第33話-2 それぞれの想い(後編)
桐生城での報告もようやく終わった瞬たち一行は、それから程なくして桐生家から帰路についた。
桐生家の前で皆はそれぞれ籠に乗った。しかし諒が籠に乗ろうと足をかけたが考え事をしていてバランスを崩した。すぐに瞬が後ろから支えた。そして諒は瞬の方に振り返ると礼を言う。
「瞬、ありがとう。」
「どういたしまして」
瞬はさっきの貼り付けた笑顔でそう言ったので、諒は目を丸くして固まった。その後すぐに諒は顔を真っ赤にすると悲しみと怒りのこもった目を瞬に向けて大きな声で言った。
「そんな貼り付けたような笑顔を僕に向けないで!」
それを聞いた瞬はスッと真顔なると諒に謝った。
「ごめん、さっきの癖が出た。」
「知らない。」
諒は瞬に背を向けてこう告げた。瑛真は籠からそのやり取りを見ていると、諒が肩を震わせていることに気が付いた。
すると瑛真は籠から飛び出ると諒の元へ向かった。すぐに諒の手を取り籠の外に連れ出す。そして瑛真は籠から顔を出した霜月を見つけると大きな声を上げた。
「霜月さん、後で怒られるから俺たちは籠に乗らないで帰るからな!」
瑛真は霜月の返答も聞かずにそっぽを向いて諒の腕を引っ張って走っていってしまった。瑛真も顔が熱くなっていた。どんどん走って周りの風が顔に当たる。そのうち後ろの方から諒の呼ぶ声が聞こえてようやく我に返った。
「瑛真、瑛真。」
「諒、悪い。俺が熱くなっちゃった。」
瑛真はすぐに立ち止まって諒を覗き込んで詫びた。そこには目に涙を溜めた諒がいた。諒は瑛真を見ると悲しげな笑顔を力なく作った。しかし諒は泣きたいのを堪えている。
「僕をあそこから連れ出してくれてありがとう。」
「無理すんなよ。⋯⋯今は俺しかいないから。」
それを見た瑛真は手をそっと諒の肩に置くと懐を貸してくれた。諒は瑛真の優しさに奥からぶぁっと上がってくる感情を感じたがそれをぎゅっと押し込むと強がった。
「瑛真、ありがとう。でももう瞬の代わりに泣くような子どもじゃない。瞬が泣けるようになるまで僕は絶対に泣かない!」
しかし手を力強く握って手が震えている。瑛真も諒が我慢しているのは十分に伝わっていた。甘やかすつもりじゃない。ただこう伝えたかったんだ。瑛真は口を開く。
「それでも一人じゃない。俺もあの二人を支える仲間だってこと覚えておいて。」
その日の夜、瑛真は霜月を呼んだ。
「外で話がしたいんだけど、霜月さんいいかな?」
霜月は頷いた。
二人は外に出た。風が吹いている。霜月は月を見ていた。瑛真は拳をぎゅっと握ると霜月に問う。
「霜月さん、瞬と何があったのか教えてくれないか?瞬があんなになるなんてよっぽどのことだろ?」
瑛真は固く決意した目をしていた。霜月は瑛真を見つめていた。
どれくらいの時が経ったのだろう。
霜月の目が動いた。そして一呼吸すると霜月はこう伝えた。
「分かった。諒も連れておいで。」
瑛真は諒に声をかけると元気のない返事をした。影屋敷の空間に戻ってきてからずっといつもの覇気がない。昼間の瞬との一件を引きずってるようだった。
瑛真は外へ諒を連れ出すと霜月の隣までやってきた。諒は瑛真と霜月を交互に見ていた。この後何が起こるのか分からず見ているようだった。そこへ瑛真が諒にこう伝える。
「霜月さんが大火事の日に瞬と何があったのか話してくれる。」
それを聞いた諒は霜月の方へ振り向いた。霜月は遠くを見ながら言った。
「影無しの里の里長、先代陽炎・秋実先生は瞬のじいちゃんと言うことはもう知っているよね。瞬は秋実先生にすごく懐いていたんだ。それであの日瞬は秋実先生が息を引き取る瞬間に立ち会った。」
霜月は諒と瑛真の方を向いた。感情は読み取れなかった。
「その秋実先生を刺したのは俺だ。瞬はそのことを思い出したんだ。」
諒と瑛真は目を見開いて固まっていた。
沈黙が流れる。
沈黙を破ったのは霜月だった。
