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第53話-3 いざ五百蔵城へ(後編)

 瞬は目の前の女性をじっと見る。女性は髪をかき分けるとぶっきらぼうに言った。


「びしょびしょだから分からないか。赤龍の茜」

「あっ! あの時の!!」


 瞬も思い出した。

 橙次は瞬の肩を組んだ。


「茜だろ。瑛真のために単身で乗り込んできたのをよく覚えている」


 茜はぱっと横を向いた。


「ちょうど任務が終わって帰るところだったんだ。彼女たちは⋯⋯」


 茜は鈴音と楓を見る。瞬は手短に豊田との対決について説明した。茜は胸に手を当てて瞬と橙次に近づくとこう申し出た。


「それなら私も協力したい!」


 瞬は橙次を見ると頷いた。瞬は茜に向かってニカッと笑った。


「楓、助かる! ちょうど護衛を頼もうと思ってたんだ」

「それは良かった」


 一行はずぶ濡れの姿だった。町の人がキョロキョロ見ていく。その日は予定した通りの宿場町まで来られた。茜は橙次を見てこう提案した。


「さっきまで葛籠(つづら)屋に泊まっていたんだ。今晩はそこでどうだ?」

「そうしよう」


 茜は橙次に頷くとちらりと瞬を見た。


「悪いが瞬と橙次さん部屋を取ってきてくれるか? その姿じゃ私は行けない。先に二人を連れて行く湯屋に行ってるから瞬たちも部屋が取れたら湯屋へ来て!終わったら湯屋の前で待っててほしい」


 茜はそう言うと二人に向き直る。

 すると瞬は茜の背中に声をかける。


「茜、これを持っていけ!」


 瞬は茜に銭入れを投げて渡した。茜は受け取ると素早く中を確認した。


「足りるか? 服も必要だろ?」

「多いくらいだ」


 茜は瞬を見るとニコッとした。橙次は瞬を見た。


「金くらい俺に言えばいいのに。八傑に就任して結構もらったんだ」

「あの銭は霜月さんから何かあった時のためにもらったんだ」


「じゃあいっか! そうだ、瞬、部屋取ってから湯屋に来い。俺は呉服屋に行って先に服を見繕ってくる。何でもいいか?」


 橙次はそれを聞くとあっけらかんと言った。それを聞いて瞬は頷いた。瞬は少し遠くなった茜たちを少し見送った。茜は視線に気をつけながら歩いているがその近くにいる男どもは三人をジロジロしていた。


 橙次が鈴音と楓の真後ろについて男どもをじろっと見るとすっと目線を外して散っていった。


 瞬は皆と別れると急いで宿屋へ向かった。宿場町だけあって夜は活気がある。町中の店の前に提燈が灯りお祭りのようだ。しばらく歩いていると葛籠つづら屋が見えてきた。戸を開けて中の者に声をかける。


「宿を取りたい。誰かいるか?」

「はいよ」


 中をから女将が出てきた。


「続きになっている部屋を二つ取りたい」


 今日はたまたま大名が通るようでどこも部屋がほとんど空いていないようだった。瞬は女将さんと押し問答することになったようやく話がまとまり何とか1部屋押さえた。


(護衛も兼ねて部屋の外で待機すればいいか。)


