第36話-1 洒落頭(しゃれこうべ)との接触(前編)
霜月は遠くを眺めていた。
瞬が心を閉ざしてから霜月の罪の意識はいっそう強くなっていた。
霜月はこうなる日が来るのは分かっていた。遅かれ早かれ瞬が知ることになるのは分かっていたんだ。それを自分の都合で先延ばしにしていたのだ。もう何もかも終わってしまった。
しかしそんな感傷に浸ってはいられない。霜月はこの反乱さえも煩わしく感じていた。こんな戦いはどうでもいい。ここへ向かう途中に瞬は“殲滅か?”と聞いてきた。そうだ、会った者はすべて切り捨てればいい。しかし今は戦いさえも煩わしかったので出来るだけ手数を少なくしてトドメを刺したい。
誰かの気配がする。霜月は幻術を周りにかける。するとクナイが飛んでくるが、霜月は軽々と避けた。今度は手裏剣が飛んでくる。相手の姿が見えたので、霜月は相手の方へ手を伸ばす。相手が動けなくなった。圧倒的に強くそして見えない敵に恐怖で震えている。霜月の姿をみてもなお相手は震えていた。そして霜月はゆっくり相手に近づくとこう尋ねる。
「僕が何に見える?」
霜月は幻術で霜月自身を違うものに見えるようにしていた。
「⋯⋯鬼⋯⋯おっおたすけ⋯⋯」
霜月は相手が言い終わらないうちに短剣を真っすぐ相手の胸に突き立てた。
瞬は一人で移動していた。
霜月との仲違い以降、心には何も感じなくても諒や瑛真は仲間だと思っている。せめて二人に危害が加わらないように距離を取りたい⋯⋯。その思いがあって諒や瑛真と合流したくなかったのだ。霜月とは会うのさえ気まずい。⋯俺にとって霜月はどんな存在なのか⋯。
”それさ、ホントに向こうも大切に思ってるの?”
先の戦いのトカゲの言葉が頭に反芻する⋯⋯その言葉を意識する度に霜月の顔が浮かぶ。
固く目を閉じると大声を出した。
「くそっ!!!」
瞬は顔を上げた。何かの気配がするのだ。まだかなり距離があるからはっきりはしないのだが殺気ではないようだが異様な気配がする。今まで感じたことのない気配だ。
瞬は近くの木の幹に隠れた。そして音を立てないように木の上に登ると、周りがよく見えた。辺りを見渡していると一人の少年らしき姿が近づいてきた。瞬は動かずその少年が近づいてくるのを待っている。相手の姿が分かる距離まで近づくと、シシ爺の情報屋の裏手で会った少年だとわかった。そして瞬は少年のいる方へ声をかけた。
「あのときの少年じゃないか。ここは危ないぞ。」
それを聞いて少年は瞬の向かいの木の枝まで来ると瞬ににこりとして言う。
「やっぱり瞬だ。僕を心配してくれるんだ。嬉しいな。」
「ここは忍の反乱の渦中だぞ。」
「うん、知ってる。僕ね、君が気に入っちゃったんだ。だから僕と仲間になってくれる?」
突拍子もない会話に瞬は混乱した。しかもよく知らない相手から仲間になってほしいと言われて意図も分からず眉間に皺を寄せた。
「悪いが、前も言ったがそれは出来ない。」
「なんで?霜月はまだ仲間なの?」
少年は瞬に聞いた。瞬は普段ならこの会話の違和感をちゃんと分かったはずだが、今は霜月の名前が出ただけでも冷静になれなかったのだ。そして触れてほしくない話題に真っすぐ切り込まれたので見透かされたのかと思いドキリとして、そのことに悟られないように思わず怖い目で少年を見る。瞬は大いに混乱をしていたので律儀に少年にこう答えてしまった。
「それについては話さないが、霜月さんの任務はこなす。」
「なんでよ。⋯⋯じゃあ霜月を殺しちゃおうかな?」
少年は冗談を言っているようにも見えない。
それを聞いた瞬はさらに混乱した。話に振り幅がありすぎてついていけない。そして瞬は少年を睨みつける。
「何を言ってるんだ?」
「君が素直に僕についてくればこの反乱は終わりにしてもいいよって言ってるの。」
