第52話-1 走れ瞬(前編)
瞬と橙次は急いで城から出ていった。
蒼人が代わりに霜月の背中を支えた。瞬と橙次が部屋から勢いよく出ていくと霜月はようやく口を開いた。
「一心殿、意地悪が過ぎますよ!」
「なんとでも言え。欲しいものは全て余が手に入れる。それに失敗したら橙次殿も手に入るかもしれん。あやつかなりの猛者だろう?」
一心は満足そうに霜月に言い返す。
すると霜月は一心を睨みつけた。
「僕はまだ怪我の身ですが、何かあったら橙次に痛い目を合わせてもらいますからね」
「おぉ、それは怖いな」
一心はそれを聞くと笑って返した。
諒は霜月と一心を見比べていた。そしておずっと口を開いた。
「あの⋯⋯話が見えないのですが⋯⋯」
霜月は諒の方へ顔を向けるとぶっきらぼうに言った。
「瞬は鈴音を連れてこられない」
「なんでなの? 時間もたくさんあるんじゃないの?」
諒は意外そうな顔をした。
霜月は吐き捨てるように言った。
「出来ないものは出来ないんだ」
諒は一心の方を見た。
一心は愉快そうに笑っていた。
■
瞬と橙次は城下町で影屋敷までの道のりを確認した。影屋敷に一番近い町のことも調べた。そして瞬は店の店主に聞く。
「そこで馬も借りられるか?」
「あぁ、何かない限り何頭がいるはずだから大丈夫だよ」
瞬は店主に銭を握らせると店を出て走って町を出ると山道に入った。瞬はちらりと橙次を見た。瞬には橙次が楽々と動いているように見えた。
「橙次さん早いな」
「そうか? 瞬も中々早いと思うぞ」
慣れていない馬で山道を行くより走っていったほうが早い。帰りは時間がかかるから行きはできる限り急いでいこう。先程の城下町で食べ物も調達したのでかなり早く影屋敷に着きそうだ。
引っかかるのは霜月の反応だった。何かあることは分かる。しかし何も予想出来なかった。行くしかないか。その様子を見た橙次は瞬にこう尋ねる。
「瞬は一心殿の対決に何か裏があると感じているんだろう? 俺には聞かないのか?」
瞬はしばらく前を見ていたがちらりと橙次を見た。
「うーん、聞きたいけど聞いて解決できないものなら今は少しでも早く影屋敷へ向かいたい。それに聞かなくたって後で分かることだ」
「あはは、そういう真っ直ぐなところ俺は好きだぜ」
夜通し瞬と橙次は進んでいった。二人はお互いに聞かずともそれが出来ることが分かっていた。瞬は久々の山道に羽が生えたようにイキイキと進んでいった。久しぶりの鬱蒼と生い茂る草山にやってきた。諒が自分より高いと呟いていたのが随分前のことに思えた。
久しぶりに帰ってきた。草山をかけ分けて進むと影屋敷の城下町が見えてきた。城下町に踏み込むと影屋敷の左殿に向かって駆けていった。影屋敷の左殿に踏み込んだ。そこへ橙次は瞬に声をかけた。
「俺はこのまま受付に行くがしばらくここらへんに居るから何かあれば声をかけてくれ。夜は霜月の家に帰るんだろう?」
「橙次さんありがとう。その予定です」
「じゃあ後で寄るな」
瞬は橙次と別れた。
瞬は思わずキョロキョロする。受付の左手を進むといつもの行き止まりが見えた。
左に折れる。治療・回復室を見つけた。
(鈴音さん、部屋にいると良いな。)
瞬は顔傾けて部屋の中を覗く。
すると後ろから声をかけられる。
「こらぁ、何覗いてるの?」
「楓さん、あっ俺⋯⋯」
瞬が口を開くと奥から鈴音が駆けてきた。
「あら、瞬くんじゃない。一人? どうしたの?」
瞬は鈴音に頭を下げた。
「鈴音さん! ⋯⋯鈴音さん、俺と一緒に五百蔵城へ行ってください」
「へっ? 瞬くんと?」
鈴音は素っ頓狂な声をあげた。
瞬はうまく伝わらなかったようで頭をかいた。鈴音は瞬を見続けている。
「はい! あの、どこから説明したらいいんだ⋯⋯」
「わっ!」
瞬は思わず鈴音の手を取る。
二人のやりとりを隣で見ながら楓は目を丸くする。
「鈴音さんは霜月さんの大切な人です!」
鈴音はそれを聞くと、思わず頰を赤らめた。そして嬉しそうに答える。
