【過去編 白狼の記憶】第11話目 幻術の特訓(後編)
【過去編】は一話目に繋がる白狼の過去についてのお話です。
白狼は訓練を終えると里を出て山に入ると身軽に山道を登る。足場の悪い所の木を少し切る。できるだけ必要のない木や間引きする枝などを薪にすると背中に積んで帰る。黄龍の家に戻り持ってきた薪は積んでおく。火をくべるのに良さそうな乾いた薪を集めるとまた背中に乗せる。風呂場の裏や炊事場など薪の必要なところへ運び火をくべ始めた。
ある程度ついたのを確認すると炊事場に入る。釜の準備をして下処理など準備を進める。しばらくすると黄龍の気配がした。白狼は急いで風呂の湯加減を確認する。板で湯をかき回す。白狼は湯加減を確認すると頷いた。その足で玄関に向かう。
(おそらく後5秒ほどすると黄龍殿は玄関の戸を開ける。)
黄龍が戸を開けようと手をかける少し前に、白狼はゆっくりと玄関の戸を開けた。目の前に黄龍が立っている。
「黄龍殿おかえりなさい。夕餉までまだ時間がありますがどうしますか?お茶を飲んでくつろがれますか?お風呂の準備も出来ています。」
白狼を見ていた黄龍は戸に伸ばした手をそっと戻すと呆れていた。
「俺は影無しの里から気が利きすぎる嫁をもらったのか?⋯⋯はは、白狼、すごいな!とりあえず風呂にしよう。これなら訓練期間をもう一週間延ばそうかな。」
それを聞いた白狼は大きな口で笑った。
「黄龍殿、秋実先生みたいなこと言ってる!お上手ですね!」
「秋実っぽく言ったのもばれてて怖い。」
夕餉を食べ終わって黄龍にお茶を出すと白狼は聞いた。
「あの黄龍殿、秋実先生といた時に話していた“地獄牢”とは何でしょうか?」
「あぁ、地獄牢か。幻術使いの高等技術だ。空間と幻痛の組み合わせだ。力の発揮が難しい。自分の想像する地獄に相手を送ることが出来る。術にハマった相手の幻痛によって死ぬ。しかしそれをちゃんと作り上げる技術がないと引き込めないし幻術の力を10秒溜めないといけない。
それ以外にもいろんな技がある。空間を操る方でも景色を歪めたり見えにくくしたりするだけじゃなくて空間に閉じ込めるのに近いものだと”夢回廊”というのもある。何秒間か混乱の世界に閉じ込める。通い訓練で技を増やしていこう。」
「はい、よろしくお願いいたします。」
約束の当日朝から秋実は黄龍の里にやってきた。白狼は里の入り口で待っていたのだ。
「秋実先生!!」
秋実の姿が見えると白狼は嬉しそうに呼びながら秋実の方へ走っていく。秋実は白狼に手を振って近づいてくる。
「さすが俺の弟子!入り口で待ってるなんて気が利くな!」
黄龍の家へ着くと白狼は秋実を見ておずっと聞いた。
「先生、朝餉は食べますか?」
「おう。ただその前に久しぶりに白狼の茶が飲みたいな。」
「ふふ、部屋で待っててください。黄龍殿はもう座っています。すぐにお茶をもって行きますね。」
白狼はにっこりとするとこう答えた。そこで秋実は白狼の頭を撫でると頷いた。その後、秋実は部屋に入った。すると黄龍がこちらを見てくる。
「来たか。適当に座っておけ。お前のところの気が利きすぎる嫁は朝餉を準備しているぞ。」
秋実は黄龍を見ながら近くにあぐらをかいて座った。
「今、俺の為に茶を入れてくれているんだ。」
「そりゃぁ働き者だ。ここでも三人分くらいの働きはしていたぞ。」
「俺の弟子だ。すごいだろ。」
秋実はニカッと笑った。
しばらくして白狼は盆にお茶を持ってくると嬉しそうに秋実に手渡しした。そして黄龍には畳の上に置いた。それを見た黄龍は白狼を見てこう聞いた。
「俺には手渡ししてくれないのか?」
「何か不都合でもありましたか?」
白狼はニッコリと聞いた。それを聞いた秋実は大笑いしている。そしてすぐに朝餉となった。食べ終わると白狼は二人に声をかけた。
「お茶は同じでいいですか?それとも違うのにしますか?」
「同じので頼む。」
