第60話-2 今川織辺(後編)
「今川織辺殿」
瞬は声をかける。そして真っすぐその男を見た。すると一番最後を歩いていた男は瞬の目の前で立ち止まった。ゆっくりと顔を瞬へ向ける。瞬の心臓は近くの者に聞こえるのではないかというくらい大きな音を立てて鳴っていた。
その様子を離れの近くから見ていた霜月や熊坂、その他側近が構える。気配がなかったからといって油断は出来ない。もしかするとものすごい強者だった場合はその気配さえも自分の意のままに出来るかもしれないからだ。
その男は瞬を見たが口を開かない。そこで瞬はこう尋ねた。
「阿道城の大火災の日、阿道城の本丸3階でお会いしたのを覚えてらっしゃいますか?」
その言葉に男はじっと瞬を見ている。瞬は男から強者の雰囲気を感じ取れないことに混乱していた。すると次の瞬間、男は首を傾げた。
「はて、お会いしましたかな?」
瞬は真っすぐ今川を見る。しかしどう見ても初老の男にしか見えない。しかも今川が嘘を言っているようには見えなかったので、瞬は続けてこう尋ねる。
「⋯⋯上岡永生殿でございます⋯⋯よね?」
「えぇ、そうです」
茶名・今川の名を持つ上岡は瞬を真っすぐ見ると何かを思い出しているような探っているような目をしていた。そして口を開いた。
「⋯⋯もしや貴方は瞬殿ですか?」
その問いに瞬の胸は飛び出る勢いで再び高鳴った。瞬は出来る限り平然を装いながら返事をする。
「はい、その通りです」
「残念ですが、かの御方はここにいらっしゃいません。しかし会いたいからといって私を殺しても、かの御方は表にはもうお出になりません。なぜならかの御方はもう私の影である必要がなくなったんです。
心配なさらずとも大丈夫ですよ。急がなくても程なくして会うことになるでしょうから」
そう瞬に伝えると、それ以上伝えることはないようで口を閉じて瞬の横を通り過切るように他の茶人の背中を見るように向き直ろうとした。しかし上岡は瞬の後ろに目を向けて目を丸くする。瞬は眉をひそめた。
(俺の後ろには橙次さんがいる⋯⋯もしかして見えているのか⋯⋯?)
そう思い瞬は構えようとした。すると上岡は口を開いたのだ。
「橙次殿、まさか貴方にお会いするとは思いませんでした」
瞬は少し横に引くと目を見開いて二人を見つめる。二人とも知り合いなのだろうか⋯⋯でもなぜ⋯⋯? 橙次も真剣な顔をして上岡を見つめてこう返した。
「永生殿、お久しぶりです。貴方の健在な御姿を見れて安心しました。⋯⋯たぶんお会いするのはこれで最後ですね⋯⋯」
二人は視線を交差させる。橙次は少し悲しそうな顔をしているように見えた。瞬は上岡を見た。上岡は少し満足そうな、優しい眼差しを橙次に向けているように見えた。
「えぇ、私も貴方に最後にお会いできて良かったです。⋯⋯いろんなことがあると思いますが橙次殿、貴方の道を進んでください。どうかお元気で、それではさようなら」
上岡は橙次に会釈をすると背を向けて廊下を歩き始めた。すると橙次は上岡を視線で追いながら背中に向かってこう告げる。
「今までありがとうございました。
俺、永生殿にいろいろと教えてもらったおかげでこうやって生きてこられました。どうか少しでも長くお元気で――」
その直後に本丸の方で大きな音がした。
壁が壊れたのか雷のような空気を切り裂くような瓦礫をなぎ倒すように大きな音がしたのだ。
皆は一斉に音のする方を見た。
瞬は音がした方をみると何かが近づいている。よく見ると小さく見える姿は大きな羽織を来た少年のようだった。
橙次はそれを見ると舌打ちして急いで向かっていった。
上岡は本丸を見上げながら言葉をこぼした。
「おやおや、かの御方は待つことが本当にお嫌いなようだ」
一心と長月も慌てて廊下走って戻って来る。瞬は離れの近くにいる霜月を見てこう叫んだ。
「白狼、洒落頭だ! さっきの轟音は洒落頭が攻撃して建物が破損した音だ!」
「瞬、僕たちも急いで向おう!」
そこへ長月がよく通る声で言う。
「あそこは本丸の3階の出窓だ!」
それを聞くと瞬たちは出来る限りの力で急いだ。本丸の3階に近づいてくると話し声が聞こえる。
「僕は瑛真に用があるんだ。毫越を討ってから興味がわいちゃってね」
