第57話-2 瞬の一族について(中編)
昼開はじっと橙次を見る。
「なんか誰かと面影があるような⋯⋯はて、思い出せないな。橙次くんだね、よろしく」
「にゃーん」
「その猫はだてまきです」
昼開は下を向くとだてまきを見た。
昼開はしゃがむとだてまきに挨拶した。
「いやぁ、猫のお客さんは初めてだな」
「にゃん、にゃーん」
昼開はだてまきの頭をなでた。
瞬は頭を下げた。
「昼開先生、この間はバタバタとすみませんでした。やっと時間が出来ましたのでいろいろお話しを聞かせてもらいに来ました」
瞬はこの前の対決について話をした。洒落頭について情報を集めていることも話した。
「そうか。間に合ったなら良かった。前に洒落頭と会っているようだね。それにかなりの暗器の持ち主とも会っている。その人物の記憶も一緒に⋯⋯。
私から話をする前に君の集めた記憶の情報収集を試みてもいいかい?」
それを聞いた瞬はちらっと諒と霜月の方を見た。
「僕は構わないよ」
「僕も大丈夫だよ」
昼開は三人のやり取りを見るとこう言った。
「あっ個人的な部分は極力見ないで必要な部分の情報だけ繋ぐようにするよ。終わったら全て燃やす」
瞬は昼開の目の前に立った。
諒、霜月、橙次は少し離れて二人を見守る。すると昼開は右手の人差し指と中指をくっつけるとこの前とは違う動きで何かを描いた。また瞬の目の前で何かが光り始める。
三人は釘付けになった。一体何が起きているのだろう。瞬は目を閉じたまま座り目の前に置かれている筆を取り一心に何かをサラサラと書き始めた。淀みなくすでに知っていることを文字に起こしている。そんな風に見える。
その静かで安定した動きは見ているだけで穏やかな気持ちになる。だてまきは書き始めた瞬の隣に座って丸くなった。昼開は瞬の様子を見た後、三人の方を見た。
「もう大丈夫だよ。瞬は自分の中にある記憶を文字に起こしているんだ。前回は丸2日間かかった。今回も少しかかるかもしれない。君たちは楽にしていてね」
諒はそれを聞くと頷いた。
「あの昼開先生、差し支えなければ聞きたいことがいくつかあるのですがいいですか?」
「あぁいいよ。なんだい?」
「先ほど昼開先生暗器の力について気になっているご様子でした。それについて何か資料とかありますか?」
「暗器の力というのはね、影屋敷を作った忍のご先祖様が関係しているんだよ。今でも大きな里では血縁で暗器の力が引き継がれている。瞬のようにね。昔はもっといろんな種類の暗器があり力も強かったようだ。その暗器の力が歴史を作ったこともあるだろう。あるいは危険視されたことも。ここにある歴史とされている資料は資料でしかない。それを出来るだけたくさん集めていろんな角度から見ることによってあるべき姿を知ろうとする。それらを今に役立てるのが私の仕事だよ。何か気になる暗器の力はあるかい?」
「炎風の力についてです」
「ほう、赤獅子の里の力か」
「⋯⋯先生失礼ですが今は赤龍の里へ変わっております」
諒はなるべく失礼のないように訂正した。
すると昼開は諒を見た。
「あっそうか! 滅獅子の大戦で里が編成したんだった。悪いね」
「いえ、大丈夫です。実は仲間が炎風の力を使うんですが先の戦で左腕がもう動かないかもしれないんです。使い方を工夫すれば以前とは違う戦い方が出来るんじゃないかと思って」
「分かった。探してこよう。他には何かあるかい? 一緒に探してこよう」
昼開はそれを聞くと諒に笑みを返した。
諒は自分の手を見ると刃に変えて昼開の方と見た。
「暗器・刀について、僕の力です」
「ほっほっ、君も暗器なのか」
そこへ霜月が割り込む。
「昼開先生それでしたら、よろしければ幻術と雷についての資料もお願いしてもよろしいでしょうか?雷は友人の力です」
霜月は近くの景色を歪める。
「ほっほっ、幻術と雷ね。君たちは暗器揃いなんだね」
橙次が昼開に近づく。
「俺も探していただきたい資料がありますので、書類持ちとしてご一緒しても?」
「それは助かる。ついてきて」
昼開と橙次は書物の山に分け入った。
霜月と諒がしばらく瞬の方を見ていると昼開と橙次はいくつかの書物と紙を持ってよたよたと二人へ近づいてきた。
霜月と諒は昼開の持っている資料を受け取って机にドサッと置いた。昼開は書類を机に置くと腰を叩きながら、無邪気に笑った。
「いやぁ、あれもこれも君に見せようと思っていたら、いっぱいになってしまった」
