表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
125/137

第59話-1 瞬の葛藤(前編)

 五百蔵いおろい城はここ数日バタバタしていた。側近の鴨下が部屋にやってくると紙を持ってきた。それを一心に渡すとすぐに広げた。


「ずいぶん前に、忍び込んで書かせたものだ。隠し扉など細かいことは分からない」


 広げた紙を瞬たちは覗き込んだ。諒は何かを見つけて指を差した。それは本丸の3階階の半分以上を占める部屋だった。


「あそこの大広間で僕と瞬は阿道に会ったよ」

「あぁ、あの時、俺が戸を開けると諒が阿道殿の羽織を⋯⋯っと、わりぃ」


 そう言いかけると、瞬は慌てて口に手を当てる。皆は諒を見た。すると諒は顔を赤くして瞬に抗議した。


「瞬、何でそれは覚えているの?? 今言わないでよ!」

「悪い! 衝撃的だったからそれは覚えてた」


 瞬はガバっと頭を諒の方へ下げて謝った。諒はそれを見てまだ怒っているようで、鼻息を荒くしたが周りを見るとこう説明した。


「僕の名誉のために言うと女装した⋯⋯白詰しろつめの姿で連れて行かれたんだ。霜月さんの伝令役と間違われたんだよ。⋯⋯それで色々あって阿道殿の羽織を借りたんだ」

「どうやって伝令役と間違えたのと阿道殿の羽織借りることに繋がるのかな?」

「そりゃぁはじめは焦って逃げようと思って⋯⋯動きにくい服を脱いだ」

「諒、それは大胆だな!」


 霜月はそれを聞くと諒に楽しそうに言った。


「違うよ!全部は脱いでないもん。⋯⋯ちょっとからかわれただけ」


 皆は下を向いたり横を向いて笑いを噛み殺している。霜月は腕を口に付け精一杯堪えながらこう言った。


「諒⋯ふふっ、それは誤解⋯される言い方⋯⋯ふふっ」

「もう、何考えてるの? 白狼さん以外に誤解されないから。それに笑い過ぎ」


 諒はそれを聞いて目を丸くしたが、じっと霜月を見てこう諌めた。皆は諒から顔を背けた。むせる者もいた。諒の機嫌がなおらないので、瞬は平謝りを続けて諒を落ち着かせた。そして瞬は地図を見ながら話を続けた。


「話を戻すと、それで俺は部屋の外にいたんだ。そしたら廊下の奥から初老の男が歩いてきて⋯⋯この奥に用事があるって言ってた。それに前も来たことあるから大丈夫って言ってたかな。⋯この部屋以外は名前がないみたいだが無いのか?」


 瞬は話をしながら地図を指でなぞったが奥にある部屋はで名前がついているのは一つだけだった。そして瞬の問いに鴨下は口を開いた。


「おそらくこれ以外は従者の控え室や予備の備品を置いたりしていたんだと推測する」


 一心は地図の上の瞬の指が止まったところを見ると“茶室”と書いてあった。それを見ながらゆっくりと言った。


「⋯⋯茶人か。それなら合点がいくな」


 霜月も頷いていた。それを見た瞬はまだ納得がいかない。


「茶人ってお茶たてる人だろ? それを合点がいくってどういうことだ?」

「瞬、茶人は茶席に使う名前があるんだ。茶席の通り名みたいなものだ。自分の名前を含めることが多いが全く別名を使うことは可能だ」


「茶人であればあまり派閥を気にせずいろんな城に入り込んで主要な人物に接触出来る。霜月の言う通り上岡永生とは全く別の名前を使っている可能性が高いな。それなら上岡永生の名を出す必要もない。普通はどこかに囲われることも多いが、50年も影武者をしているなら今は派閥関係なしに動けるな」


 一心は側近たちを見た。


「名前が分からない以上、一人一人に会っていては時間がかかり過ぎるぞ。⋯⋯やはり茶会を開くか?」


 鴨下はその問いに頭を下げる。


「これから冬になります。春にならなければ茶会は開けません」

「ふむ⋯⋯葛城の就任式として茶会は開けないか?」

「ですが冬になる前でしたらあと1ヶ月以内に行わなければなりません」


「⋯⋯やってくれ。余の通達として準備にかかれ!」


 一心は声を上げた。それを聞いた一心の側近は青ざめた。


 葛城の就任式では城下町も巻き込む。そのおかげか五百蔵いおろい城と城下町はいっそう賑やかになっていた。

 一心は長月へ告げる。


「今回は例外だ。葛城の代わりに其の方が式へ出ろ。葛城にはよく伝えておくように。それから就任式を行う。余に一番近い将として迎える。兵士の其の方への忠誠心も高い。内外に士気の高さを見せつけられるからそれくらいの待遇で調度良いだろう」


