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第55-5話(番外編) 天女・白詰(しろつめ)伝説

 五百蔵いおろいの側近の鴨下から直接呼び出された諒はびっくりして聞き返す。


「あの本当に私と楓でしょうか?」

「そうだ、これから私についてきてほしい」


 諒は楓と見合わせ頷いた。鴨下はこれから御台様とお目通りをすると諒に告げたのだ。五百蔵いおろいの奥方様と会うなんて一家臣としてありえないことだ。


 表御殿から一度外へ出て大回りで裏御殿へ入る。入ってすぐに部屋に鴨下は入った。


「ここで支度をして下さい。私は外で待っております」

「まっ待って下さい。鴨下殿、私と楓が同じ部屋で身支度するのは如何なことかと」

「中で仕切りをつけてもらいなさい。⋯⋯これから慣れてもらいます」


 鴨下は諒をちらりと見ると少し同情の目をしていた気がしたが、鴨下の諒は突き放されてしまった。諒は混乱しながら部屋へとしぶしぶ入った。女中たちが張り切って準備をしていた。諒たちが入ると諒の周りに女中たちが集まり諒をジロジロと見た。


「これは良いわね」

「この紅も使えるかしら?」


 諒は壁の方に視線を動かす。すると綺麗な柄の入った着物が二揃えあった。


「⋯⋯あの、私もあれを着るのですか?」

「御台様が直接お選びになった着物ですので、必ず着てもらいます」


 女中たちは諒にズイッと近づくとにこりとして伝えてくるので、泣きそうな顔で諒は楓を見る。楓はさすがに憐れむ顔を諒へ向けるとこう言った。


「仕方がありません。今回は私は襖の方を向きますので白若様の身支度が整うまで見ませぬ」

「⋯⋯わかりました」


 諒は肩をズンと落とし消え入りそうな声で返事をした。

 

 楓は仕方なく襖の方を向いて女中に身支度をしてもらった。女中は悩んでいる。


「楓様は大層細身ですのでどれくらい布を入れましょう?」

「今回は枚数を着るからあまり気にしなくてもいいんじゃないかしら?」


 女中たちは何度も確認しながらもせっせと支度を進める。楓は思わず諒の方の女中の声に耳をそばだてた。


「あっあのこの服は自分で脱がせてください。下着までは自分で着てもよろしいでしょうか? 以前に着たことがございます」


 諒は女中に粘っているようだ。


「ふむ、わかりました。ですが着た下着は整えさせていただきます」

「⋯⋯わかりました」


 諒の苦しそうなの返事が楓の耳にも届いた。それを聞いた楓がふふと笑ってしまった。それを見た女中が楓に聞いた。


「あの失礼でなければお伺いしたいのですが、白若様とはどのような関係なのでしょう? 同じ部屋で着替えるなんて初めて聞きます」

「⋯⋯恋仲⋯⋯です」

「まぁ!」


 その後も楓は奥の諒が着替えている方から女中がいろんなことを言っていた。


「まぁ、お召し物がこんなに似合う殿方は初めてでごさいます」

「白若様の肌は女人のような透き通る肌をしていますね。紅が映えます」


 その度に楓の耳に聞こえるものだから楓は振り返らないようにするのが大変だった。楓の支度が終わり諒の支度を待った。楓の支度をした女中は諒の方を見ているようだ。ため息をつく女中も多い。


「白若様の身支度が終わりました」


 楓はその言葉を聞くとガバッと振り返った。


黒いかつらをつけている。長い髪は背中でゆったりと結わえている。綺麗な佇まいだ。諒はゆっくりと後ろへ振り返った。楓は思わずため息をつく。


野に咲く一輪の儚げな花と言う表現がピッタリ来た。楓はぼうっと見続けていた。諒は楓と目が合うとスススッと小刻みに動き楓に近づいてくる。楓の目の前まで来ると首を少し傾けてニッコリするとこういった。


「楓は大層まばゆいでございますね」

「可愛らしい! 大好きよ! 部屋に飾りたい!」


 楓は目をキラキラさせて言葉を溢した。諒は少し口を尖らせて文句を言った。


「男の僕にそれは褒め言葉じゃないよ」


 しかし女中も諒を見てうっとりしている。

ようやく支度ができたので女中は襖を開けた。鴨下は部屋の戸が開くと振り返って二人が出てくるのを待った。先に楓が出てきた。眉目秀麗な顔立ちをしている。次に諒が出てきた。鴨下は諒を見たまま固まってしまった。


「⋯⋯白若殿か?」


 諒はトトトッと鴨下に近づくと首を少し傾けてニッコリとした。


「⋯⋯これは見事だな。お主もしや白詰しろつめと城下町で名乗ったことはあるか?」

「⋯⋯はい、なぜそれを⋯⋯?」


 それを聞いて諒は目を丸くした。

 表へ情報収集に来た時に蒼人と一緒に城下町を回っていた。何ヶ月も前のことだ。


「町で噂になっていた。⋯⋯天女のようなおなごがいる⋯⋯とな」


 諒は顔を赤くして下を向いた。

(楓の前でこれ以上言わないでくれ。)


