第25話 諒、父との最期を思い出す
緑龍は口を開いた。
「瞬くん、今日はここで夕餉も取ってもらうから夕方に集まるように諒くんと伊万里にも伝えてね。」
「はい!」
それを聞いた瞬は嬉しそうに返事をした。霜月も瞬にこう伝えた。
「瑛真を呼んできてくれるかな?瑛真と僕は緑龍殿を手伝うよ。」
それを聞いた瞬は元気よく頷くと、部屋を出ていった。
しばらくすると緑龍、霜月、瑛真の元に勢いよく諒がやってきた。
「霜月さん、聞いてよ!僕はものすごく霜月さんと話したいんだ。」
諒は霜月にぶつかりそうな勢いで目の前にやってきた。それを見た霜月は笑いながら聞いた。
「諒から話したいことがあるなんて嬉しいな。なんだい?」
「あっ瑛真も聞いておいてね!瞬がトンチンカンなこと言いそうだから。」
諒は瑛真にも釘を刺すとドカッと座って前のめりになると大きな口を開けた。
「あのね瞬ってば鈍感なの!無自覚なの!」
霜月はすでに顔の前に腕を用意し笑い始めた。
「だってね、伊万里ちゃんが瞬に一目惚れしたのにそれに気づかず可愛いとか伊万里ちゃんの笑顔はひまわりみたいで好きとか言ってるんだよ。」
霜月は苦しそうに笑うと残念がった。
「ふふふ、目の前で見たかったな。」
「そうだよ、なんで霜月さんここにいないの?って30回くらい思った。
しかもね、僕が瞬に鈍感だって言ったら、“気配は感じれる方だから鈍感じゃない”って言うんだ。」
「あはは、なんだよそれ。」
「ふふふ、瞬らしいね。」
「伊万里は良い人に出会えたんだね。」
緑龍はそれを聞いて嬉しそうに言った。
「えぇ、瞬はすごくいいやつです。僕が保証します!
それでね、瞬が今日はここで夕餉を食べるって言いに来て、二人とも嬉しそうだったから二人とも置いてきた。」
「諒はすごく頼もしいな。」
まだ顔を腕で隠しながら霜月が言った。
「瞬に女の子かぁ。うらやましいなぁ。」
「あっ瑛真、伊万里ちゃんは可愛いけど、伊万里ちゃん以外にしてね!」
諒は瞬の保護者っぷりを発揮した。それを聞いた瑛真はムッとしてこう言い返した。
「赤龍の者は仲間の好きな女を絶対に取らない!」
諒は予想外な硬派っぷりにきょとんとしたが、その後すぐに瑛真にニコッとして言った。
「瑛真も頼もしいね。」
その後、せっかくなので荷物の大移動や掃除など力仕事を諒と瑛真は手伝った。
緑龍の家の敷地の一番奥にある蔵が少し開いていた。緑龍がいるのかと諒は蔵に近づいた。蔵の戸に諒は手をかけて覗き込んだ。諒はかけていた手を滑らせて蔵の中に転がり込んでしまった。
諒は3歳のあの日にフラッシュバックしてしまった。
そう、諒の父が殺される前日だ。諒の父は自分の身の危険を感じ諒を里の一番外れにある古びた蔵の中に引き入れた。
「とーしゃん?」
諒は無垢な目をして父に手を引かれていた。諒の父は蔵の中を入念に調べるとしゃがんで諒と顔を合わせた。諒の父は弱々しい顔をしていた。
「諒、わが愛しい息子よ。」
父は咳き込んだ。諒は不安そうに父に聞いた。
「とーしゃん、どこか悪いの?」
父は諒の瞳の奥をじっと見た。
父の威厳を保つか真実を伝えるべきか⋯⋯。
「諒、よく聞いてね。
そうだ、身体が悪いんだ。父さんは病に冒されてる。もう長くないんだ。諒とお別れしないといけないんだ。」
諒は首をブンブンと横に振ると必死に涙を溜めて言った。
「ぼくがとーしゃんのやまい治す!お別れしない!」
それを聞いた父は優しく諒を抱きしめた。今思えば父の身体は薄くなっていた。そのまま父は話を続けた。
「父さんの死を利用する悪いやつが出てくるかもしれない。父さんは誰かにやられるんじゃない。病で死ぬんだ。」
そう言うと諒から身体を離して諒と目を合わせた。
「そのこと忘れないで。」
そう父は言ったが諒の心の奥にその記憶を置いてガチャリと南京錠をかけた。
はらり、諒の髪留めが取れて地面に落ちる。
諒の髪はほどけて顔に当たった。髪留めの結び目が取れていた。
諒はしばらく両膝を地面に着きその髪留めを見続けた。
瑛真は気まずい顔をしていた。
しばらく姿が見えないと思っていたら夕方に諒が緑龍の家に戻ってきた。いつもの元気はなく心の扉を閉ざしているような顔をしていた。辺りが暗くなって少しすると瞬と伊万里が部屋に入ってきた。
伊万里は背が小さくて大きな目には長いまつ毛を持った女の子だった。たしかに可愛らしい女の子だったが悲しそうな顔をしている。
瞬はというと、ここに心あらずと言った顔をしていた。瑛真が声をかけても生返事ばかりしている。瑛真は霜月を見た。静かに淡々と動いて緑龍と話している。夕餉も終わりお茶が出てきた。
「うげっ!」
諒も瞬も声を上げて嫌な顔をした。瑛真は分からず彼らを見ていた。霜月は瑛真を見るとにこりとしながら渡した。
「よく休めるお茶だよ。この前の決闘はお疲れ様。」
瑛真は素直にお茶を受け取るとグビッと飲んだ。