「瞬があんな態度を取るのは当たり前なんだ。俺は瞬を裏切ったんだ。」
霜月から出た言葉は鎧みたいに固くて武骨で重い。
諒は霜月を見ている。まるで自分自身に言ったように感じた。瑛真は諒を見た。諒は先程とは打って変わって何か感じていたらしい。諒の目には怒りが見える。
「霜月さんはそうやって仕方ない、で片付けるの?」
「⋯⋯片付けるも何もどうしようもないんだよ。」
霜月は本当にそう思っているような口ぶりに思えた。
「だって何か理由があったんでしょ。霜月さんが好きで瞬を裏切ったわけじゃないそれくらい僕だって分かるよ。」
「だからって秋実先生を刺したのは変わらない事実だよ。」
瑛真は二人のやり取りを聞いて、これじゃあ平行線のままだと思った。瑛真も霜月は理由があって刺した事は察していた。霜月が罪の意識にがんじがらめになっていることも、瞬が傷ついていることも⋯⋯。諒は悔しそうに霜月を見ている。瑛真は諒の背中にそっと拳を添えた。それを感じた諒はちらりと瑛真を見ると瑛真はしっかりと頷いた。瑛真は諒の背中を押すことしか出来なかった。それを見た諒は口に手を添えて頭を巡らす。どうしたら霜月に伝わるのか。諒は下を向いて考えた。ここで引き下がったら終わりだ。
諒は霜月に食らいつく。
「じゃあさ、傷ついた瞬はどうなるわけ?大火事の日、瞬は光原の側近と戦ったんでしょ。その時ついた刀傷が化膿してたんだよ!傷の処置なんて基本中の基本じゃん。それさえも気が回らないくらい気が動転してたんだよ。」
一瞬、霜月の目は揺れた。やはり霜月は瞬を心配しているようだ。霜月はななめ下に目線を反らす。
「これ以上瞬を苦しめないで。なんであの時に僕にずっと瞬の味方でいてくれなんて頭下げたの?霜月さんだって仲間じゃん!霜月さんもこれ以上傷つかないで!」
諒は霜月の手をぎゅっと握った。その小さな手は震えている。瑛真もその上から手を置く。
そして瑛真も口を開いた。
「霜月さん自分を蔑ろにしないで、霜月さんがずっと傷ついていることも見てるよ。瞬だって霜月さんのことを信頼している。じゃなかったらこんなことになっていない。それに諒を見てくれ。諒は霜月さんと瞬を一番近くで見てたんだ。これじゃあ諒も壊れちまう。」
霜月は諒を見た。諒は仲間のために瞬のためにこんなに動いてくれた。
あぁ、僕は瞬だけじゃなく諒も傷つけていたのか。これ以上意地を張るのはやめよう、そう霜月は決心した。
「⋯⋯俺が話すことで解決するのか?」
諒と瑛真は霜月を見ると子どもが親に許可を求めるように頼りなく見えた。
諒と瑛真はお互い頷くとこう告げる。
「霜月さん、やってみよう。」
ようやく霜月は折れたのだ。
霜月は下を向いて呟いた。
「⋯⋯分かった、瞬に話すから⋯⋯」
それを聞いた瑛真と諒は霜月にこう伝える。
「じゃあ今瞬を呼んでこよう!」
「霜月さんここで待っててね!」
諒と瑛真はようやく瞬を家の中から庭に連れ出してきた。
しかし霜月はだてまきを抱っこしながら誰かと話していた。
それは長月だった。
「じゃあ俺は伝えたからな。真偽は自分たちで確かめろよ。」
「情報感謝する。それと一つ頼み事がある。だてまきを治療・治癒室の鈴音に預けてほしい。」
「おい⋯⋯仕方ねーなあ。」
長月は迷惑そうな顔をしたが、だてまき受け取ると帰っていった。当の本人であるだてまきは嫌がってじたばたしていたが、長月に連れられていった。
霜月は瞬、諒、瑛真を見るとこう言った。
「すぐに出かけるよ。黒獅子の里の反乱が起きてる。」
お読み頂きありがとうございます!
また番外編です。しかも鈴音の傷についてやたらと話が多いなと気づかれたそこの貴方!霜月と鄧骨の闘いの回がそのうちやってきます。胸熱な展開にさらに盛り上がるようにエピソードを増やしています。そのエピソードはまだ先なのでお待ち下さいね。
次回の作者イチオシの台詞↓
「⋯じゃあ話せる部分だけ。あなたの仲間の霜月の部分だけよ。」




