第56-7話(番外編・後編) 花の女子会、伊万里ちゃんに会う
楓は布団にころりと横になった。楓は鈴音と伊万里を見上げると思わず二人の胸元が視界に入る。鈴音は見ての通りだが、諒と同い年とは思えない伊万里の豊満な胸が楓の視界に入った。それを見た楓は口を尖らせた。二人は楓を不思議そうに見ている。すると楓はこうこぼした。
「⋯⋯いいなぁ」
「楓どうしたの?」
伊万里も首を傾げる。
楓はガバッと起きると伊万里に前から抱きついた。
「やっぱり女の子ってこの柔らかさがいいんじゃない?小さくて儚げでさぁ」
伊万里が顔を赤くした。
「なんだか楓姉さまはいい香りがします⋯⋯」
「私なんか背も高くて胸もないし、諒より年上よ。性格だってズバッと言わないと気がすまないし可愛らしさもないし⋯⋯」
「諒くんが心変わりしないか心配ってことかしら?」
楓は鈴音を見た。
「そういう鈴音の鋭いところ、好きよ」
「楓は可愛いと言うか綺麗よね。身体もすらっとしてて目を奪われるわ」
鈴音は伊万里に顔を近づけた。
「前に湯屋に一緒に行った時にね、楓の裸を見たんだけど、すごいのよ!こう、無駄がない感じ。芸術作品みたいなの!諒くんも分かってくれると思うけどなぁ」
「それを言うなら鈴音のもすごかったわよ。目のやり場がなかったわ」
伊万里が顔を両手で隠す。
鈴音は楓の方へ勢いよく顔を向けた。
「そうだ!諒くんに楓のどこが好きか聞いてみましょうよ!悩むより行動よ!」
「⋯⋯鈴音のそういう行動力も私好きよ。協力してくれる?」
「もちろん!」
話はまだ続き、夜が更けていった。
伊万里は鈴音と楓を見た。
「そういえば茜ちゃんのことはお二人ともご存知ですよね?この前お会いしました」
「茜が?」
「茜ちゃんが?」
「わざわざ里へいらしてくれて瑛真くんの無事など近況を教えてくださいました」
「あら? 茜ちゃんはちゃん付けなのね! 私たちと違うじゃない」
鈴音は口を尖らせたまま伊万里に迫る。
「えっ? 茜ちゃんは年も近いので⋯⋯」
楓が口を尖らせてポツリと言う。
「私、楓ちゃんがいいなぁ」
「私も鈴音ちゃん呼びがいいわ」
鈴音はニッコリ言う。伊万里は俯きがちに楓と鈴音をそれぞれ見た。
「楓ちゃん、鈴音ちゃん」
「可愛い!」
「愛らしいわ!」
しばらくして好みの話に移った。
「伊万里ちゃんは瞬の顔も好みなのよね?」
「はい、最高です。鈴音ちゃんは?」
鈴音は下を向いている。
「実は最初顔が好みで気になり始めたの」
「そんなに好みだったのね!」
「まぁ!」
「年も近いし、話す機会もそこそこあったからそれがきっかけでね」
「霜月さん、絶対鈴音のこと好きなのにこの子が気が付かないものだから、霜月さんに嫉妬させたくて初対面の瞬に色仕掛けしたのよ」
「まぁ!」
「やだ、伊万里ちゃんに言わないでよ。すぐに諒くんに見抜かれちゃって、そういう風に手を出すなって怒られちゃったわ。しかも私が白狼のこと好きなのもすぐにバレてたの。そういうところは諒くんよく気がつくのよね」
楓はふふふと笑う。
伊万里も笑っている。
「楓は諒くんの中身が好きなのよね」
「それじゃあ中身だけみたいに聞こえるわ。諒は⋯⋯瞳がすごく綺麗なの。可愛いはずなのに真剣に見つめてくる目はすごく格好良いわ」
「明日諒くんに聞いてスッキリしましょう」
それを聞いた鈴音は楓の頭をくしゃくしゃにする。楓はコクリと頷いた。
伊万里は朝からソワソワしていた。時折髪の毛が乱れていないか確認している。
楓は後ろから声をかけた。
「伊万里ちゃん、貴方は十分可愛いわよ。髪も乱れてないわ」
「あら、愛らしいお顔がカチカチね。ふふ」
鈴音も近づいてくる。
伊万里は振り返ると固い笑顔を見せた。
橘は何かを感じて立ち上がった。伊万里は素早く橘を見た。
「私は先に入口へ行きます」
そう言うと橘は走っていった。伊万里も走った。すぐに橘とは離されてしまう。
「伊万里ちゃん、ゆっくり行きましょう。すぐに瞬くんに会えるわ」
「そんなに走ったら息も上がっちゃうし髪も乱れちゃうわ」
道の途中で楓は伊万里を止めた。楓は伊万里の乱れた髪を直している。
誰かが何かを言っている声がする。入口からかなり遠い。伊万里は声のする方を見ていた。
「伊万里ちゃん!」
