第65話 最後の決戦(後編)
橙次はついさっきの事を思い巡らした。
白狼が苦しい顔をして叫んだ。
「地獄牢!!」
霜月の目の前から橙次が消えた。
橙次は瞬と洒落頭を見て、白狼の隣に来たのだ。橙次は霜月の前に突き出した腕を掴んだ。
「白狼、やっと決意した。俺は瞬を守るって約束する」
霜月はゆっくりと橙次の瞳を覗く。
「本当に?」
「俺にもお前の大事なやつを守らせろ!」
「うん、ありがとう」
「白狼、俺は⋯⋯親父を倒す!」
さっぱりとした顔をして橙次はそう伝えると瞬と洒落頭の元へ駆けていった。
■
橙次の目の前に洒落頭、自分の親父が迫る。
橙次は右手でガードしたが左手脇腹は洒落頭の手がかすって血がにじんでいる。
洒落頭は立ち止まった。横をちらりと見る。
「白狼を殺してもないで、どうしてここにいるのかな?」
「親父⋯⋯もううんざりだ」
橙次は構える。
「俺は⋯⋯親父を倒すんだ」
洒落頭は目を見開いた。
「僕との実力差、分かっているよね? 倒せないこと分かっているのになんで抗うの?」
橙次は瞬をちらりと見た。
「白狼と⋯⋯大切な仲間と約束した。瞬を守るって」
洒落頭はピクッと反応する。
「仲間? なにほざいているの? 君は僕の息子だよ? 仲間になんてなるわけないじゃん」
その言葉に橙次の目は泳ぐ。
それを聞いた瞬は立ち上がって大声で告げる。
「橙次さんは俺たちの大切な仲間だ!! 誰が何と言おうと大切な仲間なんだ! 何度だって言ってやる!!」
瞬は前へ歩き出すと橙次の横に立った。
その時、また頭に直接聞こえるような声が聞こえた。
“瞬、橙次の記憶ももらって、必ず役に立つよ。”
瞬は橙次を見て手を差し伸べた。
「橙次さん、俺に橙次さんの記憶を見せてくれないか? 幻術は解いて」
橙次は瞬の手の上に自分の手を乗せた。
瞬は目をつむった。苦しそうに反対の手で胸を抑える。
洒落頭は橙次に問いかける。
「最後の質問だよ。橙次、こっちへ戻る気はないのか?」
二人は視線を交差させた。
そして橙次は短く答える。
「ない!」
瞬は目を開けて洒落頭を見た。
洒落頭は下を向いてブツブツ言い始めた。
「生きているのも反応が面白いと思ったけど、やっぱり死んで冷たくなった方がいいのか。そしたら皆は僕の仲間だもんね。
そうやって皆はいつも僕に弔いを強いる。一だってそうだ。ずっと一緒にいるって言ったのに僕に見送りばっかりさせる!」
洒落頭の足元の地面が揺れ始める。
「もう見送るのは嫌だ⋯⋯今日すべてを終わらせよう。
わが名は神無月終。
弔い家の一族。
すべての命を見送る役目を背負う」
終の周りに風が吹き始めた。
竜巻のように瞬の姿を包むと高く高く空へと伸びていく。
瞬と橙次はじっと見ている。
竜巻の方な風がやみ始めた。土埃がすごい。
周りの景色が白くなっている。
もやがかかっているように当たりが見えづらい。
しばらく見つめているとぼんやり姿が見えてきた。
今までの比ではない大きさの大きな骸骨が目の前に現れた。
瞬は口を開いたが、驚いて言葉が出ない。
橙次がつぶやく。
「餓者髑髏」
瞬はばっと橙次を見た。
「⋯⋯餓者髑髏⋯⋯」
「俺もあの姿は見たことがない。もう理性は残っていない。殺されないように気を引き締めろ」
餓者髑髏は瞬たちを見た。2人をなぎ払うように手を地面を擦るように振る。
橙次は瞬の背中に蹴りを入れた。
「うわっ!」
瞬はふっ飛ばさせる。
橙次は餓者髑髏の手の中には姿を消した。
少しすると橙次が宙を飛んでいるのが見えた。空中で体制を整えるとくるくると回りながら地面へと着地する。
橙次は餓者髑髏の手に向かって幻術をかける。
「金縛り」
餓者髑髏の手は動きを鈍くさせている。
瞬は橙次を見入っていた。その時後ろから自分呼ぶ声がした。
「瞬」
驚いて振り返ると地面にちょこんとだてまきが立っていて、こちらを向いた。だてまきからおぼろげな光とともに少年の姿が見えてきた。白くて髪の短い少年で大きな羽織を着ている。
瞬は目を見開いて少年を見続けた。
「洒落頭?」
少年は空を飛んで瞬に近づいた。
「僕と終は双子なんだ。⋯⋯なんでって思うでしょ?
