褪せた紅葉(壱)
あの後、あの女性は散々喚いた後、渋々宮廷の、どこかの部屋へと戻っていった。夕鶴と男性は、冬の乾いた風が吹き抜ける、中庭に取り残された。
夕鶴は思考に耽っていたが、男性は静寂に耐えられなかったらしく、気まずそうに夕鶴に話しかけた。
「あー……っと、不憫だな」
「証人になるつもりは、更々無さそうですね」
「許してくれ、保身はしたい性格なんだ」
夕鶴は、意思疎通能力欠損を実感した。よくあることなのだが、事実を述べたつもりが、相手を申し訳なさそうにしてしまう。
しかし、言質は取らせていただいた。
「ご協力、ありがとうございます」
「……………へ?」
ぽかーんと、空いた口が塞がらない男性に向けて、夕鶴の珍しい、そして容赦のない笑顔を見せた。
「『保身はしたい』ということは、保身さえできれば、全力で協力してくれるのですよね?ふふっ、なんてお優しい方なんでしょう(棒)」
「えっ、いやっ、そういう意味じゃ……!というか、感情を込めろ感情を!」
鈴陽さまにも言われたな、と思いつつ、縁側から降りて、焦る男性に詰め寄った。もちろん、下沓は汚れた。
「さぁ、一緒に頑張りましょう!」
美しい人形が突然動き出し、朗らかに笑ったように美しい光景だが、その口から出ている言葉は、純・屁理屈である。しかも、おまけに悪意つき。
男性は、もう説得はできないと思ったのか、ガックリと肩を落とした。対して、夕鶴は勝ち申したとでも言わんばかりに、ふんすっ、と鼻を鳴らす。
「では、明日の朝二時の半刻、ここで会いましょう」
夕鶴はそう言い残し、踵を返す。長い真っ白な艶髪が舞う。数月早く、雪でも降ったかのような。
その背中を見て、男性は声をかけた。
「私のことは、山吹と呼べ」
男性───山吹の言葉を聞き、夕鶴は足を止めた。そして、くるりと振り返り、流し目で、山吹の伽羅色の瞳を覗き、名乗った。
「私の名前は、夕雪です」
どうせ、あちらも偽名だろう。ならば、こちらが本名を明かす必要はない。
そう言い戻る夕鶴は、普段の無表情はまた違った、雪のような冷たさがあった。