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第52話-3 走れ瞬(後編)

 次の日、影屋敷の左殿が開くと瞬は真っ先に受付へ向かった。受付は昨日の男だった。瞬は昨日の男と同じことに気がついたが、気にせずこう伝えた。


「昼開先生にお目通りお願いします。私は影なしの里先代陽炎・秋実の孫の瞬です」

「分かりました。昼開様にその旨伝えます。そこでお待ち下さい」


 受付の男はじーっと見ると一礼して、奥に消えていった。


 瞬はやきもきしながら待っていた。昼開先生は来てくれるだろうか? じいちゃんはなぜ知っているのか? 瞬の頭の中には様々な疑問が浮かんだ。しばらくそうやって悶々と考えていると受付の男が帰ってきた。


「瞬殿、昼開様へお取次ぎをいたします。ついてきて下さい」

「はい!」


 瞬は元気よく返事をした。そして男の後ろをついていくと行ったことのない奥の廊下に連れて行かれた。途中に何度も膜を張ったような扉を通過した。許可がない者は道順を知っていても通れない仕組みなのかもしれない。


 一つの部屋の外で男が止まると部屋の中へ声をかけた。


「昼開様、瞬殿を連れてまいりました」

「入って」


 中から声がする。男はその様子を見て一礼すると来た道を戻っていった。


 瞬が部屋に入ると短い諒髪の眼鏡をかけた初老が座っていた。瞬は昼開を見ると頭を下げて自己紹介をした。


「私は影なしの里の先代陽炎・秋実の孫の瞬です」

「私は昼開。君が夜斬よるきりさんのところの瞬か」


 昼開は瞬の方を見るとそう言いながら微笑んできた。それを聞いた瞬はキョトンとした。聞いたことのない名前だったのだ。


「よるきり⋯⋯?」

「あれっ知らないの?秋実先生は夜斬家だよ」


「⋯⋯じいちゃんはそういう事何にも説明しないまま亡くなっちゃったんで⋯⋯。それにじいちゃんのなくなった後、目をかけてくれた人の名前を使っていたんです」


 瞬は困った顔をした。

 昼開はそれを見ると口を開いた。


「そうか、それなら説明してあげよう。影屋敷と忍びの里は元来一つの組織だったんだ。忍びの里の中で影武者に特化した組織を作ろうということで作られたのが影屋敷。今は忍の里も里長くらいしか知らない存在だ。時間を重ねるうちに二つの組織は隔絶した。その元来から続く家の内の二つが昼開と夜斬。昼を司るものと夜を司るものでそれぞれ役割を分担したんだ。昼開は影屋敷で情報を集めて歴史として綴る役目。夜斬は忍の里の情報を集める役目」


 瞬は昼開の続きを待っている。


「満月の夜に生まれた子に宿る力は一番強い。瞬、君のことだよ。秋実先生から手紙で瞬の誕生については聞いている。その君に一番強い術で情報に封をした。封を出来るのは夜斬家のみだ。それを開けられるのは昼開家のみというわけ」


 瞬は胸に手を当てた。


「俺の中にあるのか?」

「ようやく歴史が綴られる時が来たよ」


 昼開は瞬の目の前に立つと右手の人差し指と中指をくっつけ瞬の胸の前で何かを描く。瞬の目の前で何かが光始めた。


 瞬は目を閉じると座り目の前紙に筆を走らせ続けた。瞬はすごく穏やかな気分だった。まるでゆりかごに乗せられているようなゆったりとそしてゆっくり揺れるときを楽しんでいるかような感覚がした。昼開は瞬の横で静かに見ている。



