第27-5話(番外編)諒.鈴音を牽制する
※このお話は諒目線で書かれています
影屋敷の左殿に来ると受付から廊下を歩いて突き当りまで来た霜月、瞬、諒、瑛真の一行。左の廊下の一つ目の部屋から顔を出している女の人がいた。遠くから見ても綺麗な人だと分かった。
「霜月。」
その女の人は霜月を呼んだ。諒は意外に思った。霜月を呼び捨てにする女の人がいるんだなと思った。
「鈴音。」
霜月は声を掛けて近づいていく。霜月が諒たちから背中を向けて歩き始めたのでどんな顔をしていたのかは見れなかった。
しかしその様子から二人はある程度親しい間柄なんだと諒は直感した。
霜月は鈴音の隣に来ると皆に紹介した。長い髪はキレイに一つに結わえて頭の上からなびいている。身長はおそらく165センチくらい。細い体からは豊かな胸元が一層目立ち魅力的な人だなと諒は感じた。鈴音はこっちを見る。鈴音は驚いた顔をしたがすぐに笑顔になるとウインクをしながら言った。
「霜月の新しい仲間?可愛い!これじゃあ黒うさぎじゃなくて黒いぬの方が合いそうね。」
諒も驚いたが思わず瞬と瑛真の様子をみた。二人とも少し照れているようだった。その後霜月を一瞥するが霜月は顔を変えない。
「私は鈴音。担当は治療・治癒室よ。よろしくね。」
鈴音はそう自己紹介した。すると霜月はそれぞれ瞬、諒、瑛真と紹介した。
諒は僕も男だから彼女の豊かな胸元に目のやり場に困ったが、諒よりも瞬と瑛真は明らかに困っている様子だった。諒は二人の様子を見て楽しい気持ちになった。
そして鈴音はニコッとすると瞬に近づいた。
あっ瞬に近づくなよと諒は思ったが鈴音が霜月をチラッと見たのを諒は見逃さなかった。
(なるほど鈴音さんは霜月さんの反応が見たい訳だ。)
「あなたは私のタイプね。あなたのことが気に入っちゃった。ここで一緒に働かない?」
鈴音は瞬に茶目っ気たっぷりに、そして今にも瞬にくっつきそうな距離で言った。瞬は顔を赤らめて一歩下がるとたじたじになりながら言った。
「俺は霜月さんのモノ⋯⋯霜月さんについていくんで出来ません。それにこういうのは耐性ないんで⋯⋯」
諒は心の中で盛大にツッコんだ。
(瞬、また霜月さんのモノだなんて言い間違いをするんだ!!)
「あら、耐性つけてみる?」
鈴音はそう聞くと瞬の肩に手を回そうとする。そこへ霜月は早歩きで二人に近づくと鈴音の目の前に割り込み瞬を引き離した。霜月は鈴音を見ると少し怒ったような顔をして鈴音をいさめた。
「鈴音、あまり瞬を困らせないで。」
瞬は霜月の後ろでホッとしていた。
鈴音と霜月は身体が少し触れているように見える。諒は鈴音を見ると目が嬉しそうに見えた。上機嫌で悪気なく鈴音はこう言った。
「まぁ、あなたの保護者っぷりはすごいわね。あなたが一番タイプなのに一番そっけないんだもの。ちょっとくらいいいじゃない。」
諒は霜月がどんな反応をしているのかを見るのも忘れて鈴音を見ていた。なぜなら鈴音から瞬にちょっかい出されたことを面白く思っていなかった。
(瞬にそういうことして良いのは伊万里ちゃんだけなのに⋯⋯。霜月さんと駆け引きに使うのなら牽制しないといけない。)
諒は鋭い目で鈴音を一瞥すると鈴音に声をかけた。
「お姉さん」
「あら、あなたも可愛いわ。何かな?」
鈴音は諒の事を見るとニッコリして諒に聞く。諒は懐から何かを出すと説明を始めた。
「ここは痺れ薬の種類は豊富ですか?緑龍の里に下ろしてる種類と別の物もあります。」
そのやりとりを見ていた霜月は鈴音に補足する。
「諒は白龍の里の出身なんだ。」
「僕は毒にはあまり詳しくはないけど痺れ薬は里でもかなり知ってる方だよ。」
諒も付け加える。それを聞いた鈴音は諒の手に持っているものをよく見て受け取ると匂いを嗅いだり観察している。
「あまり見たことない種類ね。説明してくれるかな?こっちへきて。」
鈴音は部屋の中に諒を引き入れると薬草を見ながら呑気に聞いてくる。