「はい。白狼は私の大切な人です!」
二人の脈絡のない話を静かに聞いていたが、ようやく楓が呆れた顔をして口を挟んだ。
「一体、それは何のやり取りなの? 何にも話が見えないんだけどちゃんと説明してくれる??」
部屋の中へ入って戦で霜月が鄧骨を討ったこと、瑛真が毫越を討ったこと、諒が瑛真を助けるために人質になったこと、支配権の移譲、そして瑛真解放のための今回の対決のことを話した。鈴音は霜月が鄧骨を討ったことを聞くと瞬に聞いた。
「あの、白狼は⋯⋯大丈夫なの??」
「⋯⋯鈴音さんに怒られるくらいの怪我はしてますが大丈夫です。話も出来ます」
「そう⋯⋯良かった」
それを聞くと鈴音は、ほっと息をついた。
「鄧骨を討ってくれたんだ⋯⋯」
鈴音はポツリと言った。
鈴音は瞬の説明を全部聞き終わると居住まいを正しこう説明した。
「瞬くんあのね、影屋敷の内勤者は影屋敷の空間から出られないの」
瞬は狐につままれたような顔をした。
「えっ? どういう事?」
「瞬くんたちみたいな影武者を行う所属の者以外は基本的に影屋敷の空間から出られないの。まぁ、特例はあるけどね」
瞬はまだ納得していないようだ。楓が説明を加える。
「前は内勤者も影屋敷の空間から出られたんだけど、表で内勤者によって影屋敷の存在がバレちゃったことがあったの。そこに居合わせた表の人も含めて30人ほどはその場で斬られたそうよ。もちろんただ居合わせた人も含めてね。
それから2度とそんなことがないよう内勤者は影屋敷の空間から出ることを禁じた。そして瞬たちみたいに表と裏を行き来する人もいるから、万が一影武者とその関係者が漏らした時に素早く制裁出来るように、表の至るところに影屋敷の人間を配置しているって話よ」
瞬はそれを聞いてゾッとした。
諒があんなに我慢しても霜月が目を覚ました時に座り続けていたわけがようやく分かった気がした。そして自分は危ないことをしていたことも。一心が毎回きっちり人払いするのはこういう理由だったのかと納得した。そして赤龍の者をあの場で返したことも全て納得がいった。
(でもそしたら鈴音さんをどうやって連れて行ったらいいんだ?)
「あのさっき言ってた特例と言うのは?」
「影屋敷が認めた人間。例えば瑛真くんの手当に行ってる先生とか支配権移譲を見届ける公証人とかよ」
「他には⋯⋯? 鈴音さんも瑛真と霜月さんの手当に来たらいいんじゃないのか?」
「今、死にかけてるわけじゃないから洒落頭の時みたいに都合良くは出れないわ。あの時は橙次さんも協力してくれて運良く出られたけど、今から理由は作れないわね」
「あっ俺が怪我したら⋯⋯」
すかさず楓が一喝する。
「こらぁ! 諒も霜月さんも怒るよ!」
「すみません、軽率でした。⋯⋯俺、受付で聞いてみますね」
瞬はそう言うと腰を浮かせた。それを見た鈴音は慌てて呼び止めた。
「瞬くん、ちょっと待って! 白狼はなんて言ってたの?」
瞬は一心と霜月の会話を思い出しながら言った。
「五百蔵⋯⋯一心殿から霜月さんが口を挟んだら条件は反故にするって言われた。これ以外の条件は出さないと」
「さすが五百蔵殿の影武者の一心殿ね」
「瞬くん、これは負け戦よ。出来ないのを分かってて条件を出したのよ」
「はぁ⋯俺が城を出る時、霜月さんは悩みすぎないように、最善を尽くせば結果はいいって言ってた。霜月さんも始めから分かってたんだな」
「その条件でも受けてくれた気持ちは嬉しかったわ。ありがとう。早く白狼たちの元へ帰ってあげて」
鈴音は顔を下に向け肩を落としている瞬の肩にポンッと手を置くとニコッとした。
瞬は下を向いてしょんぼりしていたが、拳をぎゅっと握った。その様子を鈴音と楓は見ている。すると瞬はガバッと顔を上げると二人に頭を下げた。
「まだ時間はあります。もう少し粘らせて下さい!」
そう言って瞬は走り去っていった。去っていく背中を二人は見送りながらこう話した。
「瞬は太陽みたいな子ね」
「ふふ、だから白狼も好きなのよ」