第56-5話(番外編・前編) 花の女子会、伊万里ちゃんに会う
月日は少し流れ、霜月は口を開いた。
「そろそろ影屋敷に戻ろう。鈴音と楓は僕と一緒に籠で帰ろう。瞬と白は好きなように戻ってきて。瑛真はまだ戻らないほうがいいな。⋯⋯長月、任せてもいいか?」
「瑛真、表御殿の麒麟の間へ来い!」
長月は大きな口を開けた。瑛真は静かに頷いた。
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久しぶりに瞬たちは影屋敷に帰ってきた。
影屋敷の左殿の治療・治癒室では鈴音と楓のところに瞬と諒が遊びに来ていた。諒はちらりと瞬の方を見たあと鈴音と楓を見た。
「あのさ、僕薬草の調達に白龍と里と緑龍の里を回りたいんだけど、瞬は来るよね」
「おう、もちろん行くぞ」
「楓と鈴音さんは忙しい?緑龍の里の伊万里ちゃんに会いたがっていたよね?」
それを聞いた二人は諒にズイッと顔を近づけるとキラキラした目をした。
「絶対に予定空ける!いつ?明日?」
「諒くんすごくいい提案だよ! 明日行きたい!」
二人はすでにワクワクしていた。放っておくと準備が出来たら出発してしまいそうな勢いだ。それを見た諒はこう告げた。
「日にちは霜月さんに確認してからかな」
そこへ部屋の外から声がする。
「僕のいないところで楽しそうな話をしている気がするんだけど、気のせいかな?」
霜月が顔を出した。それを見た諒はポツリと言った。
「地獄耳⋯⋯」
「ひっ!」
霜月は諒を見てニッコリした。諒は急いで瞬の後ろに隠れた。
「準備が出来たらいつでも行っておいで。ただ里以外の場所では鈴音と楓は必ず瞬と諒に同行してもらうこと。それだけは絶対約束だよ?」
皆は背筋を正して元気よく返事した。
諒は楓と鈴音を見て確認をする。
「それでいつ行けるの?」
「明日!」
楓と鈴音は同時に言う。
朝早く瞬と諒は支度を済ませ影屋敷の左殿へ向かった。諒は瞬を見る。
「瞬、昨日寝たの?」
「3日くらい寝なくても俺は平気だ!」
「そういう問題じゃないの!それなら睡眠導入剤も持っていくからね!」
「諒!」
鈴音と楓に会うと影屋敷の空間の出入口へ向かった。出入口の近くには霜月が待っていた。
「いってらっしゃい。気をつけるんだよ」
それを聞くと皆照れくさくなった。
「霜月さん保護者みたい」
「保護者みたいじゃなくて、僕は保護者でもあると思っているよ。大切な仲間だ。皆を出来る限り守りたい」
「お互い様だ。俺たちも霜月さんが大切なんだ。全力で守るぞ!」
「霜月さん、僕と瞬に任せて!」
皆は嬉しそうに笑った。鈴音は霜月の手の指をちょこんと握った。霜月はガシッと手を握り返した。
瞬たちは影屋敷の空間から表へと出た。諒は鈴音と楓を見た。瞬は諒を見て、おそらくどうするべきか考えているんだろうと思った。
鈴音と楓は諒を見ると笑った。
「私たち意外と身軽なのよ。瞬くんも驚いていたけど私は桃花の里の出なの。忍なのよ」
「えっ? そうなの? 知らなかった」
「諒、私は忍じゃないけど木登りとか馬とか一通りの動きは影屋敷に入る基準があるから訓練したのよ」
「楓、それは初耳だ」
「瞬くんには五百蔵殿との対決の時に伝えたのよ」
「馬に乗るのは上手になったよね」
「今日の午後に緑龍の里に着くといいな」
瞬と諒は鈴音と楓がいたので一番安全に行ける道順を何度も確認して瞬と諒が二人の前後になるように移動した。そしていつもの何倍も気を遣って疲れたが何とかたどり着いた。
緑龍の里の近くで瞬は立ち止まった。瞬はすぐに白龍の里へ諒と行くので伊万里には会わずに行くと言っている。諒は瞬に念を押した。
「本当にここで待ってるの? 少しでも伊万里ちゃんに会っていけば? 白龍の里へは野宿して行けばいいんだから、寄っていく時間くらいあるよ?」
それを聞いた瞬は口をもごもごさせた。
「いや、時間とかじゃなくて⋯⋯ちょっとでも会ったら里から出れない気がする」
「だったら白龍の里へは僕一人で行くから緑龍の里にいればいいじゃない?」
「ダメだ、久しぶりに白龍殿にはちゃんと会って霜月さんのこととか報告したいんだ」
渋々三人は緑龍の里へ向かった。その様子を瞬は少し遠くから見ていた。
諒たちが入口に来ると橘が立っていて目を丸くした。
「人影が丘に見えたので来てみたら、諒久しぶりじゃないか? 元気だったか?」
