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第60話-1 今川織辺(前編)

 次の日、一心は側近たちと広間に集まった。そして瞬たちと長月たちが集まると戸が閉まる。それを見た霜月は幻術をかけた。


「いよいよ、明日は葛城の就任式と茶会だ。長月と側近たちは葛城の就任式へ出席、その後茶会となる。瞬と霜月は茶会の準備、変装して従者として茶会の部屋の外で待機しろ。余の側近たちも茶会の周りに固める」


「最後の確認だ。その男を見たのは本当に瞬だけなのだな?」


 一心は瞬を見た。それを聞いた瞬は深く頷いた。


「やつの左手の平に大きなほくろがあります。出来るだけ見てもらえれば嬉しいです」


 右手は茶碗を持つので容易に見えるが左手はほとんど見えない。一心と長月は頷いた。


「瞬と霜月、其の方はやつに一番狙われている。会って何かされたら今回ばかりは逃げろ。周りを固めてから攻撃する。今回は御殿の茶会ではなく離れを作った。他への被害は少ないから気にせず逃げろ」


 瞬と霜月は鴨下や熊坂たちを見た。調子が悪そうだと思っていたがどうやら簡易的な離れまで作らされていたようだ。おそらく時間のない中で激務だったのだろう。皆は鴨下たちに同情した。そして一心は諒、瑛真、蒼人の方を見た。


「悪いが諒たちは宴会以外は待機となる。城外出なければどこへ行っていても良い」

「承知しました」


 三人は返事をした。その後も細かい日時の予定を確認すると一心たちは部屋を出ていった。


 その後、たくさんの従者と女中が入ってきて、服装や飾りなどの最終確認をした。入れ替わり立ち替わり人が往来して訓練どころではなかった。慌ただしく時間は過ぎていったが、瞬にはその喧騒に居心地の良さを感じていた。流れの速い川のほとりにそっと身体を寄せるようにただそこに居るような感覚だった。


 バタバタをしている最中に霜月は何度も瞬のことを見てきた。おそらく自分がまた霜月のことを目で追っていたようだ。そんな自分に呆れて下を向いた。嫌でも乾いていく心の中で何度も大丈夫だと唱えていた。


――――――


 その日の夜、周りが静かになった。おそらく皆は眠りについたのだろう。瞬は寝るのが怖くて目をつむっていたが眠れなかった。もうあの夢は見たくない。あの夢を見るのも嫌だが、霜月を執拗しつように追ってしまう自分の弱さにも嫌気が差していた。今までどうやって生きてきたんだろう⋯⋯瞬は自分を見失いつつあった。


 ぼんやりとした光が部屋へと近づいてくる。その光をまとっていたのはなんと少年だった。そして瞬たちの寝ている部屋に音もなくやってきた。160センチほどの華奢な身体をしている。そして髪は短く白い髪をしていた。少し大きめの服を来た少年は部屋の中へ入ると瞬を探した。


 しかし誰も気がついていないようだ。そして瞬に近づいたが、その少年に気が付かないまま目をつむっている。少年は瞬に顔を近づけると穏やかに名を呼んだ。



「瞬」




 瞬は目をつむったままだった。しかし瞬は固い顔をだんだんと穏やかな顔へと変えていった。知らない間に眠ってしまったようだ。それを見届けた少年はまばゆい光とともに消えていった。



 ■



 瞬はガバっと起きた。外が明るい。


「はっ朝だ。⋯⋯俺、何もやられてないよな⋯⋯? 待てよ⋯足が重たい。金縛りか?」


 瞬は上体を上げて重く感じる足を急いで見る。


「にゃーん」


 瞬は足を見るとだてまきが足の上に乗っていた。そして近くには諒がいて、嬉しそうに瞬を覗き込んでいた。そして瞬と目が合うと挨拶をしてきた。


「瞬、おはよう。昨日はよく寝れたみたいだね」

「白狼さん、瞬、起きたよ」


 諒は霜月に駆け寄っていった。すると霜月は瞬の方へ顔を向けた。瞬は霜月と視線を交えるとこう伝えた。


「昨日はぐっすり眠れた。少なくとも今日は大丈夫だ」

「元気そうな瞬がまた見られて、僕は嬉しいよ」


 葛城の就任式兼茶会当日になった。葛城たちは城から城下町を馬で一周すると城の中で就任式の予定となっている。葛城扮する長月は正装で現れると瞬たちを見て拳を前に突き出した。瞬たちはお互いを見ると皆で拳を合わせた。


