第31話 阿道城燃える
桐生家の白若との顔合わせから少し経って霜月は瑛真を呼んだ。
「瑛真は今日僕に付いてきてね。正装で表に出るよ。」
「瑛真だけ?僕たちは何するの?」
「ふむ、諒はこの前桐生家と顔合わせしてしまったし、そのままだと白若殿と間違えられたら面倒であまり表を自由に歩けないからなぁ。
⋯⋯そうだ、今日は君たちに任務はないんだけど、せっかくだから表に慣れるように一緒に行こう。」
諒はムスッとした顔をしている。籠が止まったようで外に出ようとする。籠の簾を開けると外に瞬が待っていた諒に手を伸ばす。諒は瞬の手を取るとゆっくりと降りた。霜月と瑛真も先に籠を降りたようだ。
籠から降りる諒の姿を町中を歩いていく男たちはジロジロと見ていく。
そして霜月が諒を嬉しそうに見ると声をかける。
「可愛らしい顔が出し無しだよ、白詰。」
諒は女装させられた。瞬たちは白若と白詰草からとって白詰と呼ぶことにしたのだ。自分でも存外、様になってると思うけど気に入らないと諒は思った。
「諒じゃなかった、白詰、可愛いと思うよ。髪型でこんなに変わるもんなんだな。」
諒は素直に感心している瑛真をジトッと見た。瞬は片膝付いたまま諒を見上げると諒の頰にかかってしまった髪を整えていた。
「白詰、似合ってるから安心しろ。」
「瑛真も瞬もそういうことじゃない。
はあ、せっかくだし、団子屋食べ尽くそうよ。」
「ははっ食いしん坊な姫だな。」
「もおー瞬!」
「今日は僕と瑛真は阿道殿にお目通りする。終わったら探すけど夕方近くになったら城の東門前に集合。夕方までに会えない場合は即、影屋敷の家に帰宅だ。諒のその姿だと夜になってしまうと帰れない。」
霜月はそう説明すると瞬と諒と別れた。そして霜月と瑛真は歩いて行ってしまった。その歩いている後ろ姿を見ると諒は感心した。
「案外、二人もこうやって見ると表の人だね。」
「俺たちもなかなか様になってるぞ。」
「⋯⋯そうだね。」
瞬と諒は町を散策した。天下人阿道の住む阿道城の城下町だけあって町はとても広い。
「うわー広いね。これじゃあ全部回りきれないなあ。」
「またそのうち来るさ。」
瞬は呑気に言っていたが、はっと思い出したように諒を見てと話しかけ始めた。
「そうだ!諒、お父さんの記憶⋯⋯」
しかしなんと説明して良いものか悩んでしまい口をつぐんでしまった。それを見た諒は瞬の方を見てさっぱりした顔でこう言った。
「僕は大丈夫だよ。ちゃんと父さんのこと整理つけたから。」
諒はそこで区切って前を見た。
また瞬の方に向き直ると立ち止まって伝える。
「緑龍の里で思い出したんだけどね、あのね、父さん病で亡くなったんだって。父さんは寿命だったんだ。ちゃんと最期に僕は父さんとお別れ出来てたよ。」
「えっ?諒の父さんは青獅子の里長だったよな?殺されたんじゃなかったのか?」
それを聞いた瞬の顔がスッと変わる。諒は一歩瞬に近づいて瞬の手を握った。
「違うよ。僕の記憶をちゃんと見て。」
諒が緑龍の里の蔵で思い出したことを瞬は見た。瞬の様子がおかしい。何か喉に小骨が突っかかったような煮え切らない態度をしているのを見て諒は瞬に聞いた。
「瞬、どうしたの?何か変だよ?」
「いや、今さら話を蒸し返すのは悪いんだけど⋯⋯滅獅子の大戦の発端となったのは緑獅子の里長・伊万里ちゃんのお父さんと青獅子の里長・諒のお父さんが殺されたからだって霜月さん、緑龍殿、黄龍殿からもちゃんと聞いたんだ。」
「⋯⋯父さんが”父さんの死を利用する悪いやつが出てくるかもしれない”って言ってた。」
諒はそう言葉をこぼした。
すると瞬と諒はお互い見合って問う。
「黒幕がいる?」
そこへ前から大きな籠が通ってきた。
二人は脇に避けて立って見ていた。諒は何気なく道を見ると幼子が道を渡りきれていなかった。このままだと籠に当たって怪我をするか不敬罪で斬首と頭をよぎった。諒は瞬に目配せして伝えると諒はおもむろに少し暗器の刃で切った布を小さな刃に変えて籠を運ぶ前の従者二人へ諒に近い側の頰に刃を飛ばして少し切った。二人の従者は顔を少し歪め首を横に振ると諒の方へ顔を向けたので、目が合うとにこりと満面の笑みを従者に向けた。すると従者は笑顔を投げかけられて惚けた。
