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第54話-1 瞬の意地(後編)

 結局話は大いに盛り上がり夜中過ぎにようやく三人は寝息を立て始めた。


 寝息が聞こえる。瞬は部屋の端にあぐらを掻くと仮眠を取った。まだ闇に浸かった夜が続くのだが、真っ暗な部屋の中でゴソゴソと音が聞こえる。すると立ち上がる音が聞こえた。瞬は小声でその音に向かって声をかけた。


「茜か? 外に用事ならついていこうか?」


 その者の動きが止まると少しして声が聞こえた。


「⋯⋯鈴音です 」

「えっ?」


 瞬は部屋の外に誰かが侵入すると音が鳴る仕掛けをつけて鈴音と部屋を出た。鈴音はお手洗いから帰ってくると瞬に提案した。


「ちょっと夜風に当たらない?」


 外は静かだった。お祭り騒ぎのような活気のあった町も寝入っているようだ。瞬は鈴音に向かって笑いながらこう伝えた。


「鈴音さんが一番寝てると思ったのに意外だったな 」


「そうなの、私もそう思ってたんだけどもう少しで白狼に会えると思うと⋯⋯ワクワクして目が冴えちゃったの 」

「あはは霜月さん、鈴音さんは絶対来ないと思ってるからすげー驚くぞ 」



 瞬は霜月が驚くところを想像すると笑い始めた。そこへ鈴音は背筋を伸ばすと瞬の方へ身体を向けた。鈴音は真面目な顔で瞬を呼ぶ。


「瞬くん、白狼はあなたと和解してからすごくイキイキしてるわ。年相応というか少し子どもっぽいところも増えたし⋯⋯本当にあなたには感謝してるわ。ありがとう 」


「橙次さんと話しているときが一番子どもっぽいけどな 」

「ふふ、そうね 」


「鈴音さん、俺も霜月さんのことがとても大切なんです。霜月さんの幸せそうな顔が見れるのが⋯⋯すげー嬉しい 」


 瞬はそれを聞くとニカッと笑いながらこう返した。そして二人は微笑みあった。


五百蔵いおろい城までもうすぐだ。皆を驚かせようぜ!」

「おー!」



 少し薄暗い中、瞬は支度をすると部屋を出た。昨日は水場に落ちた馬もいたので様子を見に行こうと思ったのだ。まだ外を歩く人はいない。瞬は自分の草履が地面にこすれる音しか聞こえない。


 そして瞬が馬に近づくと馬はブルルンッと鳴いた。きれいな水を馬の前の桶に注いでやる。馬は飲み始めた。昨日水場に落ちた馬がいたが落ち着いた様子だった。宿屋の建物を見ると炊事場であろう煙突から湯気が立っていた。


