第17話 決闘の準備
赤龍の里からほど近い山の中に幻術を張ると、霜月は瞬、諒、瑛真と力也を見ると口を開いた。瞬は霜月の様子を窺っていたがかなり機嫌が悪そうだった。
「力也、あのジジ⋯赤龍殿はいつもああなのか?」
「はは、赤龍殿は欲しい物は必ず手に入れる方なので⋯⋯。さっきの霜月の攻防戦もすごかったぞ。赤龍殿も悔しそうな顔をしていた。」
力也が力無く言った。霜月はちょっと赤龍しゃべりすぎたかなと反省した。
「力也、僕は赤龍殿と喧嘩したいわけじゃない。ただお互いをより良くするために今回君に協力してほしいんだ。
それから瞬、ごめんね、赤龍殿も巧みな話術を使って来た。向こうから瞬が戦うことを条件にして来たんだ。しかも僕が赤龍殿と二人で話した内容と武道場での話は全然違っていて内容をすり替えられていた。僕は赤龍の里に入るなんて一言も言ってない。里云々の話は瑛真の脱里の条件で赤龍殿が提示してきたことなのに⋯⋯」
いつもよりキレがない霜月は落ち込んでいるように見えた。だてまきは霜月の足に絡んでいる。霜月はそっとだてまきを撫でた。瑛真は一歩瞬の方へ出る。
「瞬、俺の脱里のために決闘に巻き込んじゃってごめんな。」
「瑛真は俺たちの仲間になるんだから、その為に動くのは当たり前のことだ。それに俺はもっと対人戦闘を磨かなきゃならない。霜月さんが俺たちを鍛え上げてくれるさ。」
「恩に着る。」
「もっと強くなってまた手合せしようぜ。」
「あぁ。」
瞬と瑛真は固い握手をした。瞬は霜月に向き直るとこう問いかけた。
「それにしても赤龍の里って武闘派なんだよな?強いやつがゴロゴロいるんだろ?
霜月さん何か案があるのか?」
「⋯⋯これから考える。力也、相手の情報を教えてほしい。」
「分かった。
瞬の対戦相手に選ばれたのは護堂。赤龍で一番筋力がある。力が強い。分厚くて固い筋肉に覆われた身体はダメージを受けにくい。戦いは長期戦でスタミナで押さないと厳しいかもしれない。」
「あれっ霜月さん、念の為に聞くけどこの対戦って武器は⋯⋯」
瞬は体格だけでも負けているかもしれないと思い、顔を青くして霜月に願いを繋いだ。
霜月は下を向いている。
「もちろん武器無し、素手での対戦だ。」
⋯⋯悪いけど作戦をこれから考える。力也、瞬たちに訓練をつけてもらえるかな?」
霜月は元気のない声で言った。
「おっおう。指示だけなら出せるぞ。」
「じゃあよろしくね。」
霜月はすっと森の中に消えてしまった。
瞬は霜月と目が合わないまま別れた。
それを見た諒が瞬のところに駆け寄ってこそっと耳打ちする。
「赤龍殿ってすごいね。霜月さんがあんなにうろたえてるとこ見たことないよ。」
「本当だな。」
霜月は瞬との組手を思い出していた。今では対人戦闘も慣れてきていい動きをしている。ただ、実力を上げるには基礎練習、深い分析に基づく能力分けをして弱点補強と得意分野の増強、経験値などが必要だ。どれも1ヶ月でいきなり伸びるものはない。やはり特訓内容を絞らないといけない。短期間で一番伸ばせるものはどれか⋯⋯。
霜月が行ってしまうと、力也は瞬の方を見てこう聞いた。
「俺は瞬が戦っているところを見たことがない。諒か瑛真と手合わせしてくれないか?」
「それなら瑛真手合せしてくれるか?⋯⋯熱くなりすぎるなよ?」
「おう!」
瑛真は元気よく返事すると瞬と手合せを始めた。瞬は足技が多いがパンチの方も気にして身体を動かしている。瑛真は蹴りを防ぎつつ攻撃の隙を窺いながら身体を動かしている。力也は二人の手合せをじいっと見ている。
しばらくすると力也は二人から目を離さないで諒に声をかける。
「諒は瞬のことどう思う?」
「うーん、瞬は手足が長いから間合いを取った攻撃がしやすい。逆に小回りが効きづらいから攻撃を回避しにくいかな。ガードメインになっちゃう。」