その瞬間に瞬は音もなく飛び出し幼子を抱きかかえるとそのまま反対側の壁まで進んだ。従者は少し動きを緩めたがすぐに元の速さに戻って籠は進んでいった。瞬は幼子を母親に受け渡すとすぐに諒の元へ戻ってきた。二人はこの時さっきの籠が止まっていたのに気が付かなかった。従者は籠の中の者と簾越しに何か話していた。従者は二人の方へ向かってくる。瞬は思わず諒に聞いた。
「俺たちなんかしたか?⋯⋯さすがにさっきのは気づかれてないよな?」
「大丈夫だよ。僕たちに用事があるわけじゃないんじゃない?」
諒は答えたがその予想はむなしく従者は二人の前で止まると諒の前で片膝を付いてこう伝える。
「姫君、突然で申し訳ないが殿がお目通りを希望している。」
それを聞いた諒はサーと顔を青ざめた。
殿のお目通りは絶対に断れない。涙目になる諒を見て瞬は覚悟を決めて頷いた。
諒は阿道城に通されると本丸の3階の飾りの間に通された。瞬は外で待機させられてしまった。諒は屋根裏から逃げようと考えた。
阿道が来る前に逃げよう!
なるべく身につけているものは脱いで軽装になろうと急いで何重にもなる服を脱ぎ始めた。
瞬にはどうやって伝えよう⋯⋯。
「殿のおなーりー。」
外から声がする。
まずい、思ったよりも来るのが早すぎる。このまま屋根裏に飛び移ろう。
諒が飛んだのが速いか戸が開くのが速いか。
戸が開く音がした。
瞬は部屋の外に待機させられた。正座をして諒を待っている。これからどうやって逃げようか?諒が女の子じゃないとわかったら切り殺されたりしたらどうしようと思ったが、あっ諒は刃の暗器だ。切られることはないなと思い直した。
そうして待っていると目の前をご老体が歩いていた。こんなところに一人か?と不思議に思って見ていると瞬の目の前でご老体は足下をよろけた。瞬は思わず立ち上がりご老体の肩を手で支えると頭を下げた。
「わざわざ、ありがとうございます。」
「こちらは3階ですが大丈夫でしょうか?」
「あぁ、この先に用があります。初めてではないのでお気にならさず。また御縁がありましたらお会い致しましょう。」
ご老体は瞬から問われるとそう答えたので、瞬はお辞儀をして別れた。
そうしているうちに阿道が部屋に近づいてきたようだ。瞬は慌てて身を正して太ももの付け根に手を添えるとお辞儀した。
「殿のおなーりー」
瞬の近くで声がすると戸が開く音がした。
阿道が部屋に入ってきた。諒は慣れない服に普段の動きが出来ず足に服が引っかかり転んで仰向けになってしまった。
「あっあの⋯⋯殿⋯⋯」
諒は一生懸命弁明しようとしどろもどろになっていると阿道が速い動きで諒の目の前に、やってくると諒の両側に膝をつき諒の肩の近くに手をついて諒を見た。
「これはこれは想像以上に可愛らしいな。それは誘っているのか?」
諒は目を丸くした。
そしてすぐに今の格好を思い出した。逃げるために服を脱いで⋯⋯つまり下着状態というとこか。それで仰向けになった僕の上に阿道がいて⋯⋯忍として何たる不覚!武器になるものを探さないと。
この時、諒はかなり混乱していた。阿道から見ると顔を赤くした女子が左右を見渡して近くの服を握りしめているようにしか見えなかった。用件をさっさと聞こうと思っていたが、ちょっとからかってやろうと阿道は気を変えた。阿道は顔を諒の耳元に近づける。
諒はようやくこの状況を理解した。
これは僕、阿道に襲われてないか?こうなったら言っても不敬、言わなくても不敬なら正直に話すしかない。諒は心にそう決めて口を開いた。
「殿⋯⋯いけません⋯⋯私は女ではありません。」
諒は緊張した。返答次第で首が飛ぶからだ。阿道は口を開いた。
「ほう、其方の可愛らしさにそのようなことが関係あるのか?」
諒は固まった。もう打つ手がなかったのだ。思わず諒の目には涙が溜まった。覚悟をして諒は目を瞑った。
それを見た阿道は耐えきれずにクックッと笑い始めた。スッと諒から離れる。
「久々に面白いものを見た。其方、所属はどこだ?影屋敷の者だろう?」
諒はそれを聞くと今の状況を判断して今来ている服だけでもと襟元を正して正座すると頭を下げて答える。