 茶会の準備を手伝ったり調整をしたりするので瞬たちは茶会まで五百蔵いおろい城にいることにした。



 ■



「ん⋯瞬ってば!」


 瞬ははっと我に返った。今記憶が飛んでいたのか⋯夜も熟睡とはほど遠い生活をしているのにうたた寝をしてしまったことに自分自身で驚いた。瞬は周りを見るとその様子を見ていたらしい諒が覗き込んでいた。


「具合悪いの?顔色悪いよ?」

「うん⋯大丈夫だと思う⋯⋯」


 瞬自身も自分のことが分からなくなってしまった。はっきり大丈夫であるかも分からない、判断がつかなかった。そして瞬は歯切れの悪い答えに諒も霜月も瞬のことを見ていたことに気が付かなかった。


 その晩、瞬は夢を見た。

 瞬は暗闇を進むが水の中を潜っているように身体がうまく動かない。

 そこに二人の姿が浮かび上がってくる。

 霜月が瞬の目の前にくる。


「白狼、来ちゃだめだ!」


 洒落頭しゃれこうべの手が白狼の背中から出てくる。突き出た洒落頭しゃれこうべの手から霜月の血がポタポタとたれている。


 瞬は必死に霜月に向かって手を伸ばす。しかしその手は届かない。そしてゆっくりと白狼は崩れるように地面に倒れていく。瞬は目を大きく見開いて叫んだ。


「やめて、白狼いかないで。白狼! 白狼!」


 水から上がるように大きく息を吸い込む。

 目を開けると天井が見える。どうやら布団の上のようだ。まだ息が上がっていて胸が上下に大きく動いている。そこへスッと霜月は瞬のところへくると手を握った。


「どうしたの? うなされていたよ」

「白狼いかないで⋯⋯」


 瞬は目を潤ませて霜月を見た。どこかここにはいないように目が合わない。すると瞬はビクッと手を上下した。霜月は握った手の上からそれを感じていた。


 はっと我に返ると目の前に霜月がいるのが視界に入ってきた。瞬は目をいろんなところに動かして先ほどのは夢だったことをちゃんと確認した。そして瞬の意識はようやくしっかりと戻ってきた。すると瞬の目の前には洒落頭も血まみれの霜月もいなかった。心配そうな目を向けてくる霜月と目が合った。


「あ⋯白狼⋯⋯」

「僕はここにいるよ?」


 霜月がそう言うと、瞬は霜月が自分の手を握っていることに気がついた。温かい⋯血の通った温かみのある手だと感じていた。瞬はそっと霜月の手から自分の手を離すと

 両手を頭につけると下を向いた。


「⋯⋯わりい」


 いつものようは出来ない。俺はどうしたらいいのだろう⋯分からず下を向いていた。すると霜月は瞬の肩をポンポンと優しく叩いた。


「夜風に当たろう」


 二人は外に出た。瞬は霜月の後ろついていった。そして城の敷地の端にある木の枝に登って座った。こうしていると影なしの里に戻ったように感じた。霜月は幻術を周りにかけた後、木に静かに座っている。


 瞬は先ほどの悪夢について話していいものか迷っていた。


 しかし霜月もじいちゃんのことを話してくれた。ちゃんと本人は元気で目の前にいる。瞬は霜月を見るとゆっくり目を合わせてきた。瞬が口を開くのを静かに待っているようだった。それを見て、瞬は話すことを決意した。


「この前⋯⋯影屋敷から帰ってきた日から毎晩夢を見るんだ。⋯白狼が洒落頭の手に刺されて倒れるところ。俺は何も出来ない。白狼に手を伸ばしても届かない。目の前で血まみれになって背中から洒落頭の骸骨の手が見えても、何も出来ないんだ。それを見て夢の中では死んでしまうんじゃないかって悲しみと絶望があふれて息が出来ないほど苦しい⋯⋯」


 瞬は置いていかれた子どものようにすがる目を霜月に向けた。


「白狼、ちゃんとそこにいるよな?」

「ここにいるよ。僕は瞬の隣にずっといるよ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