瞬の視界にようやく声の主が入った。
洒落頭と瑛真の間に橙次がいた。そして瑛真をかばうように橙次は瑛真を背中に隠すと洒落頭と対峙している。瞬は目を丸くした。
(橙次さんは洒落頭が怖くないのか? 白狼の腹を一撃で貫通されたほどの強者だ)
橙次は洒落頭にこう話している。
「瑛真は見逃してくれ。俺でいいだろう?」
「ふーん、ようやく戻ってくる気になったの? まぁ、瑛真代わりに帰ってくるのでもいいよ。どうせ最終的には皆、仲間になるんだから」
橙次はホッと息をついた。瞬はその様子にますます混乱した。
(橙次は洒落頭と顔見知りなのだろうか? なぜあんな会話をしているんだ? ⋯⋯いや、でも橙次さんだって俺たちの大切な仲間だ。連れて行かれるのは困る)
瞬が橙次に近づいて洒落頭はこう尋ねた。
「ちょっと待てよ! 橙次さんを連れて行く気なのか?」
「そうだよ。なにがいけないの?」
洒落頭は瞬を見ると悪びれもなくこう聞いた。二人のやりとりを見ていた橙次は瞬を止める。
「瞬、俺のことはいいんだ⋯⋯」
「良くない! 橙次さんは連れて行かせない!」
橙次は口を開いたが続きを躊躇しているのか少し目を伏せた。そこへ洒落頭は瞬の方を見てぶっきらぼうにこう言った。
「なんでよ、息子が家に帰るって言ってるんだよ。止める理由はないでしょ?」
皆に衝撃が走った。
橙次は悲しそうな顔をした。
「皆だまっててわりーな。俺は神無月橙次。そこにいる神無月終の息子だ」
橙次は瞬にそう告げながら両手を広げるとこうつぶやいた。
「夢祭り」
すると辺り一面、城の周りまで幻術の混乱の世界が覆ってきた。霜月は何とか幻術返ししたが範囲が広すぎて自分の周りしか幻術を返せなかった。そして霜月は大声で聞く。
「橙次は幻術使いなのか?」
そこに瞬は無効化の力をありったけためる。
「無効化!」
バァァ、城の周りから幻術が消えた。
瞬の無効化を目の当たりにした洒落頭は喜んでいる。
「あはっ瞬、いつのまにそんなに強くなったの?」
術から解けた瞬、霜月、諒、一心、長月、瑛真などそこにいる者全員が洒落頭へ構える。
洒落頭は構えた一行を見下ろしている。なにかを考えているようだ。しかしすぐにさっぱりした顔になった。
「じゃあ早いけど始めちゃおうか!」
洒落頭は楽しそうに言った。そして両手を広げて声を上げる。
「さぁ僕の死者の大軍よ、国中に生きる者の命を摘み取り我々の仲間にしようじゃないか」
どこからともなく刀を持った骸骨の大軍が国の南の方も西も東も北の方も一斉に湧き上がってきた。地方の大名は驚きと混乱で上手く戦えない。
ここ五百蔵城の周りにも骸骨があふれてくる。洒落頭は口角を上げるとこう告げた。
「ここには特別に強い者を集めるよ」
おびただしい量の骸骨の群れの中にひときわ大きい骸骨が何体も見える。洒落頭はその大群を見た後に橙次に鋭い目で見た。そして橙次にこう伝える。
「橙次、君の大好きな白狼は目の前だよ。死んだら大軍に加えてあげるから」
それを聞いた橙次は何も喋らずに自信なさげな顔を洒落頭へ向けていた。すると洒落頭は少し怒ったようにこう告げる。
「戦え。命令だ」
橙次はその言葉を聞いて苦しそうに目を少し閉じた後、目を開くと霜月の方へ構えた。それを見た霜月は夢であってほしいと願った。
「まさか僕と橙次が戦うの?」
「悪いな、そのまさかだ」
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諒は骸骨の大群を見ると一心に声をかけた。
「一心殿、僕は日松様を緑龍の里へ避難させます。あそこなら緑龍殿に強い結界を張ってもらえます」
「恩に着る! 余も途中まで一緒に行こう。諒、熊と清隆と蒼人も一緒に連れて行け!」
「はい!」
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瑛真は長月を見てこう伝えた。
「豪殿、骸骨を蹴散らしましょう!」
「あぁ、派手にやろうぜ!」
■
洒落頭は橙次が霜月と向かい合うのを見ると満足そうな顔をして瞬を見て笑った。
「さぁ、始めようか」




