第4話 白龍の里長・白龍と霜月の交渉
瞬は目の前の男にこう告げた。
「白龍殿にお取次ぎ願いたい。私は黒兎の里の瞬。こちらは知っての通り白龍の里の諒」
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任務の準備の時まで時は遡る。
霜月は任務について話した。瞬は暗殺の瞬とバレては困るので黒兎の里の者だと説明する。諒はもともと白龍の里の者なのでそのまま名のる。
忍の里長だけは影屋敷のことを知っているので黒兎の者だと言えば白龍殿に会えると霜月に言われたのだ。
場所は諒がよく知っているので道案内してもらうことになった。そこで瞬は道中に諒へ聞いた。
「諒、お前は白龍の里に戻るのが怖くないのか?」
「怖い⋯⋯でも瞬が居るから心強いよ。それに前より強くなったし」
瞬は諒を見た。諒は前会った時より動きもしっかりしていた。霜月にこってりしごかれたのだろう。瞬は諒を見ると諒は前を向いたままだった。
「この前戦った剛の仲間が居るんだろ?」
「剛が一番物理的な嫌がらせをしてきていたよ。もう一人の暗器は玄磨っていうんだ。玄磨は僕の暗器とは違う種類の力を持っている」
「違う種類の力?」
諒の話を聞くとなんとも理解しがたい力だった。
「⋯⋯暗器は一人しかいらないから、玄磨と戦うことになるかも。そしたら僕は勝てないかも。まだ玄磨と同等の力は持っているとは思えない」
諒は勢いのない声で言った。おそらく弱音ではなく自分の力を客観的に見た意見だと感じた。しかし一人での場合だ。二人で戦えば違う結果になるかもしれない。
「戦うことになったら日付を改めようぜ。そしたら俺が夜な夜な暗殺する」
諒は一瞬きょとっとしたが、瞬が元気づけてくれたのがわかったのでじわじわと可笑しさが込み上げてついには笑い出した。
「さすが暗殺の⋯いや、黒兎の瞬だね」
「それが嫌なら二人で戦おうぜ」
「瞬、ありがとう」
諒の道案内で白龍の里に到着した。里の中は他の村とそう変わらず民家や井戸、畑などが見える。畑の土は栄養が行き渡っているのか青々とした葉が土から顔を出していた。
瞬の居た影なしの里は侵入者を防ぐため厳しい崖などが多い山の谷間に位置する場所にあった。同じ山でも白龍の里は山に囲まれていたが動植物が豊かで薬草を取るのに良い環境なのだろう。道中でたくさんの物をみてきた。
二人は白龍の里に踏み入れると里の一番広い道を歩き長の家の方面に向かっていた。しばらくすると一人の大柄な男忍者が二人に近づいてきた。
そこで瞬が口を開いた。それが冒頭の部分である。
「白龍殿にお取次ぎ願いたい。私は黒兎の里の瞬。こちらは知っての通り白龍の里の諒」
「黒兎の里⋯聞いたことないな」
「こちらと違い小さい里なもので」
男は瞬を上から下まで見ると何かを見定めているらしかった。
霜月の想定問答を頭に入れてきたのだ。男は邪険にする素振りはなかった。そして男は歩き始めた。おそらくついていけば良いのだろう。道の突き当りに他の家よりも大きい家が見えてきた。あれが白龍の家なのだろう。
瞬と諒は家の中の応接間なのか一室に通された。窓の外には複数の気配がある。万が一の場合に備えているのだろう。
瞬は立ち上がって部屋の隅々まで調べてみるが仕掛けはなかった。その間、諒は少し緊張しているのか目を伏せがちにしていた。
しばらくすると白龍が入ってきた。
じいさんと聞いていたが身体も筋肉がしっかりとついており姿勢も良い。強者と言うのを瞬はピリピリと来る気配で感じていた。