 それが終わると呉服屋で橙次と合流した。その後お互いに身体に合う丈の服を買うと湯屋へ向かった。



 そして湯屋に入って瞬は身体を洗っているとある男が声をかけてきた。


「隣、失礼するよ」


 瞬は素早く隣を見ると目を丸くした。


「⋯黄⋯龍殿!」

「久しぶりだね。話は蒼人から聞いているよ」


 橙次はぱっと幻術をかけると黄龍が橙次を見た。


「お初にお目にかかる、黄龍の里長の黄龍だ。貴方は相当な手練れ⋯⋯しかも幻術使いの方とお見受けする。名を聞いても?」

「これはこれは忍の五大里の長であったか。俺は影屋敷の橙次です。最近八傑に就任した」


 橙次はドンと構えている。

 瞬が黄龍を見て口を挟む。


「黄龍殿、橙次さんはめちゃくちゃ強いんだ」

「⋯⋯もしかして白狼より強いか?」


 黄龍はじろりと橙次を見て聞いた。橙次は白狼の名に飛びついて前のめりになって聞く。


「霜月を知っているのか?」

「俺が白狼に幻術の稽古をつけた」


 黄龍はニコリとして橙次にそう返す。そして遠くを見ていると、何かを思い出したらしく笑いを漏らし始めた。


「くっくっ、これは失礼。白狼は特訓のために一時期俺が里で預かったんだが、すごく気が利いてね⋯⋯ある時家に帰ると玄関で待ってたんだよ。ビックリして聞くと“足音で分かります”だと、それで“食事まで風呂にするか、茶を飲んでくつろぐか”と聞いてくる。もちろん夕餉も準備してるんだ。⋯⋯影なしの里から気が効きすぎる嫁をもらったのかと思った」

「あっはっはっ、気が利きすぎる嫁⋯⋯! 確かにあいつはやりすぎなところがある」


 それを聞くと橙次は大笑いした。二人は霜月の話で盛り上がっているようだ。


「黄龍殿、この後は何か用事があるのか?」


 橙次は嬉しそうに聞いている。黄龍はちらりと橙次を見た。


「いや、橙次殿に合わせよう。そういえば二人はなんでこんなところにいるんだ?」


 瞬はいつまんで五百蔵との対決のことを話していると遅くなった。瞬は慌てて湯屋から出たが三人はいなかった。黄龍と橙次もいなかった。瞬は口を尖らせてぽつりとこぼした。


「二人とも行くなら一言俺に言ってくれればいいのに」


 瞬は待ちぼうけだった。

 黒い和装を着た瞬は背も高く目立つ。通り過ぎる町の娘たちは瞬のことを頰を赤らめてちらちらと見ていった。


「兄ちゃん、もう次の娘は決まってるのかい?」


 横から知らない男が声をかけてきた。客引きの者だろう。瞬は口を開いて、そんなんじゃないと言おうと思ったが黄龍と橙次に置いていかれて機嫌が悪かった。なので霜月や諒を思い出すと二人を真似するようにニッコリとした。


「あいにくもう決まってるんだ。上玉の子がすぐに来るんでね」


 瞬は心の中で胸を張った。

(ほれみろ、俺だってこれくらい出来るんだ!あとで諒と霜月さんに威張ろう。)


 すると少し遠くから声がした。

「まぁ、瞬くんったら男なのね!」


 瞬に声をかけた男も思わず声の方へ振り向く。可愛らしい町娘が三人立っていた。周りの男もジロジロ見ている。男は三人をじっと見ると瞬に顔を近づけ陽気にこう告げると去っていった。


「兄ちゃん、お金持ってるな! 三人もいるなんて、いひひ、お楽しみに!」


 それを聞いて頭を抱えた瞬は力なくその場にしゃがみ込む。


「⋯⋯なんでこうなる⋯⋯」


 橙次は幻術を解くと、橙次と黄龍は瞬の近くにいた。瞬の後で橙次が盛大に笑っている。それを見た黄龍が瞬と鈴音たちを含めて幻術をかけ直す。すると瞬は二人を見ると文句を言った。


「あー! 二人とも急にいなくなったと思ったら隠れてたんだな。ひどいぞ!」

「あら、瞬くん結構良かったわよ。あいにくもう決まってるんでね、ふふふ」


 鈴音は意地悪そうに言った。


「あはは、一言一句、諒に教えてあげたいな!」


 楓は陽気に笑った。

 そして下を向いたまま消え入りそうな声を出した。


「あの⋯⋯霜月さんと諒には内緒にして⋯⋯下さい⋯⋯」

「なんだか、楽しそうだな」


 茜はそう言うと黄龍を見た。


「君らが噂の姫君かな?」


 黄龍は鈴音、楓、茜を見るとこう言った。


「白狼、諒、瑛真の⋯⋯ね。俺は黄龍の里長・黄龍だよ。蒼人の出身の里だ」


 三人はそれぞれお辞儀した。

 橙次は瞬を見るとぶっきらぼうに言った。


「面白いものを見せてもらった。俺はこれから黄龍殿と出かける。瞬は三人と飯食って宿で寝ろ。それから仕事の途中で来ちまったから俺はそのまま戻るぞ。その先はもう大丈夫だよな?」