 諒はちらりと楓の方を見た。楓はそれを聞いて嬉しそうな顔を諒へ向けた。


(くそっ、可愛いけど後で覚えてろよ。)

 心の中で悪態をついた。


 その後二人は鴨下について歩き始めた。向かいから来る女中たちが意味ありげな視線を向けてくる。しばらく鴨下について歩いていると他とは違う飾りのある襖が出てきた。


 鴨下はその前で正座するとこう言った。


「五百蔵様の側近の鴨下でございます。白若様と楓様をお連れいたしました」

「入るがよい」


 中から声がした。


 戸が両側へ開くと鴨下は歩き始めた。大きな部屋の真ん中より少し後方に五百蔵と御台様が座っていた。御台様の隣の者が日松ひのまつを抱いている。諒が五百蔵と御台様の近くに来ると五百蔵が口を開いた。


「なんと愛らしい姿なんじゃ!本当に白若か?」

「はい、城下町では白詰しろつめと名乗っておりました」


 諒はまた少し首を傾けてニッコリするとこう答えた。


 鴨下が白詰しろつめのことを知っているのだから当然五百蔵も知っているのだろう。しかし声をあげたのは御台様の方だった。


「まぁあなたが白詰しろつめなの?本当に天女のようなおなごなのね」


 諒は御台様の方を向いてニコリとすると一礼した。


「余が日松が其の方に懐いてると申したらな、野々が白若に会いたがってな。こうして呼び出したのじゃ」


 御台様は熱のある声でこう提案する。


壱成いっせい様! 白若を護衛兼日松の世話役にするのはいかがですか?」

「白若はどうじゃ?」


 それを聞いた五百蔵は諒の方へ顔を向けると聞いた。

(こんなの問いじゃなくて命令じゃないか!)


「喜んでお受けいたします」 


 諒は深々と頭を下げた。五百蔵はこう付け加える。


「隣におる楓は白若の恋仲だ。一緒にさせておけば変な気も起こさないだろう」


 そこにいた皆が楓の方を見た。ある者は楓と諒を交互に見る。

 御台様様はそれを聞いて声を上げた。


「まぁ!」





 諒は楓は乳母と一緒に別室へ行った。二人が部屋へ入ってくると乳母が口を開いた。


「私のことは梅とお呼びください」


 それを聞いた諒と楓はお辞儀をした。

 諒は楓の方を見ると抱き方の説明をした。


「また首のすわらない赤子は首をしっかり支えてあげなきゃいけない。腕を折り曲げたところに首と頭を置くようにして抱いた赤子の身を自分に引き寄せて柔らかく抱くんだ。とても大事なものをそっと抱くようにするといいよ」


 諒は乳母から日松を抱かせてもらった。

 諒楓は日松との初対面で泣かれてしまった。諒は出来る限りの説明をした。楓は緊張している。


「とても大事なもの⋯⋯」


 先程、諒に教えてもらったことを呟くと腕を諒の方へ伸ばしてきた。諒はそっと日松を楓に渡す。日松はもぞもぞと動いたが楓の腕に収まって静かにしている。


「楓すごいよ!」

「へへ、白若様のおかげですね。⋯⋯実は白若様が赤子だったらと想像しました」

「もー楓!」


 諒は顔をパッと赤く染めると怒った。その様子を見た梅は思わず笑いを溢した。


「おほほ、お二人とも大変仲がよろしいのですね。白若様は赤子の扱いをよく知ってらっしゃる。素晴らしいです」

「そういえば白若様はなぜそんなに赤子のことを知っているのですか?」


 楓は諒の方へ顔を向けるとこう聞いた。諒に小さな兄弟が居たとも聞いたことないし普通のいや、忍の男はまず赤子に触れる機会はない。楓の心に疑問が膨らんでいく。


「あれっ? 言ってなかったっけ? 私はご覧の通り背丈が小さいので村の女人が目をかけてくれたんだ。村では家の外を女性は自由に歩けない。一つの家に集まって日中暮らしているんだ。通称紅の家。そこでは赤子や幼子の世話をしていたり、手仕事をしたり、炊事場で料理を作っているんだ。この見た目だろう? 着せ替え人形として遊ばれたことも何度もある」


 諒は梅もいるので里のことを村として説明した。楓はそれを聞くと諒の女装姿に喜んでしまったことをちょっと後悔した。


 その日から暇がある度に裏御殿へ呼ばれては諒と楓は日松の世話をした。諒が日松を抱いているとか細い声で泣き始めた。それを見た諒はこう言った。


「これはおしめかな。替えの布を用意してください」

「白若様は日松のことがよくおわかりになるのですね」


 梅が押入れを開けながら感心している。


「泣き方が違うのです。腕に頬を擦り付けるように頭を少し振りながら泣く時は乳を欲しがっているときです。私は出ませんので腕に顔を擦り付けようとしますが梅殿の時は胸の方へ顔を向けます。