 その後、部屋へ戻ると茜が支度を終えて正座をしていた。


「馬の様子はどうだった?」

「昨日水場に落ちた馬も落ち着いてるみたいだから大丈夫そうだ 」


 茜は懐から包を取り出して瞬に渡した。


「握り飯。炊事場で作ってもらった 」

「ありがとな、茜 」


 皆の支度が出来るのを確認すると瞬が口を開いた。


「今日は五百蔵いおろい城に昼ごろ着く予定だ。道も割と平坦だから馬で行こう。二頭しかないから二人ずつ乗るしかないな。茜、馬は乗れるか?」

「割と上手いほうだと思う 」

「分かったわ。茜ちゃんの後ろに乗るね 」


 瞬は自分の馬の準備を始めた。茜の方を見ると手際よく馬の準備をしている。

 茜が馬の準備を終えると鈴音を乗せようとする。


「茜、先に乗れ。俺が鈴音さんを後ろに乗せる 」


 茜は頷くとヒョイッと馬に乗った。その後瞬は鈴音を馬に乗せた。

 馬の上で二人はグラっと揺れる。


「鈴音、しっかり私の身体を掴んで 」

「茜ちゃん、抱きついちゃってもいい?」

「えぇ、しっかりね。⋯⋯鈴音⋯⋯大きいな⋯⋯。背中にすごく当たってる 」


 茜は背中に当たる鈴音の豊胸に思わず言葉が漏れた。


「あら、嫌よね。ちょっと後ろにズレるわ 」

「そんな事ない。ごめん、思わずびっくりして声に出しちゃった。落ちるほうが危ない。私は気にしないから大丈夫だ 」


 瞬は二人の会話を極力聞かないように自分の馬の準備に努めた。準備が終わると顔を上げた。そうすると楓の視線に気がついた。


「瞬は伊万里ちゃんしか興味ないもんね?」

「当たり前だ。って何言わせてんだよ 」

「いや、そういう瞬の飾らないところが諒は好きなんだろうなあって思って 」


 楓は遠くを見ている。瞬は何かと話すと諒の話ばっかり楓から出てくるので、楓の頭は諒のことでいっぱいなんだろうなと思った。そして楓を見ると気持ちを押し込めたような顔をしている。瞬はそれを見ると戦が終わってからの諒の姿と重ねていた。心の中がモヤモヤする。瞬は楓を見ると手招きした。


「ほら、乗せるから来て 」

「瞬ってこういうところ紳士よね 」


 平然を装う楓に強がる諒が重なる。崖を下りる時といい、今だって諒に真っ先に会いたいはずだ。


 諒は五百蔵殿の人質になった時から背筋を伸ばして平然を装い続けているが手は震えていたり拳を強く握ったりしている。平気な素振りをしているけどそうじゃないのは俺だって十分分かっていた。それなのに俺にだって心配させまいと強がっている。それだったらなんであの時拳を強く握るんだ。俺に出来ることは何にもないのか。

 気持ちは膨れ上がる。これは何のモヤモヤなのか分からなくなってきた。


 瞬は楓を馬の上に乗せると自分も乗った。

 馬を走らせ始めた。馬はぐんぐん走っていく。


「ちょっと瞬、馬速くない?」

「何言ってるんだか。楓さん、諒に会えなくて寂しかったんだろ?なのに気丈に振る舞って、そういうところ楓さんもカッコつけだがるんだから。俺は背中に目がついてないから好きなだけ泣いとけ 」


 瞬は諒の心の負担を軽くすることが出来ないもやもやを楓で晴らそうとしているのに自分自身で気がついていなかった。そしてその役目を担うのは自分じゃなくて楓だということも分かっていた。


 それを楓にぶつけてしまう。瞬の言葉に強がっていた楓の心は強がるという心の鎧を打ち砕いた。楓の心に諒に会いたい気持ちが溢れ出る。楓は戦に出てしまった諒の身を案じ、心配と不安で心が張り裂けそうだった。


 諒が敵の人質となったことを聞いて飛んで行きたかった。それでも影屋敷の空間から出ることは出来ないことも重々承知していた。


 しかし瞬は温かい木槌で心の鎧を少し開けると楓の本心に手を伸ばしてきたのだ。そうなると楓の心は溢れ出たものを止めるすべはない。


 喉の奥をきゅっと締めたような少し苦しそうな声が後ろから聞こえる。



「ズルいよ⋯⋯そういうことろ瞬ズルい!」


「何がズルいだ。この際だから独り言言わせてもらうと、戦が終わってからなぁ、諒はずっと人質として捕らえられてるんだ。それに楓さんにも会えなくて諒はずっと淋しさを堪えてるんだ。俺じゃそれは解決できねーんだよ。でも諒は俺にとって大切な仲間なんだよ。なんとかしてやりてーに決まってるだろ!」

「わーん、諒会いたいよ!そんなこと言われると顔が涙でぐちやぐちゃになっちゃう!諒⋯⋯諒!」


 瞬は心の中にあるモヤモヤを爆発させた。


「俺はなぁ、諒が人質になって瑛真を助けてくれて嬉しかったんだぞ。それを他に選べたんじゃないかって、自分を責めてんじゃねーよ。寂しそうな顔するなよ。俺に話せよ!

 なんで諒も霜月さんも瑛真も橙次さんも助けらんねーんだよ。俺は霜月さんが描く平和な未来になるように役にたちてーんだよ!!」


「⋯⋯ぐすっ⋯⋯そんなに瞬も色んな想いを抱えていたんだね。その瞬の気持ちも皆に伝わるといいね 」

「伝わるまで何度だって言ってやる 」

「うん、諒に皆に絶対伝わるよ 」


「⋯⋯楓さん悪い、変なのに付き合わせた 」

「ううん、私も諒に会ったら隠さないで、ちゃんと自分の気持ち伝えるから 」

「おう!」


 すると茜と鈴音たちを引き離してしまったので後ろの方から茜の呼ぶ声がする。


「瞬たち大丈夫か?」

「おう、ちょっと取り乱した!隣の宿場町の先まで行ってから少し休憩するぞ 」

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