第14話 迷いの森の幻術
諒は森の中で迷子になっていた。瞬と霜月から離れてしまったようで二人の姿が見えない。しかし少し靄がかかっているし霜月の幻術の感覚に似ていると思った。
霜月さんはこんなことするはずないと思うったので、別の幻術使いの術中にはまっちゃったのかな諒は思った。
「困ったな。幻術を解く方法知らないんだよなー。瞬!霜月さーん!」
諒はキョロキョロと周りを探りながら二人を呼ぶ。やっぱり返事がない。とりあえず暗器になって構えた。木に寄り添うように動いて敵がいた場合隠れたり攻撃を回避出来るように動いた。しばらく周りを歩いていると霜月の姿が見えた。
「霜月さん!」
諒はほっと息をついた。しかしピタッと動きを止めた。幻術の中なんだから幻の可能性もあるよなと疑念が頭をよぎった。目の前の霜月は声をかけてくる。
「どうした?」
「霜月さんだてまきは?」
「心配ないよ。」
霜月はにこりと笑う。
判断がつかない。
よおし、こうなったら、諒は思い切って霜月を煽った。
「そうだね。僕の方がだてまきに懐かれてるからよく分かるよ!」
「僕を怒らせたいのかな?」
霜月は聞いてくる。
微妙だ。
本人なら”そうかな?もっと特訓して声も出ないほど疲れさせてあげる。”とか言いそうな気がした。
よし、もう一押し。
「僕は瞬ともう一度組手がしたいな!」
声が少し裏返った。
本人だったらすごく怒ると思ったからそれを想像すると諒はちょっと怖くなったのだ。
目の前の霜月は返答した。
「それはしないほうが良いんじゃないかな?」
「偽物!」
諒は力いっぱい斬りかかった。あまり手応えがない。
幻のようだ。
相手はどこにいるのか分からないが敵だ。そうすると四方八方から霜月の幻がたくさん出てきた。幻といっても相手も攻撃してきて当たると痛い。諒はたくさんの霜月の幻と戦うしかなかった。
切っても切っても幻は消えない。幻を切っている間に少しずつ地面に落ちている葉や草を細かく切った。たくさん集まってきた霜月の幻を引き付けてこう言った。
「刃吹雪」
先ほどの細かく切られた葉や草が刃になって諒の周りを舞う。
一気に幻は消えた。
大きな木に移り影に隠れて様子を伺う。
何かの気配がする。
「諒、そこにいるね。出てきても良いよ。」
諒は木から顔を出してこう大声を上げる。
「霜月さん、やっぱり僕は瞬ともう一度組手がしたいな!」
次の瞬間霜月が目の前に現れた。
諒は身体が動かせなかった。鉄のように重い。
諒にはこの霜月が本物であることは十分に分かった。
「諒は身体で覚えさせないとダメなのかな?」
怖くて動けない⋯⋯。
あっもともと身体が動かせないんだったと諒は思い直した。
諒は涙をポロッと出すと目の前の霜月の手に当たった。
「本物の霜月さんだ。」
諒は声を振り絞った。その途端すぐに身体が軽くなった。
ドサッと崩れ落ちた。
「諒、ごめんね。君も幻術の幻と戦ってたんだね。」
霜月は申し訳なさそうに諒の背中に手を回すと背中をさすった。
そうすると諒は霜月に抱きつき霜月の胸元に顔を埋めると、腹いせにちーんと鼻をかんでやった。
霜月が諒と会う少し前のこと、霜月は知らない間に幻術の中に迷い込んでいた。霜月はしまったと思った。瞬はまだしも諒は心配だ。
霜月は幻術を出してみたが予想以上に幻術の範囲が広いようだ。霜月の周りにいろんな人の幻が見えた。
幻で出てきた白龍は悪態をついていた。瞬も霜月のせいだと叱責している。
ある人も幻で出てきた。
秋実先生。
「君には失望したよ。」
幻は口を開いた。霜月は声を荒げる。
「⋯⋯胸くそ悪いな。
貴方だけはこんな幻で出てこないで下さい。」
