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第28話 八傑の長月と霜月の交渉

公式対戦の話を瞬、諒、瑛真にした明くる日、霜月はとあるところに出掛けていた。目の前には長月が座っている。長い髪を一つに結っており顎にはひげが生えている。身長は185センチを程で瞬と同じくらいあるかもしれない。歳は30過ぎであるが身体はがっしりと鍛え上げられている。



「久しぶりだな、霜月がここにくるなんてどういう風に吹き回しだ?」

「聞きたいことがあります。長月殿はどの御方に仕えるつもりですか?」



霜月はにこりとして言った。

長月はふんと鼻を鳴らすと腕を組んだ。



「直球か。今は阿道殿と五百蔵殿の派閥が荒れてるだろ。それが落ち着いたら要請のある中から選ぶつもりだ。」

「つまり来年ということですか?」

「そうだ、期限ギリギリまで引っ張らせてもらう。」



期限とは影屋敷の八傑に選出されると3年以内に影武者として就任しなければいけないものだ。

長月はちらりと霜月を見る。



「そっちも腰が重いじゃねえか。誰に仕えるつもりだ?」



「阿道殿と五百蔵殿の遠縁の者です。内定しています。2ヶ月以内に顔合わせする予定です。」



霜月は自分のカードを見せる。

長月は手を口に当てる。



「もう決めてるのか。それで用件はなんだ?」



長月は霜月を正面から見た。

霜月は決意して長月を真っすぐ捉えると単刀直入に伝える。



「支配権をかけた公式対戦を申し込みたい。」

「断る。昔と違って今は八傑に選ばれるほどの実力だろ。わざわざ危険を犯すほど、こちらにとっておいしい話ではない。」



霜月は予想はしていたが門前払いだった。支配権というのは所属長が持つものである。霜月の場合は黒兎所属長だ。これを自分以外の者が持つとその者が支配権を持ち強制力のある命令をすることが出来る。簡単に言うと相手を言いなりにすることが出来る。しかも影屋敷の公式の場で署名をつけた証書も提出するので相手の命令は絶対に行わなければならなくなる。いわば絶対的な味方となるのだ。

そこで霜月は2枚目のカードを出す。



「それでは対戦相手を私の弟子の瞬が行うということではどうでしょう?」

「正直に話せ。狙いはなんだ?」



長月は真剣な顔をしている。さすがに相手も怪しんでいる。霜月は心の中でため息をつくと腹を括る。

やはり正攻法でいかないとこの人は動かないか。



「今の八傑はほとんど阿道殿と五百蔵殿の派閥で占められています。同志を募るなら長月殿しかいないと確信しています。」



霜月は長月を見ると真剣な顔で聞いている。そして霜月の言葉を待った。その様子を見て霜月は正直に伝える。



「私はこの国を統べる天下人を目指しています。それは平和な世界を目指すため。

大切な人をこれ以上奪わせないためなら、それに共感した相手が天下人になってもいい。長月殿は何を目指しますか?」



長月は静かに霜月を見ていた。霜月は緊張する。少しすると長月が動いた。



どん!と畳を拳で叩く。

真剣な目で長月は霜月を捉えた。長月の目はどちらに判断したのだろう。



「話に乗った。公式対戦を受ける。俺もその志しは悪くねえと思っている。俺は大切な人のために中立派を貫き通したいと思っている。

それにこっちにとっても、もし霜月たちを取り込めるなら⋯⋯俺の代わりにお前たちを危険な橋に渡らせることが出来る。

そうなったらかなりおいしい。」



霜月は長月が乗ってきてくれたのでホッとした。しかし長月から発せられる次の言葉で突き落とされた。



「ただし対戦日はこちらで選ぶぞ。どうだ?」



(まずい、対戦日の話をつけていなかった。準備に1ヶ月はかけるつもりだったのに、これじゃあ対戦日を提示できない。)



長月は満足そうな顔をしている。

霜月は見透かされてぎりっと歯ぎしりした。しかしこのまま話をつけるしかなかった。



「はい⋯⋯いつにしますか?」



長月はゆっくりと人差し指を立てた。



霜月は長月の指を凝視している。



(1⋯⋯なんだ?)