「この薬草机に並べてもいいかな?」
「鈴音さん、霜月さんのこと好きなんでしょ?」
諒は鈴音に近づくと単刀直入に聞いた。鈴音は固まった。そして諒の方を振り向くと顔を赤らめながら素っ頓狂な声をあげた。
「へっ?」
少女らしさが残った照れ方だった。そこへ諒は真剣な顔で鈴音にこう伝える。
「鈴音さんは充分魅力的だよ。だから瞬をそういう駆け引きに使わないで。必要なら僕が霜月さんのこと協力するよ?」
そして言い終わる頃、霜月のやり方を真似て鈴音ににこりと口角を上げて締めくくった。鈴音は目を見開いて諒を見つめている。すると鈴音の後ろから笑い声が聞こえた。
「あっはっはっ。鈴音が可愛い子連れてきたなと思ってたけど君はずいぶん大人なんだね。」
机の奥に座っていた髪の長い女の人が言った。鈴音は霜月より少し年下に見えたが、その女の人はさらに若い。瞬と同い年かもしれない。目鼻立ちが整っている凛とした女の人だった。諒は目が離せなかった。それを聞いた鈴音は照れたのか頰を両手で隠しながら困ったような声を出した。
「私もびっくりしちゃった。諒くんするどい。」
「鈴音も霜月さんにヤキモチ妬いてほしくて変なことしたんでしょ?」
「うっ⋯⋯そうです。」
諒は奥の女の人に近づいていくと笑みを浮かべて声をかける。
「僕は黒兎の諒。お姉さんは?」
「あぁ、霜月さんのところのうさぎちゃんね。私は楓よ。」
楓は諒を真っ直ぐ見ながら自己紹介した。
諒は座っていた楓の目の前にくると膝をついてこうねだる。
「うさぎちゃんより諒って呼んでほしいな、楓。」
楓は諒を覗き込んだ。諒は近くにある楓の瞳にドキリとしたが、平然を装っている。楓は諒には両手をまわすと優しく抱きしめてこう呟く。
「ごめんね、諒。可愛かったもんだからつい。」
諒は心臓がバクバクとなったが平然を装った。楓は諒から腕を離すと諒を見ていた。諒も楓を覗き込んでいる。どうにかして楓を動揺させたい、諒はそう思った。そして諒は楓の顔に自分の顔を寄せて口づけ出来そうな距離に近づいた。
「可愛い、じゃない面もみてよ。」
諒は楓と視線を交える。そしてそのまま楓の頰に口づけした。楓は少し頰を赤らめて口をポカンと開けた。諒はそっと唇を離すと首を傾げて楓を覗き込んで聞く。
「これじゃ足りない?」
楓は言葉が出ないようで首を横に振った。
すると諒は楓の手を取ると笑顔で伝える。
「また楓と会いたいな。僕と会ってくれる?」
「うん。」
「じゃあまたね、楓。鈴音さんもまた今度ね。」
「まぁ諒くん、あなたって積極的なのね。」
鈴音はびっくりして手で口を隠しながら言葉をこぼした。
部屋を出ていく諒の耳は真っ赤になっていたが、それには気が付かず鈴音ははたと我に返ると部屋を出ていく諒に声をかけた。
「またいつでも来てね!」
諒は顔が真っ赤になってしまった。楓を動揺させたいあまり無理してしまった。そのまま勢いで部屋を出たので瞬は真っ赤な顔をした諒を見ると驚いた。
「諒、大丈夫か?なにかあったのか?」
「⋯⋯それは言えない。⋯大丈夫じゃない。」
諒は目を背けて言った。思わず瞬を見たら本音が出てしまったのだ。意外にも霜月は諒の様子には触れずに皆を促す。
「諒が困ってるよ。さあ行こう。」
「えっ霜月さんは気にならないのか?」
そこへ瑛真が口を開く。すると皆は一斉に霜月の方を見る。冷やかな目をしてぶっきらぼうに言った。
「鈴音のことだから抱きついてきてきたんじゃない?」
それを聞いた瞬と瑛真は諒を見る。やっと落ち着いてきた頰はまたパッと赤みをさす。
楓とのやりとりを思い出してしまった。しかし誤解されては霜月が怖いのですぐにきっぱりと言った。
「鈴音さんじゃないもん。」
「じゃあ部屋に居た違う人に抱きつかれたわけだ。」
(鈴音さんじゃないと分かると霜月さんツッコんでくるんだ。)