 ■



 瞬は目を開いた。隣で誰かの動く気配がする。昼開だった。昼開は瞬と目が合うと肩にポンッと手を置いてこう言った。


「お疲れ様。君が情報を書いている間に書いた紙を読ませてもらったよ。長い間闇の中だったことがようやく明らかになった。君も読んでいくかい?」

「昼開先生、今何時ですか?」


 瞬が聞くと昼開は慌てた。


「あっお腹すいた? 二日間も書き続けていたらお腹も空くよね」


 昼開は呼び鈴を鳴らした。


「昼開先生! あの⋯⋯」


 瞬は一心との対決について話をした。昼開は瞬が説明している間親身に頷きながら聞いていた。瞬は話し終えると昼開は聞いた。


「説明ありがとう。君の望むものは何かな?」

「鈴音さんを影屋敷の外へ連れ出すこと⋯⋯」

「本当にそれでいいのかな? よく考えて⋯⋯」


 昼開は優しく瞬へ回答を促した。そこで瞬は自分たちにとって有利な事を考えた。


「あの、支配権の移譲の取り消しは出来ないですか?」

「うん、残念だけどそう言うのには介入できないね。鈴音と言う者を一度だけ外に出すことでいいかな?」


 瞬は昼開にそう聞かれて少し考えるとこう尋ねた。


「何度と言うとは可能ですか? 後、人を増やせたりも出来ますか?」

「うーん、ちょっと考えてみる」


 昼開は鈴音が何をしているのか詳しく聞いた。


「二人くらいならいけるけどそれでもいいかな?それとその人たちに証書を書かせないとだけど」


「後で聞いてみます。この後二人を昼開先生のところへ連れてきてもいいですか?」

「あぁ、いいよ。君もここへいつでも来られるようこれを渡そう」


 小さな紙を瞬の目の前に置いた。瞬は書かれていることを読んだ。


「古今鏡の間、通行証⋯?」

「そうだ、鏡と言うのは今を映している。それが重なり合って歴史が作られる。私のための間だ」


 瞬は鈴音と楓に事を説明すると二人連れて昼開のいる古今鏡の間に戻ってきた。


「昼開先生、瞬です」

「入って」


 瞬、鈴音、楓が部屋へ入る。

 昼開は二人の姿を見ると目を丸くした。


「こんなに可愛らしいお嬢さんたちを外へ連れて行くつもりだったんだね。私が昼開だ」


 鈴音と楓はそれぞれ自己紹介をした。


「瞬から聞いたと思うけど影屋敷の外へ出たら幻術や完全な人払いをしない限り影屋敷の話をしないことの証書を書いてもらう。良いかな?」

「はい、もちろんです」


 二人ともコクリと頷く。その様子を見ると昼開はこう聞いた。


「今瑛真くんの手当に出ているのは緒方君だね?私は個人的に交友があるんだ。緒方君と懇意になるのはどうかな?」

「緒方先生のような素晴らしい腕の持ち主のそばで学べるのは至上の幸福です」


 鈴音と楓は顔を見合わすと深くお辞儀をしてこう言った。

 昼開はそれを聞くと満足そうに筆を取った。


「私から緒方君に手紙を書くから一緒に持っていきなさい。君たちは特別渡学生とがくせいだよ」


 瞬は思わず聞き返した。


「と⋯学生?」

「そう、影屋敷だけでなく、忍の里や表を渡り歩いて知識と技術を得て仕事に還元するって意味だよ。はは、ちなみに今私が考えたんだけどね。でもそれを実行することが出来る」


「⋯⋯あの大変ありがたいのですが、昼開先生はどうして私どもにここまで良くしていただけるのでしょうか?」


 楓はおずっと聞いた。

 昼開は楓の方を見ると眼鏡を拭いて掛け直した。


「私は知識や技術は広めるためにあると思っているんだ。共有して良いものにしていく。それにこれからは物理的な力の強さだけでなく頭を使った、知識を使うことが求められる世の中に変わっていくと思うんだ。そんな世の中でも影屋敷は生き続けなきゃいけない。君たちを育てるのも先達の任務って訳さ」


 それを聞いた瞬、鈴音、楓はもう一度深々と頭を下げた。


 三人は左殿の受付にやってきた。昼開からの通行証の旨手紙を渡すと受付の男は目を丸くした。瞬は男に向かってニカッと笑う。男は後ろに確認しに行った、しばらくすると通行証の上に何か印が書かれたものを持ってきた。


