【過去編 白狼の記憶】第8話目 成人の儀式(後編)
【過去編】は一話目に繋がる白狼の過去についてのお話です。
「⋯⋯そういうことならはじめに酒を入れるか?白狼は形だけにしよう。」
白龍はそう言うと巽を呼んで酒も追加した。白狼はお酒に唇だけつけた。酒が触れた唇は焼けるようだった。しかし秋実は豪快に飲み始める。それに合わせて白龍も酒を飲み始める。春樹ははじめの一杯だけお酒を飲んだ。その後白狼に顔を近づけるとこっそり言った。
「俺は酒は飲まないから心配するな。秋実殿のことは俺が何とかするからな。」
白狼はニッコリと笑った。
「心強いです。いつも春樹殿が隣にいてくれるので秋実先生は安心して目の前のことに集中出来るんでしょうね。」
「お前のような理解者がいてくれて俺は嬉しい。」
春樹は満足そうに深く頷いた。それを聞いた白狼は思わず声を上げて笑った。そうすると秋実はすかさず見て大きな声を上げた。
「白狼!俺抜きで何を楽しそうに春樹と話してるんだ!俺も混ぜろ!」
「ふふ、僕たちは秋実先生のことを話しているんですよ。」
白龍は白狼に同情の目を向けてこう伝える。
「白狼、秋実のことで困ったことがあれば何でも言えよ。俺くらいしかこいつにガツンと言える者はいないからな。」
「ふふ、お気遣いありがとうございます。秋実先生のおかげで毎日楽しく過ごさせてもらっています。お二人はとても仲が良いんですね。」
白龍は納得がいかない顔になってはすかさず言った。
「腐れ縁だ。」
「こいつとは20年来、いや30年来になるか!お篠と会った頃だもんな。」
「お篠⋯⋯」
白狼は初めて聞く名前を復唱した。
「あっ!」
春樹は大きな声を出した。そして白龍と春樹は深くため息をついた。秋実は目を輝かせながら白狼を見てくる。
「あっ白狼にはまだお篠の話をしていないか。」
春樹が付け加える。
「白狼、お篠殿は秋実殿の奥方だ。」
「お篠は世界で一番いい女だ。俺は生涯でお篠よりいい女に出会っていない。」
それから秋実は事細かに馴れ初めを教えてくれた。そしてお篠がどんなに魅力的か。白龍と春樹は首を力なく横に振っている。二人の反応を見た秋実は文句を言った。
「お前ら前に話したからってその反応は酷くないか?」
「俺はもう100回以上聞いている。お前がお篠と一緒になると決まった日は夜通しで同じ話をされた。」
「私も耳にタコが出来るほど聞いております。」
白龍と春樹はそれぞれ抗議した。
それを聞いて秋実は口を尖らせた。
「ふん、なんとでも言え。白狼、これからお前が心に決めた女に出会ったらな大切にしろよ。どんなに当たり前だ些細なことだと思ったこともちゃんと伝えろ。」
「お篠は駆殿、瞬の父親を産んで3年目に亡くなったんだ。」
白龍は白狼に説明した。
秋実は酒を勢いよくグビグビと流し込んだ。
「俺はあの時に決めたのさ。思ったことは何でも口にする。誰が何を言っても後悔はしたくない。」
それを聞いた白狼は秋実の手を握った。そして真正面から見た。
「秋実先生、僕は先生の話を何度でも聞きます。僕には何でも話してください。」
「白狼ー!」
その後夜が更けるまで秋実は酒を飲み続けた。ついに秋実は無防備に畳に崩れるように寝始めてしまった。白狼は秋実の寝ているところを初めて見た。白龍と春樹に目配せをすると春樹は立ち上がって秋実に近づき秋実の腕を自分の肩に回している。
「部屋に寝かせますね。」
「こんなになるまで飲んで秋実は大丈夫なのか?巽!部屋を用意してやれ。」
「はは、私もこんな姿は初めて見ます。白狼がこんなに懐いていて自分の想像を超える成長ぶりを見れるのが嬉しかったんでしょうね。
あっそうだ。秋実殿が説明し忘れてしまったのですが、家の周りにかかっている幻術は白狼のものなのでご安心ください。」
白龍は目を丸くすると大きな口を開けて笑った。
「わっはっはっ、齢9で堂々と影なしの里の任務をこなして、しかも幻術使い!それは嬉しいわけだ。春樹、先に秋実を部屋に置いてきていいぞ。」
白龍はそう言うと白狼の方を見た。白狼は下から白龍の目を覗いた。
「あの白龍殿、滅獅子で里が壊滅して秋実先生の次に気にかけていただいたと聞きました。こんな場ですが感謝申し上げます。」
「本当にしっかりしておる。⋯⋯俺はお前さんを預かることは出来なかった。だから秋実には感謝してるんだ。今、白狼が影なしの里でいきいきと出来るならそれに越したことはない。」
白龍は懐から紙を取り出して白狼の前に置いた。白狼は紙を見ると白龍の方を見た。
「見たことないか?それは尊助の札だ。もし誰にも頼れないことがこの先出た時にはこれを使え。最優先で助けてやる。」
白狼はゆっくりその紙を丁寧に拾い上げると笑顔を白龍に向けた。
「ありがとうございます。」