「橙次さん、ちょっと待ってくれ。俺だけ置いていくのか?」


 瞬は食い下がると、橙次は舌をべっと出した。


「こっからは大人の楽しみなんでね。な、黄龍殿」

「そういうこと。⋯⋯ふふ、瞬、さっきの客引きのあしらい方は白狼の真似か?なかなか良く出来てたぞ」


「皆して⋯⋯俺ってそんなにからかいがいがあるか?」


 瞬は口を尖らせ皆を見た。

 皆は顔を見合わすとそれぞれ答えた。


「それが瞬くんの良いところよ」

「それが瞬の良いところよ」

「それが瞬の良いところだ」


「なんだよそれ!」


 瞬は大きな声を上げた。それを聞いた皆は笑い始めた。



 その後瞬は鈴音たち三人と宿屋で夕餉をすませた。夕餉の後で女将は布団を準備し始めた。一部屋しか取れていなかったので女将は人数分の布団を頭を突き慌てるように敷いて出ていった。部屋から出ていこうとする瞬を鈴音と楓が引き止めている。


「瞬くん、昨日夜通しだったんだから横になったら?」

「そうよ、私のせいで崖を下るのも移動の時も水に落ちた時も大変だったんだからせめて布団で横になって!」


 そこへ瞬は三人の前に正座して頭を下げた。


「すみません! 俺は外で寝るんで一緒に寝るなんて言わないでください!」

「頭を上げてくれ。護衛は多いほうが良い。瞬、私と交代で寝よう」


 茜は瞬に近づくとこう提案した。

 すると瞬は茜を見てこう返した。


「3、4日寝なくても後で寝ればなんとかなるからいい。明日起きれば五百蔵いおろい城だ」


 その時、鈴音が両手をくっつけて首をかしげながらこう口を挟んだ。


「ねぇねぇ、それなら明朝に出るとしても少しお話ししない? 瞬くん寝るわけじゃないなら部屋にいてもいいでしょう?私たちが寝た後に部屋を出ればいいんじゃないかしら?

 私は瞬くんと伊万里ちゃんの話も聞きたいし茜ちゃんの話も聞きたいわ。茜ちゃんは瑛真くんの幼馴染なんでしょう?」


「鈴音、それとてもいい案ね。私も話を聞きたいなぁ。1、2時間話してから皆で寝ない?」


 楓は茜と瞬に聞く。

 茜は鈴音と楓の方を向きこう言った。


「私は鈴音と楓の話を聞きたいな。瑛真と幼馴染と言っても向こうはくされ縁くらいにしか思ってないし」

「なぁに? 茜ちゃんの片想いなの??」

「瑛真はそういうところはにぶいのね!」


 なんだか瞬を置いて話が盛り上がっている。女子と言うのはこういうものなのだろうかと不思議そうにしげしげと見ていた。


 ちょうど盛り上がってきたから気配を消して出るのに好都合だと瞬は考えて静かに腰を浮かせた。そこへ鈴音は瞬にすかさず言う。


「瞬くん、今部屋を出ていったら私たちの水浴びのこと白狼に告げ口しちゃうからね」

「鈴音さん、水場に落ちたこと水浴びとは言わない。ひどいぞ」


 瞬は少し頬を赤くして大きな口を開けて反論した。しかし三人を前に強くは出れない。瞬と鈴音たちはにらめっこのように顔を見合った。瞬はこれは話すまで許してくれないと観念した。


 そして瞬は布団に勢いよく横になると口を尖らせた。鈴音は瞬を見るとニッコリと笑った。


「ふふ、瞬くん良い子ね」

「そういうところ霜月さんに似てるな」

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