第58話-2 長月と瑛真(中編)
長月は急いで瑛真を抱きかかえて走り始めた。瑛真は気を失ってぐったりしていた。
城の敷地入ってもおかない無しに走り続ける。城の敷地内では長月に手合いを受けたり訓練を受ける者もたくさんいるため“葛城殿!”と多くの者が声をかけていったが気が付く様子もなく通り過ぎて行った。
緒方は部屋の外の騒がしさを聞いていた。
バタン!!戸が倒れた。
緒方は目を丸くした。瑛真を抱きかかえたまま汗だくの長月が部屋へ飛び込んできたのだ。そのままどんどんと部屋の奥へ入っていく。
後ろから朝陽と夕陽が慌ててやってくると戸を直して幻術をかけた。
「緒方先生!!」
大きな声で呼ぶと瑛真を抱きかかえたまま近寄った。そこへ小さな声がする。
「⋯つき殿。長月殿」
瑛真が長月の襟元を右手で力なく掴んだ。長月は力を緩めると瑛真を見た。
「ちょっと雷で意識飛んだだけです。俺は平気っす」
長月は身体中の息を吐くように深く息を吐いた。それを見た緒方先生もホッとしている。
「今日は寝ていろ! 続きは明日頼む。それから長月じゃねえ、豪だ」
「はは⋯⋯分かりました、豪殿」
その時戸の外で声がした。
「葛城殿、少々よろしいでしょうか?」
「瑛真のことよろしくお願いします」
長月は緒方先生を見ると頭を下げた。
長月は戸を勢いよく開けた。朝陽と夕陽はお辞儀をして静かに戸を閉めた。
声をかけた男は長月を見るとお辞儀をしながらこう言った。
「葛城殿がどなたかを抱えて走っている姿が見えましたので心配になって皆の代表で参りました」
「心配ご苦労! 倒れていた者は大丈夫だった。皆に伝えてやれ!皆の仲間想い気持ち高く評価する。手の空いているものは稽古場の広間に集まれ。しっかりと稽古を付けてやるぞ!」
長月は大声でそう答えた。そして二人の足音が部屋から遠のいていった。
踊り場で兵士たちがぞろぞろ長月についていくのを一心は遠くから見た。一心は少し口を尖らせた。
「騒がしいな。⋯⋯長月はなぜあのように兵士に人気なんだ⋯⋯」
しばらく経ったある日、瑛真は長月に短剣を持たせた。
「これからあることを試したいです。この短剣の表面に高圧縮した雷を纏ってもらえますか? 鞘を作るイメージです」
長月はコクリと頷くと短剣に込め始めた。
「力が溜まったら剣を振って鞘を飛ばすように雷を飛ばして」
長月は構えて横一字に刃を動かした。
何も起こらなかった。瑛真は何か考えている。
「これはあまり有効ではないのか」
「瑛真はこんなことをいつもやっているのか?」
「まぁ、似たようなことをしてますね。自分の攻撃は自分から出るんでもうちょっと形になるものが多いです。さすがに雷は想像できないんで豪殿に試してもらうしかないっすね」
瑛真は顎に添えた手を下げると長月の方を向いてそう言った。すると長月は瑛真に突然こう聞いた。
「⋯⋯なぁ、俺に何か出来ないか?」
「あの⋯⋯言ってる意味が分かんないんですが⋯⋯」
瑛真は目をパチパチさせながら、意図がつかめないようで困った顔をした。
「力の圧縮だけでもお釣りがくるような貴重な情報だ。それに前より格段に強くなれる。それに加えてこうやっていろいろとやってくれる。俺は瑛真個人に何かしてやりたいんだ」
「うーん⋯⋯そういうことなら、豪殿の記憶を見させて下さい」
「⋯⋯瞬に手を握らせるってことか? それお前のためじゃないだろ?」