秋実を置いて戻ってきた春樹は、しばらく部屋の外で佇んでいた。
夜が白んでくると秋実は周りを見た。春樹と白狼は寝ているようだ。音もなく部屋を出た。
家の外へ出ると白龍が庭に立っていた。秋実の姿を見つけると声をかけた。
「昨日はよく寝れたかい?」
「あぁ、最高の寝つきだった。⋯⋯白狼に尊助の札でも渡したのか?」
「はぁ、秋実のそう言うところは鋭くて嫌だ。」
「ははっ、そういう龍堂だって幻術がかかっているのを聞かなかった。」
「お前が言いそびれたからだ。それに春樹から聞いた。」
「秋実遅くなったが、駆たちのこと⋯⋯ご愁傷さまでした。」
それを聞いた秋実は目を伏せた。
「⋯あぁ。」
「それでも昨日はお前のはしゃいだ姿を見れて心底ほっとした。」
秋実は目を上げた。
「白狼のおかげで立ち直れたんだ。龍堂こそ大丈夫なのか?その⋯⋯忠の死が滅獅子の発端になったんだろう?」
「⋯⋯あぁ、ちゃんと整理はつけた。それに俺にもちびがいるんでな。」
「忠の子どもか?」
白龍は口角を上げて頷いた。
「諒って言うんだ。瞬より小さいぞ。」
「なんだ、会わせろよ。」
「後でな。」
皆は朝餉を食べると白龍が部屋から出ていった。白狼は聞かずに待っている。春樹も秋実を目配せしている。
しばらくすると白龍の腕の中に小さな赤子が抱かれていた。大きな目でこちらを見ている。白龍を見て口を開いた。
「じじ?」
白龍は諒を下ろすと部屋の中を走り始めた。秋実は笑っている。
「可愛いな。」
そのうち白狼にくっついてきた。白狼はどうするべきか困っている。
秋実はある事を思いついた。
「おぉ、そうだ!誰が諒を上手に描けるか競おうぜ!」
しかし秋実はすぐに後悔した。諒が走り回るので絵どころか筆を持つ手も邪魔される。しばらくして諒を返してから記憶を思い出して書くことになった。秋実は白龍を見てこう告げた。
「白龍が一番見てるんだから一番上手く描けるだろ!」
少しの間、皆は静かに描き始めた。そして白龍はじとっとした目で描き上げた自分の紙を見た。するとポツリとこうこぼした。
「俺は自分にこんなにも絵心がないとは思わなかった。」
秋実はそれを聞くと真っ先に白龍の描いた紙を見て大笑いを始めた。
「うわっはっはっ!龍堂、それはひどいな!自分の孫だぞ!」
悔しそうに白龍は秋実の紙を覗き見した。
「秋実だってあまり変わらないぞ。」
「そうかぁ?春樹!お前を頼りにしてるぞ。」
春樹は目をつぶった。
「⋯これくらいで勘弁してください。」
秋実と白龍は春樹の紙を見た。
「⋯特徴は捉えているな。」
「うん、全体的なバランスがいいぞ。」
「お二人とも気を使われるのが一番堪えます⋯⋯。」
白狼は筆を止めた。そこへ皆が白狼の紙を覗き込む。
「これは⋯⋯見事だな。」
「さすが白狼だ!」
「白狼、お前はすごいな。」
白狼は秋実を見て微笑む。白龍は食い入るように白狼の描いた諒を見ながら聞いてくる。
「これは諒そのものだ。⋯⋯白狼その紙を俺にくれないか?」
「それでしたら白龍殿のものと交換でいかがでしょうか?」
白狼は白龍を見ると笑顔でこう返した。
それを聞いた秋実と春樹は腹を抱えて笑っている。白龍は一瞬眉をひそめたがすぐにこう言った。
「仕方がないが、その案に乗ろう。」
白龍は自分の紙を渡した。白狼はその紙を受け取ると自分の紙を渡した。
受け取った白龍は優しい目で紙を見つめていた。そして秋実は嬉しそうに白狼に顔を近づけた。
「なあ、白狼!俺も描いてくれ!」
「お断りします。先生を描いたらその紙が私の弱点になってしまいます。」
珍しく秋実の提案に白狼はぷいっとそっぽを向いた。それを聞いた皆は笑い始めた。
しばらくすると巽はお茶を持ってきた。お茶を飲んで落ち着くと秋実は白龍に聞いた。
「そうだ、白龍の里には幻術に長けた者はいるか?影なしの里には目ぼしい者がいない。白狼に幻術の稽古をつけてほしいんだ。」
白龍は湯のみに口をつけて外を見た。
「⋯⋯いや、教えられるほどの者はいないな。明臣に聞いてみたらどうだ?誰か紹介してくれるかも知れないぞ。」
それを聞いた秋実は、ぱあと顔を明るくした。
「そうだ!明臣に教えてもらおう!」
「はぁ⋯⋯なんでそうなる。」
白龍は大きなため息をついた。そして春樹は青ざめた。急いで口を開こうとしたが遅かった。
「そうと決まれば、白狼、春樹、黄龍の里に行くぞ!」
春樹は下を向いてため息をつきながら首を横に振った。
次回は10年前の黄龍殿が出てきます。秋実の自由奔放さはここでも発揮するんですね。
次回の作者イチオシの台詞↓
「じゃあ任務を請け負うよ。暗殺か護衛はないか?」
「ここは黄龍の里だぞ。そんな任務はない。主な任務は情報収集だ。収集する相手を殺してどうすんだ。」