皆には内緒にしようと思ったけど霜月の言葉に全部話してやろうと思った。諒は霜月から視線を外すと皆の方を見た。
「たしかに向こうから抱きつかれたけど」
(霜月さんめ、せいぜい驚いたらいいんだ。)
諒は思い好戦的な目で霜月を見た。
そして諒は心の中で霜月にあっかんべーとした。
「頰に口づけをしたのは僕からだよ。」
「えっ?」
それを聞いた霜月、瞬、瑛真は同時に声を上げた。
諒は霜月のことを気に掛けるあまり瞬と瑛真もいたことを忘れていた。
瞬は伊万里の事を思い出したのかその後しょんぼりした顔をして肩を落としている。
「⋯諒、すごいな⋯⋯」
「何言ってるの?瞬はそれでいいの!」
それを聞いて諒は瞬を見ると慌てて強く言った。諒が瞬に気を取られているとその隣の霜月は思わずこう呟いた。
「諒くん⋯⋯君はすごいな。」
「諒くん、男だな。」
「諒くん」
霜月の発言を聞いた瑛真と瞬は次々に言うと、皆の変なノリに耐えきれずに諒は怒ったように声を上げた。
「さっきから諒くんって何さ?僕だってやる時はやれる男だよ!」
諒が怒ったような顔をしていたのでその話はなんとなく終わったのだった。しかしそれでは終わらなかった。
その晩、夕餉を食べて片付けも終わったので寝る支度をそれぞれ始めたころ瑛真が諒の方を向いてこう言った。
「そういえば、諒って女の人にすげー慣れてるよな。」
それを聞いた瞬と霜月は寝る支度の手を止めていそいそと集まってきた。諒は瞬と霜月まで集まってきたのでこれは言わないと離してくれないやつだと感じた。口を固く閉じていたけど一息つくと皆に正直に話し始めた。
「僕はこの通り小さいでしょ?だから里の女の人たちがすごく気にしてくれたんだ。里の女の人は気軽に外に出れないの。それで一つの建物の中で手作業とか子守とか色々してるんだ。僕はよくそこに呼ばれて⋯⋯着せ替え人形にみたいにさせられて女の子のおもちゃみたいにされていた。」
皆はちょっと同情するように肩をすくめた。しかし皆は続きを待っているようで誰も口を開かない。その様子を見た諒は続けた。
「僕が少し大きくなると今度はお姉さんたちが僕にいろんな事を教えてくれるんだよ。諒は男女の色恋で道を外さないでね!とか一方的に勘違いする男になっちゃダメだよとか言って女心とか⋯⋯実際に⋯⋯いや、色々とね⋯⋯。」
諒はうつむきがちに自分の胸の近くの服を手で掴みながら頰を赤らめた。瞬、瑛真、霜月は諒が何かを思い出しているのが分かり前のめりになる。そして皆は諒の言葉を待っていた。諒は皆の様子を一瞥すると急に顔を上げてきっぱり言った。
「それだけ!この話はおしまい!」
皆は不満そうだったが諦めて四方へ散ってゆく。諒は瞬を追いかけ裾をつかむと瞬にこう伝えた。
「瞬は必要があればいつでも聞いて!知識くらいはあるかもしれないから。」
「諒、ありがとな。」
瞬は口角を上げるとお礼を言った。そこへ霜月がおもむろに諒の方を向いてニコニコしながら聞いてくる。
「諒くん、僕には?」
「瑛真も聞いていいよ。霜月さんはいらないでしょ!」
諒は霜月の様子を見て茶化していることが分かったのできっぱりと言い返した。だか気に食わなかったので霜月をどうにか言い負かしたいと考えた。そしてすぐに言い直した。
(カウンターパンチを食らえ!)
「いや⋯⋯必要があれば細かく教えてあげる。」
霜月は諒の言葉にきょとっとしたがすぐに後ろに振り返ると行ってしまった。霜月の耳が赤くなっていたのを諒は見逃さなかった。諒はその様子を見て満足そうににんまりした。
それからしばらく諒のいないところで皆は諒くんと呼び、時には達人と呼んでいたことを諒は知らない。
お読み頂きありがとうございます!
次回も番外編になりますが、霜月の決意について触れています。その決意に至ったエピソードはどんなものなんでしょうか?
次回の作者イチオシの台詞↓
「殺したい?」
「必ず息の根を止める。」