すぐに幻術返しで幻を消した。
諒の幻もいるようだ。
とりあえず声をかけてみる。
「諒、そこにいるね。出てきても良いよ。」
そうすると諒の幻がひょっこり出てきた。
「霜月さん、やっぱり僕は瞬ともう一度組手がしたいな!」
この幻たちは僕を煽るのが本当に上手いと内心悪態をつき、ものすごく怒っていた。幻術返ししても消えない。こうなったら幻術で幻を動けないようにしてから近づく。
「諒は身体で覚えさせないとダメなのかな?」
すると諒の幻は泣いてしまった。その涙は実際に霜月の手に落ちた。霜月は手に実際涙が落ちた感覚がして目を見開いた。
目の前の諒は本物だった。
おそらく諒も幻と戦っていたんだろう。本物と見分けるためにわざと煽ってその反応を見てたんだ。何人もの僕の幻を見極めて戦っていたのか。
「諒、ごめんね。君も幻術の幻と戦ってたんだね。」
悪かったと思ってなぐさめようと諒の背中を優しくさすった。諒はガバっと霜月に抱きついてきた。胸元に顔をうずめてくる。そこまでは良かった。
次の瞬間ちーんと鼻をかむ音が聞こえた。
霜月と諒は合流すると瞬を探し始めた。
霜月は少し焦っていた。
あれほどの幻術使いはあまりいない。
間違いなく手練れだ。
瞬が狙いだった場合幻術が始まってから時間が経ちすぎていた。どうにか無事に見つかると良いなと心配していた。
「移動をしていなければまだこの近くにいるはずだ。探すしかない。」
しばらくすると霜月は二つの気配がした。
「諒、二つの気配がする。動きからして戦っているのかもしれないから用心してね。」
霜月は諒にそう声をかけ、遠くの木から音のする方へ様子を見ると瞬が誰かと戦っていた。何やら話している。動きからして武器は持っていないようだった。霜月は少し安心した。
だが次の瞬間相手の拳に炎のようなものが少し帯びて瞬に直撃する。生身で暗器の攻撃を受けたらひとたまりもない。
霜月は焦ったが瞬も近いので幻術がかけられない。
相手から瞬に攻撃が当たると衝撃で煙が出た。見えるようになると瞬は服こそ燃えたようだが怪我は⋯⋯無いようだった。
「どういうことだ?」
瞬に相手からパンチは確実に当たった。
瞬はガードしていたから腕に大怪我をしたと思った。それなのにやけど一つしていないように瞬の腕はきれいに見えた。
「あっ服が少し焦げてる。というかお前暗器じゃねーか!」
瞬は声を上げたのが聞こえてきた。相手は相当困惑しながら声を出した。
「あっ俺⋯⋯ごめん⋯⋯これ暗器の力?」
諒は霜月に声をかける。
「瞬だ!さっきの攻撃って⋯⋯」
「瞬たちのところに行ってみよう」
瞬の元へ霜月と諒が合流する。
合流するとすかさず霜月は幻術で周りを取り囲む。霜月は皆に気づかれないように瞬の目の前の少年に向けて手を構えた。
瞬は二人を見るとホッとした。
「諒!霜月さん!無事みたいでよかった。」
瞬は瑛真をちらりと見たが先ほどの騒動にで困惑していてうまく声がでないようだった。
「こいつは赤龍の里の瑛真だ。
今こいつと武器無しの手合せをしていたところなんだ。」
霜月は瑛真を見ると顔を近づけた。
霜月の目は殺すか連れて行くか思案していたが瞬の方からは見えなかった。
「黒兎の霜月だ。こっちは諒。
君、暗器なの?」
「あっ⋯⋯俺は赤龍の里の瑛真です⋯⋯」
瑛真はすっかり怯えた子犬のように周りの警戒もせずに瞬の横に立っていた。
すると瞬は瑛真を見ながら助け舟を出した。
「瑛真は暗器の能力は無いと思ってたのにさっきの手合せで能力が開花したみたいなんだ。そういうことってあるのか?」
それを聞いた霜月は瞬の方を向いた。