霜月の心はざわつく。

長月は口を開く。



「1週間後だ。俺は霜月の弟子との公式対戦を行う。これ以外の条件で公式対戦は受けない。」



霜月は口を手で隠すと長月を睨みつけた。己の詰めの甘さに怒りを覚えていた。



「霜月、俺は全力でいかせてもらうが、どうする?」




霜月は家に帰ってくると瞬、諒、瑛真を集めた。

霜月は沈黙している。

肩で一呼吸すると口を開いた。



「長月殿との公式対戦の手続きをして来た。」



そして皆の反応も見ずに霜月は瞬の目の前にさっと来ると勢いよく頭を下げた。

それを見た瞬はびっくりして固まった。



「瞬、ごめん!対戦日は1週間後になった。長月と交渉しきれなかった僕のせいだ。」



諒と瑛真は二人のやり取りを静かに見ていた。瞬はすぐに我に返ると霜月を覗き込んで慌ててなだめた。



「霜月さん、落ち着いてちゃんと言ってくれ。やるしかない、だろ?」




霜月たちは影屋敷の空間から表の世界に出た。霜月が適当な範囲に幻術をかける。

そして瑛真の方を向くと霜月は口を開いた。



「瑛真、炎風の解放の時のこと話してくれるかい?」



瑛真は霜月を見ると頷いた。

その後しばらく下を向いて思い出していた。そして顔を上げると瞬の方を見ながら口を開いた。



「俺は初めて瞬と手合わせした時の事を思い出して気持ちが強くなれば力が出ると予想した。力也さんに相談しながら兄弟子に手伝ってもらった。

悔しい思いをするために同じくらいの強さのやつに挑発してもらって手合いをしたり、力尽きるまで手合いして無理矢理出そうとしたり⋯⋯親父の仇を思い出して怒りを思い出しながら手合いもした。

でも1ヶ月で力が出たのは3回だけ、しかも威力の少ないものだった。

一樹さんと戦ってる時に力が解放したと確信した。その時⋯⋯」



瑛真はその時のことを思い出しているようで強い目で瞬を見た。焼かれるような熱い目だった。



「親父の仇は親父の笑顔を奪った。それが俺の怒りの根源だったんだと思う。スコンって腑に落ちた。そうしたら身体の内から力が湧いてきた。」

「瑛真、説明ありがとう。瞬、何か掴めそう?」

「うーん、まだわかんないけど、やるしかないな。」

「瑛真、瞬の訓練に手伝ってくれるかい?」

「うっす。」



瑛真はぴょんぴょんと飛んだりねじったり準備運動をする。瞬とは別の方向に手や足から炎風を出したり調節している。炎が小さくなっていった。



「うっし、炎はしぼって風を主に出すからな。」

「来い!」



瞬は瑛真に向かって頷くと構えて声を上げた。

しばらくすると瞬は服が乱れて髪もぐちゃぐちゃになっていた。

瑛真が笑っている。

諒は瞬を見てびっくりしていた。

霜月は腕組みしてそれを見ながら考えているようで、時折顎を手で触っている。

そして昼になると霜月が口を開いた。



「悪いけどちょっと出かけてくる。このまま、続けてくれるかい?夕方になっても俺が戻らない場合は影屋敷の家に帰って休んでくれ。」



霜月はそう言うとすぐに行ってしまった。諒はそれを見ると口を開いた。



「霜月さん、珍しく余裕ないね。」

「瑛真の時より時間ねーもんな。」



瞬は頭をポリポリと搔いた。

この日は夕方まで瞬は色々考えならがやったが力は少しも出なかった。諒は瑛真を時折じーっと見ていたのに瞬が気がついていた。



そして霜月も戻ってこなかったので影屋敷の家に帰ることにした。家について夕餉を終えると各自寝る準備をしていた。

諒は瑛真をまたじーっと見ている。

それを見た瞬は諒を見ると問いかけた。



「諒、瑛真に何か用があるんじゃないか?さっきからずっと見てるじゃないか。」

「んぐっ⋯⋯」



諒は慌てて口を継ぐんだ。

そして諒は瑛真の方を見た。

瑛真も諒をみて首を傾げた。



「どうかしたのか?」

「うーん⋯⋯。」



諒は腕を組んで、上を向いたり下を向いたりすると口を開いた。



「瑛真に言おうか言わないか迷ってる⋯⋯」

「それを口に出来る諒はすごいな。」



諒の動きが止まった。

そして諒は膝をつきながら瑛真に近づくと瑛真の方をおずっと自信なさげに見ながら口を開いた。



「あのね、瑛真。⋯⋯これ余計なことだったらごめんね。

⋯⋯瑛真はさ、親父さんとの決別、自分の中でちゃんとした?