瞬と諒は瑛真を見ていた。視線に気がついた瑛真は二人に聞いた。
「なんだよ?こっちばっかり見て。」
「それ、睡眠導入剤だよ。ぐっすり眠っちゃって刺客とかにグサッとやられちゃうやつだよ。」
「なんだよ、それ。」
霜月は両手に持った茶を瞬と諒に押し付けながら二人に顔を近づけて黒い笑顔を貼り付けて言った。
「これは緑龍殿からのお茶だ。必ず飲むように。」
嫌な顔をしていた割には意外にも二人はあまり抵抗せずに霜月から茶を受け取った。不満そうな顔をしながらグビッと一気に飲んだ。それを見た霜月は満足そうににこりとした。
そして緑龍は霜月に声をかける。
「霜月くん、これは君のお茶だ。どれくらい淹れれば効くか分からないから僕が直接入れたよ。橘、霜月くんに渡して。」
緑龍はにっこりした。霜月はたらっと汗を流した。貼り付かせた笑顔がペラっとめくれて一瞬嫌な顔になったが、平然を取り繕って橘から茶を受け取った。瞬たちのお茶より明らかに濁っている。どれだけの葉を煮出したのだろう。いつの間にか霜月の隣にきただてまきはじっと霜月を見ている。霜月は息を吐くとグビッと一気に飲んだ。緑龍は満足そうだった。
次の日の朝方、瑛真が目覚めると初めて霜月の寝ている姿を見た。瞬も諒もまだ寝ていた。霜月はうなされているのか胸を右手で掴んでいた。そして霜月が上の空で呟いていた。
「瞬⋯⋯」
それを見た瑛真は胸にしまったのだった。
そして皆が起きて各々支度を始めた。瑛真は瞬と諒を見た。諒は少し元気になったようだが瞬は変なままで元気を装っているようだった。
里を出る時緑龍、伊万里と橘は里の門まで送りに来てくれた。伊万里は皆に握り飯を用意してくれた。伊万里は霜月と瑛真には挨拶しながら握り飯を渡した。
「これからも瞬さまと諒くんをよろしくお願いします。
諒くん、昨日は本当にありがとう。一生忘れられない思い出が出来ました。諒くんはとても素敵なお友だちです。」
伊万里は諒そう言うと二人は微笑みあった。
少し間があって伊万里は瞬に握り飯を渡した。伊万里も瞬も距離感が分からず手が触れてしまった。お互い手を離さない。霜月も諒も瑛真も静かに見ていた。
「瞬さま、伊万里はここでまた瞬さまがいらしてくださるのをずっと待っていますね。」
伊万里は潤んだ目で出来るだけ笑顔で言った。
瞬はそれを聞くと元気にこう返した。
「また会いに来るよ、伊万里ちゃん!」
別れ際に瞬は伊万里に振り返ると拳を突き出してニカッと笑った。そして伊万里は瞬たちが見えなくなるまで立ち尽くしていた。
緑龍の里を離れてから瞬は元気が無いようだった。諒は話しかけなかったが、それが伊万里のせいであることは知っていた。
霜月は森の中で声をかけた。
「よし、ここで昼餉をとっていこう。」
「諒、ちょっといいか?」
諒の後ろに立った瞬が声をかけた。諒は瞬の後ろからついて森の奥に入っていった。瞬はどう切り出せばいいのか困っていた。瞬は頭の後ろを右手でポリポリと搔いて諒を覗き込んだ。
「こんな事聞くのも恥ずかしいんだけどさ⋯⋯俺は伊万里ちゃんのこと⋯⋯これって好きって言う感情なのか?」
瞬は痛そうに顔を歪めて諒に聞いた。諒は瞬は心を痛めているんだろうなと感じた。
それを見た諒は誠意を持って返そうと決意した。
「瞬、ちょっと来て。」
諒はそう言うと近くにあった川に連れてきた。流れの弱いところを見つけると諒は水面を指差して聞いた。
「瞬、自分の顔見える?」
瞬は水面を見ると頷いた。
「⋯⋯それが答えだよ。」
そう諒は言った。瞬は水面を見つめている。瞬ならその意味が掴めるだろうと思い、こう声をかけて2人の方元へ向かっで去った。
「僕は霜月さんと瑛真とあっちでご飯を食べてくるよ。瞬はここでのんびりしたら?」
霜月と瑛真は戻ってきた諒を見ている。諒は霜月と瑛真を見ると真剣な顔で言った。
「瞬は今川の近くにいる。今だけは絶対に邪魔しないで。」
霜月は感じとった。
「諒は良い子だね。」
「違う、瞬にとって一番の仲間でいたいだけなの。」
瞬は川に映る痛みで顔を歪めたような顔を見て、無理矢理口角を上げてみた。なぜか緑龍の里で別れた時の伊万里の顔と重なった。心の中は伊万里でいっぱいだった。川の近くにそっと座る。手の中には伊万里が握ってくれた握り飯があった。瞬は涙が溢れる顔で握り飯をむしゃぶりついた。
握り飯はしょっぱかった。
お読み頂きありがとうございます!
次回は番外編になります。恋愛の話が書けないと分かっているくせにどうしても書きたくて書いてしましました。あの、これの出来ってやっぱりひどいのかな?
主人公である瞬の成長に必要な1ピースなので、良ければお付き合いください。
次回の作者イチオシの台詞↓
「こんな事聞くのも恥ずかしいんだけどさ⋯⋯俺、伊万里ちゃんのこと⋯⋯これって好きって言う感情なのか?」