瞬は瑛真の近いところに立っていて警戒もしていなかった。
彼を取り込むのが吉か⋯⋯。
それを見ると霜月は構えていた手をそっと緩めた。
「そういうことが他にもあるのかは僕は知らないけど目の前で何か起こったのは事実だ。瑛真、君は黒獅子の里に来て長いのかな?」
瑛真はまだ上の空で答えている。
それを見た瞬は霜月に洗脳はされていないと口をパクパクした。霜月は読唇術で読み取った。霜月は瞬と諒にすばやく幻術をかけるとこう伝える。
「瞬、さっきの瑛真との手合せで気になることがあった。瑛真は君のことについて何か重大なことを知ってしまったかもしれない。彼も暗器のようだし僕はこのまま仲間にしたい。」
瞬と諒は顔を見合わせると頷いた。
それを見ると幻術を解いて瑛真の正面に立った。
そして霜月は瑛真の頰を叩いた。
頬を叩く高い音は周りに響いた。
瑛真は冷水を浴びせられたかのようにはっと我に返った。瞬と諒は啞然としている。
その後、霜月は水を出して自分も飲んでから瑛真に渡した。
「今見たように水に毒は入ってないから飲んで落ち着いて。」
瑛真は水を飲んだ。霜月に返すと話始めた。
「取り乱してすまん。
俺は他に三人と里からやって来た。というか道に迷ってここにたどり着いたんだ。でも他のやつらは黒獅子に心酔しちゃった。今じゃ別の人間みたいだよ。俺は赤龍の里に帰りたい。」
霜月はぶっきらぼうに聞いた。
「仲間は置いて帰ったら良いんじゃない?」
「仲間がここにいるって言うのもあるんだけど、この森出口が無いんだ。何度も探したけどこの山から別の道を見つけられない。」
「霜月さんそれってさっきみたいに幻術じゃない?」
「おそらくそうだね。瑛真、突然だけど僕たちの仲間にならないかい?このままだと里からは未許可の脱里とみなされ始末される可能性が高い。僕たちはこの森を抜けれる。そして君を仲間に求めている。」
瑛真の目が揺らぐ。
「端的に言おう。僕と戦って、僕が勝って君が仲間になっても良いと思うなら仲間になるって言うのはどうかな?」
霜月は瑛真に提案する。瞬は驚いた。それは瑛真にとって都合が良すぎる提案だった。瑛真は霜月と戦ってどっちに転んでも結局その後仲間になるか決めることが出来る。
瞬は霜月の方を見た。瞬と目が合うとにこりとした。
瑛真はじいっと霜月を見ていた。
瑛真は瞬を見て霜月を目配せしながら聞いた。
「瞬、あの人どれくらい強い?」
「すごく強い。」
「瑛真、僕は霜月。君からいつでも始めて良いよ。それとさっきの力使っても良いからね。」
霜月は瑛真を見てにこりとした後、瑛真と霜月はお互い見合った。
瞬と諒は先ほどの瑛真の炎を思い出して危ないので離れることにした。ここからみても瑛真が嬉しそうなのが分かる。根っからの武闘派なんだなと実感した。瑛真は真っすぐ踏み出すとパンチを繰り出す。瞬より動きは速いが霜月は簡単に手で止める。
ストレート、フックパシッパシッと霜月は次々に止めていく。
瑛真は一旦後ろに離れる。霜月は右手を前に突き出すと、瑛真はさらに後ろに下がって距離を取った。
瑛真は霜月の威圧が肌をぴりぴりさせた。霜月は後ろを向いた。前に出て攻撃するしかない。踏み込んで霜月に真っすぐパンチを出す。
すると霜月は目の前から消える。
違うと屈んで視界から消えた。上体を起こすのと同時に後ろ蹴りが来て慌てて瑛真は後ろに離れる。
それでも蹴りが当たり後ろに吹っ飛ぶ。
「いってー!霜月さんも足長すぎだよ。あの距離で蹴りが当たるものか?しかも鉄棒で突かれたくらい重い。」
「君は瞬より動きが速いね。でも瞬には蹴りで主導権取られちゃったんじゃない?