 おしめの時は顎を空へ少し向けて頭を振らずに泣きます。たまに顎を空へ向けて首をふる時がありますがそれはまだ良くわかりません」

「白若様ってすごいのね。よく見てる」


 今度は楓も感心した。梅も口を開こうとしたが何かを探している。


「あら、布がこれで足りると良いんだけど」

「追加の布を女中に申し付けますね」


 どうやら布が少ないようだ。諒は日松を梅に渡すとそう言って戸を開けて廊下に出ようとする。


すると諒の目の前に男が通る。


諒は思わず鋭い目で男を見て安全かどうか見極める。男は手に武器も持っていないし警戒もしていなかった。男もいきなり諒が出てきたので諒のこと目を見開いて見ていた。諒は頭を軽く下げた。少しして男は口を開いた。


「あなたの名前は?」


 諒は頭を下げたまま小さな声で言った。


「白詰⋯⋯でございます」

「白詰か。⋯⋯失礼した」


 男はそう言うと言ってしまった。諒は男の気配がなくなると鼻をふんと鳴らした。





 その数日後、女中が乗り込んできた。


「白詰様は一体どこですか?」

「何のようでしょう?」


 日松は楓に抱かれていたので諒はソッと戸の外へ出た。そして諒は短く答える。女中は目を見開き諒を見た。女中見続けている。諒は気まずくなり女中に声をかけた。


「私の顔に何かついていますか?」

「これだけ綺麗な方なら仕方ないわ!」


 そうすると女中はポロポロと泣き始めた。女中は手で顔を隠した。諒は慌てて部屋の中にいる梅に声をかけると隣の部屋へ女中と入った。


「何か知りませんがそんな顔では外を歩けないでしょう。ここで休んでいってください」

「心もきれいなあなたに半兵衛様を取られるのは仕方ないわ。私に勝てるところは何もないもの」


 そう女中は言葉を溢した。諒はなんとなく理解し始めた。


「あの⋯⋯失礼ですが半兵衛殿は男色家の方でございますか?」

「違います! 半兵衛様はあなたの熱のこもった目で見られて胸を矢で射たれたようだと言ってうっとりしているんです」


 女中は怒ったた顔でこう返した。

 諒は説明に困った。着物を脱いで見せることも出来ない。


「この声で気がつきませんか?私は男です。しかも半兵衛殿に色目は使っていない。むしろ睨みつけたんです」

「はっ? 男? こんなきれいな方が何のご冗談ですか?」


 女中はポカンと口を開けた。


 しばらく同じような押し問答を女中と続けた。裏御殿は御台様も住まう空間だ。女装をして恋仲の女性と同伴する条件でここにいることを何度も説明する。そしてようやく女中が理解すると顔を真赤にして頭を下げた。


「白詰様、申し訳ありませんでした」

「あなたは半兵衛殿の何に惹かれたんですか?」


 諒は呆れた顔でぶっきらぼうに聞いた。

 すると女中は頬を赤らめて照れた。


「えっ⋯⋯顔が好みです」


「他には気になる人はいないのですか?」

「いると言うか腐れ縁の者はおります」


「家柄が良くないのですか?」

「そんなことはないです」


「それでは顔が好みでない?」

「そんなことは⋯⋯悪くはないです」


「その人は腐れ縁だと言いましたね。あなたのことを気にかけてくれますか?」

「えぇ、良い友達だと思います。私の好きな団子屋によく行ってくれますし誕生日に簪をくれたりします」


 諒はため息をついた。


「それだったら悪いことは言わない。あなたを気にかけている人を、どうかもっとよく見て考えるといいと思います。顔も大事かもしれませんが、あなたのことをちゃんと見てくれる人を探してみてはいかがですか? 今は恋ではないかもしれませんが、ふとした時に一番に会いたい、伝えたい、そばに居たいと思い浮かぶ人と長くをともにするのもいいと思いますよ」

「心に刻みつけます!!」


 諒の言葉を聞いて女中は諒の手をガシッと握るとキラキラした目をして言った。


 女中は嵐のように去っていった。諒は隣の部屋へ戻ると梅が日松を抱いていた。梅は胸元に手を当てていた。


「あっ失礼しました。これから日松に乳をあげますか?」

「はい」


「私は退室しますか? それとも戸の方を向いていたらいいですか?」

「ふふふ、楽にしていていいわよ」


 諒はそれを聞くと退室と迷いながら楓の近くに来ると戸の方を向いた。楓は諒を見ている。諒は楓の方に目線を動かすときっぱり言った。


「意中の相手が目の前にいるのにいかなる理由でも他の方のを見ることはできません」

「おほほ、白若様はかっこいいですね」


「当たり前です。意中の相手の目の前では常にかっこよくありたいのです。例えそれが実際にそばにいなくとも私の心の中には常にその相手がおりますから」


 諒は少し頬を赤らめながらカッコつけた。楓は諒を見ると頬を赤らめながら嬉しそうにこう言った。


「今の言葉、心に刻みます」


 それから諒の元へ様々な女中が恋の相談に来るようになった。なんでも白詰に相談すると恋が実るそうだ。白詰はそれを聞く度に否定する。


「私に相談すると恋が実ることはありません。あなたの努力が実を結んだのです」


 その後に白詰が来なくなっても話は語り継がれ天女の白詰伝説として語り継がれた。

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