橘は諒の肩をポンポンと叩いた。そして鈴音と楓に視線を移した。
「橘さんお久しぶりです。こちらは同じ里の鈴音さんと楓です。伊万里ちゃんに会いたくてきました」
「そっかぁ、伊万里も喜ぶよ。⋯⋯瞬は来てないんだもんね」
橘はそう返しながらも瞬の姿が無いことに少し肩を落とした。
諒が返答に困っているとパタパタと誰かが走ってくる。
「諒くん!」
「伊万里ちゃん!」
伊万里は諒に近づくと膝に手を当てて肩で息をした。走り疲れたみたいだ。息を整えると顔をあげた。伊万里は頬を赤くしている。諒は手を鈴音と楓に向けた。
「同じ里の鈴音さんと楓。伊万里ちゃんに会いたくて一緒に来たんだ」
伊万里は二人を見るとパァァと笑顔になった。そして鈴音と楓に声をかけた。
「伊万里です。仲良くしてくださると嬉しいわ!」
「愛らしいわ!私は鈴音よ。よろしくね」
「あなたが噂の伊万里ちゃんね。とても可愛いわ!私は楓よ。よろしくね!」
自己紹介が終わると伊万里ちゃんはキョロキョロしている。その様子を見た諒が事情を話した。事情を聞いた伊万里は花がしおれるようにしょんぼりした。そして目が潤んでいる。その様子を見て諒は焦った。
「伊万里ちゃん、ごめんね」
「あんまりですわ。私⋯⋯瞬様に少しでもいいから会いたいわ⋯⋯」
伊万里は諒の言葉に頭を横にブンブン振った。そして諒の手を掴むとこう訴えたのだ。伊万里は子どものように駄々をこねている。諒は手を掴まれたまま、たじたじになった。これまで一度もそんなわがままを伊万里から聞いたことがない。泣かれても困るし⋯⋯諒はすぐに折れた。
「⋯⋯ちょっと瞬に聞いてくる」
諒は伊万里の反応も見る余裕もなく、すぐに背を向けて瞬の元へと急いだ。瞬は諒が戻ってくるのを待っていたがあまりにも早く戻ってきたので、慌てて聞いた。
「どうしたんだ? 忘れ物か?」
「⋯⋯忘れ物といえば忘れ物か。瞬が来ないと伊万里ちゃんは入口から動かないって言われた。今会いに行かないと僕たちが白龍の里に行って帰ってくるまで立ったまま持つみたいだけど、どうする?」
諒は不満そうな顔をしてこう伝えた。それを聞いた瞬が困った顔になった。諒はこんなに困った顔を今まで見たことないと思った。瞬は難しそうな顔をしながら、苦しそうな声を出した。
「ぐ⋯⋯行く。伊万里ちゃんをそのままに出来ない」
入口に行くと伊万里ちゃんは鈴音に抱きついていた。諒は泣くのを我慢してたんだなと思った。
「伊万里ちゃん⋯⋯」
瞬が伊万里に近づいてそっと声をかけると少ししてガバッと伊万里は顔を上げた。急いで瞬を見つめると嬉しそうに瞬の手を取り、瞬の方をおねだりするように見つめた。
「瞬様! ⋯⋯あの胸の中へ飛び込んでも良いですか?」
それを聞くと瞬は屈んで両手を思い切り開いた。伊万里は瞬の胸に飛び込んだ。伊万里は瞬の胸ともに頬を擦り付けた。
「あぁ、瞬様! ⋯⋯本当に瞬様なのね。ずっとお会いしたかった⋯⋯。わがままを言ってしまい申し訳ありません」
伊万里は少し喉を詰まらせながら言った。
瞬も顔を歪めた。会えなかった時の苦しみがなぜか暴れ出す。
「そんなことないよ。⋯⋯伊万里ちゃん、俺もずっと会いたかった」
「瞬様の鼓動だわ。本当に会えたのね」
伊万里の顔に瞬の鼓動が伝わってくる。
瞬は自分の胸もとに伊万里の顔がある事に胸が高鳴った。自分の腕の中に大切な大切な人がいる。それを見るとこう言った。
「俺の腕の中に伊万里ちゃんがいるなんてうそみたいだ。夢なら覚めないで」
二人はロマンスの海に溺れ始めた。
楓は諒に顔を近づけるとこっそり言った。
「もう二人にしてあげましょ。これ以上見るのは野暮ってものよ」
諒も少し照れながら頷いた。
鈴音は両手で顔を挟みながら釘付けになってみていたが、名残惜しそうに楓と諒について行った。橘も嬉しそうに瞬と伊万里を見ていたが里の中へ諒たちを引き入れた。
諒は緑龍殿に会うと鈴音と楓を紹介した。鈴音と楓は緑龍に挨拶した。諒は瞬と伊万里は再会を確かめ合っているので置いてきた旨も伝えた。緑龍は嬉しそうに笑った。
諒は今までのことを報告しようとすると蒼人が頻繁にやってきて報告をしている事を聞いた。三人は瞬と伊万里が戻るまで屋敷で待たせてもらうことにした。鈴音と楓は霜月や瞬と会った時のことや二人の喧嘩が和解した時のことなど話した。