ほら、こんなふうに。」
そう言うと霜月は瑛真との間合いを一気に詰める。瞬の倍以上の速さで詰められ頭が追いつかない。
距離が遠いのにハイキックが来る。
瑛真はガードを構える。霜月から右のハイキックが来ると読んで左首と顔をガードしたが、ハイキックは振りだけで左のミドルキックが当たる。
この人の足は鉄で出来てんのかなと瑛真は思い、痛みに顔を歪め瑛真のガードがわずかだが下がった。
霜月の右のフックが瑛真の顔に当たる。
瑛真は後ろに下がるが霜月はそのまま追う。その追った時の踏み込みを利用して空中二段蹴りを繰り出す。
瑛真の顎をかすめる。瑛真はバランスを崩して倒れる。そのまま霜月は倒れた瑛真の上に乗った。瑛真はあまりの速さに両手を上げたまま上に乗られた霜月をポカンと見ていた。霜月は瑛真ににっこりして聞く。
「瑛真はパンチが得意なんだね。僕の蹴りの攻撃とはやりにくかったんじゃないかな?
それでも、もっとやる?」
「霜月さん、強いな。脚は鉄なのかと思うくらい重すぎ。」
瞬と諒は遠くで見ていたが瑛真の声が大きすぎてここまではっきり聞こえてくる。
諒は瞬を見た。
「瞬、あの人楽しそうだね。」
「ははっ赤龍の里は武闘派が多い。力のみで評価することが多い。瑛真は典型的だな。」
霜月はニコリとして瑛真に向き直った。おそらくいい答えが来るのが分かっているような顔だった。
「さて瑛真、君の答えを聞かせてられるかな?」
「俺は霜月さんたちの仲間になりたい。強くなってやりたいことがある。
⋯⋯。」
突然瑛真から視線を外して森の奥を見ると、霜月はむすっとした顔で言う。
「ごめん、瑛真。話の続きは後で聞かせて。
くそっなんでこんな時に⋯⋯瑛真の三人の仲間は黒獅子の里の中なんだよね?」
「あぁ、さっきいたところの500mくらい奥に大きな建物があってその中か近くにいると思う。
うーん、その三人が識別できる何か特徴みたいなのはないか?」
瑛真はそれを聞くと自分の首から何かを外している。赤い龍のマークの首飾りが出てくる。それを霜月に差し出す。
「赤龍の里では物心ついた時からこれを命だと思って持ちなさいと言われている。裏には自分の名前を書いてある。」
霜月は瑛真から首飾りを受け取ると裏を見る。なんて書いてあるのか分からない。
「瑛真、ありがとう。
今赤龍からの追ってのような気配が近づいて来る。僕はそいつを止めに行く。
瑛真、君は仲間がどれくらい大事かな?」
霜月の目は瑛真を捉える。すると瑛真は霜月の手の上にある首飾りを指差し強い目をする。
「里に思い入れはないけど、仲間を思う気持ちは命と同じくらい大切なそれを渡すくらいの覚悟だ。」
「瑛真、僕にこれを任せてくれるか?」
「はい、仲間をお願いします!」
霜月は周りを気にしながら懐に手を伸ばす。すると瞬の目の前にやってきて懐から取り出したものをぐしゃっと瞬の胸に押し込む。瞬は急いでそれを握る。
「瞬、すぐにここからできる限り離れて。そして赤龍の里へ行け。
何かあればその陽炎殿と白龍殿の尊助の札を見せろ、そして黒兎の霜月が後ほどやってくると伝えろ。頼んだぞ!」
霜月は矢のような速さで行ってしまった。
お読み頂きありがとうございます!
次回は瑛真の決意は一体どんなものなんでしょうか?胸熱な決意に瞬たちは心を寄せます。
次回の作者イチオシの台詞↓
「霜月さん、死ぬ気でやるからさ、俺を強くしてほしいんだ。」




