。



「異論は認めませんよ。白龍殿が言ったばかりではありませんか。1日でも長く生きるためです。」

「⋯⋯分かった。采配は任せる。」



 秋実は目を強く閉じて口を一文字にした。

 秋実と春樹は1週間後に来ることを再度伝えると里へ帰っていった。

 それを見届けると白龍はたつみを呼んだ。



たつみ、悪いが酒を持ってきてくれ。今日はのまれたい気分だ。」



 そう言ってたつみに向けた顔は痛みを堪えるように苦しそうだった。




 白狼は溺れていたのかのように慌てて息を吸い込んだ。

 上体を勢いよく上げると部屋は明るかった。



 昨日白龍と会った部屋へ急いで走る。部屋の戸が開いていたのでそのまま入った。すると声をかけられた。



「おう、白狼起きたか。」



 白龍が座っていた。

 白狼は部屋の中に秋実のいないのを確認すると、両膝を畳について呆然とした。

 白龍は白狼の様子に構わずたつみを呼んで、食事を用意させた。たつみは白狼の様子を気にしながら準備を進めていく。そして食事の準備が出来るとたつみは白龍を見た。すると白龍はたつみを見て頷くと白狼に声をかけた。



「白狼、食事の時間だ。」



 白狼は反応しない。置物のように身動きをしないで正座をしていた。



 白龍はもう一度声をかける。



「白狼、秋実に食事を取れと命令されただろう?命令を破るのか?」



 白狼はその言葉にピクッと動いた。

 ゆっくりと食事の前に移動する。



「失礼しました⋯⋯いただきます。」



 静かに白狼は食べ物を口に運んでいった。白龍は視界の端で白狼を盗み見しながら食事を進める。白狼は機械のように表情を一つも変えずに箸で食べ物を口に運んでいる。そして食器が全て空になると手を合わせた後、食器を片付けようとした。

 するとたつみが昨日の様子を気遣って慌てて白狼に近づいた。



「これは私が片付けます。もう少し落ち着いたら片付けも頼みますね。」



 白狼はたつみに頭を下げた。そして下を見続けながら白龍に聞いた。



「白龍殿、部屋にいてもよろしいでしょうか?」

「あぁ、大丈夫だ。」



 白狼は幽霊のように力も入れず立ち上がるとスッと部屋から出ていった。



 白狼はあてがわれた部屋に戻ると戸を閉めた。正座して外を見ていた。昨日と打って変わって身体の芯に何も力が入らなくなった。悲しみが枯れて感情が鈍くなったようだ。心の中が砂で満たされているようだ。

 白狼はたつみに声をかけられるまでずっと動かないで座り続けていたのだった。

 昼を食べてまた部屋へ戻ってきて座って外を見た。だんだんと部屋が暗くなってきた。このまま闇と一緒に消えてしまえばいいのに⋯⋯。



「秋実先生⋯⋯」



 白狼は暗い闇に向かって声をかけた。そうするとまた静かになったはずの感情がいきなり沸騰したかのように湧き出てきた。白狼は畳に突っ伏した。



「あぅっ⋯⋯ぐっ⋯⋯秋実先生⋯⋯何で先生が⋯何で先生じゃなきゃいけないんだ⋯⋯ふぐっ⋯ぐすっ⋯⋯」





 日が落ちた頃、たつみは白狼のいる部屋を覗くと真っ暗な部屋の窓の近くで畳の上にうずくまっている白狼が目に入った。それを見たたつみは少し戸惑う素振りを見せたが白狼に声をかけた。白狼は外が暗くなっていることにも気が付かなかった。それでも白狼にとってどうでも良いことだった。



 しかしたつみが来たということは食事の時間ということだ。秋実先生の約束は食事を取ることだ、その約束は守らなければならない⋯。力の入らない身体に秋実先生との約束と言う優しい鞭をうち、ようやく立ち上がるとたつみについてその部屋から出た。そして白龍のいる部屋に白狼が入ってくると白龍は目の腫れている白狼を見た。しかし白龍は何も言わなかった。



 白狼は無言で食事の席につくと吸い物を口にした。そして白狼は後ろに下がると深くお辞儀した。そのまま頭を上げずに白龍にこう伝える。



「今日の夕餉はこれで見逃してもらえないでしょうか? ⋯⋯もう喉を通りません。」

「⋯それはならん。」



 白龍は立ち上がって白狼の真横に座った。

 そして白龍はその言葉とは打って変わって、優しく白狼の手を取った。



「俺はお前さんを1週間預かると秋実に約束した。こんな吹けば飛んでいってしまいそうな力のない姿では返せない。それに秋実はそんな姿を見たら心配するぞ?」



 白龍は白狼の目を覗き込んだ。

 白狼はしばらく白龍を見つめていた。



「秋実先生を心配させたくありません。失礼しました。」



 白狼は白龍に頭を下げると、顔を上げて箸を持ち直した。

次回は悲しみにくれた白狼はどのようにして秋実が迎えに来るまで過ごすのでしょうか?

次回の作者にすみイチオシの台詞↓

「それでも先生と最後の日までずっといたいんです。」

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