「黒兎所属でございます。」
「霜月か。ちょうど良かった。」
阿道は満足そうに頷いた。
「殿、失礼でなければ召し上げた経緯をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「其方、城下町で暗器を使ったであろう?」
「⋯⋯左様でございます。」
諒は答えた。あれだけで暗器を使ったことが分かるなんて阿道は相当腕のたつ者なんだと諒は実感した。
「それで用件を聞こう。」
阿道は諒に促した。諒はポカンとして聞く。
「阿道様、これから霜月と会う予定ではありませんか?」
「おや、其方は霜月の伝令役ではなかったのか。後で予定を再確認しよう。」
阿道は羽織を諒の肩にかけると従者を呼び寄せ服を持ってこさせた。それと同時に瞬も部屋の中へ呼び寄せた。瞬が部屋に入ると諒が下着姿で阿道の羽織を肩からかけていてギョッとした。
諒は瞬の姿を見ると顔を赤らめてこう伝える。
「未遂だから。」
「こんな可愛らしい姿、私は遊んでからでもよかったがな。」
阿道は真顔で言うと瞬と諒は固まった。阿道はそれを見ると満足そうに笑った。
そして諒は服を着替えると阿道に伝えた。
「伝令役ではありませんが、五百蔵本人の軍勢が全面戦争を準備しているようです。聞いた話ですと半年以内に仕掛けると聞いております。」
「それは⋯⋯」
阿道は口を開いだがバタバタ誰かが走ってくる足音が聞こえる。足音が近づいてきた。阿道は戸の外へ視線を向けた。
すると従者が戸の外で声をかけてきた。
「殿、入室してもよろしいでしょうか?緊急でございます。」
「入れ。」
阿道は返事した。阿道は従者に話すよう促した。
「五百蔵勢の光原の謀反でございます。只今光原を含む軍勢は500名はいるようで塀を突破。本丸に向かっているようです。」
「光原の精鋭部隊で500だとちときついな。本丸には時間の問題だろう。」
それを聞いて苦しそうに顔を歪めて言うと阿道は諒と瞬を見た。
「其方らに頼みがある。」
諒と瞬は駆け出していた。
「炊事場を探さないと。えーっと、薪?油?とにかく集めないと。瞬、僕は暗器で外から飛び降りるからなるべく燃えるもの集めてくるね。僕は下から火をつけちゃうよ!本当は瑛真に会えるといいんだけど。」
「おう!俺も瑛真を探しながら行く。俺は火を見つけ次第中から燃やしていくから出来るだけ入口で会おう。会えなかったら本丸が燃えていることを確認して影屋敷に帰ろう!」
「分かった!瞬また後でね。」
諒は言うと勢いよく開いた窓から飛び降りた。瞬は窓から外を覗くと諒が器用に手先や足を刃に変えて壁を降りていくのを見ると、さっきのご老体に会った時にこの先に用事があると言っていた。燃やせるものがあるか見に行こう。火がついた炭が見つかるといいなと思い奥の部屋へと入っていった。
そして阿道の言葉を思い出す。
”光原は確実に私の首を取りに来る。私は絶対に首を取られてはいけないのだ。これは本人の願いなのだ。だからこの本丸ごと焼いてほしい。万が一首が取られても全部焼かれるくらい本丸をすべて燃やしてほしい。”
これが亡くなった阿道本人の願いなのだ。
任務を遂行しなければならない!瞬と諒は心にそう刻んだ。
部屋を手前から覗いていくと茶室が見つかった。さっきまで使っていたようだ。火のついた炭が残っている。茶室の襖を壊して細い木を何本かまとめると紐で結んで一本にした。押入れをひっくり返すと枕があったので中身わ取り出すと布でくるんで先ほどの棒の先に括り付けたお手製松明だ。松明の先を炭鉢の中に突っ込むと空気を送って松明に火をつけようとした。しばらくしてようやく松明に火をつけた。布を手に持つと炭鉢を持って向かいの広間に持って行こうと広間の襖を勢いよく開けて中に入った。
すると瞬は奥深くの引き出しにしまい込まれていた記憶が、突然引き出されて目の前に広がった。
忘れもしない人生を変えた日。
お読み頂きありがとうございます!
次回は瞬たちが不穏な空気ですね。一体何がどうなってしまうんでしょうか?
次回の作者イチオシの台詞↓
「諒、君だけはいつまでもなにがあっても瞬の味方でいてほしい」




