【過去編 白狼の記憶】第4話目 初めての任務(中編)
【過去編】は一話目に繋がる白狼の過去についてのお話です。
白狼は空を見上げた。
それは月の無い闇に包まれた夜空だった。
秋実は服と布を持ってくると白狼に渡した。
「必要なら汚れた部分をこの布で拭くといい⋯⋯。」
秋実は歯切れが悪かった。そして口をなかなか閉じなかったが、それを遮るように白狼がお辞儀した。これ以上秋実から何か聞くことに自分は耐えられないかもしれない。そう思うとすぐにこう言った。
「ありがとうございます。先生は家で休んでいて下さい。」
「⋯⋯分かった。⋯⋯任務ご苦労。」
「⋯⋯ありがとうございます、陽炎殿。しかし任務は失敗しました。そんな言葉をかけないで下さい。」
「⋯⋯分かった⋯⋯。」
白狼の言葉に秋実の目は泳いだが白狼は気が付かなかった。
白狼は一人で川のほとりまで歩いてくると布で顔を拭いてみる。
布には血がついていた。頭も雑に拭く。やっぱり血がついているようだ。布が汚れる。服を脱ぐと白狼は川へ向かった。
今夜は月が出ていない。
川もいつもより暗い。
この闇に染まってしまえばいいのに⋯⋯。
白狼は手に残った短剣が肉を貫く感触を拭うようにバシャバシャと勢いよく頭から川に突っ込んだ。
その後しばらく木の枝に登って空を眺めていた。気がついたら夜が白んできたので慌てて帰った。
家に帰りそのまま炊事場へ直行した。
白狼は炊事は自分の仕事だと思っている。秋実に会わなかったのが幸いだと少し胸を撫で下ろした。炊事場で朝餉の準備を始めた。
(そろそろ支度が終わるな。⋯⋯先生に会うのは気まずいな⋯⋯。)
そう考えながらいつもより静かに準備をしていたのだ。すると白狼は後ろから衝撃があった。瞬が背中に抱きついてきたのだ。
「わっ!」
「白狼、びっくりした?」
「うん⋯⋯。」
いつもなら白狼は瞬の肩に手を添えたり頭を撫でたりするのだが、瞬に触れることが出来なかった。いつものように上げた手は宙で迷子になった。それを紛らわすように自分の頭を触ると瞬にこう聞いた。
「配膳手伝ってくれる?」
「うん!」
瞬は元気よく答えた。
白狼は秋実に会う前に家を出たかった。秋実に会うことを想像すると胸が痛かった。⋯⋯いや、胸じゃない胃がキリキリしてきた。白狼は振り返ると秋実が立っていた。
「あっ⋯⋯。」
白狼はお辞儀をして出ていこうとした。それを見た秋実は口を開いた。
「白狼、どこへ行く?”今日はちゃんと”朝餉を食べろ。」
それを聞いた白狼は立ち止まった。白狼は毎朝全部食べているのにわざわざ“今日はちゃんと”とつけているのだ。[昨日のようなことがあっても飯だけは食べろ]、そういう命令だと認識した。白狼は仕方がなく返事をした。
「⋯⋯分かりました。」
今朝の朝餉はとても静かだった。誰も言葉を口にしない。瞬は何かを感じ取ったのか静かに白狼を見続けながらご飯を食べている。白狼はとにかく早く席を外したかったので急いで食べ物を口に運んだ。とにかく秋実から何も聞きたくなかったからだ。そして白狼は食べ終わると食器を持って退室しようとする。秋実は白狼に声をかけた。秋実の言葉に白狼はぴくっと反応した。その揺れで重ねた食器が音を立てた。
「食器はそのままでいい。」
「⋯それでは失礼いたします。」
食器をそっと下に置くと一礼して退室した。
瞬は二人のやり取りを見て秋実の方を見た。
「じいちゃん、白狼元気ないね。」
「⋯⋯そうだな。」
春樹は自分の家にいた。秋実が朝からやってきたと思ったら畳にうつ伏せになっていた。春樹は眉をひそめて声をかけた。
