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第2話 刀の少年、諒の闘い

 諒は肩で息をした。もう一人はすぐ近くにいるはずだ。


 木の上で息を整えていると三人目の敵が見えてきた。急ぐ様子もなくやられた二人の味方から残った武器を回収している。諒はそっと木を降りて相手の後ろから助走をつけて斬りかかる。


 すんでのところで相手が避けると目の前には木があった。振りかざしていた右手刀みぎしゅとうはそのまま木にあたった。それと同じくらいのタイミングで木の向こうから相手がクイナを投げた。


 諒は木に刺さった自分の右手刀がうまく抜けず身をよじってクイナを出来るだけ避けた。頬を少しかすっていく。

 かすった瞬間、諒はしまったと思った。


 白龍の里は毒使いで有名なのである。


 いくら毒慣れをしていると言っても種類や量によっては痺れたり、軽い麻痺を起こしたりする。諒の意識が鈍くなった。


 そこに相手は猛攻撃をかける。諒の手刀を警戒しているようでクイナや手裏剣を投げてくる。諒は必死に左手刀ひだりしゅとうでクイナと手裏剣を防ぐ。


 そのうちの一つが諒の脇腹の方へと吸い込まれていく。諒の手刀は手に戻り、その直後に諒はドサッとうつ伏せで倒れた。


 しばらくすると身を隠していた相手は木から下りて諒に近づいてくると、諒の左背後から右手を諒の首に近づけてきた。諒の脈を確認するようだ。


 その手を左手で掴んだ。


 諒の左手の平には撒菱まきびしが握られていて相手の右手の甲に刺さる。もちろん毒のお返しだ。相手が声をあげる。諒の左手の平は鉄のように硬くなっていて撒菱は刺さらなかった。


 諒は相手の右手を持ったまま反時計回りに回転すると相手は右手を引っ張られてバランスを崩し諒の上から覆いかぶさるように落ちてくる。


 そこに右手を刃にかえて相手のみぞおちにずぶりと差した。相手は自分の体重で諒の右手刀が奥に刺さる。


 最終的には刃が相手の身体を貫通した。


 相手は動かなくなった。諒も相手の下敷きになって動けなかった。なんとか横になり相手の下から這い出てきた。


 諒は息を整えながら毒消しと兵糧丸を口に入れて立ち上がった。


 諒は背筋がゾクッとさせた。諒は後ろを振り向こうとする。


「諒、遅いよ」


 相手は瞬ほどではないが大きい身体をしていて諒の背中に向かって拳をまっすぐ出す。諒はすんでのところで身体を後ろにひねり両腕で顔を隠しガードした。


 すさまじい力に防ぎきれずに、後ろに吹っ飛んだ。諒は受け身を取り体勢を立て直して問いかける。


玄磨げんまの仕業か。玄磨はいないのか?」


 諒は身体を強張らせる。玄磨は力を分けたもう一人の暗器だ。その玄磨の子分の一人が目の前にいる剛だ。いつも玄磨たちからいじめられてきた。


「玄磨を煩わせたくない。これは俺の独断の行動だ」

「僕を殺しに来たんだね」


 諒はこれが精一杯の返しだった。


 諒は自分の心臓がうるさくなっているのに気がついた。


 二人の暗器が同時期に誕生した場合、片方が死ぬともう片方は分散した力が戻ってくると言われていた。


 剛は鼻をふんと鳴らした。諒は”わざわざ俺に言わせるな”と言っているような気がした。


 諒は暗器になり右手刀を剛の方へ振上げ切りかかる。他の者なら後ろに飛んで切りかかられる間合いから距離を取ろうとする。


 剛は少しだけ後ろに下がり、勢いをつけて拳を諒の方へ繰り出す。諒は右手刀を拳に向けた。


 だが、その拳は止まることなく伸びていき右手刀を押し切って諒を殴った。剛は手の甲に防具をつけており、拳は刃に切られるとこなく諒に届いた。


 諒はパニックになった。何が起きたんだ?