秋実が答えると白狼は秋実を見て返事をして部屋を出ていってしまった。黄龍は口を尖らせて秋実に不満を言う。
「びっくりするほど俺と秋実の対応が違うんだが。昨日まではあんなに色々と聞いてくれたのに。」
「まぁまぁ、通いでこさせるから機嫌を直せ。」
「そういう話じゃない。」
白狼はお茶を持ってきてそれぞれ渡すと秋実の近くに座った。そして三人はお茶を飲み始めた。
「それで黄龍、白狼はどうだ?」
「正直想像を遥かに超えていた。秋実は後継者として白狼を育てるのか?俺としてはぜひ黄龍の里に来てほしい。」
それを聞いた秋実は厳しい目で黄龍を見た後、白狼を見た。
「俺は手放す気はないが、白狼はどうだ?」
「僕にとって秋実先生と瞬がいない場所に何の価値も利もありません。秋実先生が行けと言われるのであれば行きますが、それ以外のどんな条件があっても行きません。」
白狼は秋実を見た後、黄龍にきっぱり言った。黄龍は目を丸くして白狼を見ていた。そして頭を上げて大きく仰け反ると大きな口を開けた。
「あっはっはっ、やっぱり秋実の弟子だ。実力は十分だが変わっているな。さぁ、白狼の訓練をつける条件を詰めようか。」
「おう、条件は黄龍が地獄牢まで教えてくれるなら俺の存命中黄龍の依頼を優遇する。これはこのままでいい。それに加えて⋯⋯。」
秋実はそう言いかけて懐から紙を三枚出した。そしてゆっくりと三枚の紙を黄龍の前に並べる。
「出どころは聞くな。」
「これはすごい。入手が難しい関所の通行証じゃないか!」
黄龍は手を伸ばす。関所の通行証というのは現代で言うパスポートのようなものだ。関所というのはこの国の地域ごとに関所が設けられている。そして通行証という証書がないとその地域間の通行ができない決まりになっている。治安やその地域を治める場所によって通行証の発行の難易度は異なる。
「この1週間で一枚の通行証、1年後に残りの二枚の通行証を渡す。どうだ?」
秋実はニヤリとして尋ねる。それを見た黄龍は笑い始めた。
「本当に感覚で交渉してくるやつは怖いな。どんなに交渉術を磨いてもそれよりも絶妙なところでいいカードを切ってくる。ふむ、一枚か⋯⋯悩むな⋯⋯。」
黄龍は腕を組んで考えている。
少し悩んだ末、黄龍は一枚の紙に手を伸ばした。
「これにする。」
秋実は残りの二枚を懐にしまった。
そして秋実と白狼は黄龍に別れを告げると影なしの里へ向かった。
白狼は道中に秋実に聞いた。
「そういえば黄龍殿に会った時“地獄牢を無効化してやる”って言ってましたけど無効化ってなんですか?」
秋実は目を丸くした後、笑って立ち止まった。
「白狼、幻術を張れ。」
白狼は幻術を周りに張った。
「前より上手くなったな。俺の暗器は無効化と言って他の者の暗器の力を解く力と言ったらいいかな。一回使うから解かれたらまた幻術を張ってくれ。」
そう言うと白狼の幻術はパッと無くなった。白狼は慌てて幻術を張りなおす。
「先生、すごい。」
「はは、そうだろう?」
秋実はそう言うと周りをキョロキョロ見た後白狼に顔をもっと近づけた。
「春樹以外には誰にも伝えてないのだが、実はもう一つ力がある。それは他の人の記憶を見れることだ。俺が手を握ってその力を込めると目の前にその人の記憶の情景が現れて見れるってわけ。」
秋実はそこまで茶目っ気たっぷりに言っていたが、急に真面目な顔をした。
「白狼、俺と瞬は血が繋がっている。もしこの先、瞬が他の人の記憶を見れる力を解放するかもしれない。見られたくない時は暗器の力を手に込めろ。そしたら瞬からおそらく見られない。俺がいない時に瞬が力を解放したら、その時は頼むな。」
その言葉を聞いて白狼は胸に刻むように深く頷いた。
白狼の生活も順風満帆に思われましたが、次回から急に舵を切っていきます。
次回の作者イチオシの台詞↓
「ごめんなさい⋯んぐっ⋯ぐすっ⋯⋯ごめん⋯なさい⋯⋯。」




