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【過去編 白狼の記憶】第1話目 秋実(あきさね)との出会い(前編)

今日から【過去編】がはじまります!

白狼はくろうは走っていた。

白狼の後ろから複数の男が追って来ていた。



(里まで帰れば何とか助かる。)



白狼は周りにある空気をすべて吸うように肺に取り込み身体を動かした。それでも心臓がバクバクと大きく鳴り、身体が空気を欲しがり続ける。とにかく足を前へ前へと動かしていく。止まったら殺されると直感が伝えてきた。ようやく里の出入口が見えてきた。



(里だ!良かった!)



里へ踏み入れると道に倒れている人が何人もいた。しかし背中に血をつけた者や首から血が流れている者もいる。顔がこちらに向いている人もいる。もうコトが切れているようで目を開いて入るが人形のように動かなかった。白狼のいる里は比較的小さい。ほとんどの者の顔は知っているのだ。つまりこちらを向いている顔はすべて見知った人なのだ。その人たちが死んでいる。そう感じると白狼の身体が急に強張った。そのせいで足を地面に取られて倒れてしまった。



この瞬間、立ち上がろうとする自分と諦める自分がせめぎ合う。そこへ先ほどの屍となった里の者の顔が目に浮かぶ。すぐに全身が震え始めた。そして膝をたたみ顔を腕で隠して甲羅に手足顔のすべてを仕舞った亀のようにうずくまった。



諦めたくはない、けれども恐ろしくて下を向いて目をギュッと閉じてそこに自分が居ないかのように振る舞う。身体の震えが止まらない。うまくうずくまれない⋯⋯。白狼の頭上では様々なの声や音が聞こえていた。どれも集中して聞かなかった。叫び声や液体が動くような音、肉体と肉体がぶつかり合う音⋯⋯。



この時白狼は気が付かなかったが自分は幻術の力を解放させていた。追ってきた男たちからは急に白狼の姿が見えなくなったのだ。

白狼のいる里に里のものではない若い男の下へその集団がやってきた。



しゅう殿、ここはどうしますか?」



その集団の一人は若い男に聞いた。若い男は白狼がいる方向を見つめながら口を開いた。



「ここはもうすぐ壊滅でしょ?これじゃあ試せないね。終わったらすぐ引き上げるよ。」

「御意。」



白狼は持てる限りの力を使いうずくまっていた。周りが静かになっても、屍となった里の者の顔が頭の中にまとわりつき外がどうなっているのか確認する気にもなれない。そのままどれくらいの時間が経ったのだろうか。恐怖感と疲労は白狼を襲い続ける。



そして白狼の体力はゆっくり削がれていく。白狼の感覚も段々と曖昧になってきた。身体の感覚も曖昧になり身体を動かすのも億劫になった。このまま終わるのもいいのかもしれない。怖いけど痛くはない。足音のような物が近づいてくる音がする。もう白狼は動く気力も無かった。その音は白狼の近くで止んだ。



何かが白狼の背中に触れる。



(温かい⋯⋯。)



白狼の意識は遠くなった。







シューと釜から蒸気が漏れる。

トントンと何かを切る音が聞こえる。



白狼は目を開いた。少し遠くに天井のはりが見える。周りを確認しようとするがうまく顔が動かせない。急に目の前が暗くなる。



「おう!起きたか?」

「じいちゃん、近すぎるよ。」



暗くなったのではない。誰かが顔を近づけ過ぎただけのようだ。驚いたが身体を動かすどころか顔さえも動かなかった。とにかく誰かが近くにいるようなのでこう口を開いた。



「こ⋯⋯こ⋯は⋯⋯」



白狼の声はかすれていた。うまく声が出せない。じいちゃんと呼ばれた男はじいちゃんと呼ばれるのにはかけ離れた若い風貌をしていた。背筋がしっかりと伸び筋肉もがっしりとついている大柄の男だった。その男は布団と白狼の背中の間に手を差し込むとぐいっと上体を起こした。隣の男の子は湯のみを白狼の口元に当てる。白狼は湯のみに入っている水を飲み始めた。喉は水を求めて取り合っているようだ。身体にどんどん染み込んでいく。温かで穏やかな空間だ。そう思うとこれは夢じゃないのかと疑問を感じた。すると白狼の目が滲む。飲み終わるのを見た男は白狼を見ながら自己紹介をした。



「俺は秋実あきさね。あっちのちびはしゅん。俺の孫だ。」

「じいちゃん、もっと良い感じに紹介してよ。僕は瞬だよ。」



秋実は白狼にニカッと笑顔を向けた。秋実にくっついていた瞬は白狼を覗き込んでいる。白狼は後に瞬が5歳であるとこを知るのだ。それを聞いた白狼は湯飲みから口を外した。



「あの⋯⋯僕は白狼です。ここは⋯⋯」



白狼は二人をじっと見た後に家の中に視線をめぐらせ始めた。すると秋実は白狼の言葉を遮った。



「まぁまぁ、飯食ってからにしようぜ。腹減ってるだろ?」



秋実は白狼に顔を近づける。白狼はその温かな強引さが嫌ではなかったが笑顔を向けるほどの元気はない。身体だけではなく心もしおれてしまったのだ。秋実を見た瞬は炊事場へ向かいながら声を上げた。



「だからじいちゃん顔が近いってば!」



秋実はそう言うと瞬の後を追って部屋を出た。その後二人は部屋から出たり入ったりしながらテキパキと朝餉あさげの準備をしていた。白狼も秋実を見て腰を浮かせたが待っているように言われたので素直に座っていた。