「一体何があったんですか?」
秋実は明らかにいじけていた。瞬は隣の部屋で春樹の嫁の夕霧に赤ちゃんを見せてもらっている。
そして秋実はぼやき始めた。
「任務に連れて行った。⋯⋯はぁ、絶対嫌われた。あんなんじゃ嫌われるよなぁ。いや、分かってたんだ⋯⋯。厳しくしすぎたかなぁ。」
「えっ任務に連れて行ったんですか?あの子まだ齢9つですよ。しかも陽炎殿の事だから任務やらせたんでしょ?俺引いてます。」
その言葉を聞いて秋実はジロッと見た。
「陽炎と呼ぶな。秋実と呼べ。これからは皆には秋実と呼ばせよう。あぁ、そうだよ。任務をやらせたんだよ。初めてでうまくいかなくった。俺は叱責したんだ。」
「うわぁ、本当に呆れますよ。駆殿にも厳しくしたから途中でグレてたじゃないですか。」
「うぐ⋯挙句の果てに最後に陽炎殿と呼ばれた。白狼にそんな呼ばれ方されたくない。だから皆も秋実と呼べばいいんだ。」
「そんな理由で自分の名前呼ばせる里長なんて他の里でも聞いたことないですよ。」
それを聞いた秋実は口を尖らせている。秋実を見ている春樹はそのまま続けた。
「どうせ、秋実殿の事だから、そんなんじゃ相手は死なぬ。もう一度やれ、とか言ったんでしょ?そんなんじゃ壊れちゃいますよ。引き取ってまだ何ヶ月も経ってないのに。」
「白狼は駆より筋が良い。手際の良い子で何でも割とすぐにこなせてしまうんだ。それでつい任務もやらせたらって欲が出た。しかも指導に熱が入りすぎた。死んだ相手の喉を何度か切らせたし、胸も刺した。白狼の手が震えていたのは見てたのに⋯⋯。朝⋯⋯白狼から避けられた。⋯⋯もう生きていけない。」
秋実は大きなため息をついた。
それを聞いた春樹も大きなため息をついた。
「任務を終えて白狼はどんな様子だったんですか?」
「目を合わせてくれなかった。帰る頃には白狼の服に相手の血がたくさんついていたから、家の近くでこの服のままでは入れない、瞬に見られたくないって言うから服と布を渡したら朝まで帰ってこなかった。」
「決定的じゃないですか。秋実殿、よく反省してください。そしてそれをちゃんと白狼に伝えたほうがいいですよ。貴方の唯一の弟子なんですから丁寧に育てて下さいよ。」
秋実は腕組みして下を向いた。
少しの間沈黙した。
「春樹は言ってることが正論で腹が立つ。」
春樹はそれを聞いてムッとすると立ち上がった。
「秋実殿はそうやって、いじいじしてて下さい。私が白狼を探しに行きます。」
白狼は初めての任務を終えてどこかに行ってしまった。任務に連れて行った秋実は白狼とひと悶着起こしいじけて春樹に愚痴をこぼしていたところ、春樹は痺れを切らして立ち上がった。すると秋実は春樹にすがるような目をしている。そして春樹は夕霧に声をかけた。
「夕霧、ちょっと白狼を探してくる。秋実殿はここに置いていくが放っておいていい。」
夕霧は目を丸くした。それを聞いた瞬は立ち上がる。
「春樹殿、白狼を探しに行くんですか?僕もついていきます。」
「⋯⋯いや、瞬は来ないほうがいいんじゃないか?」
「なぜですか?白狼は朝から元気がなかったのでそばにいたいんです。」
それを聞くと春樹はなんと返せばよいか考えて困っていたが、瞬はそれに気が付かず無垢な目を春樹に向けている。それを見た春樹はがっくりと諦めた。
「⋯⋯分かった。一緒に行こう。多分、山の見晴らしがいい丘にいると思う。」
春樹は瞬の速さに合わせて走った。春樹は山の中をスイスイと進んで行く。まるで行き先が決まっているような動きだった。それを見た瞬は春樹を見た。