少年はいとも容易く言う。その物言いは怖いものが何もないかのように、簡単に物騒な言葉が出てくる。しかし話せば話すほど黒獅子の里について何か知っているようなのだ。瞬は警戒しながらも直接問う。
「⋯⋯お前は何者だ?」
「黒獅子。黒獅子の里長だよ。それとも瞬は洒落頭って名前のほうが好きかな?」
少年は瞬と目が合うとニッコリして言った。
瞬の目がカッと見開く。平然と言ってくること少年は反乱を起こしている里長だと言っている。そして洒落頭と同一人物だと言っているが、頭が追いつかない。以前ここに迷い込んだ時に霜月でさえ幻術を食らったのだ。ここ一帯を迷いの森にして、霜月も食らったほどの幻術を使う強者が自分だと言っている。瞬の様子に気にもとめない様に少年は話を続けた。
「最終的には君だけじゃなく、霜月や諒や瑛真、君の仲間すべてがほしい。でもそれは今出来ないから一番のお気に入りの君だけにする。」
「やれるもんならやってみろ。」
少年はさっぱりわからないことを言ってきた。やはり戦うしかないな、そう判断して瞬は少年をまっすぐ見て瞬は構えた。
少年は瞬とのやりとりを思い出したのと同時に瞬の眼差しを真っすぐに受けてゾクッと身を震わせた。そして舌を出して下唇をゆっくりぺろっと舐めると甘美を味わうような満足気な顔をした。
「いいねえ。死んだ君を僕のコレクションに加えてあげる!」
少年は瞬の方に飛んできた。瞬は短剣を取り出すと切りつける。少年に短剣は直撃したが手応えが無い。すると右から頰に衝撃がくる。そして瞬はバランスを崩して木の枝から落ちたが、体勢を立て直して地面に片膝をついて着地した。
少年が目の前にくる。そのタイミングを狙って瞬はミドルキックを出すが、少年は仰け反ってスッと避ける。ジャブジャブ、少年は首を右左に動かして避ける。すると後ろから誰かに羽交い締めにされた。目の前に少年がいたが左奥から少年が歩いてくる。瞬の目の前まで来ると楽しそうに首を傾げて尋ねてくる。
「どうやって殺してほしい?」
その状況を見て瞬は黒獅子が幻術使いだと確信した。無効化の力を使うと、周りにいた少年が消えて目の前の少年だけが残った。瞬は間をおかず短剣を少年の喉元に近づけ掻っ切ろうとする。しかし少年はなんとか後ろに避けた。
「危ないなぁ。ちょっと遊んでからにするか。」
少年は瞬を呆れた目で見ると、少年の後ろから無数の白い人の形をしたものがわらわらと近づいてくる。それと同じ時に少年が消えた。瞬は無効化と短剣を使い次々と白い人形を消していく。しかし1体の白い人形が瞬の死角から殴ってきた。瞬の左頬に当たる。
ベチン!それなりに痛みがくる。幻ではないのか?瞬は戦い続けた。倒しても森の奥から白い人形が次々にやってくる。
高い木の上から少年が瞬たちを見下ろしている。
「ふふ、いつまでもつかな?」
その様子を見ながら少年は嬉しそうに笑っている。
それからしばらくの時間が流れた。瞬は無効化の力と身体を使い続け疲労を感じ始めた。身体の中に力を溜めてみる。
「うりゃあ!」
無効化の力を目の前だけではなく周りに拡散させる。白い人形はスッと消えていった。そうすると白い人形が消えると奥から少年が歩いてきた。そして少年はにこりとして瞬に尋ねる。
「僕の人形はどうだった?」
「どうもしない。」
瞬は顔を変えずに答えた。その答えに少年は頰に手を当てると困ったように言う。
「そうか。やっぱり君と同じくらい素敵な人形じゃないといけないか。」
そう言うと少年は姿を消す。瞬には少年の声だけが聞こえる。
「じゃあこんなのはどうかな?」
読んでくださりありがとうございます!
次回: 第36話-2 洒落頭との接触(後編)は1/4(土)お昼ごろ掲載予定です。
次回は引き続き洒落頭と接触します。気がついちゃいました?やつは結構やばいです⋯。
次回の作者イチオシの台詞↓
「楽しいなー。瞬が僕を見てくれる。ずっと僕を見ていてほしいなぁ⋯⋯」