 諒は手を刃にしていたのに剛の拳に押し返されてしまった。筋力だけで暗器の力をねじ伏せたのだ。


 それ以降、諒の身体は上手く動かなかった。


 身体が強張り思うように刃に勢いを乗せられない。ある時はクイナで止められ、またある時は拳で止められた。


 諒は剛に攻撃を止められる度に弱い自分を突きつけられているように感じた。心の中はボロ布のようにずたずたになり目の前のことがどうでもよくなってきた。


「もう終わりか?」


 剛の声が聞こえてくる。諒は身体の痛みなのか心の痛みなのかわからなかったが、目にじわりと涙が浮かんでくる。視界が歪み始める。


 剛はそれを見るとニヤッと笑った。


「かわいそうだからちゃんと一発で決めてやる」


 剛はクイナをしまって短剣を出した。剛が構えると足を踏み込んで諒に向かってきた。

 諒は目を見開いていたが、その場から動けずにいた。


 ■



 瞬は諒が二人目の敵を倒したのを見届けると、別の方角から来る何かに向かっていった。


 おそらく白龍の里の追手だろう。


 昼間だったが木が鬱蒼と生い茂り枝もたくさん出ていたので、罠を張りまくった。程なくして四人の追手を始末したのだった。


 四人で一チームか。


 始めに諒が戦っていたのは三人だったから、残りの一人はどこにいるんだ?


 そう考えるとなぜだか胸がざわつき始める。諒の方に急いで引き返しはじめた。瞬は木から木へ飛び移って急ぐ。瞬の視線の先には人影が二つ見えた。木の影に隠れながら走って近づく。人影がだんだんとはっきり見え諒と大柄な男だということが分かった。


 そのまま走って近づくと諒が座り込み大柄の男は短剣を構えているのが見える。


 判断が追いつかない。


 瞬は脇差しを抜いて木の脇から飛び出した。瞬は大声で呼んだ。


「諒!!」


 瞬は呼ぶ声と同時に剛と諒の間に入り、剛の短剣を脇差しで受け止め払う。瞬は脇差しに受けた衝撃で手が少し痺れた。


「すげぇ力⋯⋯何者だ?」

「諒の守人もりびと


 瞬は諒をちらりと見ると剛を観察した。剛も瞬の上から下まで視線を動かした。


「諒についてるなんて惜しいな。こちら側につかないか?」

「断る!」


 瞬は諒を見ると暗い目をしていた。その目は火が消える寸前の灯し火のように静かだった。剛は瞬の返答にムッとしたが、諒をちらりと見て瞬に視線を戻すとニヤリと口角を上げた。


「そうしたらとことん諒を狙ってやるから、ちゃんと守ってやれよ?」

「じゃあ俺はお前をぶっ倒してもいい訳だ」


 その返事に剛は諒に再度斬りかかる。瞬は防いで剛の前に出ると剛の左肘を頬にくらった。瞬の首は肘をくらって勢いよくねじれた。思わず瞬は声を上げる。


「いってー!!」

「頑丈だな」


 剛は瞬のあまりの頑丈さに少し呆れていた。

 瞬は暗殺は得意だが昼間に相手と正面から戦ったことがない。


 相手がどう出てくるのか、それに自分はどう返すのか分からないまま動いた。


 一発で倒すのは無理だ。少しずつやらないといけないなと瞬は考えたが剛は距離を取らせてくれない。


 油断している間に剛の足が瞬のみぞおちに入る。一瞬息が出来なくなった。距離を取ると諒に近づかれてしまう。


 相手への攻撃は隙をみて相手に繰り出すか力で押し切るか相手の勢いを利用するか⋯⋯。


 試しに蹴りを繰り出すと剛はガードした。蹴りは鈍い音を出し勢いが完全に死んだ。剛の筋肉は瞬を上回るほどで打撃ではどうにかなりそうにない。そう思うと瞬は敵ながら感心した。


「へぇ、あんたすごい身体してるんだな」

「呆れるほど頑丈なやつに言われてもうれしくない」


 それから剛のパンチを瞬は仰け反って避けたり瞬のパンチを剛がガードしたり攻防戦は続いた。


 お互い少しずつ体力が消耗していく。


 隙を突かれた瞬は剛に両手で頭を押さえられて目の前に剛の膝が飛んでくる。まずいと思いおでこをなるべく早く剛の膝に当てると右手に持っていたクイナを左手に持ち替えると剛の太ももにできる限り食い込ませる。