「そうだな。動きは悪くないけど、合間の動きに滑らかさがない。身体を使いこなせていないように見えるな。瞬は普段どんな任務についてるんだ?」
諒は力也の問いにぎくっとした。
「えっ⋯⋯遠くから人を殺すのとか⋯真っ暗なところで静かに急所を付くとか⋯⋯」
諒はたどたどしく答える。
「暗殺ってことか!暗殺なら同じ名前の暗殺の瞬とかいるよな。どれくらい強いのだろう?体格も良いから暗殺の瞬と戦うところ見てみたいな。」
力也は冗談めいて言ったが、諒は青ざめた。
諒はどう話したら瞬が本物とバレずにこの会話を乗り越えられるか全く分からなかった。そしてこの会話は訓練よりもつらいと身にしみていた。
日が傾いてきた頃ようやく霜月は皆の元へ戻ってきた。
「皆お疲れ様。力也、早速だが話したいのだが⋯⋯」
霜月は力也を呼んで何か話し始めた。
この日はこれでおしまいらしく明朝に詳しいことを説明すると霜月は伝えた。
明くる日皆の支度が整ったところで霜月は招集した。霜月は瞬を見て話し始めた。
「瞬、明日から訓練を変える。護堂との決闘は1ヶ月しかない。勝てる可能性を上げるために限定した練習を行うよ。力也、瞬の手合せを見てどんな特訓が必要か意見を聞きたい。」
「俺が手合わせを見たところ、対人戦闘に慣れた動きには見えなかった。周りはよく見てるが対人戦闘の一つ一つの繋ぎの部分を考えながらやっているのか相手の反応を見て動くのに少し時間がかかっている。俺ならとにかく手合せの経験を積ませる。」
「すごいね。よく見てるよ。実は訳あって瞬は対人戦闘を始めて数ヶ月しか経っていない。対人戦闘の基礎と経験不足は明らかだね。」
力也は意外そうな顔をして振り返り瞬を凝視した。
「瞬は筋が良いから吸収は早いんだけど、経験値を上げるために手合せはできるだけ入れよう。
それから瑛真の件、力也は対戦相手の候補はもうあるかな?」
「瑛真はフットワークの良さで攻撃、回避ともに早い。その利点を活かして得意技を増やすか、体幹、筋肉を鍛えて持久力をつけるか方向性に悩むな。それによって戦う相手も変わってくる。」
霜月は少し考え瑛真に聞いた。
「準備期間の1ヶ月を最大限利用したい。瑛真は組み技、絞め技あたりの接近戦は得意?」
「得意じゃないっす。」
「分かった。力也、瑛真の相手は組み技、絞め技を得意としない瑛真と似た筋肉量、体重の者を優先して探しておいてほしい。対人戦闘はどうしても自分より大きい者が有利になりやすい。それからフットワークの良さを出した戦いにしたいから短期戦に特化した訓練にしよう。瑛真、防御について回避が得意?他はどんな防御をしている?」
瑛真は空をちらっと見るとはっきりとこうこたえた。
「回避は得意っす。ガードもしますが俺は防御が弱いと思います。」
「待て、防御も得意でなくて逃げ切りの戦いに特化するのは危険すぎないか?」
「瑛真の勝率が30%だとして、じわじわ戦ってやっぱり負けるのが前半30%後半30%より、先行逃げ切りに失敗してあっさり負けるのが前半50%後半10%のほうが引き分け、運が良ければ勝利に持ち込めると思う。訓練する時間があれば前者を取るけどね。
瑛真が伸ばすのは⋯⋯ちょっと瑛真おいで。」
「僕がパンチを出すから避けてね。」
二人は間合いに入ると霜月が瑛真に、正拳突きした。瑛真は後ろにぴょんとと飛ぶ。
「避ける、これが一般的な回避だね。じゃあ今度は瑛真がパンチを出して。」
瑛真は間合いに戻ると正拳突きした。霜月は屈んで首を少し右に倒して瑛真のパンチが自分の肩と左首の空間を通り過ぎると、同時に左フックを瑛真の顔に当てる直前でやめた。瑛真は目を見開いて動けなかった。
「これはカウンターパンチ。防御であり最大の攻撃。カウンターの強化は訓練に入れよう。瑛真、パンチが避けられない場合はどうする?ガード以外は?」
「ガードする以外⋯⋯」
