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第51話 一心と瞬の対決

 瑛真の目から一筋の涙が頰を伝った。それを見た皆が優しく笑った。


 一心は頃合いを見てこう言った。


「起きたばかりの病人に障る。赤龍の者たちは一度里に戻れ。沙汰は追って知らせる」


 赤龍を先頭の前に並ぶと片膝つき赤龍は首飾りを取ると、後ろの者たちも首飾りを手に持ち一心に向かって拳を前に突き出して頭を垂れた。少しして頭を上げると首飾りを首に戻して退出した。


 瞬は霜月の元へ戻って来ると嬉しそうにこう告げた。


「瑛真、目を覚ましたぞ」

「よかった、早くこの目で見たいなぁ」


「後で見せるからな」


 一心は諒に声をかける。


「諒と蒼人、一度戻れ」


 諒は一心の方へ戻ってきた。瞬は霜月の上体を再び起こして背中を支えた。それが終わるのを見ると、一心が蒼人を見ると隣に座る見知らぬ男を紹介した。


「このお方は影屋敷の交渉人である平良たいら殿です」


 それを聞くと一心は口角を上げた。そして霜月の方を見てこう言った。


「さぁ、楽しい時間じゃ。霜月、戦に負けて白若の影武者の諒と其の方らは人質となった。このまま監視の目と制限された生活をするより支配権の移譲をするのはどうじゃ?」


 霜月は一心の方を見た。


「⋯⋯内容によります」


 一心は鼻をふんと鳴らした。

 そのやりとりを見ていた瞬が口を開く。


「あの一心殿、俺と決闘してくれませんか? 瑛真は里に返してやりたいのです」


 一心は目を丸くした。そして笑い始めた。

 霜月はすぐさま真面目な顔で瞬を見た。


「瞬、今のは撤回して。それはダメだよ。一心殿との決闘は命がけだ。許可出来ない!」


 それを聞いた橙次が前に出る。


「それなら俺が支配権の移譲をかけた公式対戦を申し込みます。鄧骨殿と毫越殿の影武者の席が空き、俺が八傑に繰り上がります」


 一心は霜月、瞬、橙次を順番に見た。


「瞬、霜月の愛弟子なのだろう? それなら決闘は出来ない。鄧骨と毫越がいない今これ以上戦力は削れない。

 それから橙次殿、八傑就任おめでとうございます。公式対戦は行いません。先も告げたがこれ以上戦力が削れない。それにこちらが公式対戦を行う利がない。橙次殿が支配権を余に移譲するなら別だが」


「橙次、君はまだ影武者も決まっていない。支配権は移譲しないで。何かあった時の保険にしたい」


 霜月は橙次に視線を送りながらこう伝えると、橙次の口元が少し緩んだ。


 そして瞬は霜月と一心を交互に見ると口を開けて言葉を探していた。一心は顎に手をやりながら告げた。


「ふむ、そんなに瑛真を里へ返したいのなら、余の側近と対決してもらおう。どうだ?」

「はい!」


 瞬は前のめりに返事した。そこへ霜月は瞬に怒った口調で釘を刺す。


「瞬、全部聞いてからにしろ。判断するのは僕だ」


 瞬はそれを聞いて慌てて下を向いた。


「条件を達成すれば瑛真は⋯⋯1年後に解放する。他の者は支配権を移譲する。条件を達成できなければ黒兎所属全体の支配権を得る。また、橙次殿を一年間好きにできる権利を付けてもらう。なお、これの選択権は瞬のみとする。どうじゃ?」


 霜月は口を開けて交渉に参加しようとする。それを見た一心は霜月に先手を打つ。


「霜月、其の方が何か言えば条件は反故する。それ以外の条件は提示しない。先程も言った通り戦力が減っている。瑛真には次の戦も参加してもらいたい。余は1年以内に高原、西島を撃つ予定だ。そうすれば完全に余の天下となる」


