【過去編 白狼の記憶】第2話目 秋実(あきさね)との出会い(後編)
【過去編】は一話目に繋がる白狼の過去についてのお話です。
秋実は白狼の正面に座り真剣な顔をしてこう告げた。
「これから大事な儀式を行う。」
白狼は真剣な顔をした秋実と目が合うと緊張し始めた。そして深く頷く。
それを見た秋実は木の切れ端を白狼に渡した。
「これを刀で削って自分の箸を作れ。
毎日使うものだから丁寧に作るように。」
「⋯⋯はい。⋯⋯あの⋯⋯」
白狼は秋実を見た。予想外の答えに言葉が詰まってしまった。箸と言うのは食事の際に使うものなのはもちろん知っている。しかし箸を作るということは、その先の言葉を聞いていいものだろうか。
「白狼、どうした?」
「⋯僕はここにいて良いのですか?」
その言葉を口から放ってしまうと秋実の言葉を待つしかない。目を丸くしている秋実が視界に入る。すると白狼はまた次第に緊張してきた。そして秋実は悪い笑顔を作った。
「そうだ、そして俺に毎日こき使われるんだ。こき使われるのにも準備がいるんだぞ。だから何日かしたら俺が直接白狼の訓練をつける。そしてたくさん食って寝て、たくさんこき使われろ。」
白狼の緊張が無意味だったことを知ると脱力した。それと同時に白狼の心に温かなものが流れてくる。よく見ると秋実は慣れていないようで悪い顔が下手だった。それを見て白狼は笑ってしまった。
「ふふ⋯覚悟します。」
「よろしい。俺は少し出掛ける。」
「はい、分かりました、秋実先生。」
早速、白狼は木の切れ端の表面を刀で削り始めた。それを見た瞬が自分も作ると言い始めたので、秋実は瞬の様子も見ながら箸を作れと指示を出した。
しばらくして秋実が戻ってくると白狼の手元に綺麗な箸が三膳出来ていた。
瞬は木の切れ端で遊んでいた。その箸を見ながら秋実は口を開いた。
「ほぅ、手先が器用だな。」
「よろしければ替えの箸として使ってください。」
白狼は秋実を見上げると自信の無さそうな顔をしながら一膳渡してきた。秋実は力強く受け取り、嬉しそうに眺めながら言った。
「白狼、ありがとう。今日からこっちの箸を使おう!そうだ、今度春樹に自慢しよう。」
白狼は瞬にも渡しすと目を丸くした。そして瞬は受け取ると白狼に笑いかけた。
「えっ僕にもくれるの?やったぁ。白狼、ありがとう!」
その後、薪の焚べ方を秋実から教わったので風呂の準備をした。準備が終わるとそれを秋実に伝えた。そうするとなぜか三人で風呂に入ることになった。秋実は白狼のガリガリの身体をじろじろと見るとポツリと呟いた。
「これはかなり食わせないといけないな。全身の筋肉も付けないと。」
夕餉の準備も皆で行うと皆で食べ始めた。夕餉が終わると片付けて布団の準備をした。すると瞬は当然のように三つある布団の真ん中にゴロンと横になるとすぐに寝息を立て始めた。それを見た秋実は白狼を見て話し始めた。
「実は先の大戦で瞬の両親は亡くなったんだ。元々任務が忙しくてあまり帰って来れなかったが⋯。まだ亡くなったと言うことに自覚がないのかもしれぬ。白狼、お前の事情は聞かぬ。俺はあの里の惨劇を見た。それで十分汲み取った。瞬もまだ小さいし俺と瞬の二人より俺は白狼もいる三人の方が良い。じゃあ今日はゆっくり休め。お休み、白狼。」
「⋯⋯はい、秋実先生お休みなさい。」
白狼は布団に入ると横で寝ている瞬の方を見た。誰かが隣に寝てくれることがどんなに安心するだろう。秋実の姿は見えなかったが、おそらく上体を上げれば瞬の奥にいるはずだ。緩んだ口元を隠すように顔まで布団を被って白狼は眠りについた。
夜が白んでくると白狼は目を覚ました。周りを窺うと秋実の姿はもういなかった。とりあえず炊事場に薪を焚べご飯を炊き始めた。その後炊事場に置いてある野菜を見つけると刻み始める。しばらくすると秋実が戻ってきた。足音が近づいてくる。秋実は白狼の姿を炊事場で見つけた。
「白狼、おはよう。ずいぶん早いな。もう起きてたのか。」
「秋実先生、おはようございます。炊事場にあるもので勝手に準備を進めてしまいました。」
「いや、大丈夫だ。準備ご苦労。助かった。」
何日か過ぎると秋実が訓練を始めると言った。
「白狼、里では何か訓練を受けていたか?」
「⋯⋯いえ、特に⋯⋯。僕は父なし子でしたからそういうことは一切受けていません。」
「分かった。それなら一から始めよう。」