霜月さんとどちらが強いだろうと考えた。白龍は案内したものを人払いした。
「わし一人で十分」
きっぱりした物言いだ。白龍の視線が瞬に向いた。獲物を捉えるかのような目線に圧倒される。白龍はしばらく瞬をジロジロと見ていた。
「そなたは瞬と言ったか?何の用じゃ?」
「端的にお伝えします。諒を脱里させてください」
「脱里?里を離れるなんて認められん」
白龍の威圧はぐわっと上がる。瞬は肌がぴりぴりしたように感じた。瞬の身体は自然に反応し武器へ手をかけようとした。途中で慌てて手の動きを止めた。
「それは諒が暗器だからですか?」
「それは理由の一つだ」
「諒が殺されかけたのに?」
辺りに沈黙が流れた。
白龍は下を向いていた。感情が読み取れない。瞬を正面に捉えた。
「諒が殺されかけただと?」
瞬はこの気迫は獅子のようだと感じ、このままだと殺されかねない慌てて全部を話すことにした。
剛に狙われたこと、たまたま瞬が居合わせ二人で剛を倒したこと、その理由は暗器が二人存在すると暗器に宿した力が分散されること。
白龍は口を挟まずにその全部を聞いてくれた。
「はぁ剛の奴、玄磨への忠誠心が強すぎるせいか勝手な行動が多かったが、勝手が過ぎる! そもそも暗器が同時代に誕生してもその力は分散されない!」
それを聞いた瞬と諒は目を丸くした。二人が何か言う前に白龍は窓の外に向かって声をかけた。
「おい、霜月。ここへ出てこい! 黒兎なんてお前しかいないだろう」
「⋯⋯にゃーん」
だてまきが返事した。
少し間があって廊下から霜月とだてまきが部屋に入ってくると白龍は霜月を見た。霜月はひょうひょうとした立ち居振る舞いをしている。そのうち白龍は下を向いて深いため息をついた。
それを見た霜月はにっこり笑みを貼り付けた。
「家の中に侵入されていたなんて、後で家の者を厳しくしごかなければならんな。その猫は何だ?」
「お久しぶりです、白龍殿。こっちはだてまきです」
「だてまき⋯。久しぶりに会ったと思ったらこんな騒ぎか。穏やかに会えんのか?」
「貴方がすべて引っ掻き回したんですよ。諒をこんなに放っておいて勝手に強くなるなんて思って都合が良すぎます」
瞬はこの二人は仲が悪いんだと確信した。だてまきはトコトコと歩いて瞬と諒の間に丸まった。
白龍は何か言いたげであったが一呼吸して諒と瞬を見た。
「諒、わしが悪かった。それから瞬」
「はい」
「これからは諒を暗器として里の財産として育てたい。瞬、そなたも白龍の里に来ないか? 黒兎には便宜を図る。
諒と一緒にこの里で共に生きてほしい」
瞬は一瞬ドクンと脈打った。
霜月は声を荒げた。
「それはなりませんよ、白龍殿!貴方は諒に謝る資格さえない。それなのに瞬まで引き込むなんて卑怯ですよ!」
瞬は意外な姿に固まってしまった。さんざん俺たちをいじめ抜いたのに霜月さんがそんなことを言うなんて⋯。
しかし自分もこの話し合いに参加し自分の意見を差し込まなければと思い、口を挟む。
「白龍殿、提案ありがとう⋯⋯ございます。とても魅力的です」
誰もが瞬を見る。次の言葉を待っている。
「しかし俺は霜月さんに命を救われた身。この恩は霜月さんに返したいです。それに諒にも救われた。諒にも出来る限りのことはしてやりたい。
どちらも叶えられるのはこの里ではありません」
霜月は口元に手を当てて瞬の方を静かに見つめている。諒が慌てて瞬の隣に座って白龍を見た。
「瞬は僕に助けられたって言ってるけど、僕も瞬に助けられました。瞬が良いのなら僕は瞬と一緒にいたい⋯です」