「昼開先生、僕へのお気遣い感謝いたします。あの、写本してもいいでしょうか?」
「いいよ。許可しよう。好きなだけ写本していって」
諒はおずっと聞くと、昼開は嬉しそうに許可を出した。そして諒と霜月が写本し始めると昼開は読みかけの書物へ戻っていった。橙次は書物を読んでいる。しばらく写本を続けていると頭の上から声をかけられた。
「諒、そろそろ食事にしないか?」
諒は集中していたようで諒は時間が経っていたことに気が付かなかった。顔を上げると昼開、霜月、橙次が諒を見ていた。そして瞬の方へ視線を変える。しかし瞬はずっと静かに穏やかに筆を動かしている。まだ終わりそうにない。
「私の部屋の周りは私と通行証を持っているような許可を受けた者しか入れない。帰りに握り飯を用意してもらおう」
「はい、そうします!」
諒は昼開を見ると元気よく返事した。皆がだてまきを見るとまだ寝ているようだったので霜月と諒はだてまきにも握り飯をもらおうと考えていた。そして昼開が部屋を出ると霜月、橙次と諒も後について出ていった。瞬は術の中のようで皆が部屋を出ていっても何の反応もせずに手を動かしている。
しばらくすると誰かが昼開の部屋に入ってきた。その者は瞬を覗き込む。
しかし瞬は術の中なのでその者に対して何の反応もしない。
「ふぅん、これが昼開の力かぁ」
そう呟いたのは洒落頭だった。
机に置いてある書物の表紙を眺めている。
だてまきはシャーと威嚇している。すると洒落頭はだてまきを見た。しかし興味がないようにだてまきを見下ろすと洒落頭はふんと鼻をならした。
だてまきには目もくれず瞬がかいた紙をペラペラめくってみる。洒落頭は近くにあった筆で何かを書いている。洒落頭は何かを書き終わると紙の束へ加えた。そして瞬に顔を近づけた。そしてこう呟く。
「瞬、早く僕を見つけてね」
洒落頭はじっと瞬を見つめる。
ゾクッ!
洒落頭はいきなり瞬から離れた。思わず口元が緩んでいた。
「おっとこれ以上見てたらまた殺したくなっちゃう。今度はちゃんと準備してから迎えに行くからね」
洒落頭は名残惜しそうに瞬を見ながら部屋を出ていった。
瞬はようやく筆を置くと目を開いて周りをキョロキョロ見た。
「あっ瞬が目を覚ました!」
諒はトトトッと駆け寄ってくる。
瞬は諒へ顔を向けた。頭がまどろみから抜けきっていないがキョロキョロと周りを見た。昼開は瞬が書いた紙を集めている。
「予想以上にたくさん書いたね。中を見るのが楽しみだ」
「俺今回はどれくらい書いてましたか?」
「ざっと1日半くらいかな。私はこの後、瞬にかいてもらった内容をまとめたいんだがいいかな?」
「それでしたら明後日お伺いしてもよろしいでしょうか?」
「もちろんだよ。その頃まとめておくよ」
瞬は諒を見ている。諒の手には紙が何枚も握られていた。瞬の目線に気がついた諒はこう説明した。
「今、暗器の力について資料を見せてもらっているんだ。瑛真の炎風と僕の刀について。霜月さんは幻術と雷」
瞬はそれを聞くと昼開の方を向いてこう聞いた。
「あの夜斬家の資料とかありますか? 夜斬の暗器の力についてとか」
「あったかなぁ、あとで探してみるよ」
昼開は空を向いて思い出しているようだ。
その後、四人は夕餉を店で食べると久しぶりに霜月の家に帰ってきた。霜月はお茶を持って部屋に入ってきた。瞬、諒、橙次はお茶の入った湯飲みを受け取った。霜月も座るのを見て、四人はお茶に口をつけた。
すると真っ先に口を開いたのは霜月だった。
「瑛真のお茶が恋しいな」
それを聞いた瞬と諒は笑い合った。
「やっぱり言うと思った」
「白狼、瑛真のお茶好きだもんな」
それを聞いた諒はすごい剣幕で瞬に迫る。
「えっ? 瞬なんで僕の知らない間に白狼呼びに変わってるの?」
「えっ、いや影なしの里に言った時にそうなって⋯⋯」
霜月は得意げな顔で諒を見た。すると諒は悔しそうな顔を霜月に向ける。
「ズルい。僕も白狼って呼ぶ!」
「嬉しいな」
霜月は満足そうな顔を諒に向けた。諒は霜月に弄ばれている気がして気に食わなかった。
「やっぱり僕は白狼さんにする」
それを聞いた橙次が噴き出した。
「ぶはっ俺も白狼って呼ぶからそれで諦めろ」
「つれないなぁ。まぁ諒らしいけど。そのうち白狼って呼ばせよう」
霜月はニコニコしながら言った。橙次は嬉しそうに大きな口を開ける。
「白狼は本当に負けず嫌いだな!」
「にゃーん」
それを聞いた皆は笑った。
夜はゆったりと流れていった。