第33話-1 それぞれの想い(前編)
瞬は諒に影屋敷の左殿の病室に突っ込まれたのでここで夜を明かすことになった。瞬は正直に言うと誰とも会いたくなかったので少しホッとした。
今日はいろんなことがあった。真っ先に浮かんでくるのは霜月の顔だった。じいちゃんと白狼と三人で過ごした日々は瞬にとっては楽しい思い出だった。なぜ忘れていたのか不思議なくらい楽しい毎日だったのだ。白狼の後ろをついて行って薪割りを真似したり、里の近くの山の中を駆けずり回ったりした。毎朝、目が覚めるとトントンと優しく何かが当たる音がするので近づいていくと白狼が野菜を包丁で切っている音で朝餉を用意していたのだ。その後ろ姿を眺めるのが好きだったのだ。
ある時、瞬は美味しそうな匂いに思わず白狼を“朝ごはんの香り”だと言ったら笑っていた。瞬の頭には次々と楽しかった、かけがえのない思い出がよみがえる。そしてその晩は一睡もすることが出来なかった。
空が明るくなって朝日が昇ってきた。
「そろそろ諒が迎えに来るか?」
瞬の心はずんと重たくなった。
諒は朝起きると瑛真の方にかけてきた。諒は目を伏せながら瑛真に抱きつく。すると瑛真は諒の頭を撫でながら尋ねる。
「諒、朝からどうしたんだ?瞬に会えたんだろ?」
「瞬と霜月さん大喧嘩してるみたいなんだ。しかも二人とも全然仲直りする気ないの。」
諒は顔を上げて瑛真を見ると訴えた。その後、諒と瑛真は影屋敷の左殿へ瞬を迎えに行った。すると瑛真は瞬の変貌ぶりにギョッとして聞いた。
「瞬⋯⋯大丈夫か?」
「大丈夫だ。すぐに治る。」
瞬は怪我のことかと思って自分の手をちらっと見ると言った。瞬は顔に出さないように努めることでいっぱいいっぱいになっていた。そして二人は何か思うところがあるのだろうが瞬には何も言わなかった。
そして諒と瑛真は瞬を連れて家に帰ってきた。瞬は出来るだけ霜月を見ないようにした。そうじゃないと感情が爆発してしまうと思ったからだ。霜月は玄関近くで帰ってきた瞬を見ると静かに聞いた。
「瞬、おかえり。朝餉は食べた?」
「食べた。⋯⋯一応昨日の報告いいか?」
「分かった。部屋で聞こう。」
皆は部屋に入ったが霜月と瞬が目に見えていつもと違うので諒と瑛真はお互い見合わせた後、二人を静かに見続けていた。霜月と瞬の会話は淡白だった。怪我のことも含め本丸で敵と戦ったこと、阿道の頼みで本丸を焼いたことを報告した。
そして瞬は霜月に今日の予定を聞いた。
「報告は以上だ。今日の任務は?」
「今日は無いよ。3日後に桐生家に行くんだけど、手の怪我はどうかな?」
瞬は自分の手をちらりと見て機械のように答える。
「完治はしていないかもしれないが問題ない。」
「じゃあそれまでは特に任務はないからゆっくり治してね。」
「3日後まで出かけてきていいか?」
「⋯⋯いいよ。」
霜月が寂しそうな目をしていたが瞬はそれも見ないでさっさと部屋の外へ行ってしまった。それを見て諒は腰を浮かせた。
「霜月さん、僕たちも任務ないんだよね?瑛真と出かけてきていい?」
「いいよ。」
「瑛真、行こう!」
「えっ?⋯⋯うん。」
諒は立ち上がると瑛真の腕を引っ張っていった。瑛真は後ろを振り向いて霜月を見た。
瞬はなんとか霜月との報告をやり過ごして一人で出てきた。多分諒と瑛真のことだから気を使ってそっとして置いてくれると思った。
影屋敷の空間から出たのは良かったが、周りに見える景色はどこも皆で通ったところばかりだった。出来るだけ一人でしか行ったことのない場所を探して動いた。
久しぶりに宿場町に出て食べ物を買ってから山の方へ戻ってきた。ちょうど夕方にさしかかっていたのだ。瞬は山の丘のところにちょうど見晴らしの良いところを見つけた。ちょうどある近くの木に登る。そして横へ伸びる木の枝に座ると影なしの里にも似たような場所があったことを思い出した。
俺が両親を滅獅子の大戦で亡くしてそれを思い出していたあの日、雨が降っていたにも関わらず白狼は探しに来てくれた。そして悲しみに暮れていた小さな俺に白狼は”悲しい時はこうして近しい者の胸に飛び込むんだよ。”とそう伝えて自分の両手を広げて優しく胸へと引き寄せてくれた。あの時の温もりが蘇ってきた。瞬はそれを思い出すとスッと下を向いた。
「なんでだよ⋯⋯。じいちゃんだけじゃなくて俺にだって優しかった白狼がなんで⋯⋯。」