瑛真は口ごもる。
「ダメージを最小限にするのにわざと攻撃が来た時相手との距離を縮める。思い当たるフシはある?」
「⋯⋯瞬と手合せした時、俺のパンチを前に出てわざとおでこで受けてた。」
瑛真は顎に手を当て思い出した。霜月は瞬をちらりと見るとピクッと反応する。
「よく思い出したね。その練習もやろう。後は自分の攻撃に自分の体重を乗せる強化練習と⋯⋯力也、瑛真の手合せしてくれそうな相手いるかな?」
「見繕います。諒の手合いも探しますか?」
「助かる、諒の背丈に近い相手を頼む。
力也が瑛真の戦い方で気づくことあったら後で教えてほしい。訓練内容に反映させよう。
それから諒ちょっとおいで。」
諒を呼ぶとトコトコと霜月に近づく。霜月は顔を近づけてこっそり告げる。
「自分が暗器のなこと内緒にしてね。」
「分かった。」
霜月は瞬に向き直るとにっこりしてこう告げた。
「瞬は僕が1ヶ月手合い練習以外はつきっきりで見るよ。」
瞬は歓喜と恐怖の狭間にいた。
次の日、準備が整うと力也、諒、瑛真が里の方に向かうのを瞬と霜月は見送った。
「瞬、君には起きてる間、出来る限り多く手合せして少しでも経験値を上げてほしい。途中から色んな人にも手合せしてもらおうね。その手合せの中でやってほしいことがある。
瞬、おいで。一通りの攻撃を僕にやってくれるかな?」
瞬はコクンと頷くと霜月と向かい合うと近づいて間合いに入りジャブ、ストレート、フック、ボディーブロー、アッパーと繰り出諒キック、ミドルキック、後ろ蹴り、ハイキック、回し蹴りをした。
「うん、形が良いね。体幹がしっかりしている。でも体幹はもっと強化しよう。それから威力を上げよう。
瞬、両腕で顔をガードして。」
瞬は両腕を上げて顔をガードした。
ドン、瞬は十分重いと思った。
「これが瞬のパンチ」
霜月はまた構える。
パチン、表面がぴりぴりくる。
「これは脱力」
霜月は構える。他のパンチと変わらない構えだ。加速も変わった様子はない。
「これが瞬にやってほしいパンチ」
ドゴン!!!霜月のパンチが瞬の両腕に当たると瞬のガードが左右に散る。瞬はバランスを崩して後ろに吹っ飛びながら地面に背中を付き、付いてもなお後ろに進み続けようやく止まった。
瞬は霜月のパンチでふっ飛ばされ地面の上にひっくり返った蛙みたいな姿勢で固まっていた。瞬は混乱していた。
「えっ⋯⋯?」
「もう一回やろうか?」
霜月は瞬を見下ろして聞いた。瞬は立ち上がると膝をポンポンと叩き霜月を見上げた。
「俺がよく見える攻撃にしてほしい」
「分かった、ミドルキックにしようか。」
「まずは脱力」
今度の攻撃は瞬はガードを下ろす。腹で受けるつもりだった。そして霜月の脚をよく見ている。
バチン。表面に衝撃がくる。
「瞬にやってほしいキック」
霜月は構える。
瞬は出来る限り腹に力を入れて霜月の脚をよく見る。
ドゴン!!!瞬は横にふっ飛ばされた。足が地面をこすり続ける。ようやく止まり、直接受けた腹も痛くて思わず左手で腹を抑え、くの字に体を曲げる。
「腹に直接攻撃を受けるだろうからちょっと手加減したよ。」
霜月はそう付け加えた。
瞬は痛くてうずくまってた。
ようやく落ち着いて瞬が顔を上げると、霜月から問われた。
「何か違い分かった?」
「⋯⋯フォームも勢いも一緒に見えた。違いが分からない。」
瞬は悔しそうな顔をしている。まだ痛いのか左脇腹を手で擦っている。
「いいね。フォームはほとんど一緒なんだ。威力は何で出ると思う?」
瞬は少し考えてからこう答えた。
「筋力と⋯⋯何か⋯⋯筋力だけじゃないと思う。」
「いいね、筋力とスピードだよ。木の棒より鉄の棒の方が痛いでしょ?それは筋力。でも勢いをつけないとあまり痛くない。鞭って最初振り上げた時はゆっくりでもその後当たるまでスピードがすごく加速するでしょ?それがスピードなんだ。」