「春樹殿はなぜ白狼がいる場所が分かるのですか?」
「⋯⋯秋実殿があんな感じだろう?実はちょくちょく白狼の様子を見ている。あっこれは秋実殿に内緒だぞ。」
春樹は人差し指を口の前に持ってくる。それを見た瞬はふふっと笑った。
春樹の言っていた見晴らしのいい丘に生えている木の枝には白狼が座っていた。景色を眺めているのかここからは背中しか見えなかった。春樹はしゃがんで瞬の顔を見た。
「悪いが先に白狼と二人で話したい。少しここら辺で待っていてくれるか?」
瞬はコクンと頷いた。
春樹は音を立てないように白狼の隣に座った。すると白狼は顔を春樹に向けた。春樹も白狼を見ている。先に白狼が顔を反らした。そして白狼は口を尖らせていた。
「秋実先生から何か聞いたんですか?」
「あの人はいじけながら、聞いても無いことまでべらべらと話していたよ。だが、ここへ来たのは俺の独断だ。」
春樹は口をもごもごしている。白狼は冷ややかな目を春樹に向ける。
「白狼⋯⋯お前は筋がよくて何でもそつなくこなすし頭が回る。しかし無理しすぎじゃないか?」
「⋯⋯無理しちゃいけないんですか?」
白狼は春樹に光のない目を向ける。
「無理がいけないんじゃない。ただ無理のしすぎで壊れていった者を何人も見ている。この里はそういう環境に厳しい。」
「僕は壊れない。秋実先生が望むならそのすべてをこなします。僕はこなせる。」
「秋実殿は熱くなりすぎるところがある。お前を大切に思っていることは分かってほしい。秋実殿はお前が無理をして壊れることを望んでいない。」
春樹の言葉に白狼の目は少し揺らいだ。
「昨日のことは大丈夫か?俺も初めての任務の時は眠れなかった。何度洗っても手からその感覚は取れなかった。お前も何度も相手の肉へ剣を刺したんだろう?」
白狼は春樹の言葉に昨晩の出来事を思い出してしまった。手が震えてきたが、白狼は動揺していて気が付かなかった。すると春樹は白狼の手が震えているのを見た。白狼は春樹の視線を感じて、ようやく自分の手が震えていることに気がついた。そして急いで手を後ろに隠し顔を背けた。
「⋯⋯これは僕が整理をつけなきゃいけないことです。」
「分かっている。」
「それならなんで⋯⋯?」
白狼は春樹の方を見て怒りをぶつけてきた。
春樹は強い目を向けた。
「俺は秋実殿の補佐役だ。このままじゃ秋実殿は全力を出せない。だから聞く。白狼が整理しなくてはならない事だが感情を逃がす場所が必要なんだ。このことは秋実殿にも瞬にも言わないからここで感情を出していってくれ。今お前は何を感じている?何に囚われている?」
白狼は口を開けたがまたすぐに閉じた。
少し唇が震えている。
次回は⋯割とぶっ飛んだ話をしていますね。白狼に何があったのでしょうか?
次回の作者イチオシの台詞↓
「あの、成人の儀式をしたいのですが、どのように行うのですか?」
「あぁ、成人の儀式か。身内一人か他人を三人殺すってやつだな。」
「僕は他人を三人殺めます。日にち、人など指定はありますか?」
【作者のお礼】
評価していただいた方本当にありがとうございます!!画面から飛び出てお礼したいです!嬉しくて画面を見ながらにやにやしてしまいました。マスクをしていて良かった⋯。
ブクマしていただいた方も本当にありがとうございます!心の中でよっしゃーと叫んでしまいました(笑)ブクマがホントに少ないので読んでいる人いないんじゃないかって疑ってたので、読んでくれる人がいるんだなって安心しました⋯。この後もまだ白狼のターンが続きますのでお付き合いください!