「俺が先陣をきるぞ!」


 長月が部屋を出ていった。



 諒と蒼人と瑛真は城の外で客人が来るか見ている。

 ギギギィィ!城の扉が開いた。葛城が城下町へ出る。城下町町では兵士の噂もあり熱気に包まれた声援が聞こえる。

 蒼人と瑛真は葛城の後ろ姿を見送った。


「すごい賑わいだな」

「豪殿⋯⋯葛城殿は人望が厚いから熱気が、すごいな」


「最近、一心殿⋯⋯五百蔵殿がちょくちょく訓練を見に来て葛城殿と兵士のやりとりをじとっとした目で見てるよ」


 諒がそう言うと蒼人と瑛真は噴き出した。

 しばらくすると葛城たちが戻ってきて城の中に戻ってきた。不審者はいない。これから就任式となる。

 諒は準備をしていた。そこへ瞬たちも合流した。


「俺と白狼は就任式が終わった直後に背後の戸からすぐに抜ける。茶会に参加するのは豊田殿と葛城殿だけだ。

 諒たちは周りに倣って部屋へ戻ってくれ」


 そう説明する瞬の近くへ橙次がだてまきを抱えてやってきた。


「橙次さん」

「にゃん」


 橙次は瞬を見て頷くと白狼の目の前にやってきた。


「橙次、久しぶりだね。僕から逃げ回っていたのかな?」


 霜月は憎まれ口を叩き笑っていた。橙次はいつもと雰囲気が違い真面目な顔をしている。


「そうだ、俺は白狼に会うのが気まずくて逃げ回っていたんだ」


 霜月は目を丸くする。


「えっ? どういうこと?」

「⋯⋯俺はお前に言っていないことがある。⋯⋯茶会が終わったら話を聞いてくれるか?」



 橙次は拳をぎゅっと握る。

 瞬はそれを見て悟った。



(あっ橙次さん、白狼に自分の力を粘着系だって言ってきたもんな。でも実際は白狼と同じ幻術使いだなんて言い難いよな。でも言う決心がついたんだ。)


「うん、聞くよ」


 それを聞くと橙次はスッとどこかへいなくなってしまった。


「ちょっと、橙次!」


 霜月の言葉は取り残されてしまった。



 その後、気を取り直して瞬は諒を真正面に捉えるとこう言った。


「それから諒、すごく似合ってるぞ」


 諒は正装を褒められてニコッと笑顔を返した。就任式が始まった。諒をたちは脇に控えている。五百蔵は部屋の奥の方の真ん中に座っている。葛城たちがゆっくりと真ん中を歩いてくる。


 瞬は葛城を見ていた。葛城の正装はしっくりときている。豪快に笑って大声を出しながら肩を組んでくる普段の様子はこの姿からは想像が出来ない。兵士の士気が高いと聞いたが何処となく脇に控える者も満足そうな顔をしているように見える。


 就任式が終わった。瞬は霜月を見ている。霜月は瞬を見ると頷いた。二人は頭を下げて一礼すると素早く戸を開けて音もなく退出した。霜月は瞬の方を見ながら口をパクパクと動かす。


『もう茶人は来ているはずだ』


 二人は離れに急いだ。離れの部屋の両脇に着いた。二人は肩で息をしていたがすぐに息を整えた。そうして待っていると目の前から鴨下を先頭に茶人が歩いてくる。瞬は茶人たちをじっと見つめていた。霜月は瞬と茶人を交互に見ている。霜月は茶人に向かって殺気を飛ばす。