僕は一。
僕たちは生命を司る息吹の一族と生命の終りを見送る弔い家の一族のあってはならない恋によって生まれた、まさに存在ならざる者。
昔は僕もちゃんと身体があったんだけど、だんだん力がなくなっちゃってね。
今は魂だけなんだ。
そこのだてまきに身体を間借りしてたんだ」
一は瞬のおでこにそっと手を触れる。
触れたおでこが優しく光ると消えていった。
「その先は今までのもらった記憶を使って」
「使うってどうするんだ?」
「記憶を返還するんだ。使った記憶は君の中から無くなっていく。終と戦うにはそれしかないんだ。使い方は瞬の身体が知っているよ。
夜斬家、見たものをすべて記憶する一族。
さぁ、行こう」
瞬は我に返ると、橙次が餓者髑髏と戦っている。
「幻痛」
餓者髑髏は少し手を引っ込める。
瞬は走って橙次の隣に来た。
「橙次さん、一緒に戦おう!」
「おう、一緒に戦おう」
橙次は両手を広げる。
「夢祭り」
辺りは餓者髑髏を飲み込んで混乱の世界へといざなう。
瞬は無効化を使ってその場に立っていた。瞬は剣を持つと剣に力を込めながら餓者髑髏の足へと走っていく。
そして力いっぱい剣を足に刺す。
餓者髑髏が仰け反る。
橙次は驚いている。
「瞬、何をやったんだ?」
瞬は大声で返す。
「餓者髑髏には俺の力で攻撃出来るんだ。一が教えてくれた」
「はじめ⋯⋯?」
「餓者髑髏⋯⋯終の双子。もう魂しか残っていないんだけどさっき話したんだ。俺にある皆の記憶を使って攻撃する。俺は皆の記憶を使うとその記憶を忘れちゃうんだ」
橙次は笑った。
「なら何度だって聞きたい話を話してやる!」
瞬と橙次は裏御殿の屋根に登り始めた。
「幻柱」
餓者髑髏の周りを幻の柱が囲う。
瞬は屋根を走って餓者髑髏の膝に飛び乗った。もっと上を目指す。
餓者髑髏の手が瞬を襲う。
「幻痛」
橙次は手に向かって叫ぶ。
瞬は太ももの骨に剣を突き立てた。
餓者髑髏は口を開けて声にならない叫び声をあげる。
「もっと上へ。餓者髑髏の胸をつらぬく」
瞬は餓者髑髏を登っていく。
股関節まで来ると回転斬りをした。餓者髑髏は痛みに耐えかねて瞬を叩き落とした。
「あっ」
瞬は空中に投げ出された。
受け身を取らないと⋯⋯この高さなら大怪我をする。
橙次は木に登って枝から空中に飛び出した。
瞬にたどり着く。橙次は瞬を抱きかかえると地面に着地する足を屈伸させ衝撃を和らげる。
それでも衝撃が強いのでそのまま地面を転がる。
瞬は転がって橙次から離れた。
餓者髑髏は地面を転がる橙次を手で潰そうとする。橙次は餓者髑髏の手と地面に潰されそうになる。
橙次は両手で餓者髑髏の手を上に押して耐えている。
橙次は出来る限りの力で上に押す。
「親父に負けたくない⋯⋯もう負けたくない!」
橙次の腕の筋肉が悲鳴をあげブチブチと筋繊維が切れる。痛みに耐えかねて橙次は声を上げる。
「ぐっ⋯⋯ぐぁあ!」
瞬は橙次の元へ走った。
「橙次さん!」
瞬の死角から餓者髑髏の反対の手で勢いよく叩かれて瞬は遠くの木へ突っ込んだ。
瞬は橙次を身を案じている。