 固い・・筋肉であまり差し込めなかったが剛はくぐもった声をあげた。瞬もおでこに膝蹴りをくらい頭がガンガンしている。


 諒は目の前で何が起こっているのかぼぉっと見ていた。


 僕はここで死ぬんだ。


 やっぱり剛には全然敵わなかった。目からは涙が滲んでしたが二人の動きは見えた。瞬はなんで戦っているのだろうか、諒は疑問になった。


 暗殺と目の前で戦うことは根本的に戦い方が違う。言うなれば瞬はこのような戦いは素人なのだ。


 状況からみても瞬が不利なのは明らかだ。


 瞬も大きいが剛も大きい。一つ一つの攻撃が重く相手を力でねじ伏せるのが剛のやり方だ。瞬は痛みに声を上げたり顔を歪ませたりしている。


 忍にとって任務は最優先される。自分の感情や利益に関係なく動く人もたくさんいる。


 瞬は依頼だからぼろぼろになってまで僕を守ろうとしているのかなと考えるが、瞬の言動と行動は裏表があったとは思えなかった。


 僕に握り飯もくれて話も聞いてくれて優しくしてくれた人だ。


 僕は剛を倒せる術はあるんだろうか。一対一では剛に敵わなくても今は瞬がいる。隙をついて一度でもいい。僕の攻撃が剛に当たれば勝てるかもしれない。


 そう諒が考えていた1分後には何も考えられない状態になりただ身体を動かすしかなかった。


 瞬は剛の隙をつくには剛が想像も出来ないことをするしかないと思った。チャンスは一度きり。致命傷を与えられれば残りは諒がなんとかするだろうと算段した。


 剛から膝をおでこに強くもらいまだガンガンした頭を下に向けながらそう考え脇差しを握り直す。瞬が頭を下げて考えていた間に太ももをクイナで刺されて剛は頭に血が上っていた。


 瞬は剛の雰囲気が変わったのを感じていた。瞬は剛と目が合う。


(俺を殺す決意をしたような目だ)


 剛は瞬から目を離さないでクイナを握る。瞬が頭を上げる。剛は瞬が頭を上げきる前に右手で持ったクイナをパンチする要領で瞬の胸元に繰り出す。


「覚悟しろ!」


 瞬は左手でクイナを直接受け止めた。クイナは瞬の左手の平に刺さり血が端を伝ってポタポタと地面へ落ちる。


 剛は思わず笑みがこぼれた。そして興奮気味に言った。


「やったぞ! 白龍の毒でお前はすぐに死ぬ⋯⋯」


 剛が言い終わらないうちに瞬は右手に持った脇差しを剛の脇腹に勢いよく刺す。


 繰り出したクイナを瞬に握られたままで上手く避けきれず、ずぶりと脇腹に刺さった。


 そのまま瞬は毒のせいで地面にずるりと倒れ込んだ。


 諒は遠くから瞬が地面に倒れ込むのを目を見開いて見ていた。


 瞬は地面に顔をつけながら周りを伺おうとしたが、身体は動かなかった。少し遠くから腹から出したような声が近づいてくる。諒の声のようだ。こちらに走ってきているのかもしれない。剛が諒を見てから瞬を一瞥した。


「諒、あいつの元へすぐ送ってやるからな」


 諒の目には強い意志を宿していた。諒は左の袖を賽の目のように細かく切りそのいくつもの破片が中を舞う花びらのようだ。

 剛の顔から血の気が引いた。


「まさか、お前が出来るはずがない!!」

切雨きりさめ


 諒が呟くと花びらのように舞った袖の破片が刃と化し雨のように剛の上から降り注ぐ。全身に刃の雨を受け苦痛を訴える叫びが聞こえる。諒は耳の奥に刺さる叫びを受け止めて耐えながら剛を見つめている。