 鴨下はギョッとして霜月を見る。瞬は茶人を見続けている。殺気に反応する者はいない。


(おかしい、白狼の殺気にも反応がないし俺の顔を見て反応する者もいない⋯⋯)


 しかし三番目を歩く茶人が気になる。歩き方は違う。雰囲気も違う。でも直感がそうだと告げている。瞬は自信はなかったが霜月に三番目の茶人について目配せした。すべての茶人が離れに入ると戸が閉まった。瞬は霜月と目が合うと口をパクパクさせた。


『前あった時と歩き方も雰囲気も違うから、自信はないけど三番目の茶人だと思う』


 瞬は五百蔵の側近に言って離れから御殿へ入る廊下の奥で待たせてもらうことにした。

 霜月は廊下の奥に控える瞬を見た。離れの中は大きな音もない。


 茶会が終わったようだ。戸が開くと五百蔵と葛城が一番に出てきた。二人は霜月を一瞥する。霜月は二人に瞬が廊下の奥で待機しているとこを目配せして知らせた。すると二人は瞬の方を見て頷いた。その後、熊坂が出てきて霜月の反対の出入り口の脇に控えた。霜月は熊坂と目が合うと口をパクパクさせた。


『離からの廊下の奥で瞬が待機しています。瞬は茶人に直接声をかけるつもりです』


 熊坂は目を見開いた。そして口をギュッと閉めると頷いた。


 瞬は廊下の奥で待機した。瞬は後ろに気配がして振り向いた。そこには橙次とだてまきがいたのだ。今の今まで気配がしなかったのに驚いたが、このタイミングで橙次と会うことになったので驚いて橙次を見ながら声をかけた。


「橙次さん」

「にゃーん」


 橙次よりだてまきが先に返事した。橙次は足元にいるだてまきを横目で見た。おそらく橙次は瞬が目を見開いていたのを見たのだろう。こうつぶやいた。


「俺たちのことは気にするな」

「⋯⋯分かった」


 今は橙次に理由を問いただしている時間はなかった。瞬は橙次かは目を離して茶人たちの様子を見ようと顔を上げて探した。するとちょうど離れの中から鴨下を先頭に茶人たちが出てきたところだった。霜月は茶人たちが離れに入る前に確認した時に瞬が三番目と言った初老の男を見ていた。離れから皆が出てくると今度は一番最後を歩いている。



 一番最後の茶人は霜月の横を通る時に霜月をちらっと見た。霜月は茶人の視線にピクッと反応したが、茶人からは殺気も威圧感も強者の欠片も感じなかったのだ。不思議に思いその茶人の背中を見送った。



 そのまま一行は離れから廊下に差し掛かった。鴨下が瞬の目の前に近づいてくる。それを見た瞬は片膝ついて地面を見ている。そして時折顔を上げて確認した。鴨下が瞬の目の前までやってくると瞬の方を見ると瞬も顔を上げて視線を交えた。そして鴨下は頷いた。



 鴨下は瞬の方しか見なかったので、おそらく橙次は気配を消しているのだろうと思った。橙次は何をする気なのだろうか。ここは一心も長月も通り過ぎた後で、ここの前を通るのは茶人だけだった。しかし瞬は橙次の意図を何も予想できなかった。。



 そして鴨下はそのまま通り過ぎる。一人目、二人目と次々に瞬の目の前を茶人たちが通り過ぎる。誰ひとりとして瞬の後ろを気にするものはいなかった。そして瞬は一番最後の茶人を見た。先ほど五百蔵の側近に尋ねたので名前は聞いている。その茶人はどんどんこちらに近づいてくる。



 すると瞬の心の臓はドクドクと音を立て始めた。全身の振動に変わる。その頃には橙次が後ろに控えていることなど頭から消えていた。五人目の茶人が通り過ぎる。瞬はスッと立ち上がった。




「今川織辺殿」



 瞬は声をかける。そして真っすぐその男を見た。すると一番最後を歩いていた男は瞬の目の前で立ち止まった。ゆっくりと顔を瞬へ向ける。瞬の心臓は近くの者に聞こえるのではないかというくらい大きな音を立てて鳴っていた。

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