「⋯⋯貴方たちは恵まれていますね」


 羨ましそうに男は言葉を溢した。すると瞬は手を前に出すと男に握手を求めた。それを見た男は思わず手を出して瞬と握手する。


「そうやって変わっていく世の中もすぐそこまで来ているんじゃないか?」


 瞬の言葉を聞いて男は硬い表情を壊すと笑いながら瞬に聞いた。


「ははっ瞬殿が変えて下さるんですか?」

「俺と俺の仲間が変えるさ!」


 瞬は元気よく答えた。男は瞬をじっと見ると一礼してこう言った。


「それまでこの受付で待っております」


 三人は左殿を出ると城下町の広い道を歩き出した。目の前から橙次が歩いてくる。瞬は橙次の姿を見つけると駆け寄って嬉しそうに報告した。


「橙次さん、うまくいきました!」

「良かったじゃねーか! 今5日目だろう? 二人も連れて行くのは大変だろう。俺も手伝ってやるよ」


 瞬の朗報を聞くと橙次は瞬の頭を乱暴に撫でた。瞬は鈴音と楓を見た。鈴音は橙次を見た。


「橙次さんが手伝ってくれるの?」

「霜月は俺の親友だ。困った時は助けてやらねーとな」


「ふふ、橙次さんは白狼の親友だったんだ?助かるわ」

「なんだよ、鈴音。どっからどう見ても親友じゃねーか」


「ふふ、恋の守護神も来てくれるんですね」


 楓が橙次を見ながらそう言った。それを聞いた瞬は橙次を見た。


「橙次さん⋯⋯すごい通り名を持ってるな」


 橙次は瞬を見ながら反応に困っていた。頭の後ろをポリポリと掻くと勢いよく楓の方へ顔を向けた。


「おいおい楓、変な振り方してくるなよ」

「瞬、橙次さんに恋愛の相談をすると恋が叶うって言われてるのよ」


 楓は笑いながら説明すると、瞬がノッてくる。


「じゃあ今度俺も相談しようかな?」

「だから何の振りだ?」

「もう瞬くんは叶っているんでしょう?」


 鈴音と楓は笑う。

 橙次は不満そうに声を上げる。


「ほら、時間ないから行くぞ!」

「でもどうやって行く?」

「瞬くん、実は私は忍の出なの。桃花の里っていう里よ」


 鈴音はニコッとしてそう言うと瞬は驚いた。そこへ楓も口を開いた。


「私は忍じゃないけど影屋敷に入る時に忍と同等の訓練を受けるわ。山道や乗馬も大丈夫よ」

「そうだったのか。悪い、変な気を回した」

「ただ瞬や橙次さんのような速さでは行けないからごめんね」


 橙次が口を開いた。


「山道の足場が悪いところは俺と瞬が二人をサポートする。足場が良いところは出来るだけ馬を使って時間を稼ごう」


 瞬は橙次を見て頷いた。瞬は鈴音と楓を交互に見ると真面目な顔してこう言った。


「俺が全力でサポートする。俺と五百蔵城へ行って霜月さんと諒に会おう!」


 楓はそれを聞くと嬉しそうに笑い始めた。楓は端に溜まった涙を指で拭く。


「あはは、瞬ありがとう。さすが諒の1番の仲間だね」

「当たり前だ! 大切な仲間のためなら何だってやってやりたい!」


 四人は影屋敷の空間の端までやってきた。瞬は二人を見た。


「ここからは二人は渡学生だ」

「瞬くんは黒兎ね」


「瞬は桐生家嫡男・白若様の側近じゃない?」

「最側近だ!」


 お互い見合わせて笑った。それから橙次、瞬を先頭に鈴音、楓が続いた。影屋敷の空間と表の空間が入り混じり景色が歪む。そのまま突き進んでいくと両脇の草が濃くなってきた。草をかき分けて出ると表に出た。


 残り2日半

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