瞬が走ってくる。ものすごいスピードで諒も橘も落ち着かない。
瞬は両手を広げた。伊万里は瞬の胸へ飛び込んだ。
「伊万里ちゃん、ただいま!」
「瞬様、おかえりなさいませ」
こんなやりとりが出来たことに二人は胸を熱くした。
少しして諒がやってきた。楓は諒を見ている。何か違和感がするようなと楓は感じていた。そして諒は目の前にやってきた。諒は楓の視線に気がついて首を傾げた。楓はようやく気がついて笑みをこぼした。
「やっぱり諒、背が伸びたのね!気が付かなくてごめんなさい」
「もっと背を伸ばすから待ってて」
諒は楓を腕の中へ引き入れた。
楓は諒の肩におでこを乗せた。
「待てないから隣にいて」
諒はギュッと楓を抱きしめた。それから少し離して顔を覗き込んだ。
「楓、顔をよく見せて」
諒は右手で楓の顎に手を添えると唇に口づけした。その後頬にすると楓の手を取り手の甲にも口づけした。
楓は顔を真っ赤にした。
「これからもそばにいてくれる?」
「私の目には貴方しか映っていないわ」
二人の様子を鈴音は満足そうに見ていた。しかし鈴音にはやることがあった。鈴音は二人に近づくと首を傾けて諒を覗き込んだ。
「ねぇ、諒くん楓がね、諒くんの方が若いし魅力的だから心変わりしないかって心配してるの。諒くんの楓の好きなところ聞かせてくれるかしら?」
諒は楓を見ると、楓は顔を赤くして下を向きながら前髪を整えている。
諒は難しい顔をしながら返答に困っているようだった。
「どう説明したら満足するのかな?」
「楓はね、胸が豊満じゃないことを気にしてるんですって。私はそこそこあるように見えるんだけど、本人には大問題なの」
「あぁ、そういうことか⋯⋯」
鈴音の言葉を聞いて諒はホッとした。諒は楓の手に触れる。楓はピクッと反応する。
「楓、僕は胸に全く興味がないと言ったら嘘になるけど、どちらかといえば⋯⋯足のほうが好きなんだ」
楓はガバッと顔を上げる。
「変な言い方すると鈴音さんの胸をいくら見てても心変わりしないの」
諒は楓の耳元に顔を寄せるとこっそり聞いた。
「今度僕が本当に足が好きかどうか試してみる?」
楓の顔は沸騰したように赤くなった。
鈴音はそれを見てこう言った。
「あら、解決したみたいね」
諒はじいっと楓を見る。
「僕は楓がそんな心配してくれてたなんて聞いてすごい嬉しいよ。僕の方が見た目が幼いから心配してたんだ」
諒は楓の耳元でこうささやいた。
「僕だってこう見えて我慢してるんだから、あんまり可愛いことばっかりしないでよ。我慢できなくなる」
鈴音は橘の方へ歩いた。
「橘さん、皆あんな感じなのでせっかくだから薬草の倉庫を見せてくれるかしら?」
「はは、こうして彼らを見てると年相応に見えますね」
「ふふ、本当ね。こんな日がずっと続けばいいのに⋯⋯」
「⋯⋯皆で作っていきましょう」
夕餉になると諒、楓、鈴音、橘は夕餉の支度をしていた。橘は頭を下げている。
「諒殿がいてくれて本当に助かりました」
「瑛真がいたらもっとすごい物が出来ましたよ。今度、瑛真も呼んで皆で会いましょう」
鈴音は部屋の戸を気にした。
「そろそろ、あの二人も帰ってくるかしら?」
「二人の食器も揃えて様子を見ましょ」
夕餉の準備が終わって橘がリョクリュウ殿を呼びに部屋を出ると入れ違いに瞬と伊万里が入って来た。二人とも頬は赤くしてるがお互いの手をぎゅっと握って嬉しそうにしている。二人は諒、鈴音、楓の姿を見ると笑いかけた。
食事が終わると部屋の準備をしようと瞬と諒は腰を浮かせた。
橘がやってきた。
「二人は⋯⋯別室でいいよな?」
二人は勢いよく頭を上下に振って頷いた。それを見た鈴音、楓、伊万里が笑っていた。明くる日、前回と違い緑龍の里の出入口ではニッコリと伊万里が瞬の手を握っていた。
「必要な物は伝えてもらった以外にあるか?冬の前にもう一度来る時に持ってくるぞ?」
「こちらも準備はだいぶ終わっています。瞬様さえ来ていただければ、私は十分です」
瞬は優しく伊万里を抱きとめた。
「最後に口づけをしても?」
伊万里は目を閉じた。瞬は優しく唇を重ねた。
瞬は里から離れると後ろを振り返り伊万里に向かって手を大きく振った。
伊万里は笑顔で手を振った。
戦が始まる前に会ったのはこれが最後になることを誰も予想していなかった。