秋実は体力作りに山道を走るのと身体の動かし方を教え始めた。白狼はどんどん習得していく。
基礎の型はだいたい覚えるのを見ると秋実はこう呟いた。
「白狼は覚えが早いな。」
ある夜、白狼は何かが聞こえて起きた。白狼は周りを見渡す。秋実先生はいない。瞬は⋯⋯。白狼は瞬の方を見ると何かにうなされていた。瞬が手を空に伸ばしている。そこへ白狼は近づいて手を取った。瞬の目の端には涙がついていた。白狼に手を握られて安心したのか瞬は寝息を立て始めた。そして白狼は瞬の手を握ったまま、しばらく瞬の寝顔を見続けていた。
白狼は早くから炊事場に入っていた。瞬の事があってから眠れなくなったのだ。まだ夜が明けぬうちに秋実は帰ってきた。秋実は炊事場にいる白狼を見た。
「⋯⋯今日は一段と早いな。」
白狼は口を開けたがまた閉じた。
(これは聞いてもいいものか?瞬は両親のことを自分の中で消化仕切れていないのではないか⋯⋯。しかし秋実先生も僕には里の壊滅について聞いてこなかった。)
「⋯⋯あの秋実先生は僕の生い立ちに興味がありますか?」
率直に聞いてみる。白狼は秋実先生を見つめたが表情は読み取れなかった。少しすると秋実は頭をポリポリと掻いた。
「気にならないと言ったら嘘になるがお前から話さない限り聞かない。それを聞かなかったとしても目の前にはいるのは俺の知る白狼だ。それ以上でも以下でもない。」
白狼は下を向いた。目の前にいる、ただそれだけの僕で良いと聞くと自分の全てを肯定してもらえたようで嬉しさが胸に広がる。そうすると自分のことを知ってもらいたい気持ちに突き動かされた。
「あまりお話出来るものはありません。僕は土鳩の里に生まれた。両親は知りません。父親の存在は記憶の中に一切ありません。母も僕が小さい頃亡くなったようで近くの者が母親代わりをかってでてくれていました。土鳩の里は小さい里です。少しの護衛や情報収集を生業としていました。任務をいくつかこなすと一人前として認められる。僕はもうすぐ齢10になります。もう一人前として活動してもいい頃合いです。」
秋実は白狼をじっと見ながら話を聞いていた。白狼が口を閉じるのを見ると秋実は口を開いた。
「ここは影なしの里。他の里とは随分違う。ある意味過酷だ。それでもこの里に生き続けるか?」
「⋯⋯秋実先生と瞬がいるなら僕はここで生きたいです。」
白狼は真っ直ぐした目を秋実に向けた。それを見ると秋実は頷いた。
「分かった。今日の夜に任務がある。瞬が寝たら俺についてこい。」
「はい!」
白狼は朝餉の準備をすると瞬の様子を伺う。少しもぞもぞとしているので近くに見に行った。ころころと転がりながら瞬は白狼にくっついた。瞬は鼻をくんくんする。すると瞬は薄目を開けた。
「⋯⋯白狼なんかいい匂い⋯⋯朝ごはんの香り。」
「ふふ、瞬は食いしん坊だな。僕はご飯の匂いか。」
それを聞くと白狼は笑い始めた。
瞬は目をこすると真ん丸な目を白狼に向けた。
「あれ?白狼?おはよう。」
白狼は午後になると瞬といつものように山に入った。瞬はいつも山を駆け回っている。薪を集めると白狼はキョロキョロと周りを見た。
「あれっ?瞬?」
(家に帰ったのかな?)
一度白狼は家に薪を持ち帰ることにした。家に帰ると家の周りを見てから中に入った。家の中は人の気配はなく、がらんとしている。そこには瞬はいない。
(薪を焚べてから瞬を探しに行こう。)
白狼は薪を焚べていると秋実が帰ってきた。白狼は顔を上げて秋実を見とこう尋ねる。
「秋実先生、おかえりなさい。瞬も一緒ですか?」
「いや、お前と出かけたんじゃなかったのか?」
「一緒に行ったんですが、いつものところにいなくて一度帰ってきたんです。これからもう一度探しに行きます。」
秋実はそれを聞くと白狼に簑と傘を渡してきた。
「これから雨が降る。一応二つ渡す。俺も二つ持って行くから一緒に山へ入ろう。」
二人は急いでわらじを履くと家を飛び出た。空がすぐに雨雲で暗くなる。山へ入ると秋実と白狼は手分けして探すことにした。探し始めてからすぐに雨が振り始めた。白狼は簑と傘を被る。
「瞬ー!」
白狼は大声を上げる。足を滑らせて落ちたのかもしれない。足場の悪いところや崖の近くも探した。ある山の斜面に小さな丸まった影が見えた。近づいてみるずぶ濡れになった童子のようだった。
「⋯⋯瞬?」
白狼は近づいて声をかける。
瞬はガバッと白狼へ顔を向けた。白狼は瞬と目が合った。見開いていた瞳はすぐに視線を落とす。そこへ白狼は近づくと簑と傘を瞬につけながら訊ねる。