最近なんか空元気な気がして⋯⋯。」



それを聞いた瑛真の目が泳ぐ。

そして口を開いたが、そのままだった。諒はその様子を見て話を続ける。



「僕ね、この前緑龍の里でお父さんとの最期の会話を思い出したんだ。

それで⋯⋯瑛真は前の僕と似てるように見えるというか⋯⋯気持ちを押し殺してるように見えたんだ。

特に力の解放のために無理矢理親父さんの事思い出してたでしょ?」



諒は瑛真の瞳の奥を見ようとする。



「⋯⋯瑛真は大丈夫?」



それを聞かれた瑛真は口をパクパクさせる。うまく言葉にならないようだ。

するとだんだんと顔を歪め始めた。

瑛真は目線を下に向けたり横に向けたりしている。

そして頭をクシャッと右手で握った。

そのうち瑛真の口から言葉がこぼれ落ちた。



「親父は⋯⋯親父は⋯⋯すごく強くて仲間思いで俺のこと可愛がってくれた。

自慢の親父だった⋯⋯」



瑛真の目から涙が溢れてくる。



「なんで殺されなければいけなかったんだ⋯⋯。

なぜ親父じゃなければいけなかったんだ。最近そればっかり頭の中でぐるぐる回ってさ、頭から全然離れないんだよ⋯⋯。だって⋯⋯大好きな親父の顔もう見れねーんだもん。

あの笑顔はもう二度と見れねーもんな。」



瑛真は痛みで歪んだ顔を諒へ向ける。それは瑛真から出た純粋な気持ちであることが痛いほど伝わってきた。

そして瑛真は腕で顔を隠すと堪えきれずに震えた声が聞こえてきた。



「くそっ!!⋯⋯親父に会いたい⋯⋯。会いたいよ⋯⋯。」



瑛真は肩を震わせながら嗚咽を漏らした。

それを見た諒は瑛真に寄り添うように胸の中にそっと抱いた。



「⋯⋯親父⋯⋯親父⋯⋯」



瑛真の消え入りそうな声が時折聞こえる。瞬はそれを見ると二人にそっと寄り添い瑛真と諒を両腕でしっかりと抱いた。




霜月は瞬の力の解放にはあれが必要だと思った。向かったのは影無しの里だった。程なくして陽炎の家の中へ通された。霜月は部屋に通される。



陽炎はいなかった。



部屋の真ん中辺りに立って待つことにした。陽炎が部屋の入口に立つと霜月に声をかけた。



「なんだ、今日は白狼だけか?」



陽炎は座るように促した。

二人は向かい合って座った。陽炎は霜月を見た。



「陽炎殿」

「俺と二人きりの時に陽炎殿はよせ。秋実殿のことは本当に恩を感じているんだ。そんなに距離を取るなよ。」

「⋯⋯はい春樹殿。あの、瞬との任務を覚えていますか?」

「黒獅子の里の件か?」

「春樹殿が出した秋実先生の手紙です。あれを入手したいのですが⋯⋯」

「ちゃんと説明しろ。要求だけぽんぽん言って焦るとボロが出る癖は変わってないな。」



陽炎は優しい目をしながらも厳しい口調で指摘した。

それを聞いた霜月はグッと口を閉める。

そして再び口を開いた。



「⋯⋯瞬に無効化の力が発動しました。まだ力の解放がされていません。

しかし瞬には影屋敷の公式対戦が控えています。無効化の力が無いと勝てません。それの鍵となるのが秋実先生の手紙だと思いました。」

「ほう、手紙の入手条件を変えてほしいわけか。黒獅子の里の件は他の里長から漏れ聞こえている。そちらの条件は無しでいい。」



霜月は陽炎を期待した目で見た。

それを見ると陽炎はにっと笑った。



「代わりにお前が影屋敷に行ってからあったことを話せ。この前は時間がないとか言ってさっさと行ってしまっただろう。俺は何も聞いてないぞ。それにこれから何をする気なんだ?」



霜月は目を閉じた。



「⋯⋯分かりました。お話はしますが、公式対戦は1週間後に迫っていますので今日も時間がありません。早く無効化を解放しないと間に合わない。公式対戦で相手に敗れれば支配権が移譲して天下は取れなくなります。」

「お前またそんな無茶してるのか。」

「すみません。」



それを見た陽炎は霜月の目の前に手紙を置いた。



「次会ったら覚悟しとけよ。」





夜遅くに霜月は影屋敷の家に帰ってきた。霜月はそっと扉を開けた。



「霜月さん、遅いじゃん。」



背後から声がした。霜月は固まった。そして考え事をしていて瞬の気配に気が付かなかったことを自分自身に怒りたくなった。そして瞬に声をかける。



「瞬⋯⋯」

「俺の気配に気がつかないなんて焦り過ぎじゃないか?霜月さんお茶飲むか?」

「焦りすぎてるな⋯⋯お茶を飲むか⋯⋯。」



お茶とは睡眠導入剤を示しているのだろう。霜月は真剣な顔をして瞬に言った。

瞬はその言葉に焦る。



「えっ?本当に飲むか?用意していい?」



霜月は瞬の焦った姿を見て口を緩めたがすぐに笑顔を引っ込め懐にある手紙を触った。霜月が急に真面目な顔になるので瞬も思わず真面目な顔をして霜月を見つめた。

霜月は懐から手紙を出した。瞬は手紙に見入ると呟いた。



「これ⋯⋯」

「瞬、君のじいちゃんからの手紙だ。」



霜月はそう言いながら瞬をじっと見ながら渡してきた。

それを見た瞬は大事そうに手を伸ばして手紙を受け取ると霜月を見て聞いた。



「これ表で見てきていいか?」



表とは影屋敷の空間から出ることを言っているのだろう。

霜月はコクリと頷いた。



「いいよ。」

お読み頂きありがとうございます!

次回は公式対戦は瞬が戦うはずだったのに、何が起きているのでしょう?

次回の作者にすみイチオシの台詞↓

「悪いが瑛真、代わりに戦ってくれるか?」

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