そこへ何かが飛んでくる。空を泳いでいるようだ。
瞬は空を見上げてつぶやいた。
「⋯⋯龍?」
ボゴォォン! 餓者髑髏へ直撃する。
■
時は少し遡る。
瑛真は赤龍の放った最期の攻撃で燃え上がった火を見続けていた。
そして瑛真は下を向いた。
「なんでそんなに俺のことを守ってくれるんだ⋯⋯赤龍殿⋯⋯」
地面にポタポタと水の跡が残る。
瑛真の中に熱いものがわき上がってくる。
グツグツと腹の底からわき上がる。
その感覚は全身を覆った。
長月は裏御殿の後ろの方が騒がしいことに気がついてそちらの方を見ていた。
凄まじい竜巻が空へ立ち上っていく。
土埃が当たり一面を覆った。
「何が起こっているんだ?」
長月はそれを見続けていると現れたものを見て目を見開いた。
「あれは⋯⋯餓者髑髏か?」
瑛真は餓者髑髏を見つめた。
瑛真は餓者髑髏に向かって仁王立ちで立つ。
瑛真は右手を左から右へ動かすと勢いよく炎が出てきて周りにいた小さい骸骨たちは一掃された。
そして瑛真は餓者髑髏を睨みつけながら空へ手を上げた。
瑛真の手からおびただしい炎が空へ上がる。
その炎はだんだんと形を作る。
「火龍! 焼き払え!!」
火龍は餓者髑髏へ泳ぐように身体を動かしながら進むと餓者髑髏に直撃した。
長月は舌打ちをする。
「ちっ瑛真のやつ、完全にキレてるじゃねーか!」
長月は大声で瑛真に告げる。
「瑛真! 俺も使う! タイミングを合わせろ!!」
瑛真は長月の声を無視してもう一度手を空へ上げる。
「待てっつってんだろーが!!」
長月は慌てて両手を空へ上げる。
「雷龍、間に合えよ!」
瑛真の手からまた炎が吹く。
長月の手からバチバチと雷が弾けながら空へ上がる。
「火龍」
「雷龍」
火龍が泳いでいく。長月は力を込めた。
雷龍は火龍にそうように泳いいで餓者髑髏へ向かう。
龍たちは餓者髑髏へぶつかる。
激しく何かがぶつかるような音が空に鳴り響く。
■
諒は五百蔵城なんとか入ると皆の元へ向かう途中に裏御殿の後ろの方に巨大な骸骨が現れたのを立ち尽くして見ていた。
「なんだあれ?」
左の方を見ると表御殿と裏御殿の奥に火が上がっている。
「瑛真はあっちかな?」
諒は走り始めた。走っていると凄まじい火の柱のようなものが空へ上がる。
「瑛真は交戦中かな? 応戦にいかないと」
諒は速度を上げる。表御殿に近づいてくる。諒は手を刀に変えると残っている骸骨を切り倒して進む。
その炎はだんだんと龍の形をして餓者髑髏へ向かって空を泳いでいく。
「えっ? 何あれ?」
諒は目を丸くする。
ボゴォォン! 凄まじい音がした。
「瑛真が戦っているのは餓者髑髏なの?」
少しするとまた炎が上がる。そのすぐ後に雷も空へ上がった。
表御殿の正面を通り過ぎる。
「瑛真と長月殿は一緒か。瑛真、待ってて!」
諒は足が千切れそうになりながら走った。
炎と雷はそれぞれ龍の形になると2体は寄り添って餓者髑髏へ進む。
諒は思わず耳を塞いだ。
空を響かせ地面を揺らすものすごい音と衝撃が伝わってきた。