長月は鋭い目で瑛真を見た。それでも瑛真の表情は変わらない。
「そんな事ないっすよ。回り回って俺のためになる。記憶を見たいと言うよりかは、記憶を握る人は無視できないでしょう? 同じ釜の飯を食った仲間みたいなそういう絶対的な味方の安心感は嬉しいっすから」
「お前なぁ。そういうところは悪くはねーよ、話は受けてやる。ただ個人的な瑛真へのことじゃねーからそれは保留な」
長月は瑛真の答えに不満だったようでそれを顔に出した。
それを聞いた瑛真は長月を真っすぐ見た。
風が吹いた。
空気が変わる。
「それならあります」
長月は瑛真をじっと見る。
「なんだ?」
「もし洒落頭に戦うことがあれば豪殿と一緒に戦っても良いですか?」
長月は難しい顔をした。
「一緒に⋯⋯とは?」
「ふたり一組で戦うってことです。俺は炎と風、豪殿は雷、そのそれぞれの暗器の力を交ぜる。一人ずつ戦うよりも効果があると思うんです」
長月はピンと来た。口角を上げてニヤリとする。
「いいな、デカいことやろーぜ!!」
■
それから数日後、瑛真は長月を呼んだ。
瑛真は長月の手を取ると右手で取ると自分の左腕につけた。
ピクッ、瑛真の筋肉がわずかに動いた。長月は瑛真の腕を見た。筋肉が少し動いているのを目でも確認した。顔を上げて瑛真を見る。
「瑛真⋯⋯お前の腕⋯⋯」
瑛真は嬉しそうな顔をしてこう言った。
「今はこれだけ!まだこれからだけどな」
長月は目頭を押さえて少し下を向いた。その後がばっと顔を上げて瑛真の肩を力強く抱くと大声で言った。
「瑛真! よくやった!!」
戸の外に足音が聞こえる。
近づいてくると戸が開いた。
「瑛真、ただいま。長月騒がしいな」
霜月は笑っていた。瞬が後ろから部屋の中へ顔を出した。後ろから諒もついてくる。
「長月殿、どうした?」
「長月殿のバカでかい声、廊下の奥まで響いてたよ」
瞬と諒も瑛真の腕の筋肉が動くのを触っていた。諒は瑛真に抱きついた。瞬は皆の肩を抱いた。その後、緒方先生が瑛真の腕を診てくれた。
「ほっほっ、信じられない。良い兆候ですね。神経が繋がっている証です。上手くいくともう少し動かせられるかもしれないよ」
「瑛真すげーよ! 本当に頑張ったなぁ!」
瞬は瑛真に激励した。瑛真は笑うと長月の方を見た。
「ははっ実は豪殿のおかげなんだ。俺は豪殿と訓練してて⋯⋯、事故だけど雷に当たった時から前と違う感じがしたんだ。それで腕に刺激を与え続けた。豪殿、ありがとうございます」
「瑛真⋯⋯本当によく頑張ったな!!」
長月は瑛真のそばへ来るとガバッと肩を抱いた。その様子を見て諒は霜月と目を合わせた。
「白狼さん、本当にあれ長月殿? しかも瑛真が豪殿って言ってるよ?」
「僕ね、今すごく諒と話したいって思ったよ。瑛真があんなに長月に懐いているなんて⋯⋯」
霜月は諒を見てそう言った。すると瞬が訂正した。
「白狼、俺には長月殿が瑛真に懐いているように見えるぞ」
「おう、帰ってきたな」
長月は三人に目を向けた。そして瞬を見つけると長月は瞬の目の前にやってきて座った。そして瞬の目の前に手を差し出した。それを見て瞬は警戒している。
「これは一体何のマネですか?」
長月はぶっきらぼうに言った。
「これは瑛真との約束だ。手を握った瞬間にビリッとはやらないから安心しろ」
瑛真はそれを見ると呆れた。
「豪殿、経緯を話さないと分かんないっすよ」