 霜月は悔しそうに口を閉じた。それを見た橙次は口を開いた。


「俺はその条件で構わない」


「橙次⋯⋯本当にいいの?」

「ちょっとくらい役に立たせろ」


「⋯⋯ありがとう」

「なんだ、ちょっとはしおらしくできるじゃねーか」


 霜月は橙次をむっとした顔でみた。橙次は霜月に笑顔を返すので、霜月はわざと大きなため息をついた。そのやりとりを見た後、瞬は霜月を見てから一心を見た。


「あの条件に蒼人も加えてもらってよろしいですか? 1年後に解放するのは瑛真と蒼人の二人」


 一心は呆れた顔をする。


「良かろう。対決内容は聞かないのか?」

「えっ? あっはい、聞きます」


 瞬は目を丸くした。それを見た一心は大きく笑った。


「はっはっはっ、霜月が手を焼くわけだ。霜月、ここにいるもの以外の場所に大切な者はいるか?」


 霜月は一心の方を見つめている。霜月は口を開けたがなかなか声に出さない。



「⋯⋯はい、おります⋯⋯」


 霜月は苦虫を噛み潰したような顔をしている。それを聞いた一心はコクリと頷いた。


「対決内容は余の側近が余の大切な人をつれてくる。瞬は霜月の大切な人を連れてくる」


 一心は左の方へ向いた。側近の熊坂が座っていた。


「熊、任せたぞ」

「はっ!」


「ちなみに余のいちばん大切な人は城の敷地内にいる。瞬、期限は1週間後の⋯⋯夕方5時とする。道中は馬を使っても良い」


「えっ? 馬もよろしいのですか?」

「もちろんじゃ。帰りは瞬一人ではないからな」


 一心は平良の方へ顔を向けた。


「平良殿お待たせした。霜月、其の方と瞬と諒の支配権を移譲する。良いな?」

「その前に私は八傑である長月殿の支配権を長月殿本人へ返上いたします。良いですね?」


 今度は霜月が一心に先手を打つ。

 霜月は強い目をして一心を見据えた。すると一心はこう答えた。


「⋯⋯良かろう」


 平良は紙に何かを書き始めた。筆を止めると霜月に見せた。


「私、平良が代筆いたしました。内容がよろしければ名前と血判をお願いいたします」


 霜月はゆっくり時間をかけて起き上がると筆を取り名前を書いた。そして手の平良を上に向けると霜月は平良を見た。


「平良殿お手数ですが、血判の介助をお願いできないだろうか?」


 平良は霜月の横へ音もなくやってくると一礼した。


「失礼いたします」


 霜月の親指の表面をスッと切り紙を押し付けた。


 平良は霜月の座っている布団の横に座ると紙を目の前に置いて正座した。


「影屋敷の公証人・平良たいらはまず霜月白狼様の長月豪様への支配権の返上を行います。支配権の返上は霜月様より一方的に行うため長月様が不在のまま行います。影屋敷に戻り次第長月様へお伝え致します」


 公証人の印を記すと一礼した。


「返上手続きが完了いたしました」


 平良は一心の前に移ると一枚の紙を渡す。

 一心と平良はそれぞれ紙に何かを書き始めた。一心も書き終わり筆を置いた。


 そして一心は自分の指を刃物で切ると紙に押し付けた。平良は一心から紙を受け取ると霜月の横へ移動してまた介助をしながら霜月の血判を押した。


 平良は一心と霜月の二人が見える場所へうつると、紙を目の前に置いて正座した。


「続きまして、朝月一心様と霜月白狼様の支配権移譲を見届けさせていただきます。霜月様より霜月様、水無月瞬様、睦月諒様の支配権を朝月様へ移譲となります。よろしいでしょうか?」


 平良は霜月、瞬、諒、一心を順番に見て意思を確認した。


「かしこまりました。そうしましたら公証の印を記させていただきます」


 平良は人差し指の腹を刃でなぞると紙の上にさらさらと何かを書き始めた。平良の動きが止まった。


「これにて移譲は完了いたしました」

「平良殿お手数おかけいたしました」


 一心は平良の方を見ると声をかけた。

 平良は一心に一礼すると二枚の紙をたたむと紙の上端に何か印のようなものをして懐に仕舞った。


「平良殿、また対決が終わりましたら追加で瑛真と蒼人の支配権の移譲を依頼しますのでよろしくお願いいたします」


「かしこまりました。支配権に対して期間の制約など諸条件が付く場合は、次回の支配権の移譲の際にお申し付け下さい。内容が複雑となる場合は、ご依頼時にその旨の書状も添えていただきますようお願い申し上げます。それでは次回の支配権移譲の件は影屋敷の左殿受付まで申請いただきますようをお願いいたします」


 そう説明をすると平良は部屋から出ていった。平良を見送った後、一心は大きな口を開けて瞬を送り出した。


「さぁ、瞬行くがよい! 期限まで待っておるぞ!」


 瞬は霜月を見た。霜月は明らかに不機嫌のようでぶっきらぼうにこう伝えた。


「僕はいろいろ言いたいんだけど、言えないから⋯⋯悩みすぎないように! 最善を尽くせば結果はいいから」


 瞬は口を開けたが躊躇したが、普段通りの返事をした。


「おう!」


 そして橙次も立ち上がった。


「俺も八傑の登録で影屋敷に戻らないといけない。良いですよね?」


 瞬の方からは見えなかったが、橙次はキツイ目線を一心に投げかけた。一心は平然を装い橙次に答えた。


「問題ありません」


 瞬は霜月、諒と蒼人を見る。お互い頷いた。霜月は一心を睨みつけている。しかし一心は満足そうな顔で霜月を見た。


【おまけのその後談】

 一心は瞬が出ていくと霜月にこう聞いた。


「赤龍の里の者は後継者の為に過保護すぎないか? 赤龍まで出てきた時は正直驚きを超えて呆れたぞ」

「彼らを一番動かしたのはそこで寝ている瑛真でしょう。自分の父親の仇とはいえ命を賭して闘いましたから。それに瑛真は赤龍殿の弟君の嫡男です。彼の暗器の力は赤龍に迫る勢いです」


 霜月は笑顔を貼り付けるとこう言った。

 一心はまだ納得していないがこれ以上説明を求めなかった。


「ぜひとも瑛真が目覚めて再起してほしいものじゃ」


 霜月は一心の方をまだ見ている。


「なんじゃ?」

「なんで橙次にあんなに敬語なんですか?」


 諒は一心の方をじっと見ていた。一心は霜月の目の中を探る。


「あやつかなりの猛者だろう?」


 霜月は真意をはかりかねて口を開かない。

 諒は心の中で大きく頷いたのだった。

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