第29話−2 公式対戦(後編)
一人の男が近づいてくる。
「皆さんお集まりのようですね。私は影屋敷の公式対戦を見届けます審判の加藤です。ルールはこの闘技場で戦うこと以外は何でもありです。私が合図しましたら対戦の始まりです。何か質問はありますか?」
加藤は霜月と長月を見た。
二人とも首を横に振った。
男はそれを見ると手で指し示して促した。
「分かりました。
長月殿、瞬殿、闘技場の真ん中へ移動してください。」
長月と瞬が闘技場の真ん中に来たのを確認すると二人を見つめて大きな口を開ける。
「黒熊所属長の長月殿と黒兎所属長の霜月殿の所属長の支配権をかけた公式対戦を始めます。
対戦は長月殿と瞬殿。それでは開始!!」
加藤はよく通る声で言った。
瞬は長月から距離をとった。瞬は手裏剣を長月に投げる。瞬の手裏剣は急所へと向かってくる。長月はクナイを軽く動かして手裏剣を弾く。
「この距離でよく正確に投げるなあ。」
長月は感心した。
瞬は近づいて死角から狙うかと思うと長月は背中から弓矢を取り出した。
鉄製の弓矢だ。
長月は瞬を見てにっと口角を上げると、弓を引く。ポーンと瞬よりも高い木の幹に当たった。
その直後、上から衝撃が来る。
瞬はすんでのところで右に避けた。鉄製の弓矢に向かって空から雷が落ちたのだ。瞬は左足を強く踏み込んで右側に避けたが左足だけ少しあたってしまった。左足が痺れる。瞬は痛みと痺れで顔を歪めた。
長月は残念そうだった。
諒はそれを見てゾッとした。
「武器とかに雷が反応するってことだよね?長月殿と僕が戦ったら即死だ。
⋯⋯瞬、大丈夫かな?」
心配そうにする諒を見ると瑛真は元気づけた。
「瞬を信じようぜ」
「そうだね。」
霜月は口を尖らせて拗ねる。
「それ、僕が言おうと思ったのに。」
長月はいろんな方向に鉄の弓矢を撃って木の幹に刺した。瞬は逃げる。長月は雷を飛ばすと鉄の弓矢から弓矢へジグザグ飛んでいく。
瞬は当りそうになったのをブリッジして避けた。
瞬は体制を立て直して木に登ると上から何かを長月に投げた。袋のような物が長月の方へ飛んでいく。
その後手裏剣を投げて袋を切った。
液体が宙を大きく舞いポタポタと長月にかかる。
「ぷへぇ、油じゃねえか。」
長月はイラッとした声で言う。そこに火が投げ入れられる。長月の周りが燃えた。先ほどの油もあって長月とその周りの木々が燃えて白い煙が出た。その煙の中から雷がこちらに飛んでくる。
無効化が間に合わない。
瞬は思わず腕でガードした。雷が腕に当たる。そうすると意識ははっきりしているのに後ろにドサッと倒れた。瞬は何が起こっているのかと分からなかった。
煙の中から長月が歩いて出てきた。袖が焼け落ち、締まった腕の筋肉があらわになった。顔にかかった油を腕で拭く。ところどころ服も焼け落ちている。長月が瞬に近づいてくる。右手の平に雷の玉がありそれが燃えた。そのまま瞬との間合いに入った。
「俺の雷はこうすれば燃える。だから炎は残念だがあまり効かない。雷がいいか炎がいいか」
長月は歩いていると膝がかくん脱力してバランスを崩したが、手の中にあった雷炎の玉を瞬へ投げつけた。
瞬は少し感覚が戻ってきたので唇を噛んだ。
血が出る。
身体が動く。
長月の雷炎の玉をスレスレで避けた。そのまま瞬は回し蹴りを食らわす。
長月の顔に当たる。
長月はズサーと斜め後ろに下がったが立ったままだった。
それを見た諒は直感した。
「僕の痺れ薬にこんな使い方があったなんて。」
霜月は呟いた諒を一瞥する。
諒は瞬たちから目を背けないで説明する。
「さっき戦ってる間に少し葉っぱを落としたのと袋の中に油と一緒に痺れ薬の材料の葉っぱを入れていたんだ。炎で燻されることによって出てきた煙には痺れの効果が出る。
瞬は出来るだけ長月殿の方で燃えるように葉っぱを長月の方へ集めて燃やし煙にした。その後自分は吸わないように立ち位置を調整していた。そしてその煙を吸った長月殿は無意識の内に痺れて身体がうまく動かなかった。」
瞬はありったけの手裏剣を投げた。
(一つでも当たれ!)
