【過去編 白狼の記憶】第10話目 幻術の特訓(中編)
【過去編】は一話目に繋がる白狼の過去についてのお話です。
黄龍は仕度を済ますと家の庭に出た。
白狼は黄龍に聞いた。
「そういえば黄龍殿は秋実先生と仲が良いんですか?軽口を叩いていましたよね?」
黄龍は白狼の目を探った。
「龍堂ほどではない。俺は秋実に合わせた話し方をしているだけだ。向こうから勝手に下の名前で呼び始めたしな。それに同じような話し方からしか得られない情報もあるからな。」
「参考にします。」
何か考えながら白狼は返事をした。それを見ながら黄龍は口を開いた。
「まぁ得るものはどんどん吸収してくれ」
鳥かごの中に鶏が何羽も入っている。兎も何羽かいる。
黄龍は白狼を見ると説明を始めた。
「幻術と言うのは大きく分けて二種類ある。まずは相手の周りにかけるもの。それは景色を歪めるように見せたり霧深く視界を防いだりするものだ。
もう一つは相手に直接かけるもので、相手の感覚を惑わすといった類のものだ。例えば金縛りや幻痛。実際に刃物を刺していないのに体内に痛みを感じると言ったものが大きな種類だ。どれかやったことはあるか?」
「任務の時に相手の金縛り、幻痛と空間を歪ませることはやりました。」
「何だ、話が早いな。秋実が言うだけのことはあるな。ちょっと見てみよう。景色を歪ませてくれ。」
白狼は深呼吸をすると手を前に出して任務の時の感覚を思い出していた。
景色が歪む。黄龍は周りをキョロキョロ歩き始めた。何かを見ているようだ。
「うん、なかなかいいぞ。これから精度を上げよう。霧みたいなのは出せるか?」
「いいえ、術の想像が湧きません。」
「それなら今回それを仕込んでいこう。任務の時にかなり楽になるぞ。」
「任務に幻術は使いません。」
白狼の即答に黄龍は目を見開いた。
「なっ⋯使わない理由がない。暗殺だぞ?」
「幻術を使わなくても行えるくらい強くならないと話になりません。」
その問いに対して白狼は強い目をしてこう返した。
沈黙が流れる。
すると黄龍は下を向いて笑い始めた。
「はっはっはっさすがは秋実の弟子だ。気に入った!」
そう言うと黄龍は訓練を始めた。
「相手を金縛りにする、幻痛については経験があるんだったな。俺がそこの鶏で見本を見せる。金縛りについてはコツを掴むまでは手を使うなりして自分の力を出しやすい感覚を身につける練習をしろ。」
黄龍がちらりと鶏を見ると石のように固まった。
「熟練になればなるほど大きな対象にも使えるし、遠くにも使える、使える時間も長くなる。幻痛も仕組みは基本一緒だ。まず個人訓練をしてほしい。対象がいる場合はその対象に向かって力を向ける、投げる、つけるなど、自分のやりやすい感覚で力を使えばいい。」
「分かりました。それを念頭に置いて訓練してみます。」
「次に空間、景色を歪めることは少しコツがいる。空間は広さだ。この対象の空間のイメージは人による。そしてこのイメージを固める必要がある。それがうまくできるとこういうもの出来る。」
煙で前が見えなくなる。黄龍の姿が消えた。白狼は身体の自由を奪われた。頬に衝撃が来る。次は腹。
「ぐっ⋯。うあっ⋯。」
白狼は煙に包まれた空間から攻撃を受けて声を上げた。白狼は腹に手を当てながら警戒する。すると黄龍が姿を表した煙がなくなると目の前に黄龍が立っていた。白狼は少しムッとした顔をした。
「こんな感じにね。」
正面に黄龍がいるはずなのに声は右から聞こえた。白狼は急いで右の方へと振り向く。そこにも黄龍がいた。正面と右にそれぞれ黄龍が二人いたのだ。そうすると黄龍の姿がもっと増えた。幻なのだろう。すると風が吹くように幻が消えていった。周りには黄龍の姿はなくなった。白狼は周りを振り向いて姿を探す。
「イメージはついたか?今日は相手に金縛りと幻痛の方に集中しよう。幻痛が人に向かって出来ないからここにいる鶏と兎を使え。」
白狼の遥か後ろの縁側に黄龍が座って肘をついて白狼を見ていた。白狼は遠くに座る黄龍を頭に刻み込む様に見つめ続けていた。
4,5日もすると白狼は力の調整がうまくなってきた。手は前に出さないと的確には出来ないが力を出すスピードはだんだん速くなっている。金縛りと幻痛の訓練の合間に空間のイメージの練習をした。白狼は空間に透明な箱を作りその限定された空間の中をイメージするのがしっくりきた。中にいるイメージと俯瞰するイメージを重ねながら力を均等に出したり、ある一点に集中したりする。
黄龍は目に見える成長ぶりに感心していた。そして黄龍はその白狼の成長ぶりを見ると自然と口角が上がっていた。
黄龍は白狼の学習能力の高さから今日はここまでにしようと思っていたが、また口を開いた。
「さすが秋実が太鼓判を押すだけのことはある。白狼、追加情報だ。」
白狼が寄ってくる。目の前にいる白狼には目もくれずに左の方に見える白狼を見る。
「恐ろしいな、どこまで成長してるんだよ。」
目の前の白狼は消えて左の白狼が笑顔になった。
「やるなぁ。その幻術には弱点がある。それは自分で見えているところにしか幻術をかけられないことだ。幻術とはイメージとの正確性だ。例えば相手が木の後ろに隠れる。隠れた相手には幻術は使えない。白狼、相手が隠れるのを前提に動くとわかっていたらどう動く?」
白狼は地面を見つめた。少し考えると口を開いた。
「空間を歪めて幻の木の後ろに隠れるよう誘導する。元々の木はそこに存在しないから相手を見ることができるので幻術を使える。」
黄龍は恐ろしいものを見るような目をした。
「うわ、なんで難しい方から答えるんだよ。頭回りすぎるだろ⋯。そうだ、空間を歪めることもできる。普通は本物の木の前に自分の幻を作り出して相手を木に近づけさせないとかそういう答えを予想していたんだけどな。」
「そちらも思いつきましたが省略しました。」
「本当に頭が回るな。それから最近俺の家の周りに四六時中幻術張ってるだろ。澤樹が警戒してるぞ。自分の幻といえば自分を見えにくくさせることもできる。それも訓練に加えていこう。」
「分かりました。しかし姿を消すことを昼間に使うのは難しそうですね。姿が消えるといっても完全ではないのでどうしても出てしまう歪みで気配が漏れて位置を把握されてしまう。」
「その通りだ。内容理解も早いな⋯。本当に齢9か?信じられないな。」
白狼はニコッと笑った。
次回は無理矢理な交渉をしていった秋実が白狼を迎えに黄龍の里へ戻ってきます。しかし打って変わって黄龍殿を唸らせる展開に変わって行きます。何が起きているのでしょうか?
次回の作者イチオシの台詞↓
「本当に感覚で交渉してくるやつは怖いな。どんなに交渉術を磨いてもそれよりも絶妙なところでいいカードを切ってくる。」