すると白狼の目の前には雑穀米と干した魚と香の物、それに少し野菜の葉が浮いた吸い物が並べられた。秋実と瞬の前にも同様のものが並べられている。二人は息の合ったように秋実と瞬は手を勢いよく合わせた。



「いただきます!」



それを見た白狼もそっと手を合わせて小さな声で言った。



「いただきます⋯⋯」



震える手で吸い物の椀を両手で持つとゆっくり口に持っていった。喉を通る液体は温かい。白狼は無くなっていたはずの感覚が戻ってきた。誰かが自分のために寝床を用意してくれて、食べ物を施してくれた。誰もいなくなった里ではないけど、とてもとても温かい場所。



「温かい⋯⋯温かい⋯⋯」



白狼は思わず言葉を呟くと、椀を置いて目から溢れ落ちる涙を懸命に拭いている。



「うっ⋯⋯ふぐっ⋯⋯」



次第に大きるなる嗚咽に肩が上下に動きはじめた。止めようにも涙も嗚咽も止まらない。その様子を秋実と瞬は静かに見ていた。



しばらくすると秋実は大きな声を上げた。



「そのくらいでいいだろう!とにかく食え!ちっこいの!」



反射的に白狼はガバッと顔を上げた。顔は涙と鼻水でぐちゃぐちゃだったがあまりにびっくりしたので顔を上げて秋実を見つめた。秋実は白狼と目が合うと白狼が口を開くのと待たずにに焼き魚の乗った皿をずいっと白狼の目の前に差し出してくる。



「がっはっはっ、俺の魚も食え!」



白狼は袖口で顔を拭くと秋実にニッコリと笑顔を向けた。



「はい、いただきます。」



食べ終わると白狼は自分の食器を流し場に持っていった。



「洗います。」



白狼は手伝いを申し出た。

秋実は白狼を見つめた。



「あぁ、頼む。終わったら外へ出るぞ。」



白狼は食器を洗い終わると秋実の元へ行くと、秋実は背中に何か背負っていた。秋実は180センチほどはある大きな身体は50前後の歳とは思えないほど若く見えた。

秋実は白狼が来たのを確認するとこう告げた。



「これから薪を取りに行くぞ。」



家の外に出ると一人の男が近づいてきた。秋実と同じくらいの身丈の30前後の歳の男だった。



「あっその子起きたんですね、良かった。それから陽炎かげろう殿、またご自分で薪を取りに行くんですか?」

「おうよ!大戦後で任務も無いしな、体力づくりだ。春樹も来るか?あっそうだ。この子は白狼。白狼、こいつは春樹だ。」



春樹と呼ばれた男は秋実よりもずいぶん若い。白狼の目の前にやってくると腰を屈めて白狼の目線と合わせた。



「はじめまして、春樹だ。ここは影なしの里だよ。秋実殿は陽炎かげろう殿と言って⋯まあ偉い人だ。それについてはまた今度説明するよ。そして俺は陽炎殿を補佐している。これからもよく会うからよろしくな。」

「はい、白狼です。僕は⋯。」



白狼はそう口を開くと春樹が手で白狼の口を軽く塞いだ。白狼は目を見開いているとスッと口元にあった手を下ろして真剣な顔を向けてきた。



「それは今言わなくていい。白狼が元気になって言える時が来たら話してくれ。」

「はい、ありがとうございます。それからよろしくお願いします、春樹殿。」



そう言った白狼は春樹に笑顔を向けた。すると、それを見た秋実は春樹にわざとぶつかるように横へ押しやる。



「白狼、秋実あきさねだ。秋実先生と呼んでほしい。」

「秋実⋯先生。」



白狼はポツリと言った。それを聞いた秋実は満足そうにしている。春樹は秋実の大人気ない行動を見て呆れた顔になった。機嫌を良くした秋実は春樹にこう聞いた。



「それはそうと今日は春樹もくるか?」

「必要があればお供しますよ。」

「じゃあ今日はいらぬ。早く嫁のところへ帰れ。そうだ、俺の畑から野菜も持っていけ。瞬よりもっとちびなんだからいっぱい食わせろよ!あっ白狼、春樹のところには2歳になる幼子がいてな、さとると言うんだ。」

「会う度にそれを言ってたら野菜がなくなってしまいますよ。お気遣いだけいただいていきます。」



白狼は目を見開いている。瞬が横からひょっこり顔を出すと白狼を見てこっそり言った。



「じいちゃんいつもこうなんだ。ずっとおしゃべりしてるんだよ。」

「春樹、お前なぁ俺の好意は全て受け取れといつも言ってるだろうがぁ。」

「陽炎殿、もう早く行ってください!」



春樹に背中を押される。

すると秋実はしぶしぶと出発した。



秋実たちが薪を集めて帰ると白狼の正面に座った。そして真剣な顔をして白狼を見た。



「これから大事な儀式を行う。」

次回も純粋な白狼が見られます。瞬の記憶から忘れ去られていた白狼との思い出のシーンもたくさん出てきます。

次回の作者にすみイチオシの台詞↓

「僕は瞬より長く生きてる。悲しい時はこうして近しい者の胸に飛び込むんだよ。おいで、瞬。」


【作者のお礼】

ブクマしていただいた方本当にありがとうございます!!心の中で叫んでしまいました(笑)

これからもどうぞよろしくお願いいたします!

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