 剛は力なく地面に倒れ込む。


 剛は浅く力弱い呼吸をしている。これほどの致命傷なら放っておいても事切れるだろう。それよりも瞬の様子を確認するためにあたりを見回す。


「瞬!」


 諒は瞬を見つけるとなんとクイナが刺さった左手のところに短剣を刺していた。

 諒は混乱して目を丸くする。


「何やってるの?」

「えっ⋯⋯毒抜き⋯⋯」


 諒の背後から声がする。


「出血多量で死ぬぞ」

「うわぁぁぁ!!!?」


 諒は変な声を出して身をよじって後ろを伺った。瞬より少し背が小さいが身体つきのしっかりした男が立っていた。


 諒は固まってしまった。


「えっ? 誰⋯⋯ですか?」

「諒、早く毒消しを瞬に使って。白龍の毒はやばいぞ」


 謎の男は諒に指示を出す。


 諒は怪しんでいる場合じゃないと我に返り急いで瞬に解毒剤を使った。瞬は脂汗を沢山かいていた。呼吸もぜーぜーと荒い。瞬は苦しそうな顔をしている。それを見た諒は瞬に顔をうずめた。


「死なないで⋯⋯」

「諒、ちょっとそこどいてね」


 謎の男は手にいろいろ持っていた。その人は瞬の口の中に何がをぐいっと入れて水を無理矢理飲ませると木の板のようなものを噛ませる。水で傷口をきれいに洗い目が粗い布で拭くとどこからか持ってきた切れなさそうなクイナを傷口に当てた。


 傷口からじゅっと焼けるような音とともに白い煙のようなものが少し出た。


 瞬からくぐもった声が聞こえる。諒は目を反らしたかったが、これは見届けるのが自分のけじめだと思って涙目で瞬を見つめていた。


 謎の男はそれが終わるとまた目の粗い布を傷口にあてて包帯を巻いた。瞬は意識を失って地面に横になっていたが、呼吸は落ち着いていた。


 諒は瞬を助けてくれたので悪い人ではないと思った。謎の人は諒に視線を向けた。


「僕のこと気になるんでしょ? 説明は瞬が目を覚ましてからだよ」


 ズキズキ、手の鈍い痛みで瞬は現実に引き戻された。気持ち悪いような胃が焼けるような感覚、いや全身がひどく鈍かった。目を少しだけ開けて辺りを見た。あたりは暗くなかった。


「う⋯⋯みず⋯⋯」


 瞬は声がかすれた。諒がすぐに気がつくと水を持ってきてくれた。どうやら次の日になっていたらしい。


「瞬、ようやくお目覚めかい?」


 謎の男が瞬と諒に近づいてくる。

 瞬は謎の男を見つめている。口を開こうとした時、近くで声が聞こえた。


「にゃ~ん」


 瞬は声のする方へ顔を向けた。


「あの時の天使!」

「あの時の猫ちゃん!」


「あれが猫なのか。尊すぎて天の使いかと思った」

「天使でも間違ってないと思う。存在が尊い」

「その猫はだてまきと言うんだ。残念だが僕にしか懐いていない」


 その猫は二人に近づいてくる。すると瞬は起き上がってあぐらをかいた。

 謎の人は言った直後、諒に頭をこすりつけると瞬のあぐらの上に座った。


「かわいい! だてまきー!」

「もふもふして温かいな!」


 口々に二人は言うと頭や背中をなでた。

 二人はだてまきを見るやいなや警戒を解いていた。謎の人はだてまきを見て声を強める。


「おい、なんで僕の時より懐いているんだ?」

「にゃ」


 だてまきは返事をした。謎の男は呆れている。そして瞬と諒を見た。


「そうだ、自己紹介がまだだったね。僕は影屋敷の霜月だ」


【おまけの後日談】


 瞬は諒に首を傾げた。


「なぜ暗器の姿を会ったばかりの俺に見せたんだ?」

「猫が好きみたいだったから⋯⋯後でだてまきの事天使だって言ってたし⋯⋯ふふ」


 諒はちらりと瞬を見る。

 瞬は頭を上下に大きく振って納得した。


「諒も俺にぶつかるくらいよそ見してたもんな」

「だって、だてまき可愛いだもん」

お読み頂きありがとうございます。

次回は影屋敷の霜月も登場してお話がぐっと動いていきます。そもそも影屋敷の霜月って誰だよ?

作者にすみイチオシの台詞

「本当の戦いでもそれをやるのか?」

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