小さな俺だって白狼がじいちゃんにすごく懐いていたのはよく覚えていた。
俺はよく春樹殿の家に置いていかれた。多分白狼は任務もしていただろうし、訓練もしていたはずだ。出かけてもじいちゃんと白狼はちゃんと家に帰ってきてお風呂も俺と一緒に入ってご飯も食べて、一緒に寝た。小さな俺でも白狼がじいちゃんのことを慕っていることくらい目に見えて分かっていたのだ。
「⋯⋯あんなに慕ってたじいちゃんを殺すくらいの理由ってなんだよ。」
自分がじいちゃんを殺さなければならないってなったら、俺は殺せないと思った。好きだった相手を殺したのは事実だ。そう思うと少し怖くなった。知っていたと思っていたが突然知らない人になったように感じた。
「やっぱり俺の知っている白狼じゃなかったのかな⋯⋯。」
瞬は色んな思いを巡らせたがこのままでは皆に合わせる顔がないと感じていたので、
自分の思っている感情に蓋をすることにした。
俺の知っている白狼はもういない。
3日後の朝瞬は家に帰っていた。玄関に立っていた。諒は瞬の袖を掴むとじっと見ていた。
「おかえり」
「⋯⋯ただいま」
瞬は諒をちらりと見るとそう言ったが諒は瞬の感情を読み取れなかった。
今日は桐生家を訪れる日なので瞬たちは正装した。そして前と同じように桐生家を訪れた。シュたちは前回の広間に通された。待っていると桐生を先頭に桐生家が入ってきた。そして白若は諒をちらりと見た。挨拶も一通り終わると桐生が瞬の手を見て尋ねた。
「瞬、その手はどうした?」
「先の任務で負傷してしまいました。」
瞬は左手を少し上げて右手を添える仕草をすると桐生に伝えた。そこで霜月は付け加えた。
「先日ありました阿道城での光原の謀反で光原の側近・金田を討ちました。」
それを聞いた桐生は身を乗り出して上機嫌でこう伝える。
「瞬、それは大義であった。こちらで家の者たちに稽古をつけてほしいくらいだ。」
瞬はにこりと笑顔を作りこう返す。
「お褒めのお言葉、誠にありがとうございます。私どもの任務は少々手荒く手法が違いますので桐生殿の方々には教えがたいものがございます。それについてお心に留めていただければ幸いです。」
「ははっ、そうかそうか。手合わせぐらいは見たいものだな。」
「機会がありましたらぜひよろしくお願いいたします。」
霜月は瞬のことを見続けていた。瞬がにこやかに言う姿に諒は目を見開いて瞬を見ていた。
(何この既視感⋯⋯あっ霜月さんに似てるんだ。笑顔を貼り付けた霜月さん)と諒は思った。そう思うと自然と諒は唇と尖らせた。
それを見た桐生は退屈していると勘違いして慌ててこう提案する。
「諒、退屈してしまったか?白若と作法の時間まで遊んできなさい。」
諒は驚いて口を開けたが口を閉じて思い直すと、桐生へにこりと返した。
「桐生様は何でもお見通しですね。早く白若様とお話したかったんです。」
桐生にそう言うとスッと立って白若の目の前まで来るとにこりとして尋ねる。
「白若様、この諒と遊んでくださいますか?」
「おお!参ろう!」
白若は目を輝かせてそう言うと桐生に一礼した。そして諒を手招きすると連れて行った。桐生は満足そうな顔をしながら呟いた。
「ああやって見ると白若が二人いるようで、とても良いな。」
作法の時間は白若、諒、瞬、瑛真に先生が教える形で行われた。城での歩き方、座る場所、挨拶の仕方など毎週決まった時間に行うことになった。作法の時間は滞りなく進み、休憩時間となった。
白若は肩の力を抜くと躓いてしまった。それを見た瑛真はそっと近づいて見えないように身体を支えた。白若は顔を瑛真つけるときれいな目で瑛真を見てにこりとして礼を言った。
「瑛真、ありがとう。」
「礼には及びません。」
無垢な雰囲気は諒に似ているが精神的なたくましさは諒ほどない。白若は瞬のことを見ながら瑛真に聞く。
「瞬は一体いくつなのだ?」
「齢15でございます。」
「なんと15なのか?落ち着いていて大人びておるなぁ。それに強いなんてすごいな。」
白若は驚いたがすぐに羨望の眼差しに変わった。瑛真も瞬を見る。阿道城の大火事から瞬は遠い存在になった気がした。
お読み頂きありがとうございます!
次回は特に諒の心が揺れ動きますね。分かりあえる日が来るんでしょうか?
次回の作者イチオシの台詞↓
「⋯⋯俺が話すことで解決するのか?」