「はぁ~困ったのう。実は玄磨、もう一人の暗器が行方不明なんじゃ」
その意外な返答を瞬や諒、霜月さえも予想していなかった。霜月は白龍を見た。白龍は霜月と目が合うと苦いものを口にしたような顔をした。
「行方不明ってどういう事です?」
「最後の任務が終わってから玄磨の仲間と一緒に姿をくらましているんじゃ」
つまり何かに巻き込まれたのではなく自分たちの意思で姿をくらましたようだった。任務不履行は一番厳しい罰則であるが里長の了承もなく里を離れるのも本来駄目なことだ。
白龍の話を聞くと剛が諒を攻撃したのと大体同じ時期に里を離れていることになる。霜月はちらっと瞬と諒を見るとこう提案した。
「この続きは二人だけで話しても?」
「あぁ」
二人は外で待つことになった。諒はだてまきを抱っこしている。白龍の里の中なので込み入った話は出来ない。瞬は諒を見ると口を尖らせ不満そうな様子だった。
「思った通りにはいかなかったな」
「それもそうだけど、霜月さん来てるなら一緒に来ればよかったのに」
「しかも二人共に仲悪そうだったよな」
「二人にして大丈夫かな?」
「大丈夫じゃなかったら白龍殿の家壊れるんじゃないか?二人ともすげー強いし」
「あはは、そしたら瞬とだてまきと僕で逃げよう」
「にゃん!」
「あはは、だてまきもそう思うか!」
しばらくすると霜月が家から出てきた。明らかに機嫌が悪そうだ。
「瞬、諒、だてまき行くぞ」
それから2時間ほど移動したところにある古いお寺に移動した。誰かが定期的に掃除をしているのだろう、思った以上に綺麗だった。だてまきは瞬の膝の上に乗った。
霜月は二人に座るよう促すとぶっきらぼうに話を始めた。
「諒の脱里の件だが、条件を付けられた。
その条件は玄磨を白龍の里に連れ戻すことだ」
「玄磨を連れ戻す?」
「あぁ、白龍殿はそもそも諒の脱里は認めないと一点張りだったんだ」
「ならなんで諒に対してこんな扱いしてたんだ? 諒はいじめられて除け者にされてたんだぞ!」
瞬は語気を荒げた。
霜月は一呼吸置くと、こう説明した。
「白龍殿が気にかければ他の者が諒をひいきしていると判断し強く当たったり不満をぶつけられたりするのを恐れていたらしい。
諒が自分でことを解決することを望んでいた結果だ。それと単純に任務がありすぎて里の状況を把握できていなかったようだ」
それは意外にも白龍を配慮した言い方だった。
その時、瞬はスッと立ち上がると霜月に近づいておもむろに手を握った。瞬は好戦的な目で霜月を見た。
おそらく霜月は瞬が意図して行ったことだと気がついたのだろう。
霜月は目を見開いてすぐに瞬の手を振り払った。霜月は怒りを爆発させたように燃えるような目で瞬を見た。
「くそっあのジジイといい、お前といい⋯⋯」
霜月は肩で息をしたが、深呼吸をはじめ拳を強く握った。霜月は瞬をじっと見ていたが諒の方を見て落ち着いたようにこう言った。
「諒、ちょっと特訓に行ってきてくれないか? 山登りと⋯⋯残りは好きなので良いよ」
「にゃー」
だてまきは諒に近づいた。
諒はこの場の雰囲気を察して何も言わずに行ってしまった。諒を見送ると瞬は霜月の方を向いて声をかけた。
「霜月さん、話があるんだけど」
「ちょうど良かった。僕も話があるんだ」
霜月は瞬ににこりとして言ったが、不気味極まりなかった。
お読みいただきありがとうございます!
次回は瞬の秘密が明かされますね。でもそれだけではないんです⋯。
次回の作者イチオシの台詞↓
「君たち皆の首を届けても良いんだよ?僕の言ってる事、伝わってるよね?」