「瞬、どうしたの?ずぶ濡れだよ。」
「⋯⋯もう父さんと母さんは帰ってこないんだよね?」
瞬は下を向いて呟いた。
「⋯⋯うん、そう聞いている。」
傘を被った瞬の顔は白狼から見えない。白狼は瞬の正面に移動して覗き込む。瞬の顔はぐちゃぐちゃだった。こういう時はどうしたらいいんだろうか。瞬に何かしてあげたい⋯。白狼はこういう経験があまりなかったからどうすべきか少し考えてしまった。そこへある事を思い出す。すると白狼は強い目で瞬を見ると両手を広げた。
「僕は瞬より長く生きてる。悲しい時はこうして近しい者の胸に飛び込むんだよ。おいで、瞬。」
「うえぇ⋯⋯うわーん⋯⋯ぐずっ⋯⋯。」
白狼は瞬を腕の中に引き入れた。
すると瞬は白狼の胸に顔を押し付けて声を上げて泣き始めた。実はこの里に来た二日後に秋実がしてくれたことだった。初めて出会ってご飯を食べた時に泣いてしまったことを気にしていたようで、明くる日秋実がそう言って手を広げてくれたが、嬉しいのと恥ずかしさもあって白狼は胸に飛び込めなかった。白狼の悲しみは秋実の温かさに包まれてゆっくりと溶け始めていたのだ。
しばらくすると寝てしまったようで瞬は動かなくなった。代わりに穏やかな寝息が聞こえてきた。
「僕が瞬を守ってあげるからね。」
独り言をポツリと溢した。秋実が白狼に温かさをくれたように、今度は瞬を温かさで包んであげたい。そう思ったのだ。
遠くから秋実の声が聞こえる。白狼は右手を口につけると指笛を鳴らした。白狼はその場で待つことにした。秋実は二人の元へやってきた。白狼を見た後、白狼の胸の中で眠っている瞬の様子を眺めている。
「瞬は大丈夫だったか?」
「瞬は両親のことについて帰ってこないことを実感していました。その⋯⋯もう帰ってこないことを体感して⋯⋯あそこで泣いていました。」
白狼は秋実に瞬の近くに少し傾いているお地蔵さんを見せた。
秋実はお地蔵さんを見た後、白狼の胸の中で顔を汚して寝ている瞬を見た。そして秋実は瞬と白狼を覆うように両腕でぎゅっと抱きしめた。
「白狼よくやった、瞬を助けてくれてありがとう。⋯⋯瞬も寂しい思いをさせてごめんな。」
秋実が腕を緩めると白狼は秋実の手を握った。秋実は目を見開いて白狼を見つめた。
「⋯⋯秋実先生は大丈夫ですか?瞬の両親と言うことは先生にとっては子どもですよね。その⋯⋯。」
「ありがとう、大丈夫じゃねえが俺はもうある程度整理をつけた。俺にはお前や白狼それに里の仲間がいる。」
秋実は瞬をおぶった。白狼も後ろからついてくる。家に着くと傘と簑を外して風通しの良いところへかける。白狼はパタパタと風呂場を確認して押し入れから替えの服を出すと秋実の方を見た。
「良かった。ちょうどお風呂が沸いています。それに替えの服もあるのですぐに瞬と入ってください。」
「何言ってるんだ?一緒に入るぞ!」
秋実はそう言うと白狼に近づくと瞬をおぶったまま身体を白狼に押し付けて風呂場の方へ押してくる。僕はこの温かな強引さが気に入り始めた。そして瞬を起こして三人で風呂に入った。
外は静かになっていた。雨が上がったのだろう。風呂から上がると白狼は炊事場へ急いだ。風呂に入る直前に鍋を仕込んでおいたのだ。白狼は鍋を覗き込んで料理の出来上がり具合を見ている。それを見た秋実は呆れている。
「お前は本当に手際が良いな。」
「今日は時間がなかったので野菜鍋とご飯だけです。これから何か焼きますか?」
「いや、これで十分だ。」
秋実は首を横に振った。
瞬はパタパタと走ってくると白狼の背中に抱きついた。
「すごい、白狼!僕、配膳の手伝いする。」
あれから瞬は白狼にべったりだった。その日の夜も瞬は白狼にくっついて寝た。白狼は瞬がぐっすり寝たことを確認するとそうっと瞬から離れた。そして白狼は土間に踏み入れると秋実があぐらをかいて座っていた。
「秋実先生⋯⋯瞬は寝ました。行きますか?」
秋実は振り返った。秋実はじっと白狼を見ている。
「今日は瞬のこともあったし、また今度でもいいぞ。」
「僕は大丈夫です。」
きっぱりとした物言いをした。秋実は白狼の瞳の奥を探ると頷いた。
次回は影なしの里の残酷な部分が見えます。こういう過酷なところを瞬も通ってきたのでしょうか⋯?
次回の作者イチオシの台詞↓
(自分の心とともに潰れてしまえばいい⋯⋯。)