霜月は実際に構えながら説明する。
「パンチならガチガチに筋肉を固めて繰り出すより脱力している方が早い。筋肉は縮ませれば固くなる。つまりパンチなら脱力して当たる直前に腕の筋肉、関節をぎゅっと締める。そうするとさっきみたいな攻撃になるんだ。それを1ヶ月で身体に覚え込ませるよ。」
「分かった!」
「それとね⋯⋯、瞬の身体にその攻撃を確実に覚え込ませたいから失敗したらその都度ビンタしてもいいかな?」
霜月の顔はニコニコしている。それを見た瞬は少し背中に寒気を感じた。
「ビンタ⋯⋯やってくれ。」
瞬は心を固めた。
「僕も本当はやりたくないんだけど、1ヶ月で体得して貰うには身体に出来なかった時にビンタとしてそれを身体に警告だと覚えさせる。そして早く気が付けるようにする。それを繰り返すことによってミスが、ビンタが減っていくはずなんだ。」
瞬は瑛真が暗器のような力が出た際、混乱している瑛真になんの躊躇もなくビンタした霜月を思い出していた。
瞬は攻撃の基礎フォームを再確認して、それぞれの攻撃を脱力からの収縮を空でやった。少し馴染むまで何度も行った。それが終わると霜月と行う。
まずはストレート。瞬はジャブからストレートのフォームに入る。脱力、脱力、脱力、脱力と心の中で唱えながら脱力する。
収縮!
ドン!瞬の拳を霜月は左手で受ける。
ズズッ。霜月は衝撃で踏ん張っていた足が後ろに滑る。
「割と良かったよ。もう一度やってみようか。」
今度は少し早いように感じた。瞬はちらりと霜月を見ると満足している顔ではない。
「さっきのは良かったのに、今のは早すぎる。もう少しギリギリまで脱力してね。
瞬、こっちへ来て。」
パシン、瞬は霜月にビンタされる。
もう一度
連続で右のジャブ、左フック、右ミドルキック
「焦りすぎだよ。もっと丁寧にやって。」
パシン、もう一度。
パシン、パシン
パシン⋯⋯
脱力からの収縮はしっくりこない。
「霜月さん、悪い。ちょっと空でやってもいいかな?」
「良いよ。身体の動きをしっかり確認してね。」
霜月はそう言うと少し下がった。瞬はストレートやハイキック、フックといろんな動きを確認する。直立して目を瞑る。もっと一気に収縮できそうな動き⋯⋯瞬は記憶の中から探す。なぜか頭の中にちらつくのはじいちゃんだった。じいちゃんのトレーニングを木陰から盗み見した時、壁に手を付けて一気に力を込めるとビキン!!と裏戸の近くの壁にヒビが入った。⋯⋯じいちゃんは壁に手を付けたままだった。あれは収縮によって威力を高めていたのかもしれない。瞬は近くの木へ近づき木に右手を置きそこから掌底突きのようにぎゅっと収縮した。うまく力が木に伝わっていない。
⋯⋯もっと収縮に集中して⋯。瞬はもう一度やる。もう少しで掴めそうな気がする。瞬は何度か行った。
力を入れずに右手を置く。全身を収縮して身体を締める。
ドシン!!木がグラグラ揺れる。瞬は手を見て満足そうに頷いた。
すると瞬は霜月の方に向き直した。
「霜月さん、俺の前に立ってもらってもいいか?」
霜月は瞬の前に立った。瞬は手の平を霜月の胸の方へ向ける。
「掌底突きします。」
ドコッ!!!霜月は後ろにふっ飛ばされた。霜月は右手を地面に着けて転ばないようにバランスをとった。瞬と霜月はお互い目を合わせる。
「やった!」
瞬は両手で拳を作りガッツポーズを取る。瞬は霜月を見ると目の奥が優しくなったのを感じていた。霜月はにこりとした顔を瞬に向けた。
「コツを掴んだみたいだね。」
瞬はそのままじっと霜月を見ていたが、すぐにいつもの霜月の目に戻っていた。
お読みいただきありがとうございます!
次回は割と完璧っぽいイメージのある霜月がボロを出します!しかも瑛真が霜月に噛みつきます。
次回の作者イチオシの台詞↓
「失敗による痛み付けというのは諸刃の剣だ。」