瞬はそう願った。
避ける方向を予想して四方に時間差で投げた。
一つが二の腕をかすめる。
長月が激痛に叫ぶ。
諒はそれを見て片眉を上げた。
「かすめただけなのにあの痛がりようだなんて変だな。何か手裏剣に塗ってあったみたいだ。」
瞬は手裏剣に紐をつけておいたので引っ張る。戻り際に左の脇腹をかすめた。
長月は苦痛に顔を歪める。
戻っていく手裏剣目がけて雷をとばす。
手裏剣からそのまま飛んできた雷が瞬の左腕に当たる。
瞬は痛みに苦痛の声を上げる。
赤く火傷のようになった。ズキズキする。長月は先ほどの鉄の矢目がけて幾つもの雷を飛ばした。右、左、前から瞬は避けるのが精一杯だった。後ろにから来たのを前に飛んで避ける。
すると地面につまずき横に転がる。
瞬の真横に大きな雷が落ちた。
「転ぶのか、運のいいやつだな!」
長月の大きな声が周りに響く。幸運にも瞬は躓いて雷を避けることが出来たのだ。瞬は考える暇もないくらい動いていた。瞬は長月を注視している。
長月は上の方を気にしている。瞬もつられて上を見た。
デカい!
大きな雷の玉が出来上がっていた。
「瞬!危ない!」
霜月、諒、瑛真は叫んだ。
雷の玉は真っすぐ瞬の元へ向かった。瞬に直撃したようだ。
瞬は力なくゆっくりと倒れた。
長月はちらっと審判を見た。
「もういいんじゃねえか?」
審判は動かない。
「じゃあ俺が確認しよう。」
長月はそう言いながら瞬に近づく。
長月が近づいた時、動かないはずの瞬が起き上がって短剣を突き出した。
長月はすんでのところで後ろに引いたので瞬が持っていた短剣は首には刺さらず太ももに刺さった。
ぐあっ、長月は思わず痛みに顔を歪めた声を上げると細かい雷を瞬に散らした。切り傷のように赤い傷が全身に出来る。長月は瞬に刺された傷に雷を当てると肉が焼かれる音がする。雷の熱を使って傷を塞いでいるようだ。
「ぐぬぅ⋯⋯」
長月はくぐもった声を出しながら油汗をかいた。瞬は立ち上がりボディブローを打ち込む。長月は両手をで雷の玉を作って瞬にとばす。両腕でガードする。長月が声を絞り出す。
「なんで⋯⋯雷が効かない!」
諒は目を見開いている。
瑛真は初めて炎風の力を発動させた時のことを思い出していた。
「もしかして無効化なのか?」
「おそらく大きな雷が当たるところから無効化したんだろうね。大きな雷の玉は瞬に当たっていない。」
霜月は瑛真を見て頷いた。
長月は瞬に近づき右手に雷の玉を持っている。瞬は警戒して左側を後ろに下げる。
長月はそれを外側から瞬に押し当てようとしたので瞬は左腕でガードした。それとほぼ同時に長月は反対の手を瞬の胸に手の平を押し当てるようにつけた。
そして長月が口を開いた。
「死の衝撃」
ドクン!心臓に雷が直接当たる。
瞬の心臓が止まった。
瞬は糸の切れた人形のように地面へと崩れ落ちた。
「心臓を雷で止めた。瞬は死んだぜ。」
長月は片側の口角を上げてニヤリとした。その直後ぜーぜーと激しい呼吸を始めて長月も倒れた。
それを見た諒が飛び出して加藤に言った。
「僕に提案があります。対戦を引き分けにしてすぐに終わらせてください。このままだと二人共死んでしまいます。
長月殿は猛毒を受けています。そして僕は解毒剤を持っています。すぐに解毒すれば長月殿を助けることが出来る可能性があります。瞬には心臓を圧迫による蘇生法を行えば助かる可能性があります。」
諒と加藤が見合うとすぐに加藤が口を開いた。
「提案を受諾します。対戦は引き分けにて終了!」
加藤は大声で宣言すると、霜月と瑛真は瞬の元へ飛び出した。
諒は霜月と瑛真に顔を向けて大声で伝える。
「瞬の肋骨の間にある心臓を真上から早い間隔で両手の平で圧迫して!」
「分かった!」
諒はすぐさま長月の方へ急ぐ。長月の方へ近づいてきた長月の弟子に諒は大声で伝える。
「水を持ってきてください!解毒剤を飲ませます!」
諒は長月の顔色や身体を素早く観察する。
(もし僕が瞬だったら剛にやられたのと同じ猛毒を使う。どうか推測が当たれ!)
そう願いながらその猛毒の解毒剤を懐から取り出した。猛毒の中でも毒が違えば解毒されないものもある。
そして諒は倒れた長月を仰向けにすると、手に持った薬の玉を直接長月の口の奥に押し込んだ。
懐から木箱を乱暴に出すと注射針を取り出す。少し液体を出すと諒は構えた。
そしてダメ元で太ももの傷の付近の太い血管にも注射針で液体にした解毒剤を流し込んだ。
そうしている内に弟子の一人が水を持って来た。急いで顎を上げて水を流し込む。少し飲んだ気がする。そのまま顔を横にして地面に置いた。諒は長月の弟子を見ると大声で伝えながら腰を浮かせた。
「このまま安静にさせてください。どうしても動かしたいなら下に布を引いて身体を動かさないようにしてください。特に足は心臓より上にあげないようにしてください。」
「瞬。瞬!」
諒の耳に瑛真の呼びかける声が聞こえる。長月の近くから、ちらっと瞬の方を見る。
霜月が心臓マッサージをしている。
瑛真は瞬の横で声をかけ続けている。まだ瞬は死の淵から戻ってこない。
急いで諒は瞬の元に駆けていく。
「瑛真、どれくらいたった?」
諒は焦っていた。
瑛真は青ざめて答える。
「もう3分は過ぎていると思う。」
「これ以上時間がかかるとまずい。」
諒は霜月の近くに来ると霜月に真剣な顔でこう伝える。
「人口呼吸も途中で入れる。合図するからそれまで霜月さんは心臓を押してて。」
諒はタイミングを見計らって霜月に頷くと霜月は胸から手を離す。
すると諒は瞬の顎をぐいっと引き上げた。そして諒はありったけの空気を吸うと瞬の鼻をつまみ口の中へ勢いよく空気を送った。横目で胸が上へ動いて肺が膨らむのを確認する。何度か行うと、諒は霜月に合図した。
霜月は心臓マッサージを続けた。
2回目⋯⋯
3回目⋯⋯諒は涙が溢れてくる。
瞬、お願いだから戻ってきて!
諒は胸が張り裂けそうな思いだった。
霜月は心臓マッサージをしていたが脱力してやめた。
諒は顔を上げて目に涙をたくさん溜めながら霜月を見る。
霜月は肩を上下させながら諒を見ると瞬を見るように促した。
諒は瞬の胸に手を当てる。
トクトクと心臓が動いていた。
諒は瞬の心臓が動き始めたのを確認すると、そのまま瞬の胸に突っ伏して瞬の胸の服を掴むと身体を震わせて嗚咽を漏らした。
霜月は諒に近づくと背中にポンと優しく手を置いた。
「瞬を救ってくれてありがとう。」
瑛真は急いで瞬の手を握る。瑛真は瞬の脈が打つのを感じた。瑛真も瞬の手に顔をくっつけて泣いた。
しばらくすると諒は上から声をかけられた。
「お疲れ様、影の功労者。」
楓は諒に声をかけた。すると諒は顔を上げる。
楓は加藤の方を見ると諒に優しい目を向けた。
「加藤殿から状況は聞いてるよ。瞬と長月殿を救ったそうね。」
それを聞いた諒は涙を袖でゴシゴシと拭くと楓にカッコつけた。
「瞬は大切な仲間だもん。長月殿は⋯⋯これから仲間になるかもだし⋯⋯」
「はは、諒のカッコいい姿見たかったな。」
楓は諒を見つめていると諒は顔を楓の肩につけて瞳を愛おしそうに見た。
「今度見せて上げる。」
諒は真面目な顔に戻し立ち上がると長月の方へ向かった。こちらには鈴音がいた。
鈴音は諒に気がつくと声をかけた。
「流石、白龍の忍ね。解毒剤が的確だったみたい。長月殿の状態は安定してるわね。」
それを聞いた諒は鈴音に説明した。
「初めて瞬とあった時、瞬が僕をかばって食らったのが長月殿に使った猛毒なの。
僕の推測が当たってよかった。
ちなみに死にかけた瞬を霜月さんが助けてくれたんだ。」
「まぁ、いわくつきの毒なのね。今度その毒について詳しく教えてほしいわ。」
鈴音がニコリとして言った。そこへ霜月がやって来る。
「鈴音は諒に何を教えて欲しいのかな?」
「あなたが瞬を助けた時の猛毒を長月殿は受けたそうよ。猛毒についてあなたが教えてくれるのかしら?」
鈴音は霜月の方に顔を上げてニコッとして聞いた。
「それは諒の出番だね。」
「もう少し様子をみて大丈夫そうなら病室に移したほうがいいかもね。ここ外だし。」
諒が周りを見ていると、そこへ長月の弟子が近づいて来た。諒は名前を呼ばれて二人の方へ振り返る。二人の目は潤んでいた。
二人は諒と目が合うと深くお辞儀をした。
「諒殿、長月⋯⋯お父さんを救ってくれてありがとうございました。」
諒は目を丸くした。そして諒は二人をじっと見ると、髪は短くしているが二人とも可愛らしい顔をしている。
「お父さん?⋯⋯あれっもしかして二人とも女の子なの?」
「はい、朝陽と夕陽です。双子なんです。」
二人はお互い見合うと諒たちに笑顔を向けた。
霜月は長月がなぜ中立派を貫き、期限間際まで仕える御方を決めないのか不思議だったが合点がいった。
お読み頂きありがとうございます!
前回は諒が大活躍でしたね!今回もメインになります。ようやく影屋敷としての任務になりますね。
次回の作者イチオシの台詞↓
「私の命に代